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悲運少女  作者: ネリー
4/4


「……ん、ふぁ〜……」

「あ、やっと起きた。おそいよぉ〜。寝顔可愛かったけど」

「ほんとだよ、お姉ちゃん。危うく手が出るところだったよ。お姉ちゃんのアソコに」


 …………。

 いや、ダメだ。ここで戸惑ったり三点リーダーで逃げたりしてはいけない。これ以上文字数を無駄に増やすわけにはいかないのだ。私の視界に映る、私と同じく全裸の二人に訪ねるのもNGだ。目が完全に濁り切っている。まともな答えが返ってくるとは思えないし、状況がもっと複雑になるかもしれない。

 ここは私の九十九の奥義の一つ、強制理解(アンインテリジブル)を使うしかないか。

 小悪魔の家で寝て、気が付いたらユカの家で両手足に手錠を嵌められて全裸で転がされていた。これらの情報から導き出される理解(こたえ)


 寝ているところを、誘拐された。


 ……奥義を使うまでもなく、分かっていたことだった。


「何か言ってよお姉ちゃん。お姉ちゃんの可愛い声、久しぶりに聞きたいなぁ」

「うんうん、私も聞きたい。何せ三日間も聞いてなかったんだからね。もう二、三日寝てたら発狂してたかも」


 ……まあ、二人のヤンデレっぷりは一先ず置いておいて、三日間?いや、確かにあれだけ走ったり引いたり転んだりときめいたりしてたらそれだけの疲労が溜まるかも知れないし、私はロングスリーパーだから普段でもそれくらい寝てもおかしくないのかも知れない。でも、こんな危険な場所で三日間も熟睡できるだろうか。こういう場所では大抵は私の中の『何か』が私の睡眠を邪魔してくるはず……。

 ……あれ?『何か』って何だ?内なる自分?二重人格?

 ……あれ?何を考えてたんだっけ?ヤンデレ?ロングスリーパー?

 ……まあ、どうでもいいか(・・・・・・・)


「う〜ん。全然喋ってくれないなぁ〜。こうなったら乱暴するしかないね。よ〜し、ひなちゃんにえっちぃ声を上げさせちゃうぞ〜」

「ダメだよユカ姉。壊すのは最終手段だって決めたでしょ? まずはお姉ちゃんのふぃるたーを剥がさなきゃ」

「……何を言ってるの?」


 身の危険を感じたので質問してユカの気を逸らす。

 というか、私のフィルターって何だ。私は検索エンジンか。未成年向けのフィルタリングサービスとかしてないぞ。


「きゃ♡ お姉ちゃん声可愛い♡ んっ♡」

「マナちゃん早いよぉ。そんなんじゃ先にマナちゃんが壊れちゃうよ?」

「…………」


 うわぁ、ちょっと濡れてる。私のフィルターちゃんと仕事しろ。これは明らかに有害情報だ。


「さて、茶番はこれくらいにして、さっさと始めちゃお」

「そうだね。早くお姉ちゃん食べたいし」

「……何する気」


 二人を睨みつけながら、低い声で聞く。何もできない私のせめてもの抵抗だった。だが、二人は特に怯む様子もなく、むしろちょっと嬉しそうだった。


「まずはそうだね、私とユカ姉さんが何で一緒にいるかを説明しないとね」

「って言っても、和解したってだけなんだけど」

「……和解?」


 独占欲の強いこの二人が和解?そんなことがありえるのだろうか。


「お姉ちゃん。私達さ、今まで誰のお金で生きてきたか知ってる?」

「……お父さんとお母さんのお金でしょ」


 私の両親は、私が小一の時に死んだ。理由は覚えていないが、多分交通事故とかだろう。私達は今までその時に出た保険金と、両親が貯めていた貯金を切り崩して生活していたのだ。

 お金は割とあったが、将来二人共高校や大学に入るかもしれないということを考えると無駄遣いはできないので、四人で住んでいたマンションを出て今の小さなマンションに引っ越したり、食費を削るために料理の勉強をしたりした。

 大人の力はあまり借りなかったように思う。流石に小一が一人でマンションを借りることは出来ないので、そこはユカのお母さんに協力してもらったが、今思えばよくもまあ小一が一人であれだけのことをこなしたものだ。

