大好きな幼馴染の告白を待っていたら、彼女から後輩の男子と付き合い始めたと告白された
闇と病みをじっくりコトコト煮込みました(^ω^)
──遂にこの時が来た。
男子高校生──中崎徹は人生で最高潮に緊張していた。
彼はこの瞬間まで努力を重ねて来たと言っても過言ではない。
徹には物心付く頃から想いを寄せる女性がいる。
それは橋津美帆香という幼馴染だ。
帆香は引っ込み思案で鈍くさい性格で、ボブカットの黒髪と縁の大きい眼鏡を掛けているため、一般的に見れば地味な部類に入る。
しかし、笑うと花も恥じらう程可憐な表情を浮かべたり料理上手なところがあるなど、目立たないだけで非常に魅力的な女の子なのだ。
幼馴染の徹はいち早くその虜になったと言えるだろう。
とはいえ流石に幼馴染の間でよくある、大きくなったら結婚しようとは恥ずかしくて口に出来なかった。
だがその想いは変わらず、いつか幼馴染から恋人へ関係を進展させることを目標にする。
そうと決まってから彼の行動は早かった。
まずは帆香に好かれるように自分を磨き出したのだ。
元々ルックスに恵まれていたため、少し身嗜みに気を使えばあっという間に人気者の仲間入りが出来た。
もちろん容姿だけで満足するはずもなく、勉強や運動にも真剣に打ち込んだ末に、文武両道の優等生としての地位も獲得する。
そうして身に着けた能力で帆香に勉強を教えたりして、互いの仲を深めることも欠かさない。
加えて彼女が他の男から狙われないために、出来るだけ側にいて親密だと見せつけることで、周囲に印象付けることもした。
無論、徹自身に惹かれる女子は多く存在しており、中には帆香にいじめを働く者もいた。
愛する帆香を守るため、カーストトップの権威を振るったこともある。
しかしそこまでして自分から告白しないのは、帆香はその性格故に押しに弱い所があるため、気持ちを押し付けるような告白をして無理矢理恋人になるのは避けたかったからだ。
そのため、彼女から告白させるように仕向けて来た。
とにもかくにも、傾向は順調だと徹は認識していた時だ。
『──今日の放課後、屋上で大事な話があるから来て欲しい』
想い人から呼び出しを受けたのだ。
これは遂に告白される時が来たと、徹は確信する。
帆香の性格から時間は掛かると想定していたが、高校二年生になってようやくだった。
だが徹の心には何の不満もない。
むしろ目の前まで迫った念願の時に、晴れやかな気分ですらいた。
かつてない程に待ち遠しい放課後の時間が訪れ、部活や遊びのためにクラスメイトがまばらになった頃合いに、徹は約束の場所である学校の屋上に向かう。
階段を一段ずつ上がる度に、これまで幾度と無く妄想して来た帆香との恋人らしい生活が現実味を帯びていく。
心臓の脈打つ鼓動を感じ取りながら、一生の思い出になるであろう場所への扉を開ける。
一瞬、太陽の眩しさから反射的に瞼を閉じた。
真夏の陽射しが肌を刺すような暑さを感じさせ、透明に澄み渡った青空は自らの心情を表しているように映る。
両目が外の明るさに慣れて来たため、徹は先に待っているはずの帆香の姿を探す。
程なくして目的の人物を見つける。
心の奥底から幸福が溢れ出ようとした瞬間……。
──帆香の隣に見知らぬ男がいることに気付いた。
上履きやネクタイの色から今年入学して来た一年生であるのは分かったが、その男が何故帆香の隣にいるのかが徹には不快で堪らない。
これから帆香が告白するというのに、とんだ邪魔者がいるものだという不満を察したのかは定かではないが、男が一歩前に出て軽く会釈する。
「初めまして。一年の藤堂和巳と言います。中崎先輩の事は、帆香先輩から色々とお話を伺っています」
「……あぁ。そっか」
礼儀を弁えた挨拶だが、徹にとっては酷く癪に触った。
さも当然のように帆香の名前を呼んだこと、その呼び慣れた様子から一定の交流が窺えたからだ。
一緒にいる様に心掛けてはいたが、部活や用事でどうしても一緒にいられないことはあった。
恐らく、この後輩はその隙に帆香と関係を築いて来たのだろうと考える。
だが多少煩わしくあっても、歯牙にも掛ける程ではないとも思い直す。
何せ自分は帆香の幼馴染であり、彼女のことならほとんど知っている。
それこそ、知り合ってからたかが三か月程度の時間しか過ごしていない彼とは天地の差だ。
そんな優越感から、徹は和巳を相手にする必要は無いと判断した。
ならばもう彼と話す事はない。
改めて徹は帆香に視線を向ける。
「来てくれてありがとう、中崎君」
「構わないよ。それで帆香、大事な話ってなんだい?」
昔から変わらない苗字呼びに苦笑しつつ、徹は待ちきれない心を押さえながら先を促す。
緊張しているのか、強張った面持ちを浮かべる帆香は何度か深呼吸をした後に、ゆっくりと口を開く。
「うん……あのね……」
さぁいよいよ両想いの時だ。
徹はいつでも喜びを表す心構えをする。
そして……。
「──私、和巳君と付き合うことになったの」
決意を秘めた口調で、帆香は確かに徹へ告白した。
