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④おとぎ話

 「ねぇレイディ、部屋の中を歩き回るのやめてくれない?」


 いつの間にかソファに寝転がっているキャットが鬱陶しそうな声を上げる。


「もう仕事は終わったの?」

「終わった。だから寝かせてよ」


 キャットが伸びをすると、レイディはむっと視線を下げる。キャットはいつも与えられた仕事を気づかぬうちに終わらせ、館に戻ってきている。いつ出て行って、いつ帰ってきたのかも分からない。足音すら聞かせてくれないのがキャットなのだ。

 だから、部屋の中でレイディがぐるぐると動き回っているのが気に食わなかったのだろう。


「チャミルのアジトが分かったのに、落ち着いていられるわけないでしょ」

「じゃあ早く行きなよー」

「まだだめだから、じれったいの!」


 キャットの身体を気にもせずソファにどさっと座ると、キャットがため息を吐く。


「今回のこと、ヘッドは自分の失態だって気にしてるからしょうがないよ。慎重にしなきゃ」

「ヘッドのせいじゃない。私のせいなのに」

「チャミルを捕え損ねたのはレイディかもしれないけど、ヘッドは私たちのミスもすべて被ろうとするでしょ? それは分かってるよね? そういう人なんだって」

「そうだけど……」


 もどかしそうに口を結ぶ。レイディのもごもごとした喉元に、キャットは瞳をきらりと光らせる。


「すぐに動けるようになるから、気にしないの。……ところでさ」


 がばっと起き上がったキャットは、びくっと驚くレイディに顔を近づける。


「この前の舞踏会はどうだったわけ? チャミルを逃すなんて、レイディらしくない。本当はそれを気にしてるんでしょ? ねぇ?」

「な…っ。関係ないよ! ちょっと、人が多すぎただけ!」


 慌てるレイディは眉をきりっと上げて目を逸らす。そんな誤魔化しは通用しないキャットはニヤニヤを止めない。他人事が楽しくて仕方ないようだ。


「そんなわけないでしょ? すばしっこいレイディが人を逃すはずがない。

随分と遅れて追いかけてきたみたいだし、何かあったんでしょ?」


 肩に手を回し、頬を摺り寄せる。レイディはいやいやをする子供のようにその質問から逃れようと試みるが、キャットがそれを許すことはない。


「お姉さんに話してみなよ。野郎どもじゃ頼りにならないでしょ?」

「うるさいな。興味なんてないくせに。暇なだけでしょ?」

「分かってるなら娯楽を提供してよ」


 ふふん、とキャットは満足そうに笑う。レイディは蔑むような目でキャットを睨みつける。


「ふふふふ。睨んでる、おもしろいなぁ」


 しかしキャットは笑う一方で埒が明かない。笑うことに飽きるのを待つしかない。レイディがため息をついたところで、二人しかいない部屋の扉が開いた。


「ノックくらいしてよ」


 レイディの八つ当たりの対象となったのはゴースト・バードだった。ぽかんとしたまま厳しい口調のレイディを見る。


「ごめん…?」


 とりあえずは謝ったバードは、そのまま静かに扉を閉めた。


「さっき、“サムシング”の方に面白い依頼が来てさ…」

「面白い!?」


 キャットがすかさず飛びつく。爛々とした大きな瞳に見つめられ、バードはその期待の大きさにプレッシャーを感じた。


「あ、ああ。面白い、と思う」

「いいから話してよ」


 急かされたバードは手に持っていた羊皮紙に目を向ける。


「依頼は人探し」

「人探しぃ? それって、どういうこと?」


 あからさまにキャットのテンションが下がる。バードは頭を掻き、困ったように続きを読み上げる。


「舞踏会で出会った人を探してるみたいだ。踊って、話をしようとしたら、相手はすぐに帰ってしまったらしい」

「何それ? それって男? 女? どっちにしろダンスが下手くそだったんじゃない?」


 頬杖をついたキャットが虚ろな目で言う。「つまんなーい」と、小声で添えて。


「女だ。女を探してるんだよ」


 バードがちらりとレイディを見たような気がした。レイディは眉をひそめる。


「キャット、面白いのはここからだ。依頼人は王の従者だった。なんでも、王子が探してるんだとよ、その人のことを。どうやら、婚約者探しはうまくいったようだな。……消えちまったが」

