二
鑑ユカ
髪フェチヤンデレズな幼馴染。
運動はヒナ以上にできないが、勉強はそこそこできる。
趣味はお菓子作り(味見のみ)と裁縫。店で売ってるような服も作れる。
「……ん、ふぁ〜……」
ふむ、いい目覚めだ。多少眠気はあるが二度寝をしたいと思うほどではなく、お腹はいい感じに空いている。時計を見ると、まだホームルームの二時間前。
近年稀に見る良い朝だった。『だった』と過去形になっているのは、決して授業中にぼーっと考え事をしている中でなんとなく思い出したからとかではない。その時までは良い朝だと思っていたのだが、それが良い朝でなくなったから過去形になっているのである。
マイリトルキュートシスターが私の隣で、私の腕を抱きしめながら、私の指を口に咥えて眠っていた。とても幸せそうな顔をしている。
「……マナ、起きて」
マナの体をもう片方の手で揺らす。だが、ほとんど反応がない。かなり熟睡しているようだ。
「マナ、朝だよ起きて」
少し強めに揺らすがあまり効果はない。
「マナ、お姉ちゃん動けないよ起きて」
「……ん……」
お、どうやらようやく目覚めたようだ。だが、私の腕はまだしっかりホールドしていて、しかも私の指を舐め始める。
「こら、やめなさい」
「……ん〜……」
軽く注意すると、マナは私の指から口を離しながら、猫なで声で言う。
「じゃ〜おはようのちゅーして」
「仕方がないなあ」
五年前までは毎日のようにしていたことだ。そうしないと、マナはいつまで経っても私を離さない。まあ、ちゅーくらいなら近親相姦にはならないだろうし、いいかな、と普通にしていたのだが、更生作戦ではこれも禁止だな。
「……んっ……」
「……これでいい?」
「ベロいれてよぉ」
「……はいはい」
……今思えば、毎朝ベロチューする姉妹って結構ヤバイな。あの時はそういうのはみんな家族でやってることなのかなって思ってたから特に疑問は持ってなかったけど。というか、マナはそういう知識をどこで得ていたのだろうか。常に私にくっついていたのに。
「ん、っちゅ、れろっ」
「ちゅぱっ、ちゅ、ちゃっ」
誤解のないように言うと、上がマナで下が私である。私は妹とベロチューをして声が出ちゃう、なんてことはない。これは妹を起こすための儀式で、やましいことなどないのだ。正直私の方は擬音だけだからカギカッコいらないと思う。
開始三分くらい。そろそろ鼻呼吸だけではキツくなってきた。そろそろ離れようと思ったが、マナに顔をしっかりホールドされていて、離れられない。しかも、離れようと舌を引っ込めたせいでマナの舌が私の口腔内に侵入してきた。舌を突き出して追い出そうとするも、唾液で滑ってうまく押し出せず、むしろ舌を絡めるような動きになってしまう。
「んっ、れろ、ちゅっ」
「んー、んー」
開始五分くらい。本格的にヤバくなってきた。そろそろちゃんと呼吸しないと、窒息する。だが、マナはやめない。よく見るとマナの顔も少し赤くなっている。自分も苦しいのなら一旦止めて呼吸しようよ。だが、その思いはマナには届かない。ホールドは解かれることなく、むしろ強くなっている。そして、酸素不足で動きが鈍ってきた私の舌は、マナの口腔内にお持ち帰りされ、唾液を吸い取られている。
「ちゅぱ、ちゅ、んあっ」
「んー! んー!」
開始八分くらい。意識が朦朧としてくる。さっきまでは私がマウントを取っていたのに、いつの間にかマナに押し倒されていた。マナの舌が私の歯を一本一本丁寧に磨いていく。私かマナ、どちらかの唾液が私のほっぺたを通って落ちていくのを感じる。やばい、しぬ、だれか、たすけ、て……。
「れろ、れろれろっ、ちゅっ」
「…………」
こうして、私のいいの朝は、妹にベロチューで気絶させられるという、姉としての威厳とかが全部持ってかれる形で、消えていったのだった。
◆
「……ん、ふぁ〜……」
……あれ、なんだっけ。記憶が曖昧だ。確か昨日は、マナが私の指を舐めてて……ベロチューして……。
「しまった! 二度寝した!」
というか気絶した?まずい、時計を確認する。……なんだ、まだ七時か。全然余裕だった。
「ん? お姉ちゃん起きた? おはよー」
「……おはよ」
「朝ごはん、もうできるからテーブル出しといて〜」
そっか。朝ごはんか。確かにちょっといい匂いがする。……あれ?
