三夜目「風のquestion」
前回に引き続き、閲覧しに来ていただきありがとうございます
今回は少し用語がちらほら出て来たり、ついに新たな重要キャラクターが登場したりしますのでご注目ください。
「本が、その……消えていたん…ですけど。」
重たい口を開いてそう告げると、数秒の間沈黙が続いた。空気がとても重たい。
「ぇ…」
彼がか細い声でボソッと呟いた。その声質からかなり落ち込んでいることが手に取るようにわかる。今にも灰になって風に流されていきそうだ。
「す、すみません…しっかり机の上に置いていたはずなのに消えていて…」
必死にありのままのことを伝えるが、現状が変わる事はなさそうだった。
「一体どうしたら……」
気まずい空気の中、二人が頭を抱えていると
「どうやらお困りのようで御座いますな。」
何処からか少年の様な声が聞こえてきた。次の瞬間、地面に風の渦の様な物が現れ、それは次第に人の形をなぞる様にして舞い上がり、そこに一人の子供が現れた。身長は大体130cmくらいで、この少年もまた顔を隠すようにフードを目深に被りローブを身に付けていた。
「全く、どうして貴方様はいつも困っている時に私めをお呼びにならないのですか。」
呆れた様に肩を竦ませながら彼に言った。どうやら彼に関係のある人物らしい。
「誰…」
つい思った事が口に出てしまい、まずいと思ったがこの気が強そうな少年は案外普通に答えてくれた。
「申し遅れた。我はこのお方にお仕えする使い魔、名をマロリスと言う。愛称はマロであるぞ。」
「使い魔…」
また現実離れした単語を聞いた。そろそろ夢なのではないか?と疑ってもいいのだろうか
「っと、自己紹介はさておき。どうやら主人殿の大事になされていた御本の一つが悪しき輩に奪われてしまったようで御座いますな。恐らくは此奴の家に置いていたものを留守中に奪ったとでもいうべきですかな。」
マロと言う少年らしき人物が偉そうに説明を始めたので、一つ質問をしてみた。
「あの本って狙われているんですか?一度中身を見てしまった時は白紙だったんですけど…」
子供に敬語を使うのは何だか違和感があるけど、ここは穏便に。
「あの御本は主人殿の恩師である方の形見のような御本なので御座います。あの本には膨大な量の魔力と魔術呪文が記載されていて、禁断の呪文も書いてあるのだとか。」
「えっ、じゃあその本を悪用なんかされたりなんかしたらかなり危険なんじゃ…」
「愚問ですぞ。あの御本はそう気安くは解けない強力な結界を施してある故、主人殿以外の者はあの古書に目を通すことすらできないという仕組みなので御座います。」
「なるほど、だから僕が見た時は白紙だったんだ…。」
「ま、ごく普通の一般人には本の存在すら目に見えないようですがな。」
「…………え?」
一瞬何を言っているのか理解が追いつかなかった。漸く自分が何に疑問を持たないといけないかを理解し、もう揶揄うのはよしてくれと言いたかったところだが、それはどうにも冗談には聞こえなかった。
「それはつまり…どういうことですか?」
一先ず質問をしてみたが…普通の一般人には本すら見えないって、じゃあ本を拾って預かっていた僕は??
「頭の固い人間で御座いますなあ。お主は自分のことについてなにも知らないのか?」
そう言われましても。魔法なんて物が存在すると知ったのもつい最近ですし。
「知らない…です……。僕は普通の人と何か違うんですか?」
僕がそう質問すると、マロと言う少年はわかりやすく大きな溜息をついた。
「仕方ない。長話になるがこのマロが丁寧に魔術師の事について説明をしてやろう」
「お願いします…」
口調から敬語が消えた事により僕がマロと言う少年になめられていることがわかる…
「まず、この世界には魔力を持つ人間の『ウィム』と魔力を持たない人間の『ルトゥ』と言う二種類の人種が存在するのだ。しかし、魔力を持つ人間は数千年前に姿を消したと言われており今となっては地球上で魔力を持たない人種が殆どを占めておる。
が、実際のところそれはただの表向きの話であって、ウィム達は【アストロイア】という世界の裏側…所謂『裏世界』を創り出し、そこで生活をしているのだ。まぁ、表世界に溶け込んで暮らすような物好きもいるようではあるがな。それに裏世界には異種族や人外も山程いるぞ。」
同じ世界にいるはずなのに、まるで小説の中のような世界の事実に、僕は今驚きと同じ程心を躍らせている。子供みたいだなんて言われても構わない、今の話が嘘か本当かなんてわからない。それでも、この世界にはまだ謎が多い。それだけで僕が童心に帰るには十分だった。
