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東京 その6

それから3日ほどたって、オカンから大きな荷物が届いた。


この分だと僕の出した保険の解約書類もオカンに届いたのだろうと思った。


中を開けて見ると、お米5kg、チョコレート、カップ麺、乾燥昆布、桃の缶詰、洗剤等々生活に必要な物が詰まっていた。


「助かるわぁー」

と淳ちゃんは大喜びだった。


精神病と言っても、いつも、うつ状態ではない、これも、良くなったり、悪くなったりで、その日によって少しづつ変わる。


「お礼のハガキを出そう」


いつも、オカンから何か荷物が届いたら、淳ちゃんはお礼に絵ハガキをオカンに宛てて出している。


10年ほど前までは嫁と姑の犬猿の仲だった2人だったのだが、淳ちゃんが精神病だとわかった時にオカンがそれまでの小言を控えるようになって、お互いに良い関係になったようだ。

それでも、やっぱり、変な気を使いあってる様だ。


相変わらず、僕は仕事がなく暇な毎日を暮らしていた・・・




その日の夜のことである、夕食を済ませて、リビングでテレビのお笑い番組を見て横になってると、携帯電話が鳴った。


オカンが、書類が着いたという連絡をいれて来たと思い着信を見た。


浜崎雪はまざきゆきとなっている。


旧姓 村野雪むらのゆき 結婚して浜崎雪になったが、僕の可愛い甥っ子と姪っ子の母親で、僕の実の姉である。


僕の幼い頃からの仕付しつけけはオカンよりこの3歳年上のお姉ちゃんが仕付けただけに、僕はこのお姉ちゃんに頭があがらない。

今、両親の面倒を見ているのも、お姉ちゃんだ、余計に頭が上がらない・・・


それよりなにより、お姉ちゃんから電話がかかってくる時は大体、小言が多いのだ。


淳ちゃんとオカンが犬猿の仲だった頃、

「お嫁さんの言う事ばっかり聞かんと、おかーちゃんの言う事もちょっとは聞いてもええんちゃうんか!」とののしられた事がよくあった。

それが今となっては、トラウマのようになってる。


お姉ちゃんもオカンと同様に淳ちゃんの病気の事がわかってからは、そんなに小言を言わなくなった。



今日は保険の書類が遅く着いた事で、小言を言われると思い恐る恐る電話に出た。


「もしもし、信治か?」

いつもより、お姉ちゃんの言葉が重いのがすぐにわかった、しかし、妙に落ち着いている感じもする。


「うん、」

何を言われるのか見当もつかない・・・取り合えず、返事だけした。


「あんなぁ・・・おかーちゃんなぁ・・・」

とお姉ちゃんは言った。

僕はやっぱり、オカンの事だなと思ったが、それにしても、お姉ちゃんは歯切れの悪い言い方をしていた、何かいつもと違うのだ。


「うん、」

益々、何を言われるか不安になったので、また、返事だけした。


「昨日なぁ・・・」


「うん、」


「体調悪いって言うからなぁ・・・」


「うん、」


「お父ちゃんと一緒に病院に連れて行ったんやぁ・・・」


ここで、僕はやっとオカンの体調が悪いらしい事を理解した。


「それでなぁ・・・検査入院してなぁ・・・」


「うん、」

お姉ちゃんの声が段々震え出してきているのがわかった、でも、僕には「うん、」と答える事しかできなかった。


「今日・・・結果出たんやけど・・・」

お姉ちゃんの声は震えを通り超して涙声になってきた。


「・・・」

僕はもう、返事もできなくなっていた。

おそらく、悪い病気である事は察しできた・・・


 

