表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

13歳 5


王宮でディランが命を狙われた一件があった後、しばらく経って、ディランがフローレンス家の邸宅に来た。そして、エリーゼはその後の対応を聞かされた。


「先日、君を傷つけた犯人は単独犯で、私への私怨があったということで処理された。対応については以上だ」




苦々しい顔で眉間にしわを寄せたディランから教えられた、あまりにあっさりした事件の顛末に、エリーゼは思わず目を見張る。


「たったそれだけで終了ですか? この国の第一王子が狙われたというのに?」

「そうだ。王宮に狼藉者が現れたというのも、こんな日陰者でどこにも出ていない王子に私怨があるのも、怪しいにも程があるのにな」


そして、ディランは落ち着き払って続けた。


「犯人は王妃と第二王子の派閥の誰かが差し向けたものだろう。私が死んで、メリットがあるのは奴らしかない。犯人を追及して困る奴らの派閥の人間が、捜査を途中で止めさせ、単独犯として処理したのだろう」

「そんな……」


衝撃を受けたエリーゼの様子を見て、ディランは眉間に寄せたしわを深くして、大きくため息をついた。


「……君が傷ついたというのに、私は王宮でこれ以上の追及をする術を持たない。本当に申し訳ない」

「私のこともですが、殿下は命を狙われたというのに、あんまりです! これでは、また同じようなことが起こってしまうではないですか……!」


命が狙われたにも関わらず、まともに捜査もされず、それを当然の成り行きとして、ディランは受け止めている。これまでもディランが王宮で蔑ろにされていたのと改めて感じ、エリーゼは、これまで何の感情も持っていなかった王妃、ルーク第二王子に対して、今まで感じたことのないくらい強い怒りを覚え、顔を赤くした。


そんなエリーゼの様子を見て、驚いたように目を見開いた後、再び一つため息をついてから、ディランが言った。


「国王である父の指示で、王宮全体の護衛の数を増やすことになった。あとは、根本的な解決にはならないだろうが、私も自衛のため、騎士団で本格的に剣の腕を磨くことにした」

「剣の腕を磨く?」

「ああ。今までも教養程度に剣は習ってきたが、実戦に耐えるレベルまで、鍛えるつもりだ。腕がそれなりになれば、まあ多少の抑止力にはなるだろう。もちろん本業の人間に狙われれば敵わないが」

「そうでしたか」

「騎士団への口利きは、国王である父がしたので、早速だが、明日から騎士団の鍛錬に混じる」




事件の追及は十分でなくとも、国王が、子であるディランの安全に気を配ろうとしているのを知って、エリーゼはほっとした。

「国王陛下にとっては子供のことですものね。気にかけてくださるなら、ひとまずは安心ですね」


しかし、エリーゼの言葉に、ディランは皮肉気な顔で言った。


「別に父は自らの子だから私のことを気にかけているわけではないさ。父にとっての最悪なシナリオは何か分かるか? 私が殺されて、弟が犯人として捕らえられることだよ。息のかかった後継者がいないと、現役の国王といえレームダック化して影響力が弱くなる。

次に悪いシナリオは、私が殺されて、犯人は見つからず、王妃を始め、第二王子を推す勢力が勢いづくこと。そうなれば、父は第二王子に譲位を迫られ、国王の座から追い落とされる可能性がある。

だから、私のことを冷遇するのは黙認できても、命を奪うような真似は許さないんだよ。

そういう意味ではしばらくは命を狙われるようなことはないだろう。今回は、計画が荒すぎるから、王妃と第二王子の派閥の誰かの暴走だろうな」


エリーゼは、国王の考えが本当にそうなのかは分からない。しかし、自分自身の命が狙われたというのに、国王からも駒のようにしか扱われていないことを当然のように淡々と話すディランに、エリーゼは言葉を失った。


様子がおかしいエリーゼに気付き、ディランが怪訝な顔になった。


「おい、急に黙ってどうした?」


エリーゼはぶるぶる震えながら、口を開いた。


「……そんなの、あんまりです……。

 だって、王宮って、殿下にとっては家でもあるのに。王妃様と第二王子殿下に命を狙われ、国王陛下からも十分に守られないなんて。どこで殿下はくつろぐことができるんですか?」


一度口を開くと止まらなかった。


「殿下はそんな命を狙われてもおかしくない環境で過ごされて、卑屈にならず成長されてご立派ではありますが、王宮の皆様は、殿下に甘え過ぎではないでしょうか?! 王位継承者の健全な成長に資していないなんて王宮の役割の放棄に等しいです。

 特に、殿下は頭もいいし、博識で、有能なのに、偉ぶるところがありません。更に、王族という尊い身分でありながら、私みたいな格下婚約者にまで誠実な人格者です。こんな方を蔑ろにするなんて、国の損失でもあります。

