夏休み前
「進路どうするんですか?惠」
クラス委員長の山岸香苗は夏空の清涼に満ちた教室の中に溝川の汚水の如き言葉の一滴を垂らした
夏休み1週間前、期末考査も終わりを迎え自身のしがらみを一旦忘れていたいと思っていたのにいきなり現実へと私は引きずり込まれた 溝川だ 現実は溝川でこの女は溝川に住む河童だ
私は仏頂面で答える
「あんたには想像もできない路を進むわ」
「考えていないんですね」
「考えてないことなどない」
一応本当に考えていないことはないが 夏期講習、部活、地域イベントへの参加などこの時期の高校生の何と多忙な事か それに加え進路の事も考えなければいけない 就職、進学、自分はどの程度のレベルなのか、何をしたいのか、何を学ぶのか、学びたいのか それに伴い勉学に励むべき時間も増えてくる
少し考えただけで暗澹とした心持ちだ
「あんたはどうするの」
溜息混じりに訊ねる
「私も、少しは見通しを立ててますが困っています」
なるほどでは私は河童ではなく、ただ溺れている人間に足を掴まれたのか
不服な顔をした私を見て微笑で続ける
「夏休みの前に惠と2人で絶望を味わおうと思って」
前途多様な女子高生2人が皿にあけられた濁った藍色のスープのようなものをペロペロと舐める光景がまざまざと浮かんできて、私は思わずぎゃあと叫んだ
「無理だ!心中だ!無理心中だ!」
「たまに一緒に覗いてるじゃないですか絶望の淵とか、夜の底とか」
皿にあけられた絶望スープをひとしきりと舐めきったところで私たちは教室を出て校内を散歩した