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⑤謹んで歓迎します!

 夕暮れからの暗闇は早い。

 レイディは薄暗い雲の下に佇む廃墟を見やる。かつて誰かの別荘として使われていたこの屋敷は、すでに空き家となって何年も自然の中に放置されてきた。ここは森の中。晒され続けてきたその石造りの建物は、侘しくも堂々としている。偶然見かける者がいたとしても、その歪な存在感に背を向けるだろう。


 だからこそ無法者たちにとっては都合がいい。ハンガー座もそう思ったはずだ。ここは今、ハンガー座のアジトの一つとなっている。屋敷にとっても、人がいる方が賑やかでいいのかもしれない。しかしレイディはこの屋敷を恨めしそうに睨みつける。


 当然、事前に下調べはしてきている。チャミルは今日ここに立ち寄るという情報も得ている。ブラックダイヤモンドをブラックホールの向こうに投げる日だからだ。

 バラバラに解体されて闇市場に流されてしまっては、もう手に負えなくなる。だがそのタイミングでないと、ブラックダイヤモンドは姿を決して現さない。


 規模の大きいハンガー座も一流の盗賊だ。もちろん盗品は巧妙に隠す。それを探し出すのは至難の業で、時間がかかりすぎる。


 今宵、必ず仕留めなければ。


 レイディは瞳をぎらぎらと光らせて屋敷へと侵入していく。屋敷の中には数名のハンガー座のメンバーがいることは分かっている。レイディは破れた窓から中へと入り、耳を澄ませる。

 遠くの部屋からは渇いた笑い声が聞こえてくる。どうやらお酒を飲んでいるようだ。ハンガー座は陽気な人間が多いと聞く。早くも晩餐を楽しんでいるようだ。


「お邪魔しますねっ」


 レイディはニヤリと口角を上げ、忍び込んだ暗い部屋の扉を開けて廊下の様子を確認する。明かりはついているが、人影はない。

 このスリル、やはりわくわくする。血が滾って、胸が躍り狂ってしまう。やはり自分にはこの世界が向いている。レイディはそう確信をし、物音一つ立てずに目的の部屋へと向かった。