マナが料理をしている。マナが料理をしている?マナが料理をしている!?
「ふぁっ!? なんで!? マナが料理!? マナって料理できんの!?」
「も〜、お姉ちゃんったらひどいなぁ。私だって料理くらいできるよぉ」
「いやでも、マナさっき精神年齢十歳くらい若返ってたよね? 幼児退行してたよね?」
「も〜、恥ずかしいよぉ。確かにお姉ちゃんが気絶した後も三十分くらいベロチューしてたけど、幼児退行は言い過ぎだよ? そもそも、幼児はベロチューしないし」
質問の答えになっているようでなっていない気がする。というか私が気絶したあともヤってたのかよ。よく私生きてるな。
「あっ、料理はねぇ、おばあちゃんに教わったの。ほんとは嫌だったけどお姉ちゃんに食べてもらえるなら、って思って」
「そうなのか」
そうか、私のためか。そう思うとなんだか嬉しくなってくる。この子も成長したんだなぁ。
っと、テーブル出さなきゃ。部屋の隅からテーブルを持ってきて、折り畳まれている脚を出し、部屋の真ん中に置く。すると、ちょうどマナが朝ごはんを持ってきた。
「今日はお姉ちゃんの大好きな、私の女体盛りだよ!」
なんてことはなく、普通に白米とかお味噌汁とかが出てきた。……一人分だけ。しかも、マナの格好は裸エプロン。
「それじゃあお姉ちゃん。私が口移しで食べさせてあげるからね?」
なんかもう朝から疲れた。
◆
あの後、マナにせがまれて何度か口移しで食べたが、時間がなくなってきていたので残りはマナにあげた。私は小食なのだ。
いつもの通学路を二十五分、学校に着く。そういえば、学校に一人で行くというのは初めてかもしれない。いつも、マナやユカがいたからなぁ。……いや、そういえば一昨日は遅刻したから一人だった。
マナに四日間くらいは甘えさせてあげようとか言って、普通に学校に行っていることについては勘弁して欲しい。ユカのこともあるし、そろそろ古典の小悪魔にプリント渡さないと直接部屋に来そうで怖い。
学校に行くまでは、ユカの使用人達が守ってくれることになっている。だが、ユカの行動力は割と高いので、しっかり周囲を警戒しながら登校した。まあ、それは徒労だったのだが。むしろ戦いはここからだ。使用人達も学校の敷地内には入れない。つまり、ここからは自衛が必要だということである。気を引き締めよう。
「ひなちゃんひなちゃんひなちゃん」
「ひえっ」
早速、後ろから呪いのような声が聞こえた。ユカが私をひなちゃんと呼ぶときは、かなり病んでいるときだ。振り向かず、校舎に向かって走る。
走る、走る、走る。
とりあえずホームールームが始まるまでは一箇所に留まらず、ひたすら校舎内を逃げ回ろう。私は運動がほとんどできないが、ユカは私以上にできない。大丈夫。不意打ちさえ受けなければいける。
玄関で靴を履き替える。こんな所でもたもたしていてはダメだ。素早く靴を脱ぎ、下駄箱に入れ、上履きを出す。チラリと後ろを確認すると、ユカがもう玄関に入ってきていた。
だが、私には奥義がある。上履きを、左足を手前、右足を奥に、私の歩幅くらいの間隔を開けて置く。そして、クラウチングスタートの構え。おんゆあまーく、せっと、ばーん。心の中で素早く掛け声を言って、走り出す。私の九十九の奥義の一つ、並行行動、別名PAである(英検三級)。その中でも、靴を履きつつ加速するという難易度の高い技だ。成功率は三割くらい。
「痛ったあ!」
誰だ!私の上履きに画鋲を入れた奴は!スタートダッシュをしていたせいで左足に刺さった時点では止まれず、右足にも刺さる。そのまま勢い余って転倒。受け身も取れず顔面から玄関の硬い簀の子にダイブ。本日二度目の気絶である。
意識が途切れる直前、声が聞こえた気がする。
「つ〜かま〜えた♡」
◆
「……ん、ふぁ〜……」
ん、知らない天井だ。一度言ってみたかったセリフである。言ってないけど。
ここは保健室だろうか。確か……学校に着いたらユカに背後を取られていて……上履きに画鋲が……簀の子に顔面を強打して……。
「痛ったあ!」
「おや? 不知火さん、大丈夫ですか?」
うぐっ、痛ぇ。思い出した途端顔に痛みが……。足も痛ぇ、痛ぇよぉ。くそっ、上履きに画鋲を入れた奴は誰だ!処刑してやる。上履きに請求書を入れてやる……!