「魔力を持つ者は基本的に幼少期から学び舎で魔術を覚え、何もないところから炎や水を生成したり、風や光を発生させたりすることが出来るのだが、魔力を使い過ぎると息切れや目眩を起こしてしまうことがあるぞ。最悪の場合は死だ。」
「なるほど…言わば体力と同じようなものですか?」
「そんなところだな。まあ魔術の事は追々話すとして…、この世界にはごく稀に遺族や親族に魔術師が居ない場合でも微量の魔力を持って産まれてくる人間が存在するのだが、その大半は普通の人間と変わらず生活し生涯を終えていくのだが……、お主は運がいいようだな。」
「…つまり僕はその微量の魔力を持っている人種…と?」
「そうだ。実際お主からは魔力を感じる。」
「はぁ…」
兎に角僕には普通の人とは違う魔力というものがあるらしい。よくファンタジーものの小説で魔法使いが魔法を使う時とかに消費するやつと同じ物って認識で良いのだろうか?ってことはもしかして…
「それって、僕でも魔法…?魔術?が使えるようになる可能性があるって事ですか?」
「察しが良いではないか。魔力を持って生まれてくるということは神に恵まれたということなのだ。つまり魔術師の素質があるというわけで、鍛錬を積めば使えるようにならないこともない。過去の偉大な魔術師の中にも、お主と同じような人間がいたという噂を耳に入れたことがあるからな。」
「…そうなんですか」
「まぁ、夢をへし折る様で悪いが本来魔法は表世界の人間には教えてはいけない決まりがあってな。例えお主に魔法使いの素質があろうとも、何か特別な事が起きない限りお主が魔法を使える日は来ないであろうな。」
「なるほど…」
色々な話を聞いた所為であまり頭の中で整理がついてないけれど、聞きたいことが山積みだ。
「気になってたんですけど、そういう話を僕に話しても大丈夫なんですか?」
「問題はない。数日観察させてもらったが、お主は至って真面目で内気な性格をしていて外部にこの話を洩らす様な人間ではなさそうであるし、そもそも本ばかり読んでいて話を洩らす友人らがいない様であったしな。万が一情報を洩らせばお主や関係者の記憶を一部消す事になるだけであるし、寧ろ知っていた方がなにかと都合が良かろう。今日から護衛生活が始まるのだしな。」
勝手に観察されていた上に軽く貶された様に聞こえたんだけど………って、それより…
「ご、護衛生活???」
「そうだ。今日から一週間、主人殿がお主の護衛をするのだ」
「「えっっ」」
今までだんまりしていたローブの人も僕と同時に反応した。どうやら護衛の事は知らなかったらしい。
「マ…マロ……護衛って…」
彼は声を震わせながらそう聞いた。
「護衛は護衛でありますぞ主人殿。御本を奪った輩は御本を拾った此奴の命を狙おうとしたのですから、御本を奪ったとはいえ必ずや一週間以内にもう一度此奴の事を襲いに来るに違いありませぬ。だからせめて一週間、主人殿が此奴を護衛するのでありますぞ。」
護衛をしてくれるのはありがたいけど…完璧に僕とローブの人の都合をガン無視しているあたり、この二人の主従関係が逆なんじゃないかと心配になる。
「でも、護衛って…何をしたら……?」
「ただ此奴の側にいて敵の襲撃があれば敵から此奴を守るだけですぞ。それと一週間の護衛が終了すれば我々は御本を取り返しに敵の本拠地へ乗り込む所存でありますぞ。」
なんだろう…とても忙しそうで申し訳ない気持ちが押し寄せてくる。
「護衛開始は明日からで御座いますぞ。今日のところは一先ずこの家に結界を張ってから退散すると致しましょう、主人殿」
「わかった……」
彼は不安そうに返事をしながらさっきと同じく掌に光の球を作って見せた。どうやら自宅へ帰る様だが、一つ聞いておかないといけない事があったのをたった今、思い出した。
「待ってください!」
少しだけ大きく声を張り上げ、ローブの人を引き止めた。
「……?」
「あの…、もしよかったら"今後の為"に名前を教えてくれませんか」
「名前…ですか?」
ローブの人はその場で少し考えてから
「その…、本当の名ではありませんが、今はフィーリク・エアリエルと名乗っておきますね…」
と言い少年と共に光に包まれて姿を消した。
「フィーリク…エアリエル……」
静かになった玄関で、僕はボソッと名前を呟いてみた。本名では無いにしても、日本名じゃないとなると呼びにくいな…。"フィーリクさん"でいいのだろうか?