 屋敷の外では、スワンが中の様子を木の上から窺っていた。まずはレイディが侵入し、動きがあればスワンとベアが交戦する。それが決まった動きだった。

 身軽なレイディに先に偵察させることで、後に続くものが動きやすくなる。まさにレイディ・ファーストだ。


「スワン、どうだ?」


 ベアが木の下から声を上げる。筋肉が重すぎて、ベアはもしかしたらと枝を折るのが嫌で木には上らない。


「合図する」


 スワンはそれだけ言うと、再び視線を屋敷へと向けた。


「はいはい。よろしくな……って、ん…?」


 いつも軽くあしらわれているベアだが、そのことは気にしていない。だが、今日は他に気になることがあったようだ。


「スワン!」

「なんだ。大きな声出すな」


 きっとベアを睨みつけたスワンは、あからさまに不機嫌な顔をする。


「何か聞こえる! あっちの方を見てくれないか?」

「はぁ?」


 ベアの指差す方向をちらりと見やり、スワンは怪訝な目でベアを見下ろす。


「頼む! スワン!」

「はぁ……分かった」


 何か邪魔になるようなことがあったら面倒だ。スワンはそう割り切り、ベアに言われた方向をしっかりと見てみた。すると、スワンの凍るような視線が少し緩む。


「どうだ? 何かいるか?」


 ベアの声が下から聞こえると、スワンは「ああ」と、届かない声を出す。


「ん? なんだ?」


 当然ベアはもう一度聞いてみる。スワンはため息を吐き、スッと木から飛び降りてきた。ベアの目の前に降り立ったスワンは、「まずい」とだけ伝える。


「え…? まさか座長が来たか?」

「いや違う」


 スワンは首を横に振り、肩をすくめて瞳を閉じた。


「お尋ね者だ」

「は?」


 スワンはベアの間の抜けた顔に思い切りため息を吐く。


「あれは王族の馬だ。アイスブルーと茶の鞍。……あれは、第一王子だ」

「え? ってことは…」


 ベアは合点がいったように目を丸くする。


「そう。リーチェ・ロゼ。あいつがこの森にいる」

「はあ!? なんで!?」

「知るか」


 口も目も大きく開くベアを冷たく突き放すと、スワンは腕を組んでリーチェのいた方面を見る。


「このままだとあの屋敷の方へと向かうだろう。偶然なのかは分からないが、王子がこちらに向かっているのは間違いない」

「まさかレイディの正体がバレた…!?」

「…分からない。が、警戒した方がいいだろう。ハンガー座だって、王家には敏感だ。警備隊を呼ばれたら大ダメージだからな。王子に危害を加えるだろう」

「ええっ。それは厄介だな」


 ベアは深刻な表情をして考え込む。ゴースト一族の現場にそういった血気はいらない。万が一にも濡れ衣を着させられる可能性だってある。何しろ、ハンガー座には一度してやられているのだから。


「とにかく、レイディに伝えないと」

「あ、ああ! そうだな!」


 スワンの意見に同意をすると、ベアは心配そうに眉を下げる。


「ただの偶然だといいんだけどな……」


 ぼそっと聞こえる独り言を風に流すように、二人は颯爽と森を駆けた。





 その頃、レイディは屋敷の中で目的の部屋の扉に手をかけていた。カシャッと音を立て、扉を開く。その中は真っ暗で何も見えない。窓も閉まっていて、真っ黒なカーテンが掛けられているようだ。


 視界を遮られ、レイディは唇を噛んで慎重に足を踏み入れる。するとその瞬間、部屋の中が一気に明かりに包まれる。


「いらっしゃい! 可愛い可愛いゴースト・レイディ!」


 その眩しさに目がくらんでいると、よく通る女性の声が響き渡る。うっすらと視界を取り戻すと、ハンガー座のメンバーである五人が、サーカスのような恰好をしてレイディを迎え入れていた。

 女性一人に残りは男性。メンバーの容貌はそんなところだった。その中にチャミルはいなかったが、中央にいる女性はチャミルの妹分だ。


「大好きなチャミルさんのために、私があなたを懲らしめて差し上げます!」


 カラフルな動物の仮面をつけたまま、女性は嬉しそうに微笑む。彼女はハンヴェイ。レイディよりも若く、まだまだ暴れていたい年頃だ。ハンガー座の中でも武闘派で、チャミルのことを尊敬しているがその愛はチャミルには届いていないらしい。


「こ、懲らしめる…って…」

「待ちくたびれました! レイディ、あなたに会えて嬉しいです!」


 この部屋はチャミルが普段使っている部屋だ。恐らく、舞踏会でレイディに気づいたチャミルがその時に備えてハンヴェイたちを待機させていたようだ。彼女たちは一体どれくらいの期間この部屋に缶詰めだったのだろうか。


 ハンヴェイを囲むようにして座っていた男性たちも、それぞれ架空の生物をモチーフにした仮面をつけている。木彫りにカラフルに色づけしたその仮面は、まるで異世界の住人のようだった。


「喜んでもらえて光栄。私は嬉しくないけど…」


 レイディが苦笑すると、その余裕の口調にハンヴェイはむっとする。


「本当に嫌な奴ですね! どうしてあなたが舞踏会に呼ばれたのでしょうかっ。チャミルさんの邪魔をしないで欲しいです! チャミルさんは幸せになる人なのです!」

「ふぅん……それで辞めちゃってもいいんだね、チャミルが」

「…ええっ!?」


 ハンヴェイは予想以上に驚いた反応を見せる。どうやら、チャミルが足を洗いたがっていることは知らないようだ。明らかに動揺して、口をパクパクとしている。


「知らないの? チャミル、一座を降りたいんだよ。残念だね」

「うううう嘘です! 私を混乱させているつもりですね! もう会話は十分です!」


 ハンヴェイは乗っていたシェルフからとんっと床におりた。


「どのみち、レイディはチャミルさんの敵です! あなたがいなければチャミルさんは幸せなのです!」


 ハンヴェイが動き出すと、周りにいた四人もすっと立ち上がり、各々剣を構える。


「さぁ参りましょう!」


 親切に掛け声をしてくれるハンヴェイは一人、武器も持たずにレイディを挑発の構えで誘う。


「ええ、そうするしかないみたい」


 レイディは一斉に飛びかかってくる四人を順番にすり抜け、剣が床を切り込む音を背にハンヴェイの前まで駆けて行く。


「はいっ!」


 ハンヴェイが気合いの声とともに、四人の使っている剣と同じくらい研ぎ澄まされた手刀を突き出してくる。


「こんなに騒いでたら、酔っぱらった奴らが来てしまいそう」

「心配ご無用! 奴らはあなたに構っている暇はありませんから!」

「そう? それは良かったかも」


 レイディは武器を使わないハンヴェイに合わせて同じように拳と足だけで応戦した。レイディが長い足を回すと、ハンヴェイは器用にそれを飛び越え、下りてくる勢いで回し蹴りをお見舞いしようとする。


