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17歳 4


ブルマリン王国の大使であるサイラスは、懇親を深めるという理由で、夜会以後もずっとレドモンド国に滞在している。


夜会の日以後、エリーゼの部屋に押しかけることはなかったが、エリーゼがお妃教育のため城に出向くと、サイラスと顔を合わせることはあった。




王宮も、次期王妃の本命と見られている第二王子のルークの婚約者であり、侯爵令嬢であるアリアは力を入れて教育していた。一方、エリーゼは13歳で第一王子であるディランの婚約者となったが、本命とみなされておらず、『それなり』だった。

しかし、ディランが力をつけていくに従って、にわかに名実ともに王妃候補になったエリーゼも、力を入れて教育されるようになった。エリーゼは悲鳴を上げつつ、それを何とかこなしたり、こなしきれなくて絞られたりしている。




ある日、王妃教育を受けた後、ディランへ挨拶できないかと、エリーゼが王宮の廊下を歩いていると、偶然、アリアに出会った。エリーゼの王妃教育が増えるに従って、ルークの婚約者であるアリアと顔を合わせる機会も増えた。


「あら、ごきげんよう、エリーゼ様」

「ごきげんよう、アリア様」


完璧な淑女の礼を取るアリア様に、エリーゼは見惚れた。本命の王妃候補として選ばれただけあって、アリアは淑女中の淑女だった。気高く美しく、課された課題はなんでも人並以上にこなした。


(今日もアリア様は朝露を浮かべた薔薇のように美しい……。)




エリーゼは、アリアと話すのが好きだった。華やかな雰囲気を持つアリアは一緒にいるだけで、気持ちが浮き立った。

エリーゼがアリアと話していると、王妃とルーク第二王子がやって来た。




ルークは、エリーゼには視線も向けず、アリアに言った。


「やあ、アリア。あなたがいるとどこでも花が咲くように場が華やかだね。妻として王家に迎えて、ずっと一緒にいられるのが楽しみだよ」




その後、王妃とルークとアリアで会話を交わし、エリーゼが立ち去るタイミングを逃し、どうしたものかと逡巡していると、徐に王妃がエリーゼの方に向き直って言った。


「そういえば、あなたとはあまり顔を合わせる機会もなかったわね。折角ですし、皆でお茶などいたしませんこと?」


王妃から誘いを受けたのは初めてのことだったので、エリーゼは戸惑ったが、断る術がなかった。


(王妃様ってディラン様と控えめに言って折り合いが悪いとか……。うっ……断りたい……。でも、私は伯爵家の娘で、相手は王妃様で将来の義理の母。断る理由が見つからない……。)






王宮の一室で、茶会が行われた。王妃、ルーク、アリアが和やかに話す中、慣れない面々に囲まれたエリーゼは緊張で体を硬くした。


装飾がふんだんに施された繊細な茶器にお茶が注がれ、趣向の凝らした花を模した小菓子が提供された。


(こんなに持ち手が細いカップがあるの? 割りそうで怖い……。)


緊張で体が硬くなっているエリーゼは、カップをソーサーに戻す際、カチャンと音を立ててしまった。それを見て、王妃は眉を顰め、ルークは小さく、しかしエリーゼからはっきり見えるように笑った。エリーゼは、かあっと顔を赤くした。