側にいてくれるとは言っていたけど、もしかしてあのローブ姿で大学までついてくるつもりなのだろうか?流石にあの姿を人前には置けないし…他にも色々心配ごとが多いな……。
「はぁ…取り敢えず、ご飯食べよ」
僕は空腹感と虚無感を抱えながら、とぼとぼと家の中へ入った。
* * *
翌日、清々しい程の朝が僕を迎えた。
ベッドから体を起こして洗面所へ向かい、顔を洗ってから服を着替えキッチンへ向かった。愛用しているエプロンを腰に巻いてから昼食用のサンドイッチを馴れた手つきで作り、ついでとして朝食に木苺を添えて粉砂糖をふりかけたフレンチトーストを食べた。大学へ行く準備をしてから玄関先の花壇にティーポット型の如雨露で水をやっていると、突然玄関への入り口の石扉からトントンとノック音が聞こえた。
「はーい」
誰が来るのか、大体予想はついていた。石扉を開けると、そこには昨日となんら変わりのないローブ姿のフィーリクさんが立っていた。
「おはよう…ございます……っ」
フィーリクさんは緊張気味の声で挨拶をしてきた。相変わらずフードを目深に被っていて顔は見えないものの、改めて透き通る様に綺麗な声をしていると思った。人の声は雑音ばかりで嫌になるけれど、この人の声は聞いてて落ち着く様な…嫌いじゃない声だ。
「おはようございます、フィーリクさん。」
僕も挨拶を返して花の水遣りを済ませた。
「今日はフィーリクさん一人なんですか?」
如雨露を棚に戻しながら質問を投げかけた。
「…えぇ。マロは、その……用事があるそうなので」
「そうですか」
そして僕は大学の荷物を持って靴を履き替えた。
「ところで気になっていたんですが、そのローブ姿で大学までついて来るつもりなんですか?」
「はい。でも、外出中は自身の姿を消す魔法を使うので、私の姿は貴方にしか見えなくなります」
「へぇ……魔法って凄いですね。」
そういえば昨日の帰り道にフィーリクさんを見つけた時も、周りにいた人達はみんなフィーリクさんがまるで存在していない様に誰も見てなかったな…あの時と同じ感じなのだろうか。
「あ、それと一つ提案なんですが、良ければ家を出るまで少し時間があるので自己紹介でもしませんか?お互い知らないことが多いですし」
「…はいっ、わかりました…」
フィーリクさんがキョトンとした返事を返した。僕はそのまま会話を続けた。
「…では改めて、僕の名前は月詠真琴です。好きに呼んでいただいて構いませんよ。今は19歳で、4年前から親元を離れてこの家で一人暮らしをしています。趣味は読書とガーデニング、特技は料理です。辛い食べ物が苦手で、好きな食べ物はスイーツと紅茶です。……という感じでしょうか」
僕が言い終わると、フィーリクさんは小さく拍手をしていた。自己紹介なんて何年振りだろうか…我ながらよく喋れたと自賛したい。
「次はフィーリクさんの番ですね。」
「…はい」
静かな玄関の中で緊張気味の声が僅かに木霊した気がした。なんだか面接みたいな雰囲気だ…僕まで緊張してくる。
「えと…、名前はご存知の通りフィーリク・エアリエルです。年齢はたぶん…月詠さんと同じくらいで、趣味は……私も本を読んだり、植物を育てたりする事が好きです。あと、魔法動物とかも…。特技は色々な魔術を使える事です…っ。」
少し震えている声だけれど、どこかゆったりとしたテンポでフィーリクさんの自己紹介が終わった。まさか同い年だとは思いもしていなかったから少し驚いた。それに、フィーリクさんも読書やガーデニングが好きなんだ…
「なんだか、僕達似た者同士みたいですね」
「そ…そうですねっ」
お互いクスクスと笑いを溢し、少しだけ緊張が解けた様な気がした。これから上手くやっていけるだろうか…と不安だけれど、この現状は毎日退屈で仕方なかった僕を救ってくれるのかもしれない。そんな気がして、ほんの少しだけ心がわくわくしてしまう。こんな感情はいつぶりだろうか。
「今日から一週間、よろしくお願いしますね。フィーリクさん」
「こっ、こちらこそ…よろしくお願いします」
最初は冷たい人かと思ってたけど…僕と同じで会話が苦手な普通の人みたいで、少しホッとしてしまった。
取り敢えず一週間はこの魔術師さんのお世話になる様だけど、この一週間が終わってしまったら、もう僕は魔術師とは関係のない人間になってしまうのだろうか。なんて事を考えるにはまだ早い気もするけれど。
普段の僕なら普通の生き方が良いなんて強がって心惜しみなく縁を切れていたのだろうけど、今の僕は魔法のことをもっと知れたら良いのにだなんて舞い上がってしまっているのだ。全く、呆れた研究好き人間である。
「そろそろ時間なので、行きましょうか」
自分に呆れているのか、はたまた将来に期待をしているのか。そんな曖昧な感情を抱えたまま僕達は大学へ向かい、護衛生活1日目の幕が上がったのである。