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17歳 1


ディランが辺境から王宮に戻って二年経ち、ディランは19歳、エリーゼは17歳になった。


ディランはますます頭角を現し、騎士団、辺境伯、更には現在の王妃の実家が王家に口出すことに反発する貴族家を味方につけ、王妃と第二王子の派閥に拮抗するまでになった。ディランに言わせると「王妃と第二王子の派閥があまりに酷いので、消去法で私に人が集まってきた」らしいが、エリーゼから見ると、ディランは十分に人を集める魅力があると思った。


数学・工学を始めとする学問に明るく、辺境での経験を経て、現場を知った上での決断力もある。見た目は麗しく、剣を取ることもできると周りに理解されるようになった。今では、錠前作りが趣味の変人扱いをしている人はいない。


(なのに、何も変わらない私を、変わらず、婚約者に据えてくださっている。昔から薄々感じていたことだったけれど、ディラン様はとーーっても義理堅い。)


そのことが、エリーゼは婚約者として誇らしくもあり、また、申し訳なくもあった。


そういえば、と一つ気にかかることを思い出した。


(婚約当初に、第二王子殿下の結婚を急ぐため、ディラン様と私もなるべく早く結婚する予定と聞いていたけれど、どうなったんだろう。)


しかし、次の瞬間には考えることを放棄した。


(まあ、時が来れば、しかるべき筋から声がかかるでしょう。)


物事に対し深く思い悩まない図太さがエリーゼの長所で、腹芸が当たり前の貴族であるというのに人の腹を探らないというのがエリーゼの短所であった。






いつものようにフローレンス家を訪れたディランが、エリーゼの父とエリーゼを前に言った。


「ブルマリン王国の大使を迎える夜会を王宮で催す。エリーゼに、私のパートナーとして参加してほしい」


婚約者であるので当然と言えば当然だが、次期国王とも目される美しい王子から、娘にパートナーとしての夜会の参加を求められ、興奮したように、エリーゼの父は言った。


「よっ、喜んで!」


(なんだか、二年前からずっとこのセリフを聞いたり、言ったりしている気がする……。うちは伯爵家ではなく、居酒屋だったのかしら……。)




これまでと変わらず、レドモンド国と隣国であるブルマリン王国は、国交こそあるものの、折り合いが悪く、辺境伯が治める国境付近の小競り合いはしょっちゅうという状況だ。


現在、レドモンド国内では、騎士団・辺境伯を後ろ盾にした第一王子派と、母親の生家の侯爵家・婚約者の侯爵家を後ろ盾にした王妃・第二王子派で、後継者争いが激しくなっている。

このため、国内が安定していない状況で、ブルマリン王国との本格的な争いは避けたいというのが、まともにレドモンド国のことを考えている人間の統一した見解だ。

このため、ブルマリン王国の王弟である大使を主賓に迎えるこの夜会は、ブルマリン王国との親睦を深めるのが目的としている。






夜会の当日、ディランが馬車で迎えにきた。馬車に乗り込んだエリーゼが、いつになく浮足立っているのを見つけ、ディランは言った。


「……楽しそうだな」


指摘されたエリーゼは、図星を突かれ、苦笑いをしながら認めた。


「やっぱり分かりますか? 本日はブルマリン王国からいらした大使様が主賓とか。ブルマリン王国の方どなたかから、魔法のお話を聞かせていただくことはできるでしょうか」


ブルマリン王国には魔法が使える人がいる。ディランがブルマリン王国との国境を接する辺境に行ったのを機に、ブルマリン王国の小説を読むようになったエリーゼは、この二年でますます魔法への関心を強めていった。


(人知を超えた存在が前提となる物語とか、前世で読んだファンタジー小説を思い出させるけど、空想の世界じゃなくて、実在するとか! どういう原理で魔法なんて使えるのかしら。どんなことができるのかしら。オタク心をくすぐられるわ。)


わくわくしたエリーゼの様子を見て、ディランはつまらなさそうな顔をした。


「……魔法に興味があるのか?」

「ええ! 目に見えない力を使えるなんて、とっても素敵です!」


エリーゼがそう言うと、ディランはますます不快そうな顔になった。そこで、エリーゼは少し話し過ぎたかなと反省した。


(我がレドモンド国にとっては、敵になるかもしれない国だものね。純粋な好奇心でも、好意を感じさせることを言うのは感じが悪かったかしら。それとも、今回の夜会の目的を理解しているのか不安にさせてしまったかしら。魔法に興味はあるけど、話を聞こうとするのは無理のなく、節度を持った範囲にはするつもりだけど……。)




