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後宮の妖狐は尻尾を見せない ~天仙公子のやり直し  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!
1章

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17、大河に火壁を築く

 さて、もうすぐ宮女たちの試験(査定(さてい))。

 試験で優秀な成績を収めて、承夏宮(しょうかんきゅう)の紅淑妃、胡月(フーユエ)妃にお仕えしたい!


 ……手ごたえはある。

 紺紺は勝利を確信していた。

 

 五歳までとはいえ、元公主。

 五歳以降も白家の霞幽が手配してくれて、各種教育を受けている。

 ……一部欠けている科目はあったけど。

 

「紺ちゃんってお勉強、できるんだね。字も書けるし……」

「蘭ちゃん。私、承夏宮(しょうかんきゅう)に配属希望届を出したよ」

胡月(フーユエ)妃ってそんなに素敵な方なんだ?」


 一度会っただけだけど、胡月(フーユエ)妃のことがなぜか忘れられない。

 思い出すとふわふわした心地になるし、また会ってみたいなと思う。

 

 これは、これは……――魅了されてる。


 ……胡月(フーユエ)妃は、妖狐なんじゃないかな?


承夏宮(しょうかんきゅう)に、いーくーよー!」

「紺ちゃん、やる気満々だね」


 と、元気いっぱいやる気満々だった紺紺に、「にゃあ」と声がかけられる。

 猫の鳴き声に視線をやれば、白猫姿の先見(さきみ)の公子がいた。


「猫さんだ」


 宮女たちが手を伸ばす中、「触れるんじゃありません」というようにツーンとして手を避けた先見の公子は、物言いたげに紺紺を見上げる。

 これは「用事がありますよ」と言っているのだ。誘われるままについていけば、先見の公子は言ってのけた。


「急ぎの任務が入ったので、ちょっと後宮の外に出てほしい」

「今っ?」


 もうすぐ試験なのに!


 紺紺はよっぽど「でも、試験が」と言いたくなったが、続く先見の公子の説明に言葉を飲みこんだ。


「先日の異民族の中級妃がいただろう。あの妃の出身国は、(とう)軍祭酒(ぐんさいしゅ)の采配による婚姻政策によって我が国と友好関係を結んでいる。ところが、突然隣国がその友好国を攻めたのだ」


 (とう)軍祭酒(ぐんさいしゅ)というのは、黒家の派閥に属する(とう)家という家柄の人物。役職名が軍祭酒(ぐんさいしゅ)(軍師)だ。

 

「……どうして試験が終わるまで待ってくれないんですか……」

 

 戦争に行くので試験を受けられません。

 新米宮女という身分は、そんな理由で試験を欠席できるだろうか。

 


 * * *


 ――大陸の北西地方で、二つの軍勢が大河を挟んで睨み合っていた。

 

 西から渡航しようとする大船団。東の陸地に布陣する騎馬兵団。

 大陸西側の国家、元正晋国(せいしんこく)、国号を改めて、現在は克斯国(こくしこく)という名前の国による侵略である。

 

 そんな国対国の争いの現場に、半透明の膜が張り巡らされたのは、今まさに戦いが始まろうというタイミングだった。ふわーっと広がる膜は幻想的で、誰もが思わず目を奪われた。

 

「結界だ……」

 

 結界は、人間でも使う術――術具などで場所を区切り、区切られた空間になんらかの影響を与えるような術だ。

 

 ただの人間が使う結界術は目に見えたりしない。

 はっきりと効果が見えたり感じられることがあまりない。

 人間の術は、おまじないみたいな術が多いのだ。

 だが、これは。


「これは――神秘の術だ」

「あっ……燃えたぞ!」


 どよめきが起きて、戦場の空気が直前までの戦意溢れる緊張感から驚きに塗り替えられる。

  

 結界は二つの軍勢を包み込んでいた。

 そして、外側の大河がぶわっと炎を燃え上がらせたのだ。


「熱くない」

「守られている……」

  

 結界は防護の役割を持つらしく、軍勢は火の影響を受けず、無傷だ。

 ただ、大河だけが炎の壁を高く燃え上がらせている。

 

