東京 その1
時計の針はもう深夜の12時を回っている。
東京 南池袋にある雑居ビルの一室で僕はカメラのシャッターを押していた。
池袋駅から徒歩15分ほどにあるそのビルは7階建てでサンシャイン60を見上げる事ができ、部屋はデザイン事務所によくある様な白を基調とした先鋭された内装になっている。
薄暗くした部屋にシャッター音とストロボの閃光そしてストロボのチャージ音がこだまする。
「カッシャン!」 「ピピピピ・・・・」
机の上に白のセットペーパーを引き、簡易的にストロボをライティングして、そこにECサイト用の商品を置き次々撮影していく。
撮影商品は健康食品、アクセサリー、ペットボトル等々多種にわたっていた。
フリーカメラマンになって15年以上になるが、この100年に1度と言われる平成の大不況により、僕の収入も半減した。
僕は今年44歳になる・・・ おっさんカメラマンには非情の冬の時代が来たのである。
去年までなら、フォトスタジオで撮影する予算が出たのだが、不況の為今年はそれが出ないのだ。
したがって、この雑居ビルの一室 菅原デザイン事務所 で撮影している。
ここの社長の菅原さんとはもう10年以上の付き合いである、この社長もモロに不況にやらている。
去年までは従業員が6人いたのだが経営不振により雇えなくなり、今は社長ひとりしかいないのだ。
オマケに借金は5000万円もある。
それでも、泣き言を一言も言わず、前向きに生きている。
日ごろはバカな冗談ばっかり言っているおっさんだが、その心の内は僕には計り知れないぐらい、深い事を考えているのだろう。
俳優の渡辺謙に憧れている菅原さんは、頭はボウズぎみの短髪で無精髭をたくわえている、長身でそれなりにカッコいいのだが、ただお腹だけは出ている。
僕より2つ年上の今年46歳のおっさんだが、この人とは妙にウマがあう、僕は兄の様に慕い、菅原さんも弟の様に可愛がってくれていた。
なんと言うか、僕にとって 世界で一番気を使わなくていい人 なのだ。
オッチョコチョイな人だけど・・・この人の前では無邪気になれる、言いたい事もズケズケ言える、向こうもそれを解ってくれて受け止めてくれる、この東京という少し冷たい大都会に生きている僕にとって大切な人なんだと思う。
「よーし!信冶これラストカットだぞ!」
いつもの様に能天気なテンションで菅原さんが僕に叫んだ。
昔からの知り合いである菅原さんは 村野信治 と言う僕の名前を今では呼び捨てである。
「カッシャン!」 「ピピピピ・・・・」
最後のカットの閃光が終わった。
撮影が全て終了したのは深夜1時前だった。
菅原さんがコーヒーを入れて運んで来た。
撮影が終了してから雑談の時間になる、これもいつものことだ。
この部屋の中で、一番夜景がよく見える窓際のテーブルにコーヒーを置き
「信治、悪いなぁ いつも安いギャラでコキ使って・・・」
いつもの菅原さんのセリフである、ここのセリフから僕たちの会話はスタートするのである。
「いえいえ、仕事を頂けるだけ、ありがたいです」
と僕はいつもの様に両手を合掌しておどけて返事をかえす。
ここでかならず二人して一瞬「にやり」と笑ってしまうのである。
「ねぇ 菅原さん サンシャインの窓の明かり全然 点いてないねぇ」
この雑居ビルから見えるサンシャイン60を見ながら僕は言った。
去年までならこの時間でも、サンシャインの窓の明かりは何個か点いていたのだが・・・つまり今年は不況の影響でこんな時間まで残業する企業がないのである。
「まぁ 不況だからなぁ 残業なんてする会社なんてないよなぁ・・・そんなことより 信治 オマエの方の借金はどうなったんだ?」お得意のおどけた表情で菅原さんが尋ねてきた。
先月、僕がいよいよ借金しなくては、生活ができなくなった・・・という事を話した事を覚えているのだ。
他の人には絶対に借金の話など言えないが、なぜかこの人には素直になってしまう・・・
僕は黙って指を5本出した。
「あはっは~ 50万かよ! 先月より10万 借金 増えてるじゃねぇーかよ」
菅原さんの言葉に僕は苦笑いをしてごまかしたつもりだったが・・・
「オマエ 50万なんてすぐ返せると思っているだろ?ところがそれは間違いだ・・・軽い気持ちで10万づつ借りて、気がついたらすごい大金を借金してしまっている。そう言う事になるなよ。俺なんて5000万だぞ、借金!!あはっは~」
菅原さんは窓の外のサンシャイン60を見上げながら冗談ぽく僕に忠告をしてくれた、きっと心配してくれているんだろう。
この人はいつもこうなのである、重い話も笑いながら軽い感じでサラリと言うのである。
借金の話はそれで終了した。そんな暗い話は僕も菅原さんも好きではないからだと思う。
子供の頃 大人になったら 難しい話をするとばかり思っていた・・・経済や政治等々
もちろん そういった話もするが、僕と菅原さんは仮面ライダーとかガンダムとか昔のヒーロー者 マンガの話をよくした。
今日の話題は銀河鉄道999から始まり宇宙戦艦ヤマトまで及んだ。
46歳と44歳のおっさんが夜中に昔見た銀河鉄道999とか、宇宙戦艦ヤマト等のアニメ話をしてるのだ。
少し笑える事だと思う。
僕は思うのである。
僕はひょっとしたら 大人に成りきれてない のではないかと・・・
幼い頃に 何か忘れてきて それを探している のではないかと・・・
いや、大人になった今だからこそ、こんな先の見えない生活をしていればこそ、不安なこの気持ちを昔見た懐かしいTVアニメの話でもして自分自身を癒しているのかもしれない。
それは、目の前にいる菅原さんも同じ事が言えるのではないのか・・・
結局、大人といっても、どこかに安らげる場所がほしいのであると思う。