Happy Halloween
「おねえさま、トリックオアトリートです!」
学園から帰宅し、家の中へと足を一歩踏み込んだ途端、鈴の音の様な可愛らしい声とともに、ポスンと小さな柔らかい感触がしがみついてきた。
勿論、しがみついてきたのは私の可愛い妹セレネだが、今日のセレネはちょっといつもと違っていた。
いつものふわふわとしたお日様色の金の髪は真っ直ぐな漆黒の夜色の髪に。
桜色のぷるぷるとした唇は真っ赤な紅がひかれており。
いつも好んで着ていた淡い色の柔らかいシルエットの服も。
今日は黒と赤が基調の身体にフットした少々足の露出が多めなシートパンツスタイルだった。
おまけに背中にコウモリの羽と、ショートパンツに先が尖ったシッポまでついている。
なるほど。
先ほどの言葉と合わせるとこれは、一足早いハロウィンですね。
衣装から推測するに、セレネは小悪魔でしょうか。
ふふ、可愛い。
我が妹ながら、本当に可愛い。
可愛いうえに衣装と相まって恐ろしいまでに蠱惑的。
この衣装を用意したのはお母様ですね、流石です。
いつものセレネとのギャップを見事なまでに引き出してますね。
でも、でも…。
今日のこのタイミングでは、やめていただきたかった。
その理由は、今、私の後ろで「ほう、これは…。」と言っている人にあった。
今日学園から帰宅しようとした時、我が家の馬車が故障した。
どうやらすぐに直るものではなかったらしく、どうしようかと途方にくれていたところ、
声をかけてくれたのが、今後ろで私のセレネをじっとみつめている会長だった。
家まで送っていただいたのはとてもありがたかった。
”おねえさま、きょうは、はやくかえってきてくださいね”
と言われていたのに、生徒会で遅くなり、他に助けてくださる方も見当たらなく、家に伝令を飛ばすしかなかったところに、会長が声をかけてくださったから。
もちろん、ご厚意で送ってくださった方をそのまま帰すわけにはいかない。
私は礼儀知らずではないのだ。
お礼にお茶でもと家の中まで招いたのは他でもない私だ。
わかっている…。
わかっているけど。
やはり送ってもらうんじゃなかったと、思ってしまうくらい、嫌な予感しかしない。
「こんばんわ。可愛い小悪魔さん。」
いかにも胡散臭い笑顔を浮かべて、視線をセレネのものに合わせるためにしゃがみ込み、挨拶をする会長。
今まで気づいていなかったのか、突然挨拶されたセレネは一瞬キョトンとした顔を見せたが
その挨拶の主が会長だとわかると途端、とろけるような笑顔に変わった。
「おにいさま!!セレネにあいにきてくれたの?」
嬉しいとばかりに私から離れ、そのまま会長に抱きついた。
「おにいさまも、トリックオアトリートです。きょうのセレネは、あくまなのです。おかしくれないと、いたずら、しちゃいます!」
「あはは、これは困ったな、今はお菓子持ってないんだよね。」
全然困ってなさそうな顔で会長はそう答えている。
でも私は知っている。その制服のポケットの中にクッキーが入った小袋が入っていることを。
生徒会室から出るときに、テーブルの上に置いてあった、どなたかからの差し入れを、そっとしまっていたのを、私は見ていたのだから…。
「むう、おかしくれないのなら、セレネはおにいさまに、いたずらしちゃうのです!」
「ふふ、どんないたずらしてくれるのかな?」
ちょっと頬をふくらませて怒ったふりをしているセレネをそのまま抱き上げて、セレネに顔を寄せてほほ笑む会長。
一見、年の離れた妹を可愛がるような優しい笑顔に見えるが、セレネの姉としてのセンサーが告げる。
この男は危険だと。
私の可愛いセレネが危ない。
「あのね、セレネがする、いたずらは、ね。」
いつもの天真爛漫な笑顔ではなく、衣装とメイクのせいで、あどけなさの中にも色気を少しだけ含ませた微笑で内緒話をするように、唇を会長に近づけようとするセレネの前に、素早く会長のポケットから例のクッキーを抜き去り、掲げて見せた。
「セレネ!ほら会長はちゃんとセレネにお菓子を持ってきてるから!」
それを見た途端、セレネは会長から離れて、私の掲げるクッキーにくぎ付けになり手を伸ばしてきた。
その手にクッキーを握らせるとともに、会長からセレネを奪い返す。
その瞬間「チッ。」と舌打ちのようなものが聞こえた気がしたが、振り返ったら穏やかな笑顔だったので、きっと気のせい…じゃないわね。この腹黒バ会長は。
その後は、お茶だけでなく、夕食、その後のお父様のお酒のお相手までこなして(もちろん会長はノンアルコール)セレネだけじゃなく、お父様まで手なずけて帰っていった。
──なんだか、知らないうちに会長が、少しずつ我が家に入り込んできているような、恐怖を感じる一日だった。
それと──。
ハロウィン当日は殿下対策に今日の衣装は絶対やめるように言っておこうと心に誓った。