エリーゼがそんなことを考えていると、ディランはぱっと懐中時計を出した。エリーゼが意図を図りかねていると、ディランは懐中時計の中蓋を開けた。その途端、懐中時計の中から、ぱっと光の粒がいくつも跳ねて溢れた。エリーゼは、その幻想的な光景に息を呑んだ。


「ディ、ディラン様、これは……」

「魔法とは、自然もしくは自らの中にあるエネルギーを、媒介物を経て、実用的な形に変換することだろう? それなら、私にも扱えるのではないかと思って、先日から色々試しているところだ。これは光エネルギーを道具に取り込んだ試作品だ」


淡々と言うディランに、驚きながら、エリーゼは聞いた。


「す……す……すごい……!! すごいです!! ディラン様は魔法を使えるようになったんですか?!!」

「魔法ではない。まだ名はないが、魔力を導く道具ということで、魔導具とでも言おうか。魔法では、属人的過ぎるというか、使えるようになるまで時間がかかり過ぎて、勝手が悪いので、改良できるのではないかと思っていた」

「そんな風に思っても、普通、改良とかできませんよ。天才ですか?! 世界を変えますよ!!」


エリーゼが思うままに言うと、ディランはわずかに顔を赤らめ、照れたように顔を背けた。


「もともと構想はあったが、辺境に行って、隣国と小競り合いになった際、実物の魔法を見て、これであれば応用できそうだと、実用化の算段をつけられた」


ディランから、まだ試作段階であるため、他言しないように言われ、エリーゼは頷いた。


(時計から光が溢れるの、綺麗だったなあ……。それに、まだ内緒なのに、私には見せてくれるとか……。嬉し過ぎる……。)


エリーゼは、馬車に乗り込んだ時とは違った理由で、浮かれてしまうのを止められなかった。






いつもに増して煌びやかに飾り付けられ、着飾った人々で溢れた王宮の大広間に、ディランとエリーゼは足を踏み入れた。夜会会場の上座を見ると、国王と王妃の傍に、黒髪黒目の青年がいるのが目に入った。


黒髪に黒目は、この世界に産まれて初めて見たかもしれないと、エリーゼが視線を向けていると、ディランがその人が主賓の大使であることを伝えた。


「彼が、新しく我が国に来た大使のサイラス殿だ。ブルマリン王国の王弟で、23歳になる。自国では、様々な婚約話が持ち上がったのにどれも断り、王族でありながらわざわざ大使として我が国に赴任してきたという変人だ」


(数年前まで変人の名を欲しいままにしていたディラン様が、人を変人扱いする日が来るとは……。)




夜会が始まり、ディランとエリーゼがファーストダンスを終えると、周りにディランに声を掛けてほしそうな人々が近付いてきた。ディランがファーストダンスの後、別行動することは事前に聞いていたので、エリーゼとディランはそこで別れた。




エリーゼが一人になると、バイデン男爵家の一人娘であるカミラが嬉しそうに近づいてきた。バイデン家は商売を手広くしていて、エリーゼはカミラから外国の流行の小説をよく融通してもらっていた。また、カミラ自身も、エリーゼ同様、小説の愛好家だった。


「エリーゼ様! お久しぶりです」

「カミラ! 会いたかったわ。ねえ、今日の夜会に来たのって……」

「ええ、もちろん、隣国の魔法の話を漏れ聞ければと思ってですわ」

「分かる! 私はディラン様のお供だったんだけど、そうじゃなくても、私もこの夜会は来たかった。カミラに貸してもらった、新作の隣国の小説も、すごく良かったわ。やっぱり、魔法の使用が前提となる小説は幻想的な表現が多くなって、我が国の小説にはない良さがあるわよね」

「分かりますわ!」




そうして、エリーゼとカミラが盛り上がっていると、後ろから声を掛けられた。


「へえ、我が国の魔法文化に興味がおありで?」


エリーゼとカミラが振り返ると、黒髪黒目のブルマリン王国の大使が、エリーゼに笑顔で言った。


「よければ一曲ご相手願っても? 踊りながら少しはお話しできるかと思いますよ」


エリーゼは、決まった友人以外から、声を掛けられることは少ないので、戸惑った。


(ブルマリン王国の大使というと、主賓、だよね? 断る理由はないけど、なぜ、私? 第一王子の婚約者だから?)


「え、ええ、喜んで」


エリーゼは、戸惑いながらサイラスの手を取った。


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