 ちなみに親戚やユカが私達のことを引き取ろうとしていたが、全て断った。その頃のマナは両親を失ったせいか精神的に病んでいたので、新しい家族が増えることでマナのストレスがこれ以上溜まるのを防ぐためである。今思えばそれは失敗だった気がする。他に家族がいれば、時間はかかるが甘える対象が増えて、私一人に固執するようなこともなかったのではないだろうか。

 まあ、今悔やんでも遅すぎる。私は過去は振り返らないのだ。


「うんうん、そうだね。お父さんとお母さんのお金。でもね、お姉ちゃん。都合の悪いことは全部忘れちゃうお姉ちゃんは覚えていないんだろうけど、あれはお姉ちゃんがお父さんとお母さんから奪い取ったお金なんだよ。いわゆる保険金殺人ってやつ?」

「…………」


 どういうことだ?それじゃあまるで私が両親を殺したみたいじゃないか。そんなはずはない。あの頃のことはよく覚えていないが、小一の頃は別に反抗期でもなかったし一人暮らしがしたいとかも思っていなかったはずだ。仮に反抗期だったとしても、両親を殺すほどではなかったはず。そもそもその頃の私は、両親を失ったその後の手続きなどを全て一人でこなすこともできるような『しっかりした』子供だったのだ。そんな私が両親を殺すなんて……。

 ……頭が痛い。


「どうせお姉ちゃんは頭の中で強引に理由付けして私が言ったことを全否定してるんだろうけど、無駄だよ。お姉ちゃんはもう逃げられない。お父さんとお母さんのことも含めて、今まで逃げてきたことを全部受け止めて、ふぃるたーをきれいに剥がしてね」

「わぁ、マナちゃん容赦ないなぁ」

「……で、それがユカとの和解となんの関係があるのさ」

「あ、逃げた。う〜ん、やっぱりお姉ちゃんは逃げるのうまいなぁ。まあ、どれだけ逃げても最後には袋小路だけどね」


 逃げるのが得意なのは私ではなくユカだろう。それに、ここはすでに袋小路だ。今は、どうこの袋の入り口の二人を退けるか、である。


「そうそう、私とユカ姉さんの和解の話ね。さっきお姉ちゃんが言ったように、私達はお父さんとお母さんのお金で生活してきたわけだけど、三年くらい前に、そのお金も無限じゃないって事に気付いたの。私、生まれてからずっと、高校を卒業したら死ぬまでお姉ちゃんと家の中でイチャイチャして生活するつもりだったから、これが結構ショッキングでさ。どうしようか三年くらい迷ってたんだよ」


 マナの頭の悪さが如実に表されているセリフだ。小六か中一でようやくお金の問題に気付き、高校を義務教育だと勘違いして、三年経っても働くという解答を出せていないという、残念すぎる妹だった。


「そこで、私が提案したの。私が二人共養ってあげるから一緒に暮らして一緒にひなちゃんを愛さないか、ってね? ほんとは独り占めしたかったけど、でもそうしたらマナちゃん、毎日のように捨て身で突撃して来そうでしょ? うちの使用人、戦闘力はそんなに高くないし、結構な確率で突破されかねないの。殺そうにも顔付きがひなちゃんに似ててやりにくいし、何よりひなちゃんが悲しんじゃうし。だから、いっそのこと和解しちゃおうってことで、ひなちゃんを愛そう同盟を組んだの」