「王子が? これってどこかの童話? 靴は落ちてなかった?」


 けらけらと茶化すようにキャットが笑う。


「いや、靴はないが、名前は分かる」


 きっぱりと言うと、バードはレイディを今度は確実に見る。


「ドレスの色は緑にも青にも見えて、名前はカーリー。だが招待客にそんな人はいないし、街の娘にもそんなのはいない。……跡形もなく消えたんだよ、その娘は」

「消えた? そのカーリーって、幽霊なの? あはははっ、本物のゴーストがいたんだ。この国に」


 腹を抱えて笑うキャット。しかしふと、その笑い声が止まる。


「……レイディ」


 バードの神妙な声が静かな部屋の中に響く。じりじりと、レイディは後ろに下がっていく。


「な、何…?」


 キャットもレイディをじっと見て、ぽかんと口を開けている。


「まさかお前、王子と踊った…?」


 しばしの間があった。レイディは冷や汗をかき、ごくりとつばを飲み込む。窓の外からは珍しく小鳥のさえずる声が聞こえてくる。今日は晴天。一点の曇りもない空の明るさを感じ取り、レイディは抱え込んだ気まずさをぐっと押し殺す。


「……お、踊った…………」


 ファミリーに嘘などつかない。レイディは身を切るような思いで頷く。


「ええええええええええええええええええええええーーーーーーーー!?」


 キャットとバード、二人以上の声が響く。と同時に、閉ざされていた扉が開き、その向こうからスワンとベアとラビットが流れ込んでくる。


「お、おい!? 本当なのか!?」


 ベアがのしのしと歩いてきて、心配そうな表情でレイディを見つめる。


「うん…本当。言わなくて、ごめんね」

「レイディが王子と踊った!? しかも王子がお前を探してる!? おいおい、どういうことだよ」


 ラビットは小さな身体を弾ませ、ただのやじ馬のようにはしゃぎだした。バードがすかさず睨みつける。


「レイディ、王子はあんたのこと知らないんだよね?」


 一人座ったままのキャットは意外にも冷静な表情で大事なところを指摘する。


「うん、知らない。カーリーだと思ってる。そんな子、いないけど…」

「でもレイディ、踊ったってことは、ばっちり顔見られてるだろ? 迂闊だったな」

「う……ごめんなさい」


 スワンの冷酷な声に、レイディはしょんぼりとする。スワンのシュッとした冷徹な表情からは体温すら奪われてしまいそうだった。


「……そんなことより」


 キャットが立ち上がり、ベアを押しのける。


「レイディ、あんたはどうなの?」

「え?」

「王子にまた会いたいの?」


 ずいと近寄るキャットに対し、レイディは圧倒されるように仰け反る。


「わ、分かんない…ちょっとダンスしただけだし、そもそも……私…」

「レイディ」


 キャットに念を押され、レイディは観念したように肩を落とした。


「本当に分からないの…。でも、舞踏会の日以来、なんか変で…」


 レイディは両手をぎゅっと抱きしめるように握り、その手を見つめる。


「あのダンスを思い出すと、なんだかどきどきするの。落ち着かなくて、不安になる。だけど、この手を握ると、なんだか落ち着く。あの時見ていた景色と、ここに残る何かが、大丈夫だよって、慰めてくれるみたいで、心が軽くなる…。これって、変だよね?」


