13歳 2
数日経って、王宮の一角にて、第一王子であるディラン・マクスウェルとエリーゼの顔合わせのお茶会が開かれた。
ディランは、エリーゼより2歳年上の15歳。真っ直ぐな銀色の髪を肩まで伸ばし、白い肌に紫色の瞳は透き通るように美しかった。そして、外で体を動かすより、部屋で過ごすことが多いのだろうと思わせるひょろりとした細い体躯をしていた。
「初めまして。この度、殿下と婚約のお話をいただきましたエリーゼ・フローレンスと申します。ご挨拶に参りました」
「そうか」
エリーゼは渾身の笑顔と淑女の礼を見せたが、ディランはつまらなさそうに窓の方を見やったまま、エリーゼに視線もよこさなかった。
「座ってよい」
「ありがとうございます」
まもなく声をかけられ、エリーゼが席につくと、王宮の侍女が紅茶を注いでくれた。ディランは、ちらりとエリーゼの方を見やると、一つため息をつき、再び、窓の外を見やった。
下位の者から声をかけることはマナー違反なので、エリーゼはディランの言葉を待った。しかし、それは一向に発せられそうになかった。
そして、その沈黙が何分続いたことだろうか。王子であるディランの言葉を待っていたエリーゼだったが、時間感覚がなくなるほどの沈黙に、流石に焦れてきた。
(この部屋に入って何分経っただろう……。30分くらい? いや、もっと? もうマナー違反だけど、こちらから話しかけてもいいかな?! いやいや、でも、ただでさえ、良い縁談とは思われていないんだろうし、礼儀もなっていないとこれ以上悪い印象を持たれるのも……)
エリーゼが、そんなことを必死で考えていた時だった。
「何故わざわざ来た?」
「へえっ?!」
必死で考えていたところに声を掛けられ、エリーゼはつい変な声を出してしまった。ディランは、そんなエリーゼの様子は気にも留めずに続けた。
「私ごときに、機嫌を取らなくても悪いようにはしないさ。そもそも、現在、ほぼ大半が、王妃と弟である第二王子の派閥だ。私が動かせる人間などそう多くない」
「そ、そうですか」
ディランに皮肉気な様子で言われ、エリーゼは、別に機嫌を取りたくて来ているわけではないのだけど、とは思ったものの、王子に言い返す勇気もなく、大人しく頷いた。
「そうだ。君との婚約は、急な話だっただろう。今、王宮では弟である第二王子と有力な侯爵家の令嬢との婚約話が持ち上がっている。ただ、兄である第一王子より先に婚約者が決まるのも表向きおかしな話だからな。
だから、急ごしらえで、あまり派閥争いに関与しておらず、王家と結ぶのにギリギリ許容範囲の爵位の親を持ち、年頃の年齢だった君が私の婚約者に選ばれた。馬鹿にしているだろう」
ディランは、相変わらず顔は窓の外を見たままだ。エリーゼは、初対面にも関わらず、言葉を選ばず話すディランに、少なからず戸惑った。
(随分あけすけに内情を話すなあ……。そんな話、初対面で婚約者の私に言ってもいいの? 婚約者だからアリ? いずれ社交界で噂が駆け回るからアリ?)
ディランはカップを手に取り、紅茶を飲んだ。その姿は、流石王族といえる優美なものだった。
「こんなわけで、君の婚約者は、落ち目の錠前作りが趣味の王子だ。残念だったな」
はっと自嘲気味に吐き出された言葉に、エリーゼは好機を感じた。
(あ、キーワードが出た。今が話すチャンスかな?)
「あの、その錠前作りなんですが……」
「何だ」
その途端、今まで、皮肉気な雰囲気だったディランが、苛立ったようにギロリとエリーゼを睨み、初めて目が合った。
(ひええっ。そんな雰囲気も出せるんですね。怖いけれど、今、ひるんだら、所詮中堅貴族である私が、次にいつ王子様になんてお目にかかれる機会があるか分からないし。勇気を出して聞いてみないと。)
苛立った雰囲気のディランに身をすくませつつ、エリーゼは勇気を出して聞いた。
「えーと、殿下は錠前作りが趣味ということでしたが、錠前作りの何がお好きなのでしょうか?」
「は?」
前世では、一口に鉄道オタクといっても、乗り鉄、撮り鉄、車両オタ、時刻表好きなど、色々あった。錠前作りが趣味といっても、設計好き、飾り好き、素材好きとか、色々あるに違いない。そう思っての質問だったのだが、ディランの苛立った雰囲気が、殺気立ったものに変わった。エリーゼは怖気づいた。
「お前、馬鹿にしているのか?」
「とんでもないことでございます!」
(ひいい、怖い。好きなものをバカにされたオタクの怒りかな。でも、私は一オタクとして、人の好きなものをバカにしたりはしない。どんなものでも誰かの推し!)
殺気立ったディランにますます慄きつつ、チャンスは今日しかないと思って、エリーゼは必死で言葉を紡いだ。
「あの、正直なところ、錠前についてこれまでの人生で考えたことはなかったのですが、折角、ご縁をいただいたので、殿下のご関心を知りたいなと思いまして。
えーとですね、私は、歴史や小説が好きなので、この機に、錠前の歴史について調べてみましたの。それで初めて知ったのですが、つい百年前に金属製の突起がついた錠前が発達し、錠前の安全性が向上し、活用の場が大きく広がったことを知りました。そうすると、小説における錠前や鍵についての比喩が、百年前の前後で、意味が異なってくるのではないかというのに気付きまして。例えば、ちょうど約百年前の小説家・カルフールの小説で、盗人が主人公の宝物が入った錠前を破ろうとして失敗する記述がある小説があるのですが、盗みを生業としている人間が破れない錠前だったことから、恐らく、当時としては最新式の金属製の突起がついた錠前が使われていたのではないか、登場人物は最先端のものを好んで取り入れる人柄であったのではないかと、今まで読んできた小説もより深く理解できるようになりまして」
早口になりながら、エリーゼは次々と話した。そして、一通り話し終えた後、えいっと思い切って言った。
「つまるところ、錠前は錠前でも、好きなことによって関心が異なると思いますので、殿下のことを理解するためにも、お好きな分野を教えていただければ有難いのです!」
気持ちは伝わっただろうか?と思って恐る恐るエリーゼがディランの表情を伺うと、先ほどの殺気立った雰囲気はなくなっていたものの、冷たい目をしたディランがエリーゼを見ていた。
そして、再び沈黙をたっぷりとった後、ディランは言った。
「……お前、変人だな」
(巷で変人と噂の王子に、変人と認定された……。)
それが、ディランとエリーゼの出会いだった。