「も〜、ユカ姉さん! 私はそんなバーサーカーじゃないよぉ……。やるならもっと作戦とか立てて協力者募ったりしてやるよ」

「あはは〜、かわいい妹だなぁ」

「ユカ姉さんに妹と言われる筋合いはない!」


 もう私なんかさっさと追い出して二人で百合百合していればいいんじゃないかな。

 ふむ……マナはともかく、ユカにも妥協するという考えは残っていたのか。なら公園で囲まれた時にも交渉の余地はあったのかもしれない。

 というか二人に組まれたら私、もう逃げようがないじゃないか。ユカの物量とマナの戦闘力。この二つが合わさってなお逃げ切れるほどの人物なんてそうそういないだろう。


「お姉ちゃん、分かった? もうお姉ちゃんはフクロウのネズミ、よんめんそか、十六方塞がりなんだよ? さっさと諦めて一緒に気持ちよくなろ?」

「マナちゃんマナちゃん。フクロウじゃなくて袋、よんめんじゃなくてしめん、十六方じゃなくて八方だよ」

「あぅ」

「…………」


 マナ……肝心なところで失敗するところは私譲りだなぁ。フクロウのネズミって、袋小路は言えるのに、なぜこっちは言えないのか。

 違う、ほっこりしている場合ではない。現実逃避はいい加減やめろ。この状況を脱する方法を考えるんだ、私。


「次はアレだね。ひなちゃんの勘違いを正すことだね」

「そうそう、和解の話なんかどうでもいいんだよ。お姉ちゃんの誤解、っていうか逃避をやめさせないと。お姉ちゃん、どうせこんな状況になってもまだ私は誰かに甘えたくて、ユカ姉さんはお姉ちゃんの髪の毛をぺろぺろしたくてやってると思ってるだろうし」

「……違うの?」

「…………」

「…………」


 いや、ユカのことはなんとなくそうなんじゃないかなとは思っていた。実は髪フェチではなく、何か別のフェティシズムを持っているのではないかと。

 だが、マナも違うというのは考えたことすらない。甘えたいのではないのなら、一体どういう理由なのだろうか。


「ひなちゃん。私、ひなちゃんの髪だけじゃなくて、他のところもぺろぺろしたいよ? そりゃ髪もぺろぺろしたいけど、太腿とか腋とか鎖骨とかもぺろぺろしたいよ? もちろんひなちゃんの大事なところもぺろぺろしたいよ?」

「……身体フェチ?」

「フェチじゃないよ! それだと人を氷漬けにして飾って楽しむ悪役みたいだよ! 私はひなちゃんの体が好きなんじゃないの! いや好きだけど! 大好きだけど!! でも、一番好きなのはひなちゃんそのもの、ひなちゃんっていう存在が好きなの」

「……私フェチ?」

「なんでもかんでもフェチにするな! っていうか逃げるな! 私は愛の告白をしてるの! 伝わってよ! うわぁぁーー! なんか恥ずい!」


 ユカが顔を真っ赤にして悶えている。

 愛の告白?ユカって私のこと好きだったの?でも今までそんな素振りはなかったような…………いや、あった。しかもつい最近。三点リーダーを半分にしてもいいほど最近、っていうか三日前にあった。あの暴露大会、伏線だったのか。それに髪の毛の件も、髪フェチ以外の理由としては一番最初に上がりそうでもあるし、むしろなぜ私は今まで気付かなかったのだろうか。

 そうか、ユカは私のことが好きだったのか。


「次は私の番だよ、お姉ちゃん。私はユカさんみたく回りくどくないから安心してね。まあ、あれも結構直球っちゃあ直球だったけど。さて、お姉ちゃん。私、不知火マナはお姉ちゃん、不知火ヒナのことが、好きです。愛しています。結婚、っていうか監禁? ヒモ? ……性奴隷を前提に、付き合ってください」

「ふぇ?」

「聞こえなかったならもう一回言うよ? 性奴隷を前提に、付き合ってください!」


 前提にしているものがおかしい気がする。

 じゃなくて。え?マナも私のことが好きなの?甘えたいんじゃないの?


「甘えたいからってベロチューとかえっちぃこととかを要求する妹がどの世界にいるのさ。私は姉としてじゃなくて一人の女の子として、お姉ちゃんが好きなの。愛してるの。ふぃるたーがあるとはいえこれくらいは自分で気付いて欲しかったなぁ」

「……心を読むな」

「顔に書いてるよ」


 マナはユカとは真逆で余裕そうな表情を浮かべている。自信があるのだろうか。

 う〜ん。確かにベロチューとかはちょっとおかしいと思ってたけど、まさか私のことが好きだったなんて。マナのことは妹としてしか見てなかったからこれは分からなくても仕方がないと思う。