──彼が全く予想だにしなかった告白を。
その言葉が発せられた時、徹の五感が全てシャットアウトしていく。
屋上で吹き付ける風も、校庭に響く野球部の号令も、肌が焼けそうな暑さも、愛しい帆香の姿も、何もかもが脳裏を素通りしていくように感じていた。
さながら世界が静止したと錯覚する程だ。
残酷なことにそれは永久に続かず、徹にとっては永遠かのような刹那の硬直から再起した思考で何度も彼女の告白を反芻する。
何度脳内で繰り返しても、それは聞き間違えではなく、確かに帆香から告げられた言葉だ。
「──……は?」
しかし、徹に出来たことは間の抜けた声で疑問を発することだけだった。
彼の心境を知ってか知らずか、帆香は続けて言葉を紡ぐ。
「和巳君とは文芸部で知り合ってね、お互い本が好きだからよく感想会とかしたんだ。今までずっと本の話が出来る人がいなかったから凄く新鮮で、話すのが得意じゃない私の言葉を、和巳君はしっかり耳を傾けて聴いてくれたの」
──なんだそれ。
「そうやって過ごしていたら彼に惹かれてる自分に気付いた。最初はただ話が出来るだけで良かったのに、段々と気持ちが抑えられなくなって……」
──やメろ。
「思い切って好きって私から告白したら、和巳君もそうだって答えてくれたの」
──イやダ。
思い出のアルバムを慈しむような表情で経緯を語る帆香に、徹はただただ困惑するしかなかった。
何せ、彼は一度も彼女のそんな表情を見たことがなかったからだ。
自分が知らないその顔を、自分が知らない赤の他人にずっと見せていたという事実に。
ずっとずっと待っていた彼女の告白が、相手にすらならないと思っていた相手へ既に伝えられていたことが。
膨らんでいた分だけの期待が、悍ましいまでの絶望となって心に募っていく。
あまりに気持ち悪くて、吐き気が止まらなくて頭が狂いそうになる。
けれども、帆香の言葉は止まる様子を見せない。
「今日こうして中崎君に伝えたのは、幼馴染の関係にケジメを着けたかったからなの」
「ケジメ? なんで?」
「……」
神妙な面持ちで告げられた言葉に、徹はまるで心当たりがない。
だというのに訊き返した問いに対し、帆香は無言で佇むだけだった。
それどころか、軽蔑にも似た眼差しを向けているではないか。
大人しい帆香からそんな目で見られる理由が分からず、徹の心は一層混乱が生じる。
だがすぐに思い当たった。
「──ソイツが帆香を誑かしたのか」
「え?」
自分の口から出たとは思えない低く棘のある声音に、帆香と和巳は一瞬目を丸くする。
ほら図星だと言わんばかりに、徹の脳裏に沸々と怒りが沸き上がっていく。
「帆香。目を覚ますんだ。趣味が合った? 言葉に耳を傾けてくれた? そんなの、どうせ帆香の体が目当てのクソみたいな偽善だよ。だって帆香は優しいから騙されやすいもんな。全く……人の純情を弄ぶなんて酷いことをするもんだ。だから、おいで。いつもみたいに俺が帆香を守るからさ……」
何とも簡単なことだった。
今まで自分以外の男とまともに接して来なかったから、純真な彼女は騙されているのだ。
そんな帆香の心に漬け込む非道を見逃してしまっていた自分が情けない。
でも今ならまだ間に合う。
幼馴染として過ごして来たこれまでと同様、帆香なら言うことを聞いてくれると徹は考えた。
だが……。
「──なにそれ」
帆香は徹の言葉を聞き入れるどころか、理解出来ないという風の眼差しを向けるだけだった。
付け足すと、漏れ出た声音は静かな怒りに震えているようにも聞こえる。
「和巳君は人を騙すような性格じゃないよ? 彼の全部を知ってるわけじゃないのに、勝手なこと言わないでよ!!」
「──っ!?」
思いもよらなかった帆香からの反論に、徹は息を詰まらせるほどに慄く。
その動揺の理由は……彼女が自分の言葉に従わずに否定したからだ。
それは徹にとって初めてのことであった。
今までの帆香なら彼の言葉を受け入れて来たはずだったのだ。
もう何度目の驚愕かも数えるのが億劫に感じる間も無く、徹は自らの心から堪えようの無い激情が込み上げていくのを悟る。
「何も知らないのは帆香の方だろ!? 俺が何のために言ってやってると思ってるんだ!!」
悟った所で止められるはずもなく、ただ感情任せに怒号を飛ばす。
いつから帆香はこんなバカになったのかと呆れていると、これまで静観していた和巳が徹から彼女を守るように立ち塞がる。
まるで騎士のような自然な行動に、徹の心はますますささくれ立つ。
「どけ! 今帆香と話してる途中なんだよ!」
「どきません。僕、正直に言って中崎先輩がここまで愚かなんて思いもしませんでした」
「あぁ!?」
言うに事を欠いて何故自分が愚かだと断じられるのだと、徹はより怒りを強くしていく。
だが睨まれているにも関わらず、和巳は眉一つ動かすことなく冷静に相手を見据える。
「中崎先輩の帆香先輩の幼馴染なんですよね? だったら、どうして彼女の気持ちを分かってあげないんですか?」
「──ぁ?」
──こいつは一体何を言っているんだ?