「す、すみません。大きい声を出してしまって……」
「気にしないでください。あなた以外にここで寝ている人はいませんし」
ん?聞き覚えのある声だ。まあ、保健室の先生、たまに校内放送とかしてるし、聞き覚えがない方がおかしいのだが。痛くて伏せていた顔を上げる。
「ふぁっ!?」
「……? どうかしましたか?」
なぜここに古典の小悪魔が……。
「え、えっと……先生って、古典のこあ……せ、先生ですよね?」
「うん、そうですけど……こあ?」
「あ、いや気にしないでください」
「そう言われると気になりますねぇ」
薄く笑みを浮かべる小悪魔。面倒くせぇ。私はこの人が苦手だ。
「そ、それよりも先生。なんでここにいるんですか。授業とかないんですか?」
「えぇ、ないですけど」
「でも、なんで保健室に……」
この前は事務室にもいたし、この人一体なんなんだ。また私のストーカーか。
「私、授業持ってるの三ーGだけなんですよね。あとは精々、テスト作ったり提出物チェックしたりするくらいしかやることないので、この時期は暇で、暇潰しに事務室とか保健室の手伝いをしたりしてるんですよ」
「は、はぁ」
だったらこの人仕事なさすぎるだろ。私のクラスは古典、週に二時間しかないのに。
「そんなことよりも、さっきの『こあ』ってなんなんですか? 私気になって夜も眠れなくなっちゃいますよ」
「……そんなことどうでもいいじゃないですか」
「ふむ。もしかして、何かやましいことでもあるんですか?」
「いやないですけど……」
「だったら教えてくれてもいいじゃありませんか」
「…………」
ここは大人らしくスルースキルを発動してほしい。面倒だが仕方がない。ここは私の誤魔化しスキルを発動しよう。
「えっと……その……そう、私、先生のコアなファンなんですよ〜」
「へ〜、そうなんですか〜。では私について知っていることを挙げられるだけ挙げてください」
「えっ……えっと……先生は古典の先生で……あとは……そう! 先生は女性です!」
「いえ、実は私、女装趣味で女顔の男の娘なんですよ?」
「えっ……」
「いや冗談ですよ引かないでください。というか全然私のこと知らないじゃないですか。誤魔化してないで本当のことを言った方が身の為ですよ」
「ううっ……」
ボケにボケで返された。本当に面倒くせぇ。この人どんだけ暇なんだ。
「ええと……コアラ、コアラです。先生はコアラみたいで可愛らしいなと思い、脳内で先生のことを古典のコアラちゃんと呼んでいるのです」
「コアラみたいですか。ではコアラのようにあなたに抱きついちゃいます。えい」
「ちょっ……痛ったあ!」
「え? イった?」
「そんなことは言ってません!」
ちょ、やめて。私に抱きついて頬擦りしないで痛い痛い。子供か!妹か!