 つまり、その、殿下がこんな扱いをされるなんて、間違っています……!!」


あまりに腹が立って、体の血が沸騰するような気持ちになり、色々考えることができず、エリーゼは思ったことを全部そのまま口に出した。そして、そのまま、眩暈を起こし、椅子にぐったりもたれかかってしまった。






エリーゼが意識を取り戻すと、ディランが心配げに長椅子に横たえられたエリーゼを見ていた。


「喋り出したと思ったら、急に卒倒してどうした。まだ前の傷の影響があるのか?」

「いえ、医者からはそのようなことは言われておりません。……その、恐らく、怒り慣れていないからではないかと……」

「……そうか。人が怒って倒れるところは初めて見た」

「申し訳ございません……」


私が激怒してもなんの役にも立たないどころか、倒れるという迷惑をかけてしまった。冷静さを取り戻していくにつれ、申し訳なく、前世の知識を元に、土下座をすべきかと真剣に悩みながら、そっとディランを窺うと、意外にもディランは笑っていた。




「君は怒り慣れていないのはよく分かった。もう倒れないように、心穏やかに過ごしてもらえるように、精々頑張るさ」


その言葉を受けて、エリーゼはもともと小さくなっていた身を、更に小さくした。






ディランが騎士団での鍛錬に参加するようになった。騎士団では、かなり本格的に剣の鍛錬を行っているということで、お妃教育の後、王宮で茶会の時間をとるのも難しくなってしまった。


代わりに、二週間に一度程度、ディランはふらりとフローレンス家に来るようになった。

その時はいつも、中庭で申し訳程度の語らいをした後、深く昼寝をするのが常だった。厳しい訓練で、身も心も疲れ切っているようだったので、エリーゼもフローレンス家の使用人たちも、なるべく休んでもらえるよう、工夫を凝らした。


フローレンス家の中庭は、王宮とは全く異なるささやかなものだったが、ガゼボを作ったり、ハンモックを準備したり、カウチを持ち出したり、庭師と工夫するのは楽しかった。

また、季節を感じられるような小菓子を料理人と考えたり、リラックス効果のあるお茶を出せるように出入りの商人に相談したりもした。

あとは、ディランの気分転換になればと、お勧めの小説も準備した。


(忙しいとは思うけど、気分転換も大事だからね。断じて、布教して語らいたいというだけではない……。うん、多分……。)






ある日、ディランは訓練が直後にあるからと、騎士服でフローレンス家に来た。ディランはもともとの美しい顔立ちに加え、真っ白だった肌が健康的に日に焼けて、身も引き締まり、逞しい印象も与えるようになっていた。紺の布地に金のボタンがついた騎士服が、とてもよく映えた。エリーゼは思わず息を飲んだ。


(か、格好いい。最近、くつろいだ姿ばかり見ていたから忘れていたけれど、殿下は見た目もいい王子様で、更に博識で、その上、剣の腕まで磨いたら、正真正銘、文武両道の王子様になるんじゃないの?!)




エリーゼは、自分に目を向けた。若草色のドレスは着易さ重視のもので、華美ではない。13歳になり胸は少し膨らんできたが、子供体型が抜けきらない。髪はうねるくせ毛をそのままにしているし、本を読みふけって夜更かししてしまうことも多く、肌の手入れも不十分だ。

更に、エリーゼが婚約者に選ばれたというのも、王家としてギリギリの体面を保ちつつも、ディランの後ろ盾をつけさせないための嫌がらせのような政略結婚。




ディランと、自分を見比べて、つい劣等感からため息をついてしまい、それと同時に本音がポロリと漏れてしまった。


「私が殿下の婚約者で申し訳ないです……」

「は?」


ポロリと漏らした小さな独り言のようなものだったのに、その言葉を目ざとく捉えたディランは久しぶりに怖いくらい怒った雰囲気を出した。その様子を見て、焦ってエリーゼは何か言わねばと口を開いた。


「い、いえ、うちは歴史も経済力もありませんし、伯爵の爵位をいただいていますが、それもギリギリか奇跡的という中堅貴族ですし、私自身も淑女とは言い難いですし。殿下に見合わないというか。今更ですが、そんなことをしみじみ感じてしまいまして」

「……私が一度でもそんなことを理由に、お前とお前の家を軽んじたことがあるか?」


ディランに言われて、エリーゼは初めて気付いた。言葉で言われたことがないのは元より、そんな雰囲気さえ出されたことがない。


「いいえ」

「ならいいだろう。お前との婚約は、自分の意志なく決められたものだったが、私は嫌だと思ったことは一度もない。だから、お前がこの婚約をどう思おうが勝手だが、私を理由に自分を卑下するようなことは言うな」


どうも励ましてくれているらしい、ということが分かって、エリーゼは嬉しくなった。ディランの言葉に笑顔で首肯する。


その様子に、フンと鼻を鳴らして、エリーゼから視線を外して、ディランは言った。


「お前、婚約者なのだから、『殿下』では他人行儀だ。私のことは名前で呼べ」

「え……」

「これから私も、君を、エリーゼを、名前で呼ぶことにする」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