 ……いや、ユカのこともマナのことも私の逃げだ。二人は私のこう言うところをフィルターと言っているのだ。都合の悪いことには気付かないフリをし、分からないフリをし、知らないフリをする。する方はいいかも知れないが、される方はストレスが溜まりそうな私の性質だった。

 自分を客観的に捉えることで、また逃げている。そういうのはやめようって決めたのに、先延ばしはやめようって決めたのに。つい逃げてしまう。


「うんうん。お姉ちゃんもやっと自分の本質に気付いてきたね。よしよし。いい子いい子〜〜♡」

「…………」


 また私の心を読んでくるマナ。一体どうやっているのだろうか。同じ姉妹なら私にも出来そうだが、マナの顔をいくら観察しても何も分からない。……これも逃げか。マナの心は私にとって不都合なものなのだろう。だから、何も見えない。見ようとしない。

 全裸に両手足拘束された状態で、同じく全裸の妹に頭を撫でられるのは一種のプレイのように思えて、少しドキドキしてしまった。そして、こんな思考すらも逃げであることを思うと、なんだか自分が最低な人間に思えてくる。


「ひなちゃん、そろそろふぃるたーと分離してきたかな? ある程度離れたら後は強引に剥がせるんだけど」

「お姉ちゃんが自分で剥がしたいっていうならそれでいいよ。むしろその方がいいと思う。強引に剥がす方が早いけど、早ければいいってものでもないし」

「…………」


 フィルターを剥がす、か。やらないわけにはいかないだろう。このままではダメだ。これから高校を卒業して、大学生になって、大学を卒業して、社会人になって、退職して、おばあちゃんになって、そして最期まで、無意識に嫌なことから逃げ続ける人生なんて、嫌だ。

 ……また逃げている。本当は逃げたいのに、逃げたくないと考えることで自己保身をしている。まるで私が被害者であるかのように振る舞って、私自身に同情を引いている。最低のクズだ。

 自分でフィルターを剥がすのは不可能だ。私のあらゆる行動や思考は逃げに繋がる。強引に剥がしてもらうしかないだろう。


「……強引に剥がして」

「了解だよ、お姉ちゃん」


 マナが微笑を浮かべる。

 私は目を閉じて仰向けに寝転んだ。これから何をされるのか分からないという恐怖から逃げるために。

 マナが耳元で囁く。


お父さんと(・・・・・)お母さん(・・・・)

「…………」

私と(・・)ユカ姉さん(・・・・・)

「…………」

死んで(・・・)死んだ(・・・)

「…………」

()()()()()()()()()()

「…………」

()()()

「…………」


 私の勘違い。私のふぃるたー。私の逃げ。


()()()()()()()()()

「…………」


「お姉ちゃんが」 「私が」

「「殺して(・・・)殺した(・・・)」」


()()()()()()()

「…………」


「お姉ちゃんが」 「私が」

「「()()()()()()()()」」


「これが事実。真実。お姉ちゃんの正体」

「私の、正体」

「なんだお姉ちゃん。けっこー分かってるじゃん。自分のこと」


 目を開ける。逆さまのマナの顔が視界を埋め尽くす。


「うんうん。ふぃるたーはほとんど剥がれたね。これでもうお姉ちゃんは無意識に逃げなくなるよ」

「……そっか」


 もう、逃げなくなるのか。

 独りの寂しさから逃げるために「ただいま」や「おやすみなさい」を言うことも、古典から逃げるために古典関連のことを無意識に忘れることも、私に向けられる誰かからの好意から逃げるために叶わぬ恋をすることも、自分の奇行を正当化するために奥義と言い換えることも、逃げる時に支障が出ないようにある程度回復した怪我の痛みを無意識に遮断することも、死から逃げるために無意識に受け身を取ることも、面倒な思考から逃げるために不都合な気付きや体験を無意識に忘れたり『まあ、いいか』の一言で片付けたりすることも、


 ――全部、なくなるのか。


「お姉ちゃんは逃げない」

「うん」

「お姉ちゃんは逃げない」

「うん」

「お姉ちゃんは逃げない」

「うん」


 マナが私を安心させるかのように私の頭を撫でながら何度も言う。


「お姉ちゃんは逃げない」

「うん」

「お姉ちゃんは逃げない」

「うん」

「お姉ちゃんは私とユカ姉さんが大好き」

「うん……うん?」

「お姉ちゃんは私とユカ姉さんを愛してる。お姉ちゃんは私とユカ姉さんが好きで好きでたまらない。お姉ちゃんは私とユカ姉さんとえっちぃことをしたいと思ってる」

「マナが、ユカが好き? 愛してる? 好きで好きでたまらない?」

「お姉ちゃんはえっちぃことがしたい」

「私はえっちぃことが……」


 したいのか?私はマナとユカとそういうことがしたいのか?