「ああ、顔面強打してましたね、すみません」
全く、傷口に塩を塗るような真似を……。
「そういえば、私が気絶した後どうなったんですか?」
「ああ、話していませんでしたね。そう、あれはほんの三時間前のことです」
私三時間も気絶してたのか。
◆
「……そして、今に至るというわけです」
「…………」
……一旦整理しよう。頭の中がごちゃごちゃしてきた。
まず、先生が玄関を通りかかった時。軽く人だかりができていたため、先生も気になって見てみたところ、私はユカにベロチューされていた。それだけでなく、胸を揉まれたりお尻を触られたりしていたらしい。いやどういうことだよ。これはあれか。いわゆる睡姦ってやつか。私睡姦されたんか。というかあの人髪フェチじゃないの?まあ、いまはそんなことよりも考えることがあるのでそれは保留。
それを見た先生はすぐにユカを止めた。流石に古典の小悪魔も公衆の面前で淫らな行為をしている生徒がいたら止めるらしい。当たり前か。だが、一心不乱に私を貪るユカには小悪魔の声も届かず、やめる気配もなかったため、強引に引き離したそうだ。そこはナイス小悪魔。そこだけは感謝だ。
そこで理性を取り戻したのか、『寝ぼけてやっちゃった、てへ♡』と言って、私を置いて、逃げるようにその場を去ったという。ふむ。流石のユカも、先生を相手に私を担いで逃げ切る事は不可能だと判断したらしい。そこら辺の判断が出来ない程病んでいるわけではないようだ。
そして、そこにいた女子生徒の力を借りて、私を保健室に運んできた、と。
…………。
「……えっと、ユカは今、どうしていますか?」
「授業中ですよ。少し注意をしようと思っていたのですが、うまく逃げられてしまいました。授業の邪魔をするわけにはいかないので、それは放課後にでもする予定です」
多分、ユカは逃げ切ると思う。ユカは昔から逃げるのが得意だった。足は遅いが、障害物を使ったりフェイントをかけたりして、鬼ごっこでは常に逃走者だった。じゃんけんで負けた時以外。
「不知火さんはどうしますか? 授業に復帰できそうですか?」
「いや、ちょっとキツイです……」
多分、今は三時間目、体育の授業のはずだ。両足をやられている私にバスケは不可能だろう。それになんかすごく眠いし、昼くらいまで休みたいところだ。
「分かりました。では、体調が万全になるまで、休んでいて下さい。私はしばらくここにいるので、何かあったら呼んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくり」
ファミレスか。心の中でツッコミつつ、私はまた、眠りに落ちた。……最近、寝てばかりだな。
◆
「……ん、ふぁ〜……」
ん、知らない天井……ではないな。保健室か。そういえば、気絶して運ばれてきたんだっけ。む、足と顔の痛みがほとんど無くなっている。特に足は、画鋲を勢いよく踏んだし、三日くらい痛むかもとか思ってたけど、もう普通に歩けそうだ。
起き上がって壁に掛けられた時計を見ると、ちょうど十二時半。昼休みが始まったくらいか。
「おや、お目覚めですか?」
古典の小悪魔が現れた!なぜここに……って、そういえば私、この人に助けられたんだった。
「おはようございます。体調はかなり良くなったので、五時間目からは授業に復帰できると思います」
「そうですか、分かりました。そうだ、昼食、一緒に食べませんか? 鑑さんのことについて、話したいこともありますので」
……まあ、いいか。どうせなら、ユカ更生作戦のことも話して、小悪魔にも協力してもらおう。学校では小悪魔が、それ以外ではユカの家の人たちがユカを止めてくれれば、私がユカに睡姦されることもなくなるだろうし。
「分かりました、いいですよ。どこで食べますか?」
「ここにしましょう。どうせ人は来ませんし、机と椅子もあるので」
保健室でご飯って、いいのか?そりゃあ衛生面では完璧だろうけど……。小悪魔が自分の鞄から弁当や水筒を出し始めたので、私もベッドから降りて、近くにあった自分の鞄から弁当を取り出す。そして、部屋の隅にあったパイプのテーブルとイスを二人がかりで部屋の真ん中に出して、座る。
