〇〇しないと出れない部屋に閉じ込められた話
セックスしないと出れない部屋。
講堂にでかでかと掲げられている四文字熟語の標語のように、部屋の壁に大きくかけられたその掛け軸の文字に私は目を剥いた。
部屋には掛け軸以外何もない。
〇〇しないと出れない部屋、それは薄い本やパーティーグッズで大人気のソレである。
それにしても出る条件がセックスとは正気か。
オーケィ、まずは状況を整理しよう。
私はリーゼ・デッサル。魔術師養成学院ことMYAの優秀なと言いたいところだが、平々凡々な生徒である。ちなみに容姿も私個人としてはそこそこに可愛いと思うが残念ながら世間一般的には平々凡々で、身長だけがやや低めというザ・平凡ガールだ。
MYAは一定以上の魔力を持ち、且つMYAから入学届が届いた者のみが通えるという名門学校で、上は王族から下は私のような平民まで通う。
魔術師養成学院なだけあって、魔術絡みのトラブルは度々起こるが、今回もその一つだろうと思われる。
私はただ教室に日誌を取りに来たはずだった。だから、さっきまで教室にいたことは間違いない。その証拠に日誌を持っている。
私は思わず遠い目をする。
うまくトラブルを避けて来れたと思ったのに。まさか卒業直前で巻き込まれることになるとは。
「……えっと、君が俺をここに呼んだ人?」
「違う!」
恐る恐る掛けられた声に反射的に怒鳴り返しながら、相手を見やった。
同じクラスであり、MYAでイケメン四天王の一人に数えられているユリウス・アンデがそこに立っていた。
肩まである緩やかな金髪をハーフアップにし、腰の位置が私のへそくらいある足の長い彼は、少し垂れ気味な目元が優しげなイケメンである。おまけに成績も良く、物腰柔らかな彼は、貴族ではありつつも、家を継ぐこともなく自分で食い扶持を稼がないといけない五男ということもあって、婿養子を希望する貴族や商家の女子生徒に大人気だ。
そんな彼は今、柳眉を顰めて、不信感たっぷりにこちらを見ていた。
きっと私も同じような顔してユリウスを見ているだろう。
「私はこれを教室に取りに来ただけ」
強調するように日誌を掲げてみせる。
「今日、私は日直だったの。これを提出しないと帰れないから取りに来たってわけ」
「へぇ?」
「断じて違うから!濡れ衣だから!なによりトイレに行きたい人間が、こんなの仕掛けると思う!?」
〇〇しないと出れない部屋シリーズは、パーティーグッズな為安心安全設計である。よって条件が達成しなくても部屋から出れる。その場合1時間くらい閉じ込められるけど。
いま、わたしは、その1時間すら、惜しい。
その意味が分かるだろうか。
ずいと一歩詰め寄り、鬼気迫るように主張する。
分かってくれたのか、彼は詰め寄った分の一歩を下がると肩をすくめた。
「分かったよ。疑ってごめんね。ちなみに俺も犯人じゃない」
「証拠は?」
「俺ならこんな部屋必要ないかな」
確かにいつも可愛い女の子達に囲まれて、校内でも人気の高い彼ならさもありなん。流石のイケメンである。
思わず舌打ちが漏れ出たのはご容赦願いたい。
「信じよう」
「ありがとう」
「ちなみ犯人に心当たりあったりする?直近で告白されて断ったら逆恨み買ったとか?」
そう尋ねると、ユリウスは顎に手をやり、うーんと唸った。
「実はMYAに入ってからは告白されたことないんだよね。だからその線はないかな」
「へぇ」
意外だと思いかけて、そうでもないかと思い直す。
こいつはイケメン四天王。入学早々に各四天王のファンクラブが結成され、確か「抜け駆け禁止、但し彼から来た場合は許す」という掟があったはずだ。
ちなみに友人が別の四天王のファンクラブ会員で、彼の目に止まるべく、日夜アピールに励んでいる。