 あれ?そういうことって何だ?逃げないこと?愛してること?

 違う、違うだろう。私は二人から逃げたいんだ。この変態から、ヤンデレから逃げないと、私は一生ここから出られないんだ。

 どうすればいい。フィルターによる思考の制限は無くなった。今なら何かいい解決策が浮かぶかも知れない。


 考えろ!考えろ考えろ!!考えろ考えろ考えろ!!!

 絞り出せ!!!!


 ……考えろって、送り仮名の『えろ』の部分に集中してみるとえろいな……。


 えろ!えろえろ!!えろえろえろ!!!

 じゃなくて!!!!


 とりあえず三つほど思い付いた。


 一、ユカの親に助けを求める

 ニ、二人を説得する

 三、救世主、小悪魔の登場を待つ


 三は他のと同時進行でいいとして、一かニだが……。


「……う〜ん。おかしいなぁ。お姉ちゃんのふぃるたー剥がしたのに洗脳が効かないんだけど……」

「まだ全部剥がれてないんじゃない? ひなちゃんのことだからトカゲみたいに尻尾を切って逃げたのかも」

「それはないよ。手応えはあったし、残っていたとしても尻尾の方だよ。本体は潰したからほぼ全部剥がれているはずなんだけど……」

「……洗脳? マナ、私に何したの?」


 私の問いにマナはニヤリと笑みを浮かべて答える。


「私の『奥義』だよ、お姉ちゃん」

「…………」


 悪意を感じる言い方だった。奥義は私の黒歴史だ。


「お姉ちゃん風に言うならAOS、アンチお姉ちゃん洗脳だね」


 ただのDAI語じゃねぇか。いや私も人のこと言えないネーミングしてたけど、ここまで酷くないぞ。やっぱりマナはアホだった。AHO(アンチ変態奥義)じゃないぞ。……私のも全然DAI語だった。『アンチ』を『対』とかにすればマシになるだろうか。対変態奥義。うーん、なんだかなぁ。ネーミングって難しい。


「仕方がない、ひなちゃんには悪いけど、媚薬でも盛ろうかな」

「ないすあいであだよ、ユカ姉さん」

「おい」


 まずい。早く行動を起こさないと取り返しのつかないことになる。猫パジャマがないから威力は下がるがAHOを使って、とりあえず脱出して作戦一を実行するか……?いや、両手足の拘束が解けないと立ち上がることも出来ないし、やはり作戦ニか……?いっそのこと全部諦めて作戦三、スタンバイモードに入るか……?

 ……いっそのこと全部実行しよう。脱出出来なければ説得、それも無理なら助けを待つ。それで来なければ終わり。これでいいや。

 それでは早速。

 横になったままごろごろと転がり、ちょうど私とユカとマナで平べったい二等辺三角形ができる位置まで移動する。膝を軽く曲げ、背を丸めてヤムチャな格好になり、両腕を少し離して手を軽く握る。手錠がついているので手は両方とも胸の前あたりに置く。私の謎の行動に二人の視線が吸い寄せられる。私は二人の方を向いて営業スマイルで言った。


「にゃんにゃん♡」

「「ぶはっ」」


 ユカとマナはほぼ同時に鼻血を噴き出しながらベッドに倒れた。

 二度目だからそもそも効かない可能性も考えていたが、全然効いた。一度目の時よりも鼻血の量が多い気がする。二人の鼻血がシーツを赤く染め上げている。いっそのこと貧血で気絶してくれないだろうか。