「不知火さんはお弁当、自分で作っているのですか?」
「いえ、普段は自分で作っているんですけど、今日は妹に作ってもらいました」
今日の弁当は、マナが朝食と一緒に作ってくれたものである。朝食は私が作るよりもおいしかったので、弁当もおいしいだろう。そう思いながらフタを開けると、そこには『お姉ちゃんらぶ』と海苔で大きく書かれた白米が、弁当箱の十分の九を占めており、残りの十分の一には沢庵が詰まっていた。
「……姉妹仲がよろしいのですね。いいことです」
「……本当、かわいい妹ですよ」
……まあ、いいか。作ってもらったものに文句を言うわけにはいかないし、別に沢庵が嫌いなわけでもない。早速沢庵を箸で掴み、口へ運ぶ。
「うまっ! この沢庵めっちゃうまっ!」
なんだこれなんだこれ。本当に沢庵かこれ。うますぎる。どんな漬け方したらこんなうまい沢庵になるんだ。コリコリとした心地いい食感。しょっぱ過ぎず、かといって薄過ぎるわけでもないちょうどいい塩味と、かすかに感じる甘み。そして何より、作り手の深い愛情とこだわりを感じる一品だ。
「そんなにおいしいのですか?」
「はいっ、めっちゃうまいですよ。先生も一つどうですか?」
「では、いただきましょうか」
そう言って、先生も私の弁当箱から沢庵を、フォークで刺して口へ運ぶ。ちなみに先生のお弁当はスパゲッティナポリタンだった。
「ふむ、確かにおいしいですけど、そこまででもないような……?」
「あれ?」
先生もこの沢庵を食べれば、標準語が崩れて『うんめぇ↓なぁ↑』とか言うと思ったのだけど。
「ふむ。この沢庵、自家漬けですか?」
「多分、妹が漬けたものだと思います」
最初は祖父母漬けたものだと思ったが、マナは祖父母のことをあまりよく思っていないし、祖父母も私のことをよく思っていない、というか嫌っているので、マナがこっそり持ってきたとか祖父母がマナに持たせたとか、そういう事はないだろう。多分。私も沢庵を漬けた覚えはないし、だとしたらあとはマナしかいない。
「多分、妹さんが、不知火さんの味覚に合わせて作ったのではないでしょうか。これ、私には少し、しょっぱいような気がします」
「なるほど」
確かに、何年も同じ鍋をつついてきたマナなら、私の好みを把握していてもおかしくない。それに、祖母に料理を教わったという。それと一緒に沢庵の漬け方も教わったのかもしれない。
「さて、そろそろ本題に入りましょう」
「……はい」
さて、長い昼休みになりそうだ。
◆
「なるほど、そういう事だったのですか……」
大体十分ほどで話し終えた。主に、これまでのユカのことと、ユカ更生作戦のことだ。マナのことは話していない。あれは家族の問題だから、私達だけで解決すべきだろう。
「鑑さんを更生させることは私も必要だと思います。今朝の鑑さんはかなり危険な状態でしたし。ですので、私も協力しましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
小悪魔とはいえ、協力者が増えたことは嬉しい。これでもうユカに襲われることはないだろう。ないはずだ。ない……はずだ。うん。
「ですが、先生としては、もう少し慎重にやるべきだと思います。鑑さんのあの心理状態では、自殺や強硬手段、最悪どっちも合わさって『あなたを殺して私は死ぬわ!』的な状況になりかねません」
それはドラマの見過ぎでは……。私もそういうの見るけど。やっぱり恋愛はドロドロしてないと面白くないヨネ。
「いえ、既に強硬手段には出ているのでしたか。あなたの自爆っぽいですけど、あれは強制猥褻罪に入るでしょう。私はあまり推奨はしたくないですけど、訴える、というのも一つの手です」
「まあ、それは最終手段ですけどね……」
私だって十年以上も一緒にいた幼馴染を豚箱送りにはしたくない。ユカは私と同じ十七だから、少年院とか少年刑務所とかだけど。あれ、豚箱は留置所だっけ。まあ、どっちにしろ、あまり行きたい場所ではないし、幼馴染に行かせたい場所でもない。
「話を戻しますと、今のような方法では、鑑さんが耐えられない可能性がある、ということです」
「……あの娘に限って、耐えられないなんてことはないと思いますけど……」
