逃走劇からの出会い1
くそっ、一体何故こんな事になったのかっ!
呼吸を荒げる愛馬に跨り、必死に手綱を繰りながら今の状況に陥った状況を思い返す。
我らは、領内にある炭鉱街ハイドシュトレンへの視察へと出向く若様の専属の護衛騎士団として、家臣の中から選抜させた『女騎士』の身で構成される一団だった。
本来ならば男性騎士のみ、或いは男女混合が普通なのだろうが、先の隣国との戦争で領内のめぼしい騎士たちが前線の国境要塞に現在も警戒待機で籠っている為、応急編成としてこうなってしまっている。故に戦闘力としては、正直微妙であると言わざるを得ないが、それでもそこらの盗賊や下級の魔物程度なら、鎧袖一触に出来る筈であった。
アレに、遭遇するまでは。
「団長、このままでは先に馬車馬の方が潰れますっ!」
「分かっているっ、だが止まる訳にはいかないだろうがっ!」
今も我らが護衛する若様の馬車の後方を、土煙と怒涛の足音を響かせながら脅かす魔獣、グリムトプス。
知識としてはあったが、あれは本来大陸西方の荒野に近い地域に生息する種であり、この領内でも滅多に魔獣などと遭遇しないエルトシルク草原には、生息しない魔獣である筈だったのだ。
だが現実、我らは唐突にそれと遭遇した。
街道を警戒しつつも、どこか緩やかな空気に浸っていたとはいえ、あんな巨体を発見も出来ないままに至近を許すなど本来あり得ない。
ならば何故かといえば、突然街道に浮かび上がった魔方陣、恐らくは遠隔起動式の召喚陣であろうそこから突然目の前に現れた故だ。
当初、余りに突然の出来事に硬直してしまったのも一瞬、直ぐに我を取り戻した私たちは、若様の馬車を先行させること優先に、御者を叱咤して草原の中を一時的に突っ切り正面の魔獣を回避させ、直ぐに街道に戻して逃走を開始した。
勿論、その間あれが大人しくしていた訳ではない。今回の護衛騎士団の臨時団長として、私の責任で、命令を下して、四人の騎士たちに魔獣の気を引かせたのだ。
勿論、適度に翻弄したらすぐに後を追ってくるようにとも。何しろグリムトプスという種は知られている限りで、種族平均のレベルは推定で六十以上と言われているのだ。
対して護衛騎士たちの平均は、せいぜいが三十だろう。最も高い私でも、騎士レベルは四十である。レベルの差は、この世界においては絶対のものと認識されているし、騎士として時に命の危険がある魔物討伐や盗賊征伐に赴く事もあれば、当然に実感しない筈もない。
レベルが五も離れれば格上、十も離れれば圧倒的強者、それ以上はもはや絶望的な格差となって伸し掛かってくるのだから。
(ここに父上が居てくれればっ。あんな化け物、私ではもうどうしようもないわよっ!?)
立場も責任もかなぐり捨てて、泣き喚きたい心境の中で、しかし主家に忠誠を誓う騎士として、若様への敬愛と我が家の誇りの為にも、そんな真似が出来る訳もない。
ならば例え、我が身がここで潰えるとしてもあの化け物の進行を、この身を以ってでも一時なりと押し留め、若様と他の者たちが逃げおおせる時間を稼ぐ、それくらいしか私に出来る選択はないだろう。
ああ、父上、先立つ不孝をお許しください。ですが、貴女の娘は立派に、騎士としての務めを果たしてごらんに入れます。
いつか、神のおわす天の国にて顔を合わす時には、一言でも褒めてください。
「皆、ここは私に任せて先に――」
「あの~、ちょっとお尋ねしますが」
「っ、誰だこんな時に腑抜けた声をっ! え、誰だ?!」
折角覚悟を決めた機先を制されて、しかも聞き覚えのない男の物と思われる声に咄嗟に怒鳴り返した後、すぐさま警戒心を引き上げて周囲を見回す。
部下たちも後方を気にしつつ、油断なく視線を振りまいていたがそれらしい存在を見つける事は出来ていない様子だった。
まさか、後方の魔獣を召喚した術士かっ!?