 困惑した様子のレイディを皆はきょとんとした表情で注目し、一斉に瞬きをする。


「変じゃないよ、レイディ」


 キャットはレイディの両手を大きな手で包む。


「それって、きっと恋してるんだよ」

「……こ、恋…?」


 レイディは慣れない言葉に唖然とする。しかもキャットの口からその言葉が出てくるなんて。


「茶化して悪かったね。まさかそんなことがあったとは…」

「え? 謝らないでよキャット…怖いんだけど…」


 縋るように他の仲間を見ると、皆、一様にゆっくりと頷き、保護者のように温かい目を向けている。


「き、気色悪い…皆、どうしたの…?」


 正直すぎるその感想に怒る者すらいなかった。レイディはサーっと血の気が引いていき、顔面が蒼白する。


「え? …私、恋してるの…?」

「まだ分からないけど、きっと気にはしてるんでしょう? 王子のこと。もう一度会ってみれば分かるよ」

「え……? 無理だよ、そんな…」


 キャットが再び何かを言おうとすると、開いたままの扉の向こうから紳士が一人現れた。


「ヘッド……」


 レイディの声に皆は後ろを振り返る。その俊敏さに、空気が揺れる音がした。


「やぁ皆、ごきげんよう」

「ごきげんよう、ヘッド…」


 レイディは気まずそうに挨拶をする。キャットはレイディから離れ、ヘッドにその場所を譲り渡す。


「レイディ、舞踏会では立派な活躍をしてくれたみたいだね。無事にチャミルを見つけられそうだ」

「ヘッド…! ご、ごめんなさ―!」


 頭を勢いよく下げたレイディの言葉を、ヘッドはその肩に優しく触れて遮る。


「レイディ、私がいつも言っていることを覚えているか?」

「…え?」


 ヘッドは穏やかに微笑み、ウィンクをする。


「気持ちに従い、素直になることで、仕事の質は高くなる。我々はそういう仕事をしているんだ」

「……」

「真摯な気持ちが、相応の価値を生み出すものだよ」


 ヘッドはレイディに背を向け、他の五人を見渡す。


「さて、皆、探し人の件はレイディに任せるとしよう。早くブラックダイヤモンドの方を片付けてしまわないとね」

「無論! ヘッド、もう準備の方は整いました!」

「いつでも出られます!」

「早く祝杯のディナーを作らせてよ」


 自分を背にして盛り上がる様子を見て、レイディは慌てて前に身を乗り出した。


「ま、待って…! 待ってくださいヘッド…! 私、私にも行かせてください…!」


 レイディの必死な呼びかけに、ヘッドは穏やかで凛とした瞳を流す。


「お願いします…! チャミルの件は、私がしっかりと決着をつけたいんです…!」


 ヘッドの正面に回り込み、レイディは深く頭を下げる。


「お願いします!!」

「レイディ…」


 その熱が高まった姿に、ベアが思わず声を漏らす。


「……いいだろう、レイディ」

「…ヘッド!」


 レイディが顔だけを上げると、ヘッドはにっこりと微笑みを向ける。


「だがレイディ、気持ちから逃げてはいけないよ。それだけは忘れないように」

「……はい」

「その任務を疎かにしたら、私は君を許さないよ」


 持っている杖をレイディの顔にそっと近づけ、人差し指を立てた。レイディはもう一度頷き、ヘッドが部屋を横切るのを身体を起こして見送る。

 扉が閉まると、レイディはふっと肩の力が抜けていった。

 ラビットを除いた四人は早速チャミルについてのこれからの計画を話している。しかしレイディは、ぼうっと自分の両手を見つめていた。


 どうしてなのか知りたかった。

 あの時、指先に触れていた感情が何なのか、それが分かればこんな不安な気持ちにはならないだろうに。


 レイディは瞳を歪ませ、ぐっと手を握りしめると前を見据えた。

 自分はゴースト・レイディだ。陰の世界を選んだ者。どのみち、あの煌びやかな世界には入れない。今はチャミルの件に決着をつけることだけを考える。王子の依頼は、その後でどうにかしよう。

 気持ちを集中させ、レイディは四人の輪の中へと加わった。


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