「ですが、実際あなたを襲っています。それともあなたはアレをただのスキンシップだと言えますか?」
「…………」
あの件については、私としてはそういう作戦、仕組まれた罠だと思うのだ。強引にでも私に触れるための作戦。いやでもだったらさっさと私を人目のつかないところに運べばもっと長い間触れられたはずだし……。う〜ん、よぐわがんね。
「とりあえず、一切会わない、連絡を取らないというのは、かえって危険です。ここは、電話だけでもブロックを解除して、少し話をしてあげるべきだと思います」
「……そうですね、わかりました。帰ったら早速やってみようと思います」
「はい。がんばってくださいね。それと、私も放課後、さっき言ったように鑑さんに接触を試みようと思います。ですが、あまり成果が出るとは思えないので、期待しないでくださいね」
接触を試みるって……小悪魔はユカのことをSCPか何かとでも思っているのだろうか。あの逃走の天才は多分ユークリッドくらいになると思う。完全な収容方法が確立出来ないから。というかそもそも捕まらない。
「そろそろ昼休みも終わります。体調は本当に万全のようですし、そろそろ教室に行ってください」
「分かりました。ありがとうございました」
弁当箱を片付けて鞄を持ち、保健室の一つしかない出入り口の方へ行って扉を開ける。白米が少し残ってしまったが、まあ、お腹が空いて授業に支障が出るほどではないし、十分休みにでも食べればいいだろう。扉から片足を出したところで、古典の小悪魔が、あ、そうそう、と思い出したように私に言った。
「プリント十三枚、今提出できますか?」
「…………」
いや、できるよ?できるけど、ちょっと出しにくいというか、何というか……。鞄を漁って、プリント十三枚、ホッチキスで留めた紙の束を小悪魔に渡す。
「ふむ、記号以外、全問不正解。記号も偶然当たった、みたいなやつばかり……不知火さん」
「……はい……」
「確かに人間関係も大切だし、それ以上大切だとは言わないけど……」
「……はい……」
「勉強もしなさい」
「……はい……」
そんなわけで、結局私は小悪魔に叱られ、授業に遅れることになったのだった。
◆
あれから大体三時間が経過した。
六時間目の授業が古典で、小悪魔に当てられまくった(保健室ではいい先生だなとか思ってたけど、やっぱり小悪魔は小悪魔だった)以外は、特に大きな問題もなく、ユカが教室に乗り込んで来ることもなく、下校時にユカに襲われることもなく、精々帰り際に小悪魔に『鑑さんの家の人たちが守ってくれるだろうから大丈夫だと思いますけど、帰り道には気をつけて下さいね』と、フラグ染みたことを言われたくらいで、無事、マンションまで帰ってくることができた。
マンションの五階、五ーCと書かれたドアを開ける。
「ただいま〜」
「お姉ちゃん! おかえり!」
マナが、私のただいまにノータイムで返して、私の反応速度を超えて勢いよく抱き着いてきた。どうやら玄関で待っていたらしい。全く、かわいい妹である。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
「……ご飯もお風呂もまだ早いと思う」
まだ、四時だ。お腹は空かないし、早めにお風呂に入ろうと思うほど汗はかいていない。
「じゃあ、私だね。えへへ〜。お姉ちゃん大好き〜」
マナの、私を抱き締める力が強くなった。別に、マナとは言っていないのだが、まあ、いいだろう。別に何か他にやることもないし、今日の残り全部はマナを甘やかすのに費やしてやろう。
「ひゃうっ!」
「ん〜? お姉ちゃんどうしたの〜?」
こいつ、私の尻を揉んできやがった。妹にセクハラされて、しかも声が出てしまうとは……。くそう、これでは姉としての威厳がなくなってしまう。ここはとりあえず、場を流そう。
「ご、ごめん。ちょっとトイレ」
「ふ〜ん。トイレでナニをするのかなぁ〜?」
「お花を摘むんだよ……」
流石に、ちょっと尻を触られた程度で我慢出来なくなるほど思春期ではない。ユカのことで少し、胃を痛めていただけだ。マナを引き剥がして、トイレに行く。流石のマナも、トイレの中までは付いてこない。用を足してトイレを出ると、またドアの前で待っていたのか、マナが再び抱き着いてくる。そして、私の右手を取って、口に咥えようとして……。
