3、どっかん、どっかん(3)
正晋国の兵士たちが動揺するのを背景に、枝から落ちた花びらが地面にたどり着く。「人の争いなど我関せず」と言わんばかりに、ゆったり、ゆったりと。
そんなタイミングで、現場には新たな足音と、びりびりと空気を揺るがす大きな声が訪れた。
「ここは白家の領地だ。武器を退け!」
「しまった! ……当晋国の兵士か!」
新たな兵士たちは、次々と現場にやってきて、正晋国の兵士たちに武器を向けた。戦意を失いかけていた正晋国の兵士たちは一気に浮足立った。
彼らの当初の予定では、事は素早く終わらせてさっさと撤収するはずだったのだろう。
* * *
指先に火がついた。
いきなり火が膨れ上がった。
爆発した。
――びっくりした。
娘の側からすると、そんな意味不明な事件だった。
よくわからないが、爆発は普通の火とは違って物を燃やしたりはしなかったらしい。
ピカッ、どっかん。と光って、みんなをびっくりさせただけ?
「よくわからないけど、こういうのを天の助けというのかな?」
兵士たちが動揺していた。
父は、「戦場で動揺する兵士がいたら、自信たっぷりに命令して何をしたらいいか教えてあげるんだ」と言っていた。
それを思い出した娘は「退いてください」と言ってみたのだが、兵士たちは迷うそぶりは見せていたけど、言う通りにはしてくれなかった。その点は残念だ。
でも、代わりに白家の兵士がやってきた。
これはやっぱり天の助けに違いない?
両国の兵士が斬り結び、やがて正晋国の兵士が撤収していく。
夢でも見るような非現実的な心地で戦いの様子を観ていた娘は、戦いが落着したことを悟って安堵した。
白家は、自分たちを保護してくれる。そう約束していた存在だ。
「私たち……たす、かる? よね?」
顔をあげると、ちょうど東の方角から日が昇るところだった。
あちらこちらに横たわる、物言わぬ骸たち。その頬が暁光に濡れて、まるで泣いているみたい。
「私たちの国は――」
滅びたらしい。兵士がそう言っていた。
王朝が滅びても、太陽は昇る。
確か、高名な詩人はこんな心境を「国破れて山河あり」と詠んだのだったか。
真っ白で眩い円い陽光には、詩を彷彿とさせる悠然とした雰囲気があった。
朝日から左右に黄金の光の帯が広がり、世界を照らす日の出の空は、美しかった。
「あの……!」
精いっぱいの声をあげると、白家の兵士が注目してくる。
これまでの状況から推測するに、どうやら正晋国は、臣下の反乱で国主が討ち取られて王朝が変わったらしいのだが、手紙の内容は、政変をあらかじめ予想していたようにも思える。
なぜ?
謎を感じつつ、声を振り絞る。言うべきことを、伝えるために。
「た、たすかり、ました。ありがとうございます。私は、白家の方に保護していただく約束をしていた、西の国の王の娘です。わ、私たちは……保護を求めます!」
娘は、父がいつか言っていたのを思い出した。
『戦場は、自分の正義を主張して生存権を勝ち取る場所なんだよ』……と。
「先ほどの人たちが、なぜ私のお父様を討ったのかわかりませんが、父は民想いの王でした。私と石苞も一方的に襲われただけで、悪いことは何もしていません。私たち、貴国への害意も、ありません」
だから、どうか助けてください――と、言い切ったところで、大男が私の前で膝をつく。他の兵士より立派な鎧姿だ。兵士を率いる身分なのだろう。
声は、意外と優しかった。
「正晋国の紫玉公主様でいらっしゃいますね。ご無事でなにより。私は当晋国の西領を統治する白家一族の桓温と申します」
紫玉公主、とは、自分のことだ。
娘はコクリと頷いてみせた。すると、桓温は懐から手紙を取り出した。
「白家はあなたさまを保護するつもりで参りましたが、条件がございます。こちらは我が主君、次期当主の霞幽公子からの手紙ですので、お読みくださいませ」
「あのう、先に石苞を手当てしてください。それと、倒れている正晋国の兵士たちも……命が助けられるなら、助けてほしいのです」
「承知いたしました、公主様」
石苞は助かりそうだ。
安堵しながら手紙を開くと、蓮の香りがした。書かれていた文字は流麗で、とても読みやすい。
奇妙なことに、その時、娘の胸には「懐かしい」という感情がふわりと湧いた。
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二度目の霞幽より、初めましてのあなたへ。
こんにちは。
私は白霞幽といいます。
あなたより六歳年上で、十一歳です。私の持っている情報によれば、あなたはご年齢の割りに、かなり聡明なはず。そんなあなたには、この手紙の内容がきっと理解してもらえると期待しています。
突然ですが、私は紫玉公主にお願いしたいことがあります。今までのご自分を死んだことにして、別の人間として生きてほしいのです。
今、あなたがどのようなお気持ちでいらっしゃるか、私には想像することしかできません。
けれど、もしあなたが誰かを恨んでいて、復讐したいとお考えでしたら、そのお考えは捨ててください。
あなたを利用したい人は、世の中にたくさんいます。
あなたが復讐に囚われて利用されてしまいますと、世の中が大いに乱れてしまうのです。
具体的に言うと、あちらこちらで戦争が起きます。
そして、巻き込まれて大勢の人が悲劇的な最期を遂げるのです。
『破滅の悪女』。
あなたはそう呼ばれてしまうことでしょう。
こちらの要求が呑めないなら、白家の兵士は今すぐにあなたを殺します。
申し訳ないのですが、見えている禍の種は、できるだけ摘み取っておきたいのです。
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二度目? 誰かを恨む? 復讐したい?
破滅の悪女? 禍の種?
娘は首をかしげて続きを読んだ。
すると、目を疑うようなことが書いてある。
『あなたは驚くと思うのですが、実はあなたのお母様は、人間に化けた妖狐さんです』……と。