チュートリアル
目が覚めて、確認するように体を動かしてみる。右、左と、ベッドの上で体を曲げる。凄く自然な動きだ。
上半身を持ち上げて足を右に90度回転させると、ベッドから立ち上がる。
(おお……スッゲ~自然な動きだな……)
「うん……ゲームじゃないみたいだ……」
体をねじりって背中を見たり、軽くジャンプするなどして、バグが無いか確認するが、驚く程なめらかに動く。
(え、ちょ、ちょっと俺にもやらせて!)
「あ、良いよ良いよ」
目を閉じ、全身の力を一瞬全て抜く。そして目を開けると、自分の意思とは違う動きを自分の体がしていた。
「へ~、こんなになめらかに………」
(凄いよな……これ……)
交代が上手く成功した。現実世界でも、このように交代することは何度もあったが、ゲームでも上手くいくとは思っていなかったので、ここまで再現できるのかと興奮する。
「ok、じゃあ戻すぜ」
(うん)
視界が暗くなり、目の前になんとも言いがたい空間が生まれるのを感じる。そこに飛び込むような感じで意識を飛ばすと、入れ替わりが成功する。
(キャラメイクとかは無いのか?)
「どうだろ、あるんじゃない?ゲームだし」
とりあえず目の前の扉の取っ手を掴み、押し開くと、石作りの綺麗な町並みが広がっていた。
「(おぉ~~………)」
圧巻のグラフィック、なめらかに動く他のプレーヤー。流石最新技術だった。
すると、目の前に小さな画面が現れ、操作方法や、最初に向かうべき場所の説明が始まる。
「へ~、あそこの受付の人みたいなNPCに話しかけたらキャラメイクか……」
(なぁ、あっちがいわゆる商店街らしいぜ!行ってみよう!!)
「後でね?」
キャラメイクのNPCの近くには、同じように始めたばかりの人達が群がっており、ひっきりなしに手を動かし続けていた。そして、ある程度近づけば出るような設定だったのか、
≪キャラメイク?≫
≪yes≫ ≪No≫
の画面が出てきた。yesを選択し、キャラメイクへと移るが、スキンなどの項目はどこにも無く、クラスの決定だけだった。
「スキンの変更はないんだね」
(名前だけみたいだな)
「じゃあ、いつも通りで」
長年愛用してきた、「Dual」と打ち込み、決定と書かれた部分をタッチする。
(あれ?)
「なに?」
(目の前に名前入力の欄があるんだけど)
「え?なんで?」
(いや、わかんねぇ、そっちには無いのか?)
「うん、無いよ?」
(とりあえず交代してくれ)
「ああ、うん」
目を閉じてローズと意識を交換し、再度画面が目の前に写る。だが、そこには何故か何も書いていない名前入力欄が広がっていた。
「な?」
(ほんとだ……、なんだろう、これ……)
「とりあえずもう一回名前入れとくわ」
そして、再度同じデュアルを入力すると、決定の欄が出てきた。
「なんだったんだろうな」
(バグかな?)
「とりあえず交代するか」
そして再度まばたきをして意識を切り替えると、クラスの決定画面があった。
「戦士、武闘家が近接戦闘。魔法使い、弓師がが遠距離で、ヒーラーが回復か……」
(最初だし、戦士で良いんじゃないか?)
「そうしようか」
戦士をタッチし、決定画面をタッチすると、
≪変更できませんが、よろしいですか?≫
変更できないという警告文が現れた。
「変更できないんだってさ」
(まあ、大丈夫だろ、全部試したくなったら周回プレイでもしようや)
「そうだね」
yesを押し、≪ようこそ≫の文字が出たので、そこから立ち去ろうとした時だった。
(まただ……)
「え?」
(俺のクラス選択画面が出てる……)
「ま、また!?」
(ああ、ちょっともう1回代わってくれ)
入れ替わり、ローズの画面に切り替わると、ローズの言うようにクラス選択画面がそこにはあった。
「う~わ、俺達が多重人格っていうのがバレてんのか、これ」
(そうみたいだね、まあ、とりあえず選んじゃって)
「ん~、じゃあ、これで」
ローズは躊躇いながらも、魔法使いの欄をタッチし、警告文を無視して決定画面をタッチした。
「近距離・遠距離両方に対応できるぜ、これで」
(それは良いね)
多重人格者というのがバレて、少し焦りはしたが、逆に都合の良い方向に進んだのかもしれなかった。
「じゃあこのまま商店街行くか」
(じゃあ、代わりに歩いてね)
「任せろっ!」
そう言い切り、人の間をくぐり抜けるように走り出したが、クラスは魔法使いの体なので、ものの数秒でバテてしまう結果となった。やはりというべきか、クラスごとに得意不得意が有るようだった。
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王様から旅の資金を渡されるというイベントシーンなどがある筈もなく、アイテム欄を開けば1000кと書かれた枠があった。
「物価がわからないから全身の装備買えると良いんだけどね」
(最初だから大丈夫だろ)
やはりここも人しかおらず、キャラメイクの時と同様、目の前に装備販売の画面が出てきた。
「まずは武器からでも?」
(………1回1回聞かなくて良いぞ?)
戦士、武闘家……と、クラスごとに選択肢があり、戦士の欄を選べば、剣と槍の2択へと変わった。
「じゃあ、剣かな」
(The戦士やな……)
「………聞かなくて良かったんじゃないの?」
(思ったことだからな?)