ファンのみならず一般生徒もこの掟を破らないように皆過ごしているのは、ここが魔術師のタマゴの学校であるからだ。未熟な魔術師にかけられる呪いは下手な呪いより怖い。
「こんなことしそうな子に思い当たりはある?」
暗にお前のファンの仕業じゃないかと言ってみるとユリウスは首を振った。
「みんな礼儀正しい子だからね、こんなことはしないよ」
ユリウスはムッとしたようだった。
ファンの子達と信頼関係があるらしい。私は疑ったことを素直に謝った。
「それでどうする?」
「出来るなら早く出たい。トイレ行きたい」
切羽詰まっている私を尻目に、先程の仕返しなのか彼はクスっと笑った。
「大丈夫、何が起こっても引いたりしないから。これは事故だからね」
余裕綽々なのが腹立たしい。同じ目に遭って欲しい私は細やかな反撃をすることにした。
「思い出して。ユリウスがトイレに行ったのは何分前?膀胱にたまってきていない? あと1時間はトイレに行けないのよ?」
だいぶ前にトイレに行ったっきりらしいユリウスの顔色が変わった。
その顔に満足してにこっと笑ってみせる。
「ちょっと、やめて。トイレに行きたくなる」
「私たち、お揃いね!」
「ソウダネ」
はー、とため息を吐くとユリウスは髪をかき上げた。
「で、どうする? 真面目な話、1時間持ちそう?」
先ほどとは打って変わって心配そうにこちらの顔を覗き込む。
「大丈夫かな。でもトイレとは別で早めに出たいんだよね。先生が帰る前に日誌を渡したい」
「あー、そうだよね」
私は日誌を振ってみせた。
ユリウスはへにょと眉尻を下げて申し訳なさそうな顔した。
「ごめんね。たぶんコレ、俺のせいでしょ?」
その言葉に私は力強く首を振る。
呼び出されてここに来たという彼はどう考えても被害者だ。
「悪いのは犯人でしょ。それに巻き込まれたのが私で良かったんじゃない?」
「そう?」
「犯人と閉じ込められた場合悲惨じゃん」
想像してしまったのか、ユリウスの顔が一気に青ざめた。そして、ずるずるとしゃがみ込む。
「……そうかも」
「元気出してー。乗りかかった船だし、犯人探し手伝うよ」
ユリウスの正面に座り、ぐっとファイティングポーズを取った。
ユリウスは目を瞬かせた後、同じようにぐっとファイティングポーズを取る。
「ありがとう。犯人を捕まえようか」
「その前に出ないとね!」
さて、と私は制服のジャケットの内ポケットに入れていた杖を取り出した。
前述した通り、〇〇しないと出れない部屋は、その名の通り、条件を達成しないとすることができない。物理で攻撃しようが魔術を使おうが部屋を破壊することはできない。
しかし物は試しである。
壊れない可能性もなきにしもあらず。
私はすっと立ち上がり、杖を構えた。
杖先に魔力を集中させ、呪文を唱える。
「爆ぜろ」
何も起きない。
爆破させる予定だった壁を見てみるが傷一つついていない。
「ええ、何やってるの?」
「魔術を試してるの」
「この部屋って魔術は使えないんじゃなかったっけ?」
「まぁ、物は試しにね」
ユリウスも立ち上がり、杖を構えた。
「壊れろ」
何も起きない。
どうやら本当に魔術は効かないようだ。
「どうする? いっそやってみる?」
「なにを?」
「ナニを」
ははと渇いた笑いを溢したユリウスの目は座っている。
「ついに私の魅力に気が付いてしまったか」
「うん」
「いや、ここはつっこんでくれよ」
場を和ませようとした私の冗談は、流されてしまった。
まぁ、自棄になるのも無理はない。
見知らぬ誰かにセックスを強要されそうになり、こんなところに閉じ込められているのだから。
「うーん、私の家って平民なのよね。それも代々宿屋をやってる。そんな家から、魔術師の名門学校に通えるほどの魔力持ちが何故出たと思う?」
強い魔力持ちは貴族に出やすい。それは昔異能を持つ彼らが祭事を担い、次第に権力を持つようになったところに由来する。
