復縁なんてすると思いますか? (ニッコリ
「オルトリア、君との関係も今日で終わりになる。婚約を、破棄させてもらうよ」
「――」
あの日、いきなり告げられた言葉を、今でもハッキリと覚えている。
元婚約者だったアルベルト様に、私は愛されていなかった。
家同士が決めたことだから仕方がなくそうしていただけ。
わかっていたことだ。
予想はしていた。
覚悟はしていた。
けれど、悲しみが消えるわけじゃない。
小さくとも確かな繋がりを失って、喪失感に苛まれた。
だからこそ、許せないものもある。
「オルトリア、君とまた婚約者に戻りたいと思っているんだよ」
「……え?」
それもまた、唐突に何の前触れもなく話をされた。
私が宮廷と騎士団隊舎を繋ぐ廊下を、一人で歩いている時だった。
名前を呼ばれて呼び止められ、振り返った先で彼は笑っていた。
作り物の笑顔だ。
「何を……言っているんですか?」
「だから、縒りを戻そうと言っているんだよ」
理解に苦しむ。
本気でそう言っているところが特に。
もう忘れてしまったのだろうか?
あの日、彼から言ったんだ。
私のことなんて愛していなかった。
新しい婚約者は私の妹、セリカ・ブシーロだ。
続けてセリカからは、ブシーロ家から私を追放するという話もされた。
私は一人になり、平民になった。
あの日、私は十八年間過ごした居場所を完全に失ったんだ。
それなのに……。
「馬鹿げたことを言わないでください。アルベルト様の婚約者は、セリカのはずです」
「ああ、今のところはね? けど考え直したんだよ。やっぱり長年一緒にいた君のほうが、僕の婚約者にはいいんじゃないかって」
「何を……」
「それに、今の君はとても活躍しているじゃないか」
アルベルト様はニヤリと笑みを浮かべる。
この時点で察した。
同じ理由だ。
少し前に、セリカも私にブシーロ家へ戻る様にと言ってきた。
その理由は単純だった。
役立たずの邪魔者平民だと思っていた私が、王国の英雄であるフレン・レイバーン公爵騎士様が率いる特殊分隊、ヴァルハラの一員になったからだ。
誰もが認め、憧れる騎士。
貴族としての地位も、権威も他を超えるフレン様とお近づきになりたい。
私はそのための餌に使われそうになっていた。
アルベルト様も同じ考えなんだ。
本当にこの人たちは……。
「権力しか見ていないんですね」
呆れるほどに。
「おいおい、人聞きの悪いこと言わないでくれ。僕だって男だよ? まったく好みでもない女性を口説いたりしないさ。君はとても綺麗だよ」
「……」
響かない。
この人の言葉は何も。
「ごめんなさい。私にその気はありません」
「悲しいことを言わないでよ。君だって一人は寂しいだろう? 僕が一緒にいてあげるよ」
「必要ありません。私には――」
「俺がいるからな」
「――!」
そろそろ来てくれると信じていた。
私の帰りが遅いと、彼は心配になって様子を見に来てくれる。
騎士団隊舎のほうから歩く音が響き、アルベルト様が驚きと共に振り返る。
そこに立っていたのは、噂の英雄騎士様だ。
「レイバーン公爵!?」
「まったく、前も同じようなことがあったな」
「そうですね」
彼はアルベルト様を無視して私のほうへと歩み寄り、彼は私に微笑みかける。
「大丈夫だったか?」
「はい。そろそろ戻ろうと思っていたところです」
「そうか。なら一緒にいこう」
「はい」
私はフレン様と並んで歩き、アルベルト様の横を通り過ぎる。
しかし彼が呼び止める。
「待ってくれ! まだ話は終わっていないよ」
「……なんだ? 何の話をしていたんだ?」
「個人的なお話ですよ、男女の……ね? 大切な話です。間に入って邪魔するなんて、いかにレイバーン公爵といえど失礼なのでは?」
「ふっ、失礼はどちらだ? 他人の婚約者を口説こうとした男がよく言うな」
「――は?」
アルベルト様はキョトンと呆ける。
知らないのも当然だろう。
この話はまだ公にされていない。
知っているのは当事者である私たちと、その場にいた元妹のセリカくらいだ。
「婚約者……? 誰が、誰の?」
「オルトリアは俺の婚約者だよ」
「なっ……」
アルベルト様は目を丸くして、私の顔を見る。
私はニコリと笑い、小さく頷く。
「そ、そんな……嘘はよくありませんね」
「嘘じゃないぞ? 公にすると周りがうるさいから黙っているだけで、もう正式な手続きも済ませてある。俺たちは正真正銘の婚約者だ」
「っ、……どういう趣味をしているのですか? 平民を婚約者にするなど」
「あんな提案をしたあなたが言うのか? アルベルト公爵」
「くっ……」
今回も、フレン様は途中から話を聞いていたらしい。
聞いたうえで、私が断ることを信じて待っていてくれたのだろう。
その無言の信頼に、心が温かくなる。
と同時に、アルベルト様の考えの浅はかさが露呈する。
断られるとは思っていなかったのだろうか。
無理に押せば通るとでも?
あれだけ盛大に切り捨てておいて、よくも簡単に私の心を掴めると思ったものだ。
呆れと同時に、少し腹立たしい。
だから私は、精一杯の表情を作る。
「アルベルト様」
「オ、オルトリア?」
こういう時こそ、この作り笑いはピッタリだ。
こんな男に本物の笑顔を見せる必要はない。
偽物には偽物で返そう。
「私はフレン様と一緒にいられて幸せなんです。だからもう、邪魔しないでください」
「っ……し、知らなかったんだ」
「そうですね。でも、仮に私がまだ一人でも、アルベルト様とやり直すなんて考えませんでした。私はあなたのことなんて、愛したことは一度もありませんから」
「――!」
これはあの日の意趣返し。
同じセリフを、アルベルト様は私に言い放った。
だからお返しだ。
実際、私は彼のことを好きだと思ったことは一度もないのだから。
「復縁なんて一瞬たりとも考えたことはありません。こうして会うまで忘れていたくらいです」
「オルトリア……」
「ですからさようなら。もう二度と……関わらないでくださいね」
私たちは他人だ。
最初から、これからも永遠に。
互いの道が、心が交わることはないだろう。
「行こうか。オルトリア」
「はい」
私はもう、心の安らげる居場所を見つけている。
偽りなき場所に生きている。
だからどうか邪魔をしないで。
偽物はこれ以上……いらないから。
最後まで私は笑顔を貫き通した。
大恥をかいた彼は、生涯私の笑顔を忘れないだろう。
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