「ストップ、マナ!」
「あうっ」
咄嗟に左手でマナの脳天に、少し強めにチョップをかます。そして、マナが怯んだところで、右手を勢いよく引き戻して強引にマナの魔の手を振り払い、ついでにくっついているマナを再び引き剥がして洗面所に走る。洗面所には、一秒かかるか、かからないかくらいで着いた。急いで手を石鹸で洗う。念のため、いつもより念入りに、しっかり洗う。
「ううっ、お姉ちゃんひどいよぉ」
「ごめんマナ。でも、私は謝らないよ」
「……もう謝ってるんだよなぁ」
マナが涙目で、洗面所に入ってくる。その時にはもう、私は手を洗い終えていた。
「流石に花を摘み終わった後の汚い手を舐めようとするのは私でも引く」
「……ダメ?」
「駄目」
全く、なんて妹だ。もしそれで何かヤバイ病気にでもかかったらどうするつもりなのだ。トイレには大腸菌という、危険な細菌がいるというのに。
「むぅ、じゃあ代わりにちゅーして? 仲直りのちゅー」
「……はぁ、仕方がないなあ……」
本当は、朝、窒息させられかけたので、しばらくしたくなかったのだが、まあ、私も正当防衛とはいえ暴力を振るったことには違いないので、素直に受け入れる。
「ん〜」
「…………」
マナが、私の方にぷるっとした唇を突き出してくる。目は閉じていて、頬は赤らんでいる。おそらく、今、マナの全神経があの唇に集中しているのだろう。
「ん〜」
「…………」
素直に受け入れようと思ったが、やっぱりやめた。私の中の悪戯心が、久し振りに顔を出してきたのだ。私は足音が立たないように、こっそりマナの脇を抜けて、リビング兼寝室に移動する。さて、ささっと宿題を終わらせよう。実は古典の小悪魔が、これから三連休だからと、またプリントを数枚渡してきたのだ。どれだけやっても無意味なのに。そういえば、机を使うのは一ヶ月ぶりだ。私は宿題のほとんどを学校かユカの家で済ませるので、私の机は普段は物置になっているのだ。ちなみに一ヶ月前は、マナに合格祝いで、ちょっといいシャンプーと一緒に入れた手紙を書くのに使った。十分くらい。
半分に折ったプリントを開く。またも両面ぎっしりで、私のやる気をぐんぐん削いでいく。
問一 『死ぬ』の文法的説明をせよ。
この問題、確かこの前、古典の小悪魔が準備運動とか言って出してきた問題じゃないか。動詞の選択に悪意を感じた覚えがある。まあ、答えを覚えているわけではないのだが。というかあの小悪魔、確か、問題を出すだけで、分からなかったところの答えは一切言っていなかった気がする。なら、分からなくても仕方がないな。うん。
飛ばそう。
さて、問二は……。
「お姉ちゃんっ!」
「ん?」
あ、マナのこと忘れてた。時計を見ると、あれから大体五分くらい経っている。五分もあの姿勢で待っていたのか……。キツそう。
「ひどいよぉ、放置するなんて…………危うく何かに目覚めるところだったよぅ……」
まさかの立場逆転?そうか、ドSだったのはマナではなく、私だったのか。……それも嫌だな。
「最低だよっ! お姉ちゃん失格だよっ! お仕置きだべっ!」
懐かしいなぁ、ドクロベエ様。
「ごめんごめん。ついやっちゃった。ごめんね?」
「かわいいから許す、ってユカさんなら言うんだろうけど、私はそうはいかないよ! 本気出すよ!」
「ほんとごめんって」
私の平謝りに堪忍袋の緒が切れたのか、私の方にずんずんと歩いてくる。まあ、取っ組み合いの喧嘩なんてしたことないけど、体格では私の方に少しだけアドバンテージがあるし、体力でも私の方が上だろうから負けることはないは……。
「ふん、どっせーい!」
「っ!?」
マナが私の胸倉を掴んだと思った瞬間、視界が反転した。上には床、下には天井。なぜか、床に衝突するまでの数瞬がスローモーションになったように感じた。これはあれか。死ぬ直前、脳がそれを回避しようと限界まで脳を回転させて起こるという現象か。数瞬後、体感では数秒後、私は勢いよく背中を打った。
「痛ったぁ!」
「え? イった?」
小悪魔と同じことを言ってんじゃねえ!