平民でも魔力持ちは多くはないがいるにはいる。貴族と結婚したり、権力争いに負けた貴族が平民になったりしたからだ。
しかし、魔術の名門学校まで通えるほどの魔力持ちは少ない。
「私の曾祖母が、たぶん貴族と一夜の関係を結んで出来たのが祖父。その影響で魔力が強いと思うのよね」
今よりも貞操観念に厳しかった当時、未婚で産んだ曽祖母はそれはそれは責められたらしい。ちなみに当の本人は「うるせぇ!人生一度くらい超絶イケメンとイチャイチャしてみたかったんだ!」と主張していたらしいので満足してた模様。
「だからあそこの宿屋の娘は代々股が緩いって悪評流されたくないのよね。だからやぶさかではないのだけど、悪いね」
曽祖母の件が無ければ、アリかもー!とイケイケになっていた可能性は大いにあるので血は争えないなって思う。
私はめんごめんごと片手をあげた。
しかし、そんな軽いノリの私とは違ってユリウスは暗い顔でいる。
「ごめん、自棄になってた。犯人に見せつけてやれば良いと思ってしまった。最低だよね……」
呟いてユリウスは項垂れた。誘ったことに対して自己嫌悪に苛まれているらしい。
どんよりとしたオーラがユリウスから出ている。そのじめじめ具合にカビが生えそうだ。
「えい」
「おわっ」
私はユリウスのお腹をぐっと押した。
「なにするんだよ」
「いや、トイレに行きたくなるかなって?」
そう告げた次の瞬間、ユリウスの手がお腹に伸びてきた。
私はそれを華麗に避け、高笑いした。
「アハハハ、そんな動きで押せるかな?」
「このっ」
「隙あり」
そして、お互いの腹を押す攻防が始まった。
数分後、私たちは疲れ果ててしゃがみ込んでいた。
「疲れた」
「真面目に考えよう」
運動してスッキリしたところで思いついたことがある。
「パーティーグッズなのにセックスって条件はおかしくない?」
「確かに」
〇〇しないと出れない部屋はパーティーグッズである。
一歩間違えば犯罪になるような条件を出そうものなら販売禁止になるはずだ。
「だから、誰かが条件を魔法で誤認するよう文言を書き換えたんじゃない? 見た目の条件はセックスだけど、本当の条件は告白する、とか、手を繋ぐとかの可能性があるよ。流石に条件自体を変更するのは無理だと思うし」
確かにとユリウスは頷いた。
それに私は気を良くして、胸を張った。
「名探偵と呼んでいいよ」
「呼ばないかな。ただ、見た目だけでも条件を書き換えができるほどの魔術師相手なら迂闊な行動はしない方が良い。下手な呪いが成立する恐れがあるからね」
確かにと私は頷いた。
ユリウスが胸を張ってにやりと笑う。
「名探偵と呼んでくれてもかまわないよ?」
「いや、呼ばないわ」
ユリウスがふっと息をつく。強張っていた彼の表情はいつの間にかほぐれていた。
「……さっきはありがとう」
気を遣っていたことに気付かれていたらしい。
少し気恥ずかしくなった私は、軽くユリウスの背中を叩いた。
「となるとやはり時間切れを狙うか犯人が様子見してくるのを待つしかないか」
ユリウスが肩をすくめて言う。
私も考えてみるが、待つしかないように思えた。
立っているのも疲れるので、私たちは腰を下ろすことにした。
投げ出した足をぷらぷら動かして、尿意を誤魔化す。
黙っているとトイレについて考えてしまいそうだった。
そろそろ危険水域に達しそうである。
思考を逸らすべく、私はユリウスに話しかけた。
「犯人誰だと思う?」
「既製品とはいえ、強固にかけられている魔法の書き換えの実力があるのはミヒャエルだろうね」
ふむと頷いてユリウスが応えた。
ミヒャエル・バウムゲルトナーはイケメン四天王の一人で、100年に1人の逸材と名高い天才魔術師である。
