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17歳 3


エリーゼがサイラスとダンスホールを出てから、思いの外、時間が経ってしまったようだった。婚約者が醜聞になってはいけないとディランに連れ戻しに来させてしまったのだろうと思ったエリーゼは、恐縮した。


「も、申し訳ありません」


ディランは貼り付けたような笑顔のまま、サイラスに向き直った。


「大使殿、本日の主賓はあなただ。あなたと話したい我が国の人間はたくさんいるので、会場に戻っていただけないだろうか」


サイラスも、エリーゼに見せていたような怒りを引っ込めて、社交用の笑顔を作って、応じた。


「おっしゃる通りですね。旅の疲れが出てしまったのか気分が悪くなってしまったので、あなたの婚約者殿に付き合っていただき、夜風に当たっていたところでした。大分よくなってきました。失礼しますね」




言葉のとおり、サイラスが夜会会場へと去ったのを見て、ディランが、エリーゼを射抜くように見た。エリーゼは恐怖に慄いた。


「何をしていた?」

「ええと、大使様の気分が悪くなったとおっしゃるので、お付き合いしていました!」


(大使様がわざわざ言っていたのは、口裏を合わせろっていう意味だよね。だから、これが正解だよね?)


「ああ、それは彼が言っていたから分かるよ。気分が悪い割には、随分盛り上がっていたようだけど、なんの話をしていたんだ?」

「えっと、それは……」


(ヤバい、ここで何か適当なことを言っても、絶対裏を取られて嘘だってばれる……。

隣国の政情について聞いていたっていう? そしたら、人気の少ないところで話していたことの言い訳にはなるかもしれないけれど、私の性格を知られている殿下には嘘だとばれてしまう。

流行や小説の話って言ったって、なんの小説か詰められて、結局ぼろを出してしまうだろう。

いっそ、前世一緒だったって話す? いや、急に前世の話なんて心霊的な話で怪し過ぎる。それに、心霊的に受け取られなかったとしたら、前世から一緒だったって、何か口説き文句みたいじゃない? ただでさえ、夜会の会場を二人で抜け出しているし。)


冷や汗をかきながら、必死で考えるエリーゼをじっと観察していたディランだったが、やがて笑顔になって言った。


「そうか、私に言えない話をしていたんだな」




その笑顔を見て、エリーゼは失敗を悟ったが、どうすることもできなかった。


(制限時間内に答えられなかった……。終わった……。)






馬車でエリーゼを伯爵家まで送ったディランだったが、その道中は、ずっと無言で、ねめつけるようにエリーゼを見つめてくるので、エリーゼは大変居心地が悪かった。


(最近のディラン様は、怒っているときこそ、笑顔になるので、恐ろしい。

それにしても、五年前まで、ただのオタク仲間だったのに、怒気や覇気まで使えるようにならないでほしい……。)






濃い一日を終え、エリーゼはベッドに倒れこんだ。王宮で開かれる夜会への支度、魔法の話を聞けるかもしれないという期待、ディランの魔導具の発明、前世の知り合いだと名乗る隣国の大使、笑顔だが怒った様子のディラン――


一日であったことを思い返すと、頭の中がパンク状態になりそうだった。


そういえば、あの大使様の目的は何だろうか?と思いながら、湯あみをし、着替え、ベッドに腰掛けると自室の部屋の窓から、ドンドンとノックされる音が聞こえた。


(窓からノック?)


嫌な予感がしつつ、恐る恐る近付くと、サイラスが屋根に立っていた。思わずエリーゼは眩暈のする思いだった。遠い目をして、思わず現実逃避してしまう。


(わあ、魔法ってすごい……。)




サイラスは横暴に言った。


「開けろ」

「ええ、あの、でも、深夜に年頃の女性の部屋に入れるのはちょっと……」


エリーゼは遠慮がちにだが、当然といえる断りを入れたつもりだったが、サイラスは全く退かなかった。


「幻視魔法で周囲からは見えなくしているから、外聞については心配することはない。それに、お前、前世で年頃の俺の部屋にしょっちゅう侵入していたくせにそれを言うか? 着替え中であろうと容赦しなかったよな?」

「何をしているの? 前世の私……」


エリーゼはがっくりと肩を落とし、考えを巡らせた。


(現世的には、自分の立場を考えれば、無視するのがいいのだろうけど、前世でどうやら多大な迷惑をかけていたようであるし? 人としては、落とし前というのは着けておいた方がいいよね……。

窓を閉めたら、「お前も前世で侵入していた」と言って、自室に入り込んできそうな気もするし。うん、きっと、自室にいきなり入ってこなかっただけ、この人にとっては紳士的なのね。そう思おう……。)