 まあ、いい。どちらにせよ時間は稼げた。この分ならにゃんにゃんでこの二人を完封できるかもしれないが、とりあえず今は予定通り脱出を試みる。

 再びごろごろ転がってベッドの淵に移動する。落ちないように気を付けながら上体を起こして床に足をつき、立ち上がる。

 軽い立ちくらみに耐えつつ、拘束された足でちまちま進んでいく。人魚のようにピョンピョン跳ねながら進んだ方が早いだろうが、倒れた時に立ち上がれないので、念のためだ。私の運動音痴をなめてはいけない。

 一分かかるか、かからないかくらいで、立派な茶色のドアにたどり着く(ドアはベッドからそれほど離れていなかったが、降りた場所が悪くて結構かかってしまった)。両手でドアノブを下げるが、すぐに何かに突っかかって、それ以上下がらない。そして、ドアノブの上には横に細長い長方形の穴。

 カードキー付きのオートロックドアのようだ。しかも、なぜか内側から開けられない。私を監禁する気満々だった。


「ひなちゃん、いい加減諦めて? ここに来た時点でひなちゃんはもう詰んでるの。何をしても無駄なだけだよ?」

「そうだよお姉ちゃん。諦めて一緒に気持ちよくなろ?」

「にゃんにゃん♡」

「「ぶはっ」」


 二人の方を向いて、AHOを使う。効果はやはり抜群。二人はまた鼻血を噴き出して倒れた。三度目もさっきと同じくらい出してるし、完封は出来そうだ。

 周囲を軽く見て、キーがありそうな場所を探す。だが、よく見たらこの部屋、ベッドしかなかった。ソファーもテレビも姿見もない。ユカもマナも全裸だから隠しようがないし、残るはベッドの下かシーツの下。とても面倒だ。

 窓もないのでドア以外からの脱出は不可能。この部屋を出るにはキーを探すしかないようだ。

 どうしようか考えていると、また二人が起き上がる。二人ともとても幸せそうな顔をしていた。なんかムカつく。


「お姉ちゃん、鍵はここにはないよ。さっさと諦めて早くヤろ?」

「ひなちゃんのことだから、私たちがキーをベッドの下とかシーツの下に隠してると思ってるんだろうけど、本当にないよ? そもそもこの部屋のカードキーなんて存在しないし」

「……じゃあご飯とかお風呂とかトイレとかどうするの?」

「ご飯は使用人に持ってこさせる。朝は八時、昼は十二時、夜は七時ね?」

「お風呂は必要ないよ。お姉ちゃんの汚いところは全部舐めとってあげるから♡」

「トイレもいらないよね? 私達っていうトイレがあるんだから」

「お姉ちゃんのは私達が美味しく頂いちゃうよ〜」

「……おぇっ」


 気持ち悪い。虫唾が走る。えずきそうになるが、胃の中には食べ物が残っていなかったようで、口の中が少し酸っぱくなるだけだった。そういえばお腹空いたな……。


「私嫌だからね、二人の排泄物処理するの」

「キャ、ひなちゃんに軽蔑の視線向けられるとゾクゾクしちゃう」

「大丈夫! どうせお姉ちゃんの方から望んでくるようになるもん。むしろ私は飲み過ぎが心配だよ?」

「…………」


 ……何としても逃げねば。

 キーは本当に無さそうだし、作戦変更。説得にかかる。


「ユカ、マナ。こんなことやめよう? 今ならまだやり直せる。私は二人のことは嫌いにならないし、これからも仲良くするからさ」

「やり直せないよ、ひなちゃん。それはもうひなちゃんが証明してるよ。ひなちゃんがメールと電話をブロックした時点でこうなることは決まってたの。だから諦めて?」

「私もだよ、お姉ちゃん。今まで散々誘惑してきたのに、お姉ちゃん、全部私が甘えてるって思ってたんでしょ? 私のことは妹としてしか見れないんでしょ? 一昨日お姉ちゃんに求婚した時、お姉ちゃんの母性溢れる目を見て確信したよ。私の気持ちは一生伝わらないんだって」