憂いを帯びた切長の瞳と漆黒の髪が特徴的な彼は、とにかく寡黙&無表情で有名な人だ。ただのその鉄仮面が唯一崩れる瞬間がある。それは幼馴染シャルロッテ・クラウゼヴィッツを前にした時で、その時の笑顔の破壊力が高いと女子生徒の中で評判だ。既にエリートしかなれない国立魔術研究所の一員でもある彼が、わざわざこの学院に通っているのはその幼馴染と一緒に学院生活を送る為だともっぱら噂である。
「ミヒャエルってシャルロッテが好きだから、流石に違うんじゃない? 他の人とあからさまに態度違うし」
「俺もそう思うよ」
「分かった!」
推理を披露すべく、私は立ち上がった。
何故立ち上がったのか、それは探偵は謎解きしながら歩き回るのが一種の様式美だからである。
閑話休題。
「犯人はシャルロッテだね。
卒業間近に控えた春麗らかな今日この頃、シャルロッテは人知れずユリウスへの想いを募らせていた。切羽詰まりに詰まった彼女は幼馴染であり、天才と名高いミヒャエルに相談した。
そこでミヒャエルはパーティーグッズを利用した魔法を構築し、この部屋を作ったってわけ。
うまく罠を設置し、ユリウスを呼び出したまでは良かったものの、肝心の部屋に入る時点でトラブルが発生して、私とユリウスが閉じ込められた。
こんなところじゃないかな?」
ビシッと人差し指をユリウスに突きつける。
ユリウスはこくりと頷いた。
「そんなとこだろうね」
「そういや、教室の入り口のところで挙動不審な動きをしてるシャルロッテがいたような気がするわ」
「それ早く言ってくれよ」
「ごめんごめん、気が動転してて」
よいしょと私が座り直したその時。
だんっと地面、いや部屋そのものが揺れた。
どんっ。
爆発音と共に壁にヒビが入る。
「爆ぜろ」
ミヒャエルの涼やかな声が聞こえた瞬間、私はユリウスに頭を抱え込まれた。
どんっ。
爆発音と共に光が溢れる。ぎゅっと抱きしめる力が強くなった。こんな時なのにキュンと胸が高鳴る。
私は頭が真っ白になりつつも、眩しさに目を閉じた。
光の洪水が収まったので目を開けると、目の前に制服のネクタイと思わしき青色が広がっていた。
男の人に抱きしめられるのは人生初なのではとドキドキしていると、すっとユリウスが離れる。
「おま、中に人がいるんだぞ?!大爆発の呪文使うな!」
血相を変えたユリウスが怒鳴る。
対するミヒャエルは相変わらずの無表情だ。
「そんなヘマはしない」
「ヘマしないとかじゃないんだよ。危ないから言ってんの!」
「そう」
「そう、じゃない!」
ヒートアップしてるユリウスはさておき、私は辺りを見渡した。
あの何もない空間は消え、元の教室に戻っている。
どうやらミヒャエルが空間を破壊したらしい。一般人では破壊できないはずのそれを破壊するなんて、流石天才魔術師である。
私はほっと一息をついた。
そろそろトイレに行きたいかなーと視線を教室の入り口まで彷徨わせた時、入り口からこちらの様子を窺っている女子生徒がいることに気がついた。
波打つ黄金色の髪に、大きな蒼い瞳、小柄な私よりさらに小柄な彼女は、その整った顔立ちも相まってまるでビスクドールのようだった。
「シャルロッテ・クラウゼヴィッツ」
そう、今回の元凶と思わしきシャルロッテである。
名前を思わず口にすると、ビクッとシャルロッテの肩が跳ねた。
口論になりつつあったユリウスとミヒャエルが口を閉じ、シャルロッテを同時に見やる。
私たちの視線を浴びたシャルロッテは顔を青ざめさせると、勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!!」
「で、どういうことか説明してくれるよね?」
私の右隣に座ったユリウスが、私の斜め前、つまりユリウスの正面に座っているシャルロッテに話しかけた。
ちなみにミヒャエルは私の前、つまりシャルロッテの隣に座っている。