 明確な効果が外から見て取れる結界を巡らせ、大河を燃え上がらせる――見た目が派手で、中身も高度で人間離れした技量の術だ。

 それをやってのけたのは、信じがたいことに、少女だった。


 術師の黒長衣をまとい、藍色の艶めく髪を戦場の風になびかせた少女は、狐のお面をつけていた。

 噂によると、お面の下はかなりの美形らしい。絶世の美女、傾城の美少女だという。

 ゆえに、当晋国(とうしんこく)では『傾城(けいせい)』という称号で呼ばれるのだとか。


克斯国(こくしこく)のみなさん、こんにちは」


 可憐な声が戦場に響く。

 

 兵士たちは天の声を聞くような気分になった。


「私は、当晋国(とうしんこく)の九代目皇帝陛下にお仕えする『傾城』です。我が国の友好国に武器を向けるなら、みなさんは炎の海に呑まれることになりましょう」 

 

 幼さを残す少女術師の声は、普通に話している様子にもかかわらず、戦場の隅々までよく通った。

 

 仙人や武俠の者たちは、声を遠くまで届けたりできる。

 内功や霊力といった神秘の力によるものだ。

 怒鳴ったりすることなく、普通に喋った声が、何十万人もの軍勢がいる戦場全体に響き渡っている。

 その事実が、少女の並外れた能力を物語っていた。


 結界を張り、大河を燃やし、声を響かせる――それを、幼さを多分に残した少女が簡単そうにしている。

 戦場にいた者たちは、全員が恐れおののき、畏怖(いふ)の視線を注いだ。


「聞いてください。時間がありません!」


 少女の声は、切迫していた。

 もう本当に余裕がなくて、一刻を争うのだという鬼気迫る勢い。

 それが聞く者全員に伝わり、浮足たたせた。

 

 急がないといけないらしい。時間がないらしい。

 大変だ。この少女が慌てるのだから、相当だ。一大事だ。

 

 皆がそんな思いでいっぱいになった。


「試験に遅刻しちゃうんです~~っ! だから、ほんっとうにお願いなので、軍を退きなさい!」

  

 泣きべそをかきながら、少女が命令のような懇願のような叫びを放つ。

 必死な想いに幻惑の術が上乗せされて、燃え上がる大河のインパクトもあわさり、……結果、軍勢は撤退した。


「帰ってくれた……っ! わぁ、よかったっ、私も帰ります! 試験間に合うかも……! うわぁぁん!」


 少女、『傾城』は謎の発言を残して帰って行った。

 

 残った当晋国(とうしんこく)の兵士たちは、敵軍が撤退したという現実にひたすら驚いていた。


 これから何十万という兵の血が流れる攻防戦が始まる……と、誰もが思っていたのだ。


 そんな中、当晋国(とうしんこく)の皇帝直属、それも序列一位だという術師『傾城』はたった一人で軍勢に向かい、あっという間に撤退させたのだ。


「あれが噂の『傾城』か」

  

 超人的。あまりにも特異。そして、意味不明。

 

 自分たちとあまりにも差がある存在への畏怖は、その対象を排除する方向に向くことがある。

 しかし、この時、人々の感情は負の方向には向かなかった。

 

 彼女だけが特別すぎるわけではなく、当晋国(とうしんこく)には、他にも化け物じみた術師がいたからだ。

 

 序列三位の『先見(さきみ)の公子』は童子の頃から先見の異能を発揮して「その中身は人になりすました天仙ではないか」と囁かれている。

 長い白髪をなびかせていて、目元に布を巻いている『宝石商人』は後始末は引き受けたとばかりに指先に火を灯して「ここからは俺が指揮を執るよ」と注目を集めている。こちらは、「あやかしではないか」と言われている序列二位の術師の青年だ。

 

 皇帝はそんな超人異才たちをまとめて直属とし、国のために能力を発揮させている――それが、『皇帝の九術師』だ。


『朕の術師たちは天下のためにその才能を奮うゆえ、万民は英雄と仰いで褒め称えよ!』

 とは、皇帝のお触れであった。

 

 ゆえに、人々は『傾城』を「化け物だ」「恐ろしい」と思う気持ちはありつつも、彼らを「頼もしい」「自分たちの味方であり、害を成す存在ではない」と認識している。


「皇帝陛下ばんざい! 傾城様ばんざい!」

 

 皆が英雄を褒めちぎり、彼女を重用する皇帝の慧眼(けいがん)を讃えた。

 彼女がいるなら皇帝も当晋国(とうしんこく)も安泰だ、と言葉を交わした。



「ところで……試験とは?」

 


 そこだけは、謎であった。

 

 

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