「…………」


 くそっ、ユカ更生作戦は失敗だったか。まんま小悪魔の言う通りになっている。もう少し段階的に進めるべきだった。

 そしてマナは気付くのが遅い(私も人のことは言えないが)。私は最初から母性溢れる目で見ていたと思う。洗脳とかできるのに何でそういうのには疎いのだ。

 ……どうでもいいけど、いやどうでもよくはないけどマナのベロチューとか口移しとかって誘惑だったのか。まさか、昔の情緒不安定さは演技だったのか?いやでも姉妹なら気付きそうなものだし……。……フィルターが働いたのか……。

 この線での説得は不可能っぽいし、切り口を変えよう。


「ユカのお父さんとお母さんはどうなの? あの人たちが娘のこんな行動を許すとは思えないんだけど」

「許してくれたよ? むしろ喜んでたし。お父さんとお母さん、ヤンデレカップルだったから私の気持ちがよくわかるって。昔はよく監禁し合ったり、ストーキングし合ったりしてたってさ」

「…………」


 嘘を言っているようには見えない。どうやらユカのヤンデレ気質は親譲りのようだ。

 ……ユカのお母さんのスイーツを食べた後、軽く興奮したり眠くなったりしたのはそういうことだったのか。多分ちゃんと効果がある薬か何かが入ってたんだろうけど、フィルターで耐えていたのだろう。恐ろしい親子だ。もしかしたらユカのお父さんからも何かされていたのかもしれない。

 あれ?でも使用人達は最初私に協力的だったような……?どういうことだろう。鑑ファミリーのヤンデレ気質をそもそも知らなかったとか?でも使用人なら知っていてもおかしくないはず……。ユカの執事さんとかザ・ベテランって感じだし……。その辺どうなのだろうか。

 上げて落とす作戦かな?最初は協力的に対応して強固な信頼関係を結んでおいて、最後に裏切ることで私の戦意を喪失させようとしていたのだろうか。まあ、それもフィルターのおかげで特に精神的なダメージは受けていないが。物理的なダメージはかなり受けている。顔面強打とか。

 フィルターがあった時よりも頭の回転が速くなっている気がする。こんなこと、ちょっと前までの私では気付けなかっただろう。

 とりあえず、ユカのことは置いておいて、次はマナだ。


「マナ。今の話だと、マナはこれからずっとここにいるんだよね? だとしたら、おじいちゃんとおばあちゃん心配するよ? 多分数日後には警察に連絡が行ってここもバレちゃうし、最悪二人共捕まっちゃうよ? だからこんなことやめよ?」

「おじいちゃんとおばあちゃんは洗脳したから大丈夫だよ。私のことなんて覚えてないし、お姉ちゃんのことも覚えてないと思う。それに警察なんてユカ姉さんの敵じゃないよ。むしろ味方だよ?」

「ふふん。隠蔽なんてこれまで何度もやってきたからね、お父さんが。あれ? ひなちゃんに言ってなかったっけ? 私のお父さん、偉いんだよ」

「…………」


 洗脳だの、隠蔽だの……、まるで小説だな。まあ、今の状況が既に現実ではありえないのだが。

 そしてお父さんもしっかりユカに協力していた。ストーカーとか窃盗とか不法侵入とかが一般人に見られて通報でもされたのだろうか。まあ、素人のユカが完全犯罪なんて不可能か。私がこれまで気が付かなかったのもフィルターのせいだろうし。

 後、ユカのお父さんに対する認識が曖昧すぎる。偉いんだよ?って。それだけじゃ何も分からないよ。そりゃこんな豪邸の主なんだから偉いんだろうけど。せめて職業は何なのかとかさ。

 まあ、とにかく、家族関連でも説得は無理そうだということは分かった。後は……なんだ?


「ずっと引きこもってたら健康に悪いよ。早死にするよ?」

「じゃあ週一で青姦しよ? もちろんお姉ちゃんがしたいって言うなら毎日でもいいよ?」

「…………」


 マナ、どんだけヤりたいんだよ。発情期か。


「個人には自由権が保障されてるんだよ。もちろん私にも。そして今の状況、私の自由が侵されてると思うんだ。これは違憲だと思うんだけど……」

「ひなちゃん、悪いけど、ここでは私が法だよ? ひなちゃんには私たちと幸せに暮らすっていう権利しか保障されてないんだよ」


 私の知識の中途半端さもかなり酷いが、ユカのジャイアン思考もなかなかのものだった。


「お願いします。ここから出してください。そしてもう私に関わらないでください」

「ふふっ、土下座してるひなちゃんもかわいいっ♪」

「お姉ちゃんの後ろで私も土下座しつつお姉ちゃんのアソコとかお尻とかなめなめしたい!」


 相手にもされない! 