トイレに行きたい私はこのシャルロッテの弁明の場にいなくても良いはずだが、被害者の一人として、なにより加害者二人の前に被害者を一人にするのも悪い気がして、この席に座っていた。
シャルロッテは、はらはらと涙を流している。
こんな状況でなければ、その溢れる涙を拭って抱きしめてあげたいくらいの可憐さだ。
沈黙が続く中、意を決したのか、シャルロッテがハンカチをぎゅっと握りしめて口を開いた。
「わ、わたくし、ユリウス様をお慕いしております」
「ごめんね。君の気持ちには答えられない」
間髪いれずにユリウスが断りを入れた。ストーカー化しそうなヤバい奴相手への返事としては正しい。
が、射殺さんばかりに睨みつけてきているミヒャエルを思うと、その返事は正しくないもののようだった。
まぁ、でもこいつはユリウスがなんと答えようと気に食わないのだろうなと思うが。
「そう……ですわよね。…あんなことをしておいて」
より激しく肩を震わせて泣き始めたシャルロッテを慰めるようにミヒャエルが背中を撫でている。
それをユリウスは冷めた目で見ていた。
きっと私も同じ表情をしていることだろう。
しばらく、時計の針が時を刻む音と、シャルロッテの啜り泣く声が部屋に響き渡る。
これ以上いても意味がないんじゃないかと思い始めた頃、先に動いたのはユリウスだった。
「話は終わりかな?それなら帰りたいんだけど」
「お待ちくださいっ」
席を立とうとしたユリウスをシャルロッテが引き止めた。
「ぜんぶお話いたします…」
「私は学院を卒業後、親の決めた相手と結婚せねばなりません。クラウゼヴィッツ家に生まれた以上、それは仕方とないことと理解しておりました」
クラウゼヴィッツ家とは私みたいな一般人でも知っているほどの大貴族で、代々宰相や大臣に任じられている一族である。その幼馴染であるバウムゲルトナー家も当然名家だ。
「ですから、この想いは学生の時代の思い出の一つとして仕舞おうとしていたのです。
あの日お父様の元にあの男が現れるまでは。」
シャルロッテの眉が苦々しげに顰められた。
「私の婚約者候補であるらしいあの方は、その……身長が大変低く、髪は脂でねっとりとし、体ははち切れんばかり、体臭も生理的に受け付けるものではなく……。
あの下卑た笑みを前にした時、好きな殿方と結ばれた思い出があれば、どんな相手とこの先結婚したとしても生きていけるのではないかと」
わっと顔を覆ってシャルロッテは泣いた。
思っていたよりだいぶ切実な事情に庶民である私は引いていた。
同情はするけど、やらかしたことは犯罪なので複雑である。
ちらりとユリウスを伺うと相変わらず険しい表情で、シャルロッテとミヒャエルを見ている。その顔に同情や憐憫が浮かんでないことに少しホッとした。
「ですから、わたくし、ミヒャエルに」
「いい、ここからは俺が話す」
しゃくりをあげて泣くシャルロッテの頭を優しく撫でた後、ミヒャエルが話始めた。
「事情を聴いた俺が提案したんだ。ユリウスと結ばれる方法があるって。
セックスしないと出れない部屋に閉じ込めれば、告白してセックスするに至るよりも、頼み込むよりも、断られない確率が高いと考えた。
条件をセックスに変えた部屋を設置したかったが、流石にそれはできなかった。そこで俺は教室の入り口に"手を繋がない"と出れない部屋に書かれている条件をセックスしないといけないと思い込む魔術を掛けたんだ。教室の入り口を通って、部屋に入った時に誤認するように。
あとついでにユリウスの感情が少しの間、直情的になる魔術も掛けた。媚薬だとシャルロッテにケダモノのように襲いかかる可能性があるからな。これなら可憐なシャルロッテにより手を出しやすくなるし、すぐに理性が戻るから安全だと思ったんだ」