「すい臓 ガンやねん・・・て・・・」




・・・その言葉の意味を理解するのに時間がかかった・・・


「すい臓がん・・・」

その言葉を聴いた時、僕の感情は完全に停止した。

ショックって言葉は、こういう時に使う言葉である事を理解した。

と同時に去年の秋に帰った時にオカンが少し痩せていた事を思い出した・・・


すい臓は沈黙の臓器である。


自覚症状が現れて発見された場合はかなり病状は進行している、という事は僕も知っていた。


電話の向こうではお姉ちゃんが検査にいたるまでの経緯を泣きながら説明しているのだが、何を言っているのか頭に入ってこなかった。


「それでなぁ・・・」

お姉ちゃんの話を続けている。


「もっと、詳しく調べてみないと、わからんけど・・・」

と前置きをして話を続けた。



「あと・・・一ヶ月の命・・・らしいわぁ・・・」



それを言い終わるとお姉ちゃんは号泣した。


僕の中からそれまで停止していた感情がいきなり怒りとなって浮上してきた、誰に対する怒りなのかわからない・・・


「なんで!なんで! 去年の秋、帰った時あんなに元気やったやん!人間ドックにも行ったって!おかぁちゃん、言うてたやん!」

気がつくとその怒りをお姉ちゃんにぶつけていた。


「知らんやんか!知らんがなぁ!・・・これが事実やん!現実や!」

お姉ちゃんは完全にキレてしまった・・・お姉ちゃんにも、行き場のない怒りがあったのだ。


そう言われて、僕は我にかえった。

「あ、ごめん・・・」

素直に謝った。


それからお姉ちゃんは、オカンが自分の病名がガンであると言う事をすでに知っている事、しかし自分の余命が一ヶ月である事は知らないことを説明し、最後にオカン本人には余命の事は言わない様にしょうと決めた。


「ほんなら、できるだけ早く帰る様にするわ」


「うん、おかぁちゃんにも信治が帰ってくるって言うとくからなぁ」

お姉ちゃんはまだ、少し涙ぐんだ声をしていた。


「・・・」


と電話を切ろうと思った時、今まで気がつかなかったがお姉ちゃんの電話の向こうで、もう一人泣き声がするのだ。

小さな声で鳴いている。


オトンである、オトンが泣いている。


今まで、僕はオトンが泣いている姿を一度も見た事がなかった、お爺ちゃんが死んだ時もお婆ちゃんが死んだ時も、オトンはまったく泣かなかった。

オトンが泣いている姿さえ想像できなっかった。確かにオトンとオカンは本当に仲の良い夫婦であった、オトンにとっても本当に悲しい出来事なのだ。


電話の向こうから、オトンの小さく押し殺したようにむせび泣く声は、僕の胸の奥に響いた。


僕の止まった感情が今度は悲しみとなって涙があふれ出た。


「お父ちゃんに・・・代わってもらえる?」

僕は泣きながら、おねえちゃんに言った。


「うん、ちょっと待ってなぁ」


「もしもし」

オトンが電話に出た。


「お父ちゃん・・・」

僕は何かオトンに言いたかったが、言葉にならなかった、だだ、涙だけが止めどなく流れてくる。


「まぁ、そういうこちゃ!」

オトンは涙声を抑えて元気良く言った。


そういう人なのである、息子の前ではいつも、元気な父親であり続ける人なのである。

その態度に余計に涙があふれ出てきた。

オトンが元気なフリをすれば、するほど、オトンの辛さが僕の胸に突き刺さってくる。


「できるだけ早く帰るから、お母ちゃんのこと頼むでぇ・・・」

涙が止まらない。


「お母ちゃんな、信治に会いたがってるぞ・・・」


オトンのその言葉に僕は絶句した・・・それから後悔の気持ちがダンダン吹き上がってきて同時に号泣してしまった。


どうして今までもっと、お母ちゃんに会いに帰らなかったのか・・・

親孝行らしい事も1つもやっていないじゃないか・・・



ごめんなぁ・・・


ごめんなぁ・・・お母ちゃん・・・



「うん・・・うん・・・帰る・・・帰るから・・・」


「待ってるからなぁ」

オトンが今度は優しく言ってくれた。


号泣のまま、電話を切った。









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