 まずい。頼みの綱だった作戦二も失敗した。後は作戦三だけだが、これを成功させるにはとてつもない運命力を求められる。十中八九、失敗に終わるだろう。

 だが、もうこれしかない。失敗したら終わりだ。これからずっと、二人の性奴隷として、快楽だけをひたすらに感じながら私の人生は終わってしまうのだ。

 だから私はこれに全てを賭ける。と言っても私に賭られるものなどもうないのだが。今の私は素っ裸の無一文だ。

 土下座をしたまま、精神を集中させる。私の中で運命力が高まっている気がする。


「ふぅぅぅっ」

「お姉ちゃんどうしたの? 猫の真似? かっわいい〜♪ おっかした〜い♡」

「違うよマナちゃん。今、ひなちゃんは最後の手段に出てるんだよ。神頼みっていう最後の手段」

「ふぅぅぅっ」


 神頼みは、半分正解だが、半分は不正解だ。なぜなら私は今、神ではなく悪魔に祈っているからである。いるかどうかも分からない神よりも、確実に存在し、なおかつ実績もある悪魔の方がよっぽど祈りがいがある。


 さて、準備は整った。


 私の一世一代の大勝負。


 負ければ終わり、勝ててもその後うまくいくかは運次第。


 勝率はほぼゼロ、実際に計算したとしても誤差として切り捨てられるほど小さな値。


 私の負けは決まっているも同然だ。


 だが、降りるわけにはいかない。


 降参したらそれこそ終わりだ、その時点で確率は完全にゼロになる。


 もう後戻りはできない、それは最初からだったか。


 最初、私が二人に出会った時点で、もう後戻りなど出来なかった。


 今更だ。


 前置きはこの辺にしておこう。


 大きく息を吸う。


 顔を上げる。


 目を大きく見開き、二人を睨みつける。


 そして、私は叫んだ。


「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!



 むらかみせんせ(こあくま)ぇぇぇぇぇぇぇぇ(ぁぁぁぁぁぁぁぁ)ーーーーーーーー!(ーーーーーーーー!)



 村上俊恵(としえ)。私が散々小悪魔小悪魔言ってきた私の古典の先生にして想い人である。

 果たして、私の絶叫に返って来たのは……、


「あぁ、村上先生は私が洗脳しといたよ? フィルターのせいとはいえお姉ちゃんを奪った人だから、お姉ちゃんと、ついでにユカ姉さんのことも忘れさせて縛っておいたの」


 ……終わった。私の人生は呆気なく終わりを迎えてしまった。

 燃え尽きた私を、ユカとマナがまるで獲物を見るような目でこちらを見てくる。どうやら私が諦めたことを悟ったらしい。

 これから私はどうなるのだろう。ただひたすらこの二人に犯され続けるのだろうか。

 絶望。絶望だ。フィルターが付いていた時には決して感じることのなかった、絶望。

 心がボロボロに崩れてしまったような感覚に襲われる。なるほど、これは確かに逃げたくもなる。

 フィルター。自分で剥がさせておきながら、今はそれがとても恋しい。私の心に張り付いて、嫌なことから逃してほしい。

 その思いに応えるように、意識が朦朧としてくる。とりあえず夢の世界にでも逃げよう。

 よく考えたら、今は無理でもこの先逃られるチャンスは訪れるかもしれない。だが、今はとりあえず、夢の中でもいいから一人になりたい。

 目を閉じ横になる。


 後は頼んだ、明日の私。




























 おやすみなさい。




























 この後めちゃくちゃ犯された。眠れない。



(終)




ふぃるたー


 潔癖勤勉レズなヒナのフィルター。その正体はヒナの二つ目の人格。

 運動は不可能だが、勉強は大得意。小一の頃、諸々の手続きを済ませたのもこの子。

 趣味はヒナの観察。


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