怒りが溢れ返って、逆に冷静になった頭に過ったのはそんな疑問だった。
だって自分は帆香の幼馴染なのだ。
彼女の気持ちを一番理解しているのは外ならない自身だと自負している。
だというのに、分かってあげないなんてどの口が言うのだ。
「~~~~っ、ふざっ……けるなぁぁぁぁっ!!」
「ぐっ!?」
言葉で形容出来ないドス黒い憎悪が胸の内に渦巻いて肥大化していく。
その感情の行き先は握り締められた右拳で和巳の頬を殴るという、あまりに短絡的な形で吐き出された。
殴られた和巳は突然のことでバランスを崩し、陽射しで熱した屋上の床に尻餅を着く。
原因を作ったのは自分とはいえ、帆香の前で情けない姿を晒せたことには少しだけ溜飲が下がる。
が、それも一瞬だけだった。
「和巳君!」
「だ、大丈夫です……」
「……は?」
帆香が座り込んでいる和巳の方へ駆け寄ったのだ。
それだけでなく、徹を目の敵にするような鋭い視線を飛ばして来た。
自分がそんな目で見られると思わず、掻き出した泥が捨てた以上の量で器へ注がれたように再び募っていく光景を幻視した程だ。
「帆香!! なんでソイツの味方をするんだ!! 俺の方がソイツより容姿も成績も何もかも優れてるのにおかしいだろ!? 俺はずっとお前のためを思って言ってるのに、どうして分かってくれないんだよ!!」
好きな人の無理解に対して理屈も何もない、自分のオモチャを取られそうな子供の駄々を彷彿させる物言いを口にする。
特に優劣を持ち出した時点で、現実逃避そのものと言えるだろう。
自らの言動を省みることなく、徹は帆香へ手を差し出す。
「俺達、幼馴染だろ? お前は俺がいないとダメなんだよ。今ならまだ許すからもう──」
「──もういい加減にしてよぉっ!!」
「──っ!?」
しかし、その手を帆香は悲鳴に近い叫び声と共に振り払う。
それは紛れもない拒絶で、徹のなけなしの強がりを粉々にするのは十分な威力であった。
茫然とする彼を他所に、帆香は一拍置いてから先を紡ぐ。
「中崎君はずっとそう!! 自分の言いたいことばっかりで私の言葉はこれっぽっちも聴いてくれない! 勉強会だって言いながら先に答えを教えて考えさせてくれないし、お弁当のおかずを何の断りも無く横取りするし、休日も勝手に部屋に入って来る上に予定も無視して連れ回すから自分の時間を過ごすことも出来ない!! そもそも昔から何かある度に私のためって馬鹿の一つ覚えで縛り付けて、今も許すとか見下して…………私はっ、中崎君の都合の良いお人形じゃないんだよ!!?」
「ぇ、あ、え……?」
振り続けた炭酸飲料の蓋を開けたように次々と出て来る帆香の不満は、彼女が徹の幼馴染として過ごして来た人生の中で募りに募ったモノだった。
轟雷を思わせる凄まじい剣幕に徹は目を見開いて慄くことしか出来ず、窮鼠に噛まれた猫のように全身を震わせる。
だが、彼女が十七年間も抑え続けた不平不満はこんなものではない。
「いじめのことだって、表立ってやらなくなっただけで中崎君が見てない所でずっと続いてたんだよ!? 学校に行きたくなかったのに無理矢理連れ出すし、離れたいって言っても何も聞かなかったみたいに平然と構って来るから逃げることすら出来ない!! 十七年間、中崎君の幼馴染で良かったことなんか一つたりとも無かった!! どうして幼馴染ってだけでこんなに苦しまなくちゃいけないの? ねぇ、今まで私に惨めで辛い思いをさせて楽しかった? これ以上幼馴染を続けたら本当に死んじゃう……お願いだから私のことはもう放っておいてよ!!」
「……」
涙を流しながら拒絶の意を示す帆香に、徹は返す言葉も無しに絶句する。
彼女に好かれるために重ねて来た努力は、全て逆の方向に働いていたと突き付けられたからだ。
