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13歳 3


「うーん。深いわ、錠前作り!」


馬車の中で、ディランから借りた錠前に関する本を笑顔で読んでいるエリーゼに、ハンナが冷たい視線をよこす。

前世でも非オタがオタクを見る冷たい目はこんな感じだった気がすると、既視感を感じつつ、エリーゼは気にしない。人目など気にしていたら、楽しいオタクライフは送れない。




半年前、あっという間のやっつけ仕事で書類の取り交わしが行われ、第一王子であるディランと中堅伯爵家の長女であるエリーゼの婚約が成立した。

そして、そのすぐ後、ディランの弟で第二王子のルークと、名門侯爵家の長女であるアリア・クレマンとの婚約が決まった。クレマン侯爵家は、王女が降嫁したことも、他国の皇族が降嫁したこともある、レドモンド国では王家・公爵家に次ぐ高貴な血筋といって間違いない。なお、第二王子の実母である王妃の実家は、新興ではあるものの、商売も手掛けていて、経済的にも豊かな伯爵家だ。このため、第二王子は、伝統のある名門貴族家、経済的に豊かな貴族家からの後ろ盾を得たことになる。


レドモンド国の王位継承権は長子が優先だが、これまでの歴史で例外もあり、第一王子を置いて、第二王子が即位することも不可能ではない。


(アリア様との婚約で、ルーク第二王子殿下の後ろ盾は万全になったんだろうな。私みたいに社交界に明るくない人間だって、そう感じるんだもの。高位貴族の皆様からすれば、国王陛下の跡を継ぐのは第二王子殿下で決まったって感じなんだろうなあ。)


エリーゼがそんなことを考えていると、馬車が止まった。王宮に到着したのである。




曲がりなりにも、王子との婚約が決まったので、一か月に一度、お妃教育のため、エリーゼは王宮に呼ばれるようになった。今日がその日であった。

エリーゼは、王宮に向かう日時と、お妃教育が終われば挨拶に行きたい旨を、あらかじめ手紙でディランに伝えるようにしている。初めて会ったとき、冷たい目で見られたので、どうなることかと思ったが、ディランは律儀な質のようで、挨拶に行くと必ず時間を取ってくれる。前回は、王室御用達の茶葉を使った紅茶と上質な焼き菓子まで出してくれた。


(ディラン殿下にとって私は「ハズレ」ではあるんだろうけど、婚約者になったんだもの。ちょっとずつでも、心を開いてくださっているのであれば嬉しいな。)


エリーゼは、今日も、お妃教育の後、ディランに挨拶に行って、ついでに借りた本も返そうと考えている。もしかすると、前回のようにお茶を準備してくれているかもしれないと期待で胸を膨らませつつ、王宮へと足を踏み入れた。






三時間ほどのお妃教育ののち、ディランに挨拶へ伺うため、エリーゼはハンナと共に客人用の部屋に向かった。部屋を覗くと、ディランは既に到着していた。紅茶と小菓子も準備されているのが見えた。嬉しい気持ちになって、エリーゼは、扉をノックして、部屋の中に入った。


一通りの挨拶を済ませた後、座るよう促され、紅茶が給仕された。エリーゼは忘れないうちに、ディランに借りていた本を返すことにした。


「殿下、先日は、大変分かりやすいご本をありがとうございました。数学・工学の知識がない私でも、読み進めることができましたし、大変勉強になりました」

「それはよかった」


ディランは、錠前の設計の愛好家だった。巷で噂になるだけあって、しっかりした愛好家で、錠前の設計だけでなく、設計したものを実際に製作するまでしていた。エリーゼは錠前の設計について聞いてみたが、深い数学、工学の知識がないと理解できないようで、話についていくことができなかった。音を上げてしまったエリーゼに、ディランが比較的、容易と思われる子供の時に読んでいたという本を貸してくれていたのだった。


「ところで、お借りした本では、錠前だけでなく、色々なものの構造が解説されていました。殿下はその辺りも理解されているのですか?」


エリーゼがそう問うと、ディランがうんざりしたように、眉を寄せた。


「……物の構造について、暇つぶしに調べることは確かに多い。王宮内で、分解したり、制作したりしやすいのが錠前だったというわけで、別に錠前だけが好きなわけではない。王妃と第二王子の派閥が、私を変人扱いするために、錠前の愛好家であると話を広めたのだろう」


本を借りる前に錠前の設計について話した時、ディランの数学・工学の知識の深さに触れ、気になっていたことだったが、やはりディランの実際の関心は錠前に留まらないのだなと、エリーゼは納得した。もっとも、錠前だけでなくとも、王族でこうした設計に興味を持つのは十分変人と言えそうだが。


「そうなんですか。ちなみに、他にはどんなものが?」

「……船とか水車とか」

「船!」


渋々といった体でなされたディランからの回答に、エリーゼは思い切り食いついた。


「まあ、なんて素敵なんでしょう。最近、私が好きな小説の中の一つに、海を舞台にした冒険譚があるんです。船を操縦する描写があるのですが、私、さっぱり知識がなく、想像することができないのです。なので、何回もその小説を読み返しているのですが、その部分はさっぱり分からなくて。そうだ、殿下もよろしければ、是非お読みになっていただけませんか? おもしろくて、とってもお勧めなんです!」

「……お前、私に読ませて、解説させようとしているな?」


ディランはねめつけるようにエリーゼを見たが、エリーゼはわくわくした顔でディランを見つめ返した。無邪気なエリーゼの顔に、ディランは、毒気を抜かれてしまい、ため息を一つついてから言った。


「次に来るとき、その本を持ってくるがいい」

「いいのですか?!」

「お前が言い出したのだろう……」


(殿下には、いつも呆れたような顔をされているけど、私が好きなものを貶めるような素振りは、一度だって見せられたことがない。それどころか、不愛想だから気付きにくいけど、聞いたことにはきっちり答えてくださるのよね。)


ディランはいつもの呆れたような顔をして、エリーゼから視線を外した。それでも、エリーゼは、ディランの優しさを確信して、嬉しさで満面の笑みを浮かべた。


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