エリーゼは無理やり自分を納得させ、窓を開け、サイラスの強引な訪問を受け入れることにした。


(大使様の訪問の目的は何だろう。前世のこと以外はないだろうけど……。)


目の前にいる前世が同じ世界と名乗る人間を目の当たりにして、エリーゼは前世のことを思い出した時に考えた可能性の一つを、ふと思い出した。


「そういえば、もしかして、この世界って小説やゲームが舞台なんですか?」

「それも気づいていなかったのか……。舞台は俺の国だけどな。乙女ゲームだ」

「乙女ゲーム……。確かに、魔法が使える隣国であれば、ファンタジーな世界観がぴったり……。あれ、乙女ゲームってことは、前世、もしかして女性だったんですか?」

「男だったけど、お前が無理やり、俺にやらせたんだろう!」

「どうもすみませんでした!!」


(思わず勢いに負けて思わず謝ってしまったけど、前世での無礼は許してほしい……。覚えていないし……。)


しかし、乙女ゲームにも付き合わせて、更に転生までさせてしまったと思うと、エリーゼは申し訳ない以外の気持ちがなくなってしまった。


(男の人で乙女ゲームに転生って、メリットがなさ過ぎる……。)




「ちなみに、これはどんな乙女ゲームだったんですか?」

「……『Secret Castle~あなたと護る魔法の秘密~』だよ。」


サイラスは、一つため息をついた後、恥ずかしそうに顔を背けて言った。その名前を聞いた時、はっとエリーゼは前世でプレイしたゲームのことを思い出した。


「あっ、思い出した! 魔法の力が宿る国で、主人公が愛を育む話だったよね。最後は、隣国が攻めてくるけど、みんなで力を合わせて押し返すんだよね。泣けたわー。あ、魔法の力が宿る国ってブルマリン王国のこと? 名前、忘れていた……。じゃあ、女性嫌いの国王陛下も、チャラい宰相も、魔導騎士団の団長も、魔導具開発の研究所長も皆会ったの? いいなあ。私も誰か会ってみたかった」


はしゃいだように言うエリーゼに、サイラスは呆れたような表情をした。


「……何を言っているんだよ。もう会っているだろう……」

「え?」

「お前の婚約者の第一王子は、本当なら今頃、レドモンド国から亡命して、魔法の力を持たない人間も使える魔道具の開発を、うちのブルマリン王国で取り組んでいるはずだったんだよ。で、成果を認められてあと一年くらいで研究所長になるはずだった」

「え? え?」


そういえば、いた。美しいプラチナブロンドに紫の瞳で、透き通るような白い肌でほっそりとした隣国の王子様。確かに名前はディラン……。


「え? え? え? 殿下って、ゲームのメインキャラクターだったの。確かに美しい。いや、でも、髪や瞳の色は一緒だけど、健康的な肌色をしているし、髪は長くないし、ほっそりというよりはしっかり筋肉ついていて、見た目が全然違う。そもそも亡命していない……。どういうことなの?」


混乱しているエリーゼをしり目に、サイラスは呆れたような顔で言った。


「はあ、なんで隣国の第一王子は亡命して来ないし、隣国がうちの国に攻めてくる気配はないし、何で話が全然違うんだろうとは思っていたけど、お前を見て確信したよ。お前が話をひっかきまわしていたんだろ」

「いやいや、それは違うわよ。私は、あなたから話を聞くまで、乙女ゲームの世界だって気づかなかったんだもの。

状況が違うのは、殿下の意思と実力よ。ゲームより頼もしい見た目は、現場に出てこの国を守ろうとしたからだし、亡命せずこの国で立っているのは、殿下が強くあったからよ。私の影響だなんて、おこがましい」


(原作改変とか、転生の醍醐味だろうけど、実際に行動を起こされたのはディラン様で、私はただ婚約者として傍で見ていただけだし。今の状況が私の影響だなんて、とんでもない。)


殿下の名誉のため、気持ちを込めて言い切ったのに、大使はどうでもよさそうな顔をしている。このやろう、とエリーゼは内心で舌打ちして、気を取り直した。




「申し訳ないことに記憶はないんだけど、恐らく、私の前世であなたに迷惑を色々かけたんだろうというのは納得しました。で、わざわざこんなところまで来て、何が目的なの?」

「……目的はない」

「は? 夜会であれだけ強引に話しかけておいて、今晩だってこんなところまで来ておいて?」

「……ああ、本当に目的はない。ただ、お前を見つけて、お前がこの世界でどうしているか気になって、居ても立っても居られなくなっただけだ」




戸惑うエリーゼを前に、サイラスは、心底安堵したように笑って言った。


「元気に過ごしているなら、良かった」




その笑顔に、エリーゼは既視感を感じた。そして、ようやく、サイラスと前世を一緒に過ごしたのであろうことを確信したのだった。


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