本来の条件は"手を繋ぐ"だったらしい。
こんなにイケメンの口からセックスという単語を聞くことは今後ないだろうなと思いつつ、だからユリウスは閉じ込められた直後、情緒不安定気味だったのねと私は納得した。
媚薬ではなく、直情的になる魔術にしたところにミヒャエルのシャルロッテへの想いを見たような気がする。世の中の男はきっと自分のようにシャルロッテにアレやソレをしたい気持ちを理性で押さえていると思ったんだろう。
それにしても、感情に作用する魔術は相当難しいはずなのにサラリとやってのけてみせるところは、流石彼が天才と呼ばれている所以である。
「部屋は教室に2人の人間が入った時に作動するように設定した。
後はユリウスを誘き出して、シャルロッテが入れば完璧だったのに」
ミヒャエルが忌々しげに私を睨む。
私は教室に入ろうとした時を思い返す。
下校途中に日誌を提出し忘れたことを思い出した私は急いで教室の前まで戻ってきた。
教室の入り口は二つあり、黒板より側の入り口にはシャルロッテが佇んでいた。シャルロッテは入り口に手を掛けては引っ込めるを繰り返していたように思う。
だから、私はシャルロッテがいない方の入り口を開けたのだ。
教室に入り、日誌を手に取った瞬間、例のあの部屋にユリウスと閉じ込められたのである。
「リーゼは関係ないだろう」
ユリウスが鋭く言った。
ふんとミヒャエルが鼻を鳴らした。
「ほんとうに、本当に申し訳ありませんでしたっ。ユリウス様のみならずリーゼ様にもご迷惑をおかけして」
シャルロッテが深く頭を下げた。シャルロッテが頭を下げようとしないミヒャエルの服を軽く引っ張る。
「悪かったな」
渋々ミヒャエルも頭を下げた。
ユリウスは頭を下げている2人をしばらくじっと見ていたが、はぁとため息を吐いた。
「まぁ、許すよ。ただ、俺のような弱小貴族やリーゼのような平民にとって今回のことは、訴えることもできない犯罪ということを自覚しといて欲しいかな」
確かになと私は頷いた。
クラウゼヴィッツ家やバウムゲルトナー家を敵に回したら生きていけないので泣き寝入りするしかないだろう。
シャルロッテは、はっとしたように目を見開くと、さらに深く頭を下げた。ミヒャエルもシャルロッテに倣う。
「それとミヒャエル。シャルロッテのことを思うんなら、お前がクラウゼヴィッツの家に婚約を申し込めば良いんじゃないかな。バウムゲルトナー家ならクラウゼヴィッツ家とも釣り合うだろう?」
「簡単に言うな。バウムゲルトナー家は遡れば王家の血が流れているとはいえ分家も分家だぞ。本家ならまだしも分家では相手にされるはずもない」
悔しさからか怒りを滲ませてミヒャエルが言う。
そんなミヒャエルを前にして、ユリウスはハンッと鼻で笑った。
普段見ることのないその姿にシャルロッテが驚いてユリウスを見た。
「まぁ、そんなことで諦める程度の想いだったんだね。告白も見たところできてないようだし」
こいつ、煽りよる。
閉じ込められたこと、セックスを強要されそうになったこと、部屋ごと爆破させられそうになったこと、危害を加えておきながら悪びれないミヒャエルの態度諸々で頭に来ているのだろう。
にこりと笑うとユリウスは私を見た。
「さて、帰ろうか」
有無を言わさないそれに私は思わず頷いた。
日誌と鞄を持ち、立ち上がる。
「そうだ、一つだけ」
ふと思ったことをミヒャエルに伝える。
「貴族のことはよく分からないのだけど、魔術研究所に入れるほど優秀なのだから、それを突破口にできたりしないのかな?」
ミヒャエルが少し思案顔になる。
もしかしたら、最初から諦め切っていたので婚約に漕ぎ着けるまでの戦略を練っていなかった可能性があるなと思った。
まぁ、ミヒャエル程技術的に優秀な人間はいないので、いろいろやりようはあるだろう。