 しかしレイディもそれをうつぶせになるようにして避け、すぐさま起き上がる。背後からは、四人が切りかかってくる音が聞こえてくる。レイディは後ろを振り返らずに、剣を避けながら彼らのみぞおちのあたりに肘鉄を打ち込む。


 四人が遠ざかっているうちに、目の前にいるハンヴェイと互いに打撃の機会を試みる。ハンヴェイのパンチがレイディの胴に入り、レイディのアッパーがハンヴェイの顎を突き上げる。


 だが二人はしっかりと床に足を捉えたまま、なかなか体制を崩すことはなく、致命傷を食らわせるまではできない。

 その間にも四人の相手もしなければいけないので、レイディはそのじれったい苛立ちをその四人にお見舞いし続けた。


「はぁ…はぁ…もう、鬱陶しいです!」

「それはこっちが言いたいことなんだけど…!」


 息を乱しながら、レイディは切れた口内から血を流し、それを拳で拭いた。ハンヴェイの頬も腫れ、すぐに青くなってきている。四人のうち二人はへばってしまったが、まだ二人は残っている。

 レイディは体勢を整えている二人をちらりと確認し、またハンヴェイを見る。


「そろそろ降参した方がいいんじゃない? ブラックダイヤモンドの場所を教えてよ」

「嫌です! 教えるわけないじゃないですか! 馬鹿なんじゃないですか?」

「聞いてみただけでしょ」


 レイディは呆れた目でハンヴェイを憐れみ、体勢が整った一人が背後から襲いかかってくるのをくるりと身を翻してかわし、その際に足をかけた。「うわぁ!」と、見事に彼はバランスを崩してこけてしまう。剣が汗をかいた手から飛び出ると、ハンヴェイの頭上へと飛んでいく。


「もう! みっともないです!」


 ハンヴェイは降ってきた剣を器用に受け止め、それをレイディへと突き出して威嚇する。

 転んで顔を打った彼を踏みつけたレイディは、大人しくしているようにと言い聞かせるようにぐりぐりと足で踏み滲む。彼はそれを察したのか、力尽きたのか、そのままぐったりと項垂れてしまった。

 残る一人に目をやると、震えあがる彼を軽く蹴とばし、レイディはその剣を奪う。


「さぁ、いい加減に終わらせましょう。やっぱりチャミルじゃないと意味がなさそうだから」


 ぐっと、汗をかいたハンヴェイが仮面の下で目を閉じかける。どうにか堪えたが、汗が目の中に入りそうなのだ。それに気づいたレイディは、ニヤリと笑い、一気に距離を詰めようとする。


 しかしその時、レイディの予想していなかった事態が起きる。いや、ハンヴェイも想定していなかったことだろう。


 部屋の扉が蹴り破られる音がして、二人は一斉にそちらを見る。するとそこに、あまりにもこの場所がしっくりとこない人物が姿を見せる。どうしても似つかわしくなかったせいなのだろうか。レイディは顔をしかめ、ハンヴェイも開いた口が塞がらないようだった。


「カーリー! こんなところで…! ようやく見つけた!」

「……お、王子…!?」


 確かにそれは彼だった。見間違えようがない。扉を蹴破って入ってきたのはこの国の王子、リーチェだった。相変わらず高そうな生地で縫われた洋服を身に纏い、扉を蹴破ったとは思えないほど優雅な所作で二人のことを見ると、途端にレイディを見つけて嬉しそうに笑う。


「ど、どうしてここに……!?」


 状況が理解できなくて、レイディの動きが完全に止まってしまった。まず、ここはハンガー座のアジトだし、自分はゴースト一族だし、口から血も出ているし、この屋敷にいる者は皆、王族を歓迎しないだろうし、今は交戦中だし…。そこで、レイディはハッとハンヴェイを振り返る。しかしそこにハンヴェイの姿はもうなかった。


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