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18歳 1


ある日、エリーゼは、屋敷で神妙な顔をした父に、執務室に呼ばれた。




「エリーゼ、お前に縁談の話があった」

「え? 私がディラン様と婚約させていただいているのは、周知の事実でしょう?」


父の言葉に、王家の婚約に水差すような真似できるのは誰だと思って、父から渡された釣書を見ると、それは裕福な子爵家の優秀な後継ぎとして評判の男性だった。エリーゼと同じ年で、エリーゼも夜会で会ったことがあるが、多くの人間に囲まれ穏やかに笑っていた姿は、良い印象を与えるものだった。

もし、ディランと知り合う前であったら、結婚するのに理想的な相手だった。




「彼は、クレマン侯爵家からの紹介だ」


クレマン侯爵家は、ディランの弟のルーク第二王子と婚約しているアリアの実家だった。それで、エリーゼもその意図を理解した。


「いい相手を紹介するから、アリア様にディラン様を譲れということですよね」

「やっぱり、そうだよな……」




上位貴族からの圧力にどう対応するか考えあぐね、二人の間に重い空気が流れた。しばらくして、父がエリーゼに問うた。


「エリーゼは、どうしたい?」

「……分かりません」


エリーゼは答えが見つけられなかった。


ディランは誠実な人間だと思う。色々な噂はあっても、エリーゼは、結婚するために、ディランは立ち回ってくれているのだろうと信じている。


とはいえ、ディランが言った王宮を掌握してくるということは、つまり、王妃と第二王子の派閥と争うということなのだろう。その大変さを思うと、エリーゼは身につまされるようだった。


(私と結婚するために、そこまでしてもらう価値があるのだろうか?

婚約者を私からアリア様に変えれば、古くからの有力貴族で、殿下の味方になってくれる人も増え、殿下にとってもそちらの方がいいのでは……。)




無言になってしまったエリーゼを見て、エリーゼの父が、苦笑しながら言った。


「最近になって、我が家が王家と婚姻を結ぶなんて、分不相応な気がしてきているよ」

「……あはは、そうですね」

「正直に言えば、この縁談の方が身の丈に合っていると思う」

「政略結婚を考えれば、殿下との方がいいのでは?」

「まあ、王家と娘が結びつくなんて、名誉なことと思っていたが、うちは別に野心も何もない貴族家だろう。高過ぎる相手とだと、家としても無理が生じるし、お前もしんどいのではないかなあと思い始めている」


父ですら、身の丈に合わないと感じているということに、エリーゼは胸の痛みを感じた。言葉を紡げないエリーゼを置いて、父は続けた。


「ここで、ディラン様と侯爵家の婚約を後押しすれば、王家と侯爵家に貸しを作れる。まあ、その辺りで満足しておくのが、後々の禍根がないのかなとも思う」




エリーゼは顔を俯けたまま、一言も発しなかった。エリーゼの父は、しばらく言葉を待ったが、やがて諦めたように言った。


「……まあ、今はディラン様と婚約させていただいている。ディラン様のお気持ちを聞かないうちに、どうこうできる話ではないな」

「……そうですね。お会いできないか、文を送ってみましょうか」

「ああ、頼む」


そうして、エリーゼが出した文のディランからの返事は、『今は会えない』の一言だった。






ディランとアリアの仲睦まじい姿を見ることになったら……という恐怖から、夜会に行かなくなったので、エリーゼの夜は長い。月夜をぼんやりと見ていると、いつかのように、サイラスが屋根の上に音もなく現れた。




「ひええっ!」


驚きにエリーゼは思わず尻餅をついてしまった。


「もー。だーかーらー、淑女の部屋に、こんな時間に来てはダメだって」


最近、夜会に顔を出していないから心配してくれたのかと思い、エリーゼは呆れながらも顔を上げると、サイラスは、真剣な顔でエリーゼの顔をじっと見ていた。




戸惑っていると、サイラスにエリーゼは腕を掴まれた。


「……なあ、もうやめてしまえば」


そして、サイラスは言葉を続けた。


「お前は覚えていなくても、俺は前世から覚えているんだよ。計画立てるとか、打算で行動とかめちゃくちゃ苦手じゃないか。王家に嫁いだら、そういうことはしないといけないだろう。

俺はお前に自由に生きてほしいと思っているし、この国から出してやることができる。もちろん、お前の実家に迷惑がかからない形でだ。

ディラン王子にとってだって悪い話じゃないだろう。社交が得意な侯爵令嬢と婚姻を結べば、後ろ盾も更に強固になるし、後々、貴族社会を抑えておくのに役立つだろう」




いつからだろう。ディランの良さを知る度、尊敬で心が熱くなったり、誇らしかったり、それだけではなく、エリーゼの胸に痛いものが走るようになったのは。


(私は、どんどん先に行く、ディラン様の足枷にしかならない。)