「まぁ、それもシャルロッテに告白できたらの話だけどね」
ヘタレなお前にはできないだろと暗に煽ってから、教室の外へと向かう。
教室の扉を閉めかけた時、「えっとミヒャエル…さっきのって……?」と問いかけるシャルロッテの声が聞こえた。
私は完全に戸を閉めるのではなく、ごく僅かに開いた状態にして、素早く扉の影に隠れた。
「何してるの?」
「しっ、静かに!」
私は口元に人差し指を立て、静かにのジェスチャーをした。
「もしかしたら、ミヒャエルの告白がみれるかもよ?」
「聞き耳立てるなんて、悪趣味だねー」
と言いつつも、ユリウスもニヤニヤしながら扉の影に隠れる。
本当なら隙間から身を乗り出して見ていたいところだが、バレて防音魔術でも掛けられたらつまらない。
私たちは息を潜めて、ぴたりと扉に耳を張り付けた。
「……俺はお前の家に婚約を申し込みたい。それはお前を助ける為ではなく、シャルロッテ、これから先の人生をお前と生きたいからだ」
「ミヒャエル……」
ガタッと椅子が動いた音がした。
続くリップ音。
思わず身を乗り出しかけるユリウスを押さえる。
「シャルロッテ・クラウゼヴィッツ。婚約を申し込む許しをくれないだろうか」
ひざまづき、相手の手を取ってキスをする。
そんな求婚の仕方が今貴族の中で流行していることを思い出した。
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙が続く。
「シャルロッテ、お前だけを愛している。今までも、これからも」
「ミヒャエル……!」
我慢できずに隙間から覗き込むと、2人がひしっと抱き合っていた。
これはきっと成立したに違いない。
お節介焼き…って言ってもほぼ何もしてないけど、お節介焼きのリーゼはクールに去るぜ。
私はユリウスの服の裾を引っ張り、教室の前からそっと離れた。
2人してトイレを済ませた後、なんとなくの流れで一緒に私達は、日誌を出す為に職員室に向かっていた。
「いやー、まさか最後にあんな面白いものが見れるとは思わなかったね」
「俺としては、あの2人がまだ付き合っていなかったところに驚きだったよ」
「確かに。距離が異様に近かったもんね」
貞操観念にまだまだ厳しい貴族のお嬢さんとしてはあるまじき距離の近さだった。本人は家族枠としてみていたのかもしれないが。
「最初は散々だと思ったけど、なんだかんだで楽しかったな」
「うん、楽しかった。俺たちも付き合っちゃう?」
さらりと告げられた言葉に私は思わず足を止めてユリウスを見た。
「……ついに私の魅力に気がついてしまったか」
「うん」
ユリウスはニヤニヤと笑っている。
「良いよ、一夜限りじゃなければ」
「いいんだ?!」
そう答えるとユリウスが驚いたように言った。
私は頷く。
「だってユリウスと一緒だったから、あの部屋にいても楽しく過ごせたと思うんだよね。それにやぶさかではないってあの時言ったじゃん」
「そういえばそうだね。じゃあ、付き合おう」
「軽いなー」
「そっちこそ。けど、リーゼともっと過ごしたいと思ったから、お付き合いしたいって言ったんだってことを覚えておいてね」
ひらりと手を振るとユリウスは去っていった。
どうやらいつの間にか職員室にたどり着いていたらしい。
最後に爆弾落として行くなと思いつつ、赤くなった頬を日誌で冷やしながら、私は職員室の扉に手をかけた。
こうして付き合うに至った私たちだが、ユリウスがまたトラブル(主に片思いを拗らせた女の子絡み)に巻き込まれたり、何故かシャルロッテから恋愛相談を受けるようになったり、五男だと油断してたら婚約者をあてがわれそうになって慌てたりといろいろ事件が起こったりするのだがそれはまた別の話。
ただミヒャエルとシャルロッテが数年後、無事婚約を結べたことだけはここに述べておこう。