17歳 2
サイラスのエスコートで、エリーゼはダンスホールに出た。ダンスの音楽が始まると、大使であるサイラスは踊りながら、エリーゼに話を振った。
「第一王子殿下の婚約者のエリーゼ様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「第一王子殿下は、数学・工学に明るく、様々な研究をされているとか」
「ええ、そうですね。私は門外漢であまり詳しくはないのですが、専門の人間と互角に議論するのに足る知識をお持ちと、理解しております」
「それは素晴らしい」
やはりディランのことを聞きたかったのかと思っていると、次にサイラスからかけられた予想もしなかった問いに、エリーゼは固まることになる。
「ところで、あなたは、前世の存在など信じますか?」
「はい?」
突然の質問に、エリーゼは戸惑いながら、なんとか曖昧にごまかそうとした。
「な、何のことだか、私には覚えが……」
(隣国の人は魔法が使えるっていうけど、そんなことまで分かるの? 何が目当てなの?)
パニックになっているエリーゼに対し、全て見通しているかのようにサイラスは落ち着きはらって、エリーゼを見つめている。
しばらく二人の間に沈黙が落ちた後、ちょうどダンスの音楽が終わった。エリーゼは好機とばかりに、礼をして去ろうとした。
「あ、あの曲が終わりましたので、私は失礼しま……」
「話が終わっていませんね。もう少し話しましょう」
感情の読めない笑顔のサイラスに、腕を取られ、エリーゼはバルコニーの端へ連れ出された。
人気のないバルコニーに連れ出され、エリーゼは密かに震えた。
(目的が分からなさ過ぎて、怖い……。大声出したら、醜聞モノだよね。相手は主賓の大使だし、私は第一王子の婚約者だし、まだ何もされたわけでもないし。いや、何かされた後では遅いのかしら?!)
焦るエリーゼをしり目に、愛想笑いを引っ込め、口調を変えたサイラスが言った。
「まどろっこしいのは好きじゃないから、さっさと言う」
「え?」
「お前、ミナミだろう」
「いや、私はエリーゼで……」
「俺は、隣に住んでいた」
「いや、私の隣人は王都のタウンハウスだと、我が国の子爵家で、大使様とご縁がある家ではなかったような……」
(何、人違い?)
「『日本』で生きていた時、隣に住んでいた同じ年の子供がいただろう」
「え、そうなんですか?!」
(『日本』って、まさかの転生者?)
「『日本』という言葉に反応したな。否定はさせないぞ」
「ええと、まあ、その言葉に心当たりはあるのですが、大使様が言っていることは本当によく分からないというか……」
「とぼけるな! 何故、前世のことを隠す?!」
「いや。私、前世のことは覚えているのですが、本当に前世の自分のことだけは覚えていないんですうぅ……」
サイラスの怒っている迫力に押されて、エリーゼはあっさり吐露した。
(まあ、転生者同士っぽいし、悪いことにはならない……と信じたい……。)
前世、日本人だったということや、好きだったコンテンツは覚えているが、自分のことは覚えていないことを、エリーゼがありのまま伝えると、サイラスは呆れたように言った。
「こんのくそオタめ……」
「すみません」
「自分のことは覚えていないのに、コンテンツのことは覚えているとか、オタクの鑑だな」
「あ、ありがとうございます」
「褒めていない、嫌みだ!」
(というか、前世、私は日本人だったというの、久しぶりに思い出したな……。夢じゃなかったのね……。)
ダンスホールで見せていた穏やかな笑みを完全に引っ込め、憮然とした表情になって、サイラスは言った。
「お前は、多分、というか絶対、前世一緒だった。で、俺と生まれてから十五年間、隣に住んでいた」
「そうなんですか?」
「ああ。眼が前世そっくりだ。俺も他の容貌はすっかり変わっているのに、瞳だけ前世と同じだからピンときた」
「そうなんですね」
(色々言われるけど、記憶がないから、どうもピンとこないなあ……。まあ確かめる術もないし、本人が言うならそうなんだろうけど。)
「王子の婚約者なのにやたら気安そうな令嬢だなと思って見ると、立ち振る舞いが前世のお前そのものだった。証拠に前世でのお前の好きだったものを挙げようか? 小説だと『アビア戦記』、漫画だと『アナスタシア』、ゲームだと『梁山泊物語』。他にももっと言える。覚えがあるだろう?」
「うう、全部、のめり込んだ記憶があります……。随分と詳しいんですね……」
「隣に生まれてから15年、ずーっとお前のお世話係やらされていて、はまったものは全部布教されていたからだよ!」
「どうもお世話になりました!」
(まさかこんなところで、懐かしいコンテンツの話をすることになるとは……。)
そんな話をしていると、エリーゼは、ふと前世を思い出した時に浮かんだ疑問を思い出したので、聞いてみることにした。
「そういえば、前世の私ってどんな人生を送ったんですか?」
エリーゼが興味本位でそんなことを聞くと、サイラスは、残念なものを見るような表情を浮かべた。
「本当に覚えていないんだな……。残念だが、十五歳で死んだから、あまり分からない」
「え」
現在の自分より若い年に死んだというのに驚いて、言葉を失っていると、サイラスは言った。
「ああ、勘違いするなよ。死んだのは俺だ。だから、その先のお前の人生は知らない」
サイラスの言葉に驚いて、なんと言うべきか迷っていると、コツンと靴を叩く音がした。音の方を見ると、怒っているのをひしと感じさせるオーラを纏いながら、笑顔を張り付けたディランが、立っていた。
「楽しそうだね。エリーゼ、大使殿と親睦を深めるのはいいことだけど、婚約者がいる身で異性と二人きりというのは感心しないな」




