失郷
「なんということだ!」
集落中の男たちが洞穴牢に集まった。この事態に皆一様に驚いては嘆き、そしてこの上なく激昂した。男たちの怒りと落胆ぶりは相当なものだった。
集落のただ一人の女性だったマザーエレナが亡くなってから、もう十年が経つ。やっと新しいマザーが見つかったと思っていた矢先に、この悲劇が起こってしまった。
そしてその悲しみと怒りの矛先は、真っ先に第一発見者であるラズリィに向けられた。当然のことだった。この穴の中で、ラズリィと少女は二人きりだったのだ。他には誰もいなかった。
精神的なショックが大きく、その場で何度も吐いていたラズリィを、男たちは容赦なく責めたてた。
ラズリィがいくら「知らない、自分は何もしていない」と弁明しても、誰も信じてはくれなかった。
首長のマハンだけが、唯一ラズリィの言葉に冷静に耳を傾けた。
「たしかに外傷がどこにもない。抵抗したあとも見当たらない。本当に、眠るように亡くなったのだろう」
ラズリィがほっとしたのもつかの間、他の男が横から口を挟んできた。
「だが、直接手を下さずとも、給仕の際に毒物を混入させることならできる」
「そんなことはしていません! それに、僕がここに来たとき彼女はすでに眠っていたので、僕の持参した食事も一口だって口にしてはいない。調べてもらえばわかります」
「ならば、最後に給仕をしたハーベルトが犯人か?」
「まさか……ハービーが、そんなことをするはずは……」
しかし、たしかにハービーはあれからずっと姿を見せていなかった。この半日ほどで、ハービーを見た者は誰もいない。突然、彼はこの集落から失踪した。
ラズリィは、絶対にハービーを疑うものかと思った。しかし、現状ではハービーは疑われても仕方がない最悪の状況を作り出してしまっていた。
そして、ハービーが不在であることは、ラズリィの立場をもこの上なく悪くさせた。男たちは、ここぞとばかりに自身の憶測を口々に述べ始めた。
「ずっと健康体だった若い女が、ある日突然、眠るように死ぬことがあるとはとうてい信じがたい。二人のどちらかが犯人であることは、もはや明白と言わざるを得ない」
「あるいは、二人そろって、うら若いマザーを独占することに目がくらみ、共謀した可能性もあるのではないか」
「二人とマザーを接近させすぎたのがいけなかったのだ。若い者はすぐ考えなしに道を踏み外す」
「そんなことっ……」
もはやラズリィがどれだけ無実を叫んでも、怒り狂った男たちはまったく聞く耳を持たなかった。
マハンが眉間に深いしわを寄せて、ラズリィに絶望的な