場の雰囲気を変えるように、アリアがエリーゼに声をかけた。


「こうしてゆっくりお話しするのは、初めてのことですわね」

「あ、はい」


アリアの話に合わせるように、王妃とルークが言った。


「確かにそうね」

「君どころか、そもそもあの変人兄上が、こうした人と話す場に出てこないからね」

「変人なんてそんな直接的な言葉を使うものではありませんよ。まあ、変わっているのは確かですが」

「君は、兄上とそれなりに仲良くやっていると聞いているよ。普段、何を話すんだい?」


話を振られたが、この面々相手では、何を言っても悪意に解釈されるのではないかと考え、エリーゼは回答に迷った。なるべく無難になるようにと気を付けて答えた。


「私の関心のある小説などのお話を聞いていただくことが多いです」


アリアはにこやかに返してくれた。


「ああ、聞いたことがありますわ。エリーゼ様は小説に傾倒していらっしゃるとか」


しかし、王妃とルークは、冷淡に言った。


「そんな家で引きこもってするようなことが好きなのね。色々な人と接する王家に嫁ぐ人間として、相応しい趣味なのかしらね」

「はは、確かに。パーティーでよく会う面々で、小説が趣味という人間はいないなあ。まあ、錠前好きの兄上よりは、いくらかマシか」


その声色に、馬鹿にしたものを感じて、エリーゼは腹が立ったが、王族であり婚約者の家族である彼らに無礼も言えず、咄嗟に返す言葉が思いつかない。王妃とルークは続けた。


「そんな趣味が有名になるくらいの娘を放置しているなんて、フローレンス伯爵家ではどんな教育をしているのかしら」

「そういえば、良くも悪くも、フローレンス家の話って、あまり聞いたことがないなあ。ねえ、さっき、カップの音を立ててお茶を飲んでいたけど、君の家でもマナー教育ってしているの?」


王妃が笑いながら、口先だけで咎めた。


「ルーク、失礼ですよ」

「はは、すみません。ほら、あの兄上の婚約者だから、どんな人かと関心があって、色々聞きすぎてしまったね」

「まあ、気持ちは分かるけど。それにしても、未来の家族とのお茶会だというのに、あなた全然話さないわね。こんなことで王族としての役割を果たせるのかしら。ディランも苦労しそうね」


エリーゼは、かっと目頭が熱くなった。こういう時は、笑顔で皮肉でも何でも返さないといけないと分かっている。分かっているのに、さっきから何も返す言葉が浮かばず、エリーゼは苦しかった。






突如、ドアをノックする音が響き、こちらの返答を待たず、乱暴にドアが開けられた。びっくりして、一同が顔を上げると、顔を強張らせたディランがいた。


ディランが王妃とルークに向かって言った。


「義母上、ルーク、何をしていたのですか?」

「兄上、珍しく慌ててどうしました? 我々は、見てのとおり、お茶会をしていただけだよ」

「そうよ。いずれ家族になるんですもの。色々知りたいと思って、彼女の趣味や家族の話を聞いていたのですよ」




ディランは冷ややかな視線を王妃とルークに向けた後、気まずそうにするエリーゼの腕を掴んで、部屋を出て行こうとした。


「……もう話は十分ですね。エリーゼ、行くよ」


部屋から出て行く直前に、背後から王妃とルークの声がした。


「あら、お優しいこと。まあ、あなたには似合いの婚約者ですものね。せいぜい大事になさい」

「心配しなくても、期待外れだったし、もう誘わないよ」


ディランは振り返りもせず、返した。


「それは良かったです。大事にしたいので、こんなつまらないお茶会にはもう誘わないでくださいね」






しばらく無言で歩き続けた後、中庭に辿り着いた。下を向いたまま、沈黙してしまったエリーゼに、気遣うようにディランは声をかけた。


「大丈夫か? 侮辱されるようなことを言われたのか?」


そう問われて、エリーゼは、侮辱されたと感じて苦しかったのだろうかと、自問した。答えはすぐに出た。首を横に振った。


「まあそれなりには言われましたが、私の社交界での評価自体が、その程度なので。むしろ、正しく評価されていると思いました。よく分かっているので、腹も立ちません」


振る舞いは全然洗練されていないし、言われっぱなしで嫌み一つも返せない。エリーゼは、アリアのような令嬢としての美しさはないし、ディランのように咄嗟に一言を返すこともできない。


「父や家族にしたって、私からすると、代えがたい大事な存在ですが、王妃様や高位貴族の皆様から見ると、毒にも薬にもならない一貴族でしかないでしょう」

そもそも有力な貴族家でなかったから、冷遇されていたディランの婚約者の座が回ってきたのだ。




それでも、これまで、エリーゼは、優しい家族と周りの人間に囲まれ、のびのびと過ごしてきた。幸せな人生を歩んできていると思う。




だから、何の後悔もしたくないのに。


「ただ、私のことで、ディラン様のことを侮辱されました」


これまでの自分が、ディランの欠点になってしまったという事実が、苦しくて苦しくて仕方なかった。


「ディラン様は、王妃様にだって、ルーク様にだって、馬鹿にされるような人ではありません。危険なところでも現地に赴かれて、事実をきっちり把握することだってできる。騎士団の方々と、自ら戦うことだってできる。自ら知識を蓄えられ、広く還元させられる。国の頂点に立つのに、何も欠けるところがありません。

なのに、私がディラン様の欠点になってしまった。悔しくて、悔しくてなりません!」






肩を震わせながら言った後、エリーゼは、ディランの顔を見ることもできないまま、下を向いて言った。


「……今日は、申し訳ありませんでした。失礼いたします」


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