これまでのよそよそしい苗字呼びも、その心情から漏れ出たNGサインでもあったのである。
それらを十七年間……今まさに浮き彫りになった帆香の心に刻み続けた傷は、限界に至らなかった方が奇跡的なバランスで保たれていた。
その瀬戸際を食い止めたのが、先程殴った和巳だったことは徹にとって皮肉以外何物でもない。
打ち明けられた帆香の強い嫌悪に、膝を折って座り込んでしまう。
「中崎先輩。帆香先輩をここまで追い詰めて一体何がしたかったんですか? ただ自尊心を満たすためだけだったら──」
「ち、違う!!」
痛む頬を押さえながら立ち上がった和巳の言葉を、徹は青ざめた顔で否定する。
「……それじゃ、何の理由があったの?」
「それは……」
幾ばくか落ち着きはしたものの、震える声で自分に構って来た理由を問い質す帆香に、徹は一瞬言い淀む。
だがここで誤魔化しては切れ掛けている幼馴染の関係すら失くしてしまいそうだと感じ取り、頭を垂れたまま徹は自らの想いを明かす決意を固める。
「──帆香が……好き、だから……」
「…………え?」
「初めて会った時からずっと好きなんだ! 俺の方が帆香を先に好きになった! 他の男に取られたくなかったから出来るだけ一緒にいようと思って、だから──」
「──なんで……もっと早く言わなかったのよ……」
「ほの──」
せめて幼馴染の関係だけでも繋ぎ止めたいと、一縷の望みを賭けての告白に対する感想に、徹は期待の眼差しで顔を上げ、想い人の名前を半ばで噤んだ。
何故ならば……。
──自分を見つめる帆香の両目が、気持ち悪いモノを見たが故に吐きそうな程の嫌悪感に染まっていたから。
「もっと早くそう言ってたなら、私は今日まで苦しまずに済んだのに……信じられない……」
「ぁ……」
帆香の口から呟き漏れた拒絶の言葉は、どれだけ早く告白したところで初恋の成就は疎か最後の願いすら叶わないと端的に表していた。
そして事此処に至って、彼はようやく自らの愚かさを自覚したのだ。
もう幼馴染としてすらいられない現実に絶望する外なく、上がった顔は再び項垂れて行く。
彼女の全てを知った気になって、何も見ていなかった自分の浅ましさに打ちひしがれる。
後悔と罪悪感に苛まれ、ただ無言で涙が流れ出す。
「──ごめん、帆香。俺が悪かった。本当に……ごめん……」
気付けば徹は謝罪の言葉を口にしていた。
それはこの期に及んで許されようとしたのか、彼自身にも判別出来ていない。
ただ……。
「謝罪なんていらない。だから中崎君の顔なんて見たくないし、二度と話し掛けないでくれたらもうどうだっていい。……行こう、和巳君」
「……うん」
帆香にとっては聞く価値も無い言葉だったのは確かだ。
最後のダメ押しとばかりに、彼女は絶縁を告げた。
そうして二人は手を繋いで屋上を後にする。
歯牙にも掛けられず独り取り残された徹は、立ち上がることなく蹲ったまま動かない。
──どうしてこうなった。
──俺はただ帆香が好きなだけだったのに……。
思考停止した頭で繰り返し浮かべるのは、ひたすら絶望と後悔のみ。
そこに遅れて現実味を帯び出した失恋が加わった途端、声にならない嗚咽が屋上に響き出した。
──これは見方を変えると、救いの無い悲劇にも、滑稽な道化の独り舞台にも成り得る、少年の初恋がゆっくりと暗転して幕を閉じるだけの物語──。
最後まで読んで下さってありがとうございます!
人間の思い込みの激しさを少しでも伝えられたらと思いたいです。
徹が見てる前で帆香と和巳がキスするとかの案もありましたが、流石に心に来るので絶縁に留めました←?
短編とはいえ、何気に完全バッドエンドは初めて書いたの貴重な経験が出来ました。
新作も順次執筆してますので、お待ち頂けたら幸いです。
それでは挨拶はこの辺にします。
ではでは~。