ふむ、私は技をかけられた側だし、格闘技に詳しいわけでもないのでよく分からないが、これはいわゆる一本背負というやつだろうか。そして、いつの間にマナはからておうになったのだろう。突然の出来事に頭は付いていけても体の方は付いていけなかったようで、私は少しの間、動けなかった。
そこを逃さぬ我が妹。マナが私に組み付いてきた。私の両腕を頭の上の方に一括りにして、ポッケから手拭いのような細長い布を出し、縛る。
「ちょ、やめて、ごめん、ほんとあやまるから、ね? だから、ちょっとこれ、ほどい「うるさい」むぐっ」
命乞いをする私を、私の口の中にパンツ(おそらく私の)を押し込むことで物理的に黙らせるマナ。やっと体が動くようになったが、上半身を完全に拘束されてしまった私には、抵抗らしい抵抗はもう足をバタバタさせるくらいしかできず、その足もまた今度はブラ(おそらく私の)で一括りに縛られる。情報量が多すぎて全てを確実に理解できたわけではないが、ただ一つ、確実に理解できることがある。
詰んだ。
マナが、ふうっと、一仕事終えた、といふうに息をつきながら立ち上がって、額の汗を拭うような動作をする。そして、携帯を取り出して、私に向ける。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ
連写された。滅茶苦茶連写された。もうお嫁に行けない。
「お姉ちゃん、めーどのみやげで色々教えてあげる」
冥土の土産?私死ぬの?
「私ね、おじいちゃんに護身術覚えさせられたの。私は嫌だったんだけど、私に何かあったらいけない、って。私はすぐ覚えたけど、念のためって言って他にも武道を覚えさせられて、多分私に構って欲しかったんだろうけど、そのせいで余計に嫌いになったよ。そのかわり、私、かなり強くなったよ?」
あの一本背負はそのせいか。全く、余計なことをしてくれたな、祖父め。
「天下一武道会に参加したりもしたなぁ。予選でチャパ王に負けたけど」
天下一武道会はまだしも、チャパ王は知ってる人いるのかなぁ。いや私もよく知らないけど、手が八つあるんだっけ?っと、こんな窮地に何呑気なこと考えてるんだ、私。
「でも、少なくともそこら辺のヤンキーには指先ひとつ触れされずに勝てるくらい強いから、安心してね?」
不安しかない。もうその不安は現実になっているわけだけども。
「ハァ、ハァ、我慢できなくなってきたよぉ、そんなえっちぃ格好で、涙目で睨まれちゃったら襲うしかなくなっちゃうよね。めーどのみやげはこれでおしまいっ。いっただっきま〜す」
マナが私に馬乗りになり、私の口からパンツを取り出す。
「ぷはっ、マナやめ「えいっ」ふぐっ」
口の中が自由になったと思った瞬間、今度はマナの手で、口を塞がれた。鼻も一緒に抑えられたせいで、息がしにくい。
「うぇひひ、お姉ちゃんの唾液で漬けたお姉ちゃんパンツ! これは保存用にしよ♪」
「むー! むー!」
そう言って、片手で器用にポッケからジップロックを取り出し、私のパンツを入れて、空気をしっかり抜いて口を閉じるマナ。うげぇ、きもちわる。私、こういうのは無理だ。というか今、保存用と言ったか?布教用と使用用でもう二つ作ろうというのか。絶望。
「さて、それでは……」
「むー! むー! むー……ぷはっ、マナ「んっ」んむぅっ」
マナが手をどけて再び口が自由になるが、また、すぐに塞がれた。
マナの唇で。
「れろっ、ちゅっ、んぁ」
「んー! んー! んーぁっ」
マナの舌が再び私の口腔内を蹂躙し始める。ちょ、やばい、さっきまで鼻と口塞がれてたから息が……。
「ちゅっ、んちゅ、れろ」
「んぁ……ぁ……」
口を閉じようとするも、酸素が足りないせいか、あごに力が入らない。私が抵抗できないことを察したのか、マナの舌の動きが更に活発になる。歯を磨かれ、ほっぺの裏を舐め回され、舌を一方的に弄ばれた私の口腔内は、もはやマナの領域だった。視界が掠れていく。息ができない。だが、苦しさはあまり感じない。目蓋が自然に落ちていく。心の奥底で、気絶してはいけないと私の理性が警告してくるが、もうなんかどうでもいいや。
私の意識は、またしてもマナのベロチューによって奪われるのだった。
「ちゅっ、ぺろっ、んぅっ、ぁんっ」