「お前は、後ろ盾がなかった時から、ずっとディラン王子に付き従っていた。そんなお前を捨てるのは、ディラン王子の体面も悪いのは分かる。だが、お前から捨てるのであれば、問題にはならない」


つうっと、エリーゼの頬を、一筋涙が伝った。心の奥底で、ずっと感じていたことだった。


ディランのことを敬愛しているだけであったら、きっともっと早く身を引くことができただろう。笑って、臣下として立つことを、願い出られただろう。


(でも、私はそれができなかった。好きになってしまったから、ディラン様の婚約者で居続けたかったんだ。)






静寂の暗闇の中、ビュンと白い光の矢が飛んだ。矢の飛んできた方向を見ると、フローレンス家の中庭に、怒った表情のディランがいた。


「いくら王子といえども、不法侵入はまずいんじゃないですか?」


サイラスが揶揄するような言い方で声を掛けたのに、ディランが苛立ったように答えた。


「お前こそ、何故こんなところにいる。フローレンス家に魔力の結界も貼ってまで、何をしている。それは私の婚約者だ。ちょっかいをかけるにしても度が過ぎている」

「へえ、魔力をそこまで検知して、更にかいくぐることができるとは。それに、エリーゼ様と私のことについてまで、よくご存知で」

「エリーゼのことについては、護衛から連絡を受けている。先日の夜会でまた二人で語らっていたそうだな」


ディランにサイラスと会っていたことを知られたことと、迷惑をかけてしまったことが気まずく、ディランを見ることができなくなったエリーゼは視線を足元に向けた。エリーゼを置いて、ディランとサイラスは会話を続ける。


「その光の矢は殿下が?」

「私の試作品だ。万が一、エリーゼに当たっては堪らないので、殺傷能力がないものを放った。命があるのに感謝しろ」

「はは、ありがとうございます。レドモンド国にいながら、それだけの魔導具を作れるとは、さすがですね。でも、殿下が破られた結界は初歩的なものだし、魔力の使用は、我がブルマリン王国が本家だ。舐めないでくださいよ」


サイラスはさっと右の手でエリーゼの腰を抱き、左の手をかざすと、サイラスの左の掌から銀色の霧が生まれ、サイラスとエリーゼを覆った。






「エリーゼ!」とディランに呼びかけられ、エリーゼは返事をしたが、ディランに声は届かないようだった。

説明を求めるようにサイラスを見ると、落ち着き払った様子で答えを教えてくれた。


「高度な幻術魔法をかけた。この銀の霧の外にいる人間に、私達の声は届かず、姿も見えない」

「そんな!」

「もうディラン王子に私と会っているところは見られてしまっている。私に攫われたということにすれば、お前の家に迷惑はかからない。後はよくするから、付いてきてくれ」

「横暴です!」

「……舌を噛まないよう、黙っていろ」


サイラスはエリーゼの説得を諦め、無理やり横抱きにした。そして、銀の霧を踏み、夜空を駆けた。




フローレンス家とディランが遠くなっていくのを見つけ、エリーゼは暴れた。サイラスの髪を引っ張り、顔を腕で押しのけた。


「私は、全く同意していません!」

「うぐっ。痛い。危ないだろう、暴れるな!」

「こんな人を攫うようなこと言って、馬鹿言わないでよ。降ろしなさい!」

「後で説明するから大人しくしてくれ。今日が、最後のチャンスなんだ……!」




サイラスが何を指しているのかは分からなかったが、エリーゼは 『最後』という言葉に反応した。


(身を引くことも考えたけど、これが最後? こんな別れ方は、絶対に嫌だ。)




エリーゼは、とっさに思いっ切りサイラスの腕を噛んだ。


「いったーーーーーーーーーー!!!!」


サイラスが思わず手を放し、エリーゼは落下した。サイラスのしまったという表情が見えた。サイラスの腕が離れ、落下していくエリーゼの周囲からは銀色の霧が消えていく。


(この銀色の霧って、サイラス様の傍だけで有効なの?! 落ちるー!!)




「「馬鹿!!!」」


落下したエリーゼを見つけたディランとサイラスは同時に声を上げると、ディランは光の網を、サイラスは空気のクッションのようなものをエリーゼの下に放った。




空中から、ディランの方に視線を向けたエリーゼは、ディランと目が合った。


(ディラン様、私が見えている?そっか、銀色の霧を抜けたから!)


「ディラン様!」

「っ…!!」


光の網と空気のクッションで跳ねたエリーゼは、ディランの方に身を向けた。


ディランが光の網を手繰り寄せると、エリーゼが網に引っかかって飛んできた。網の上で跳ねた跳躍の勢いそのままに飛んできたエリーゼを、ディランは吹き飛ばされながら、全身で受け止めた。


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