剣の項目をタッチすると、販売している剣が出てくるが、≪木の剣≫しか販売していなかった。
「(やっぱりね)」
150кと、安い剣だが、最初なので仕方なく購入する。そして防具販売の欄が出てくる所まで歩き、防具の欄を開くが、400кで全身装備という、凄く粗末な装備しか無かった。
「…………まあ、最初だしね……」
(後でいろいろ増えるだろ、そうなるまで頑張るしかねぇよ)
薄汚れた薄い鎧なので、とても心もとないが、それしかないので購入し、商店街から離れた。
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視界の上の方に出ているコンパスのような物には、クエストマーカーのような物があり、ダンジョンの方向を示していた。
(とりあえずダンジョンに行ってみるか?)
「そうだね、そうしようか」
周りには、4人や3人などのパーティーがいるが、知り合いではない人と組むのはあまり好きではないので、最初はソロでプレイすることにしていた。
石作りのこの街にも大きな建物はあり、3階建ての校舎のような大きな建物もあるのだが、ダンジョンの扉は予想以上に小さく、天井の見えない大きな壁に、とても小さな木製の扉は見ていてとても可愛らしく見えた。扉までの道は、他のプレーヤーの体をすり抜けられるようになっており、混雑することなく扉にたどり着いた。
(これは……)
「鈴……だよね……?」
扉の前には小さな鈴がついてあり、ここを通っていくプレーヤーは鈴についた紐を引っ張っては扉に入っていっていた。
「これを、引っ張るらしいね」
紐を強く引っ張ると、小さくチリンと綺麗な音が響き渡る。すると、音に反応した扉が勝手に開き、気がつけばどこかわからない草原に飛ばされていた。
(なんだ……?)
「ここは……?」
訳がわからず後ろを見ると、先程目の前にあった筈の扉が閉まっていた。
「閉じ込められた……?」
(おいおい……んなことあると思うか?)
「いや、わかんない……」
(ちょっと探索してみようぜ)
「危機感無いなぁ……」
とりあえずローズの言うように探索をしてみようとした時に、目の前に小さな画面が現れた。
≪戦闘体験≫
チュートリアルのようだった。
「なるほどね、そういう事だったのか」
戦闘体験の文字が消えた後、武器の出し方や、アイテム欄の説明、装備変更などの様々な項目が出てくる。ちなみに武器の操作は、自分の思い通りに動かせる、とても簡単なものだった。
「へ~、あくまで自由に、か……意外と剣って重たいな……」
試しに片手で持って振ってみるが、馴れていないので自分でもわかるほどぎこちない動作だった。
(なぁ……)
「何?」
(ちょっと左手借りるぜ?)
「いいけど?……何するの?」
(まあ見てろ……はぁ!!)
左手の力が抜け、自然に動き出す。今まで手持ちぶさただった左手が目の前で勝手に動いていく様子は、現実の世界で何度も見た光景だった。目の高さまで持ち上がった左手は力強く空気を握りしめる。すると、手のひらの中に小さな炎が浮かび上がり、ローズの掛け声(脳内再生)と共に放たれる。しっかりと真っ直ぐに飛んでいく炎は、少し大きな石に当たり、小さな焦げ跡を残した。
「おぉーー!」
(魔法出すの面白いな……)
「………交代できる?」
(クラス引き継げる筈無いだろ?)
その後、攻撃をしてこないちいさな花のモンスター相手に10分程攻撃をした後、扉に向かうと、≪階層選択≫ という文字が出てあり、タッチすると、≪0層≫≪1層≫の2つが出てきた。
「0層がさっきの街だよね?」
(じゃあ、1層がダンジョンだな)
「このまま行こうか」
(そうだな)
チュートリアルということもあり、HPもMPもまったく減っていなかった。ここで疑問なのが、ローズが魔法を使う時、一体どこからMPを消費しているのかということだった。
(ダンジョンに行って魔法使えば分かるだろ)
「行かなきゃわからないよね、じゃあ、もうダンジョン行こうか!」
勢いに任せて≪1層≫をタッチし、鈴の紐を引っ張る。扉が勢いよく開き、気がつけば薄暗い大きな通路に立っていた。後ろからは自分と同じ装備を身につけたパーティーや、自分と同じソロプレーヤーが同じ方向に向かって走っていた。
「これがダンジョン……」
(なぁ)
「ん?」
(あそこ、左斜め前、見てみろ)
左手が勝手に動き、左斜め前を指す。そこには、身体中傷だらけとなり、満身創痍となった4人パーティーがいた。
(1層だよな……?あんなに傷だらけになるのか?)
「強敵がいるとかじゃない?」
(………そうか)
「ビビってる?」
(そうじゃない!)
ローズをからかいながら、枝分かれしている通路の1本に入り、スライムを発見する。
「いた!」
(初戦はやっぱり定番のスライムか、まあやってやろうぜ!)
剣を抜き、左手に炎を構えて突撃し戦闘を開始した。
なんとも馬鹿げた話ではあるが、スライム相手に5分かかり、最初の大通りに戻った時、そこらじゅうから悲鳴が上がっていた。
スライム1体に精神的疲労を感じたので、1度0層へと戻ると、絶望しきった顔のプレーヤーや、怒り狂ったプレーヤーがそこらじゅうにいた。
全員が扉の方を向いているので不思議に思って後ろを向くと、
≪総犠牲者数 216人≫の文字が浮かび上がり、秒ごとに更新されていた。
そして、
≪ようこそ、絶望のマネーゲーム、Extremeへ≫
最悪のゲームが幕をあげた。