第130話 焦り
「くっ、完全にしてやられたわ……あの狐、私が攻撃するときを狙ってたのね……!」
腹部に触れたネマの左手には血がべったりと付いており、赤ローブのシミは少しずつだが着実に範囲を広げ、出血で力が入らなくなったのかとうとう彼女は片膝を突いてしまう。
しかし、致命傷にはならなかったため、すぐにポーションを飲んで止血と回復を同時に済ます。
「ふぅ、危なかった……もしこのローブが防魔加工されてなかったらと思うとゾッとするわ……でもね、私が生きてるってことはまだ成すべきことがあるってこと……! さぁ出てきなさい! 貴方が姿を消してるのは分かってるのよ!」
突如、ネマは虚空を睨みながら叫んだ。すると九尾妖狐は何も無い所から突然姿を現し、それと同時に倒れていた胴体の方は忽然と消えた。
恐らくだが、姿を眩ませていたのは光魔法による光の屈折を利用したもので、消えた胴体の方は〝妖術〟とやらで幻覚を見せていたものと思われる。
そう推察し、改めて九尾妖狐に目を向けると、奴は不敵な笑みを浮かべてネマを見下ろす。
その不敵な笑みに「何がおかしいのよ!」と怒声を上げたネマであったが、急に驚き出しては大きな独り言を。
「……ヨクワカッタナ……? なっ、何よこれ!? 頭の中に直接声が……!? って、それよりなんで私の思ってることが……ま、まさか、これが精神感応っ!?」
九尾妖狐のステータスを覗き見た時に精神感応というスキルがあったことを思い出したネマ。
そして、それを読み取ったであろう九尾妖狐は口を横に広げて不気味に笑い、自身の思考を広範囲に飛ばして俺たちの脳内に直接送り込んできた。
「う、うそ……そ、そんな……やめて……やめなさい!」
激しく動揺を見せたネマは、動揺したまま怒りを露わにして無詠唱で火魔法を乱発し、一方の九尾妖狐は笑ったままゆっくりとした足取りでファラたちの元へと向かい出す。結界を身体のラインに沿うよう薄く伸ばして火魔法を防ぎながら。
そんななか、先程奴が送り込んできた思考を思い出す俺……それはネマが見てる前で仲間たちを八つ裂きにするというもの。あまりにも凄惨すぎて吐き気を催すほどに鮮明でリアルだった。ネマが動揺し怒るのも無理はない。
本当なら俺も奴を留めるために参戦したいのだが……と、ここで気絶しているセリーヌに目を向ける。
そう、セリーヌは生きている。勿論、俺……いや、キキョウも。ただ、奴の火魔術によってセリーヌは軽い火傷を、キキョウは半身が焼け爛れてしまい、動けない。
何より、もし動けたとしてもセリーヌを置いて影の中から出るなんてことはできない……出るなら一緒にだ。
そう歯痒く思っている間に、九尾妖狐はファラたちの元へかなり接近しており、それを阻止しようとネマは絶えず火魔法を撃ち続けている。彼女の表情が怒りから焦りに変わるほどに。
どうにか、どうにかしないとこのままでは……! と俺も焦り出すが、ここで出ていったとしても狙い撃ちされて終わるだけだ。今のキキョウに奴の攻撃は避けられない。
ならどうすれば……!? と焦りを加速させていると、いきなり俺の頭の中に女性の声が響く。
「はぁはぁ……もう少し、もう少しです……!」
その声の出先を辿ると……声は本体から聞こえてきたものであり、俺を治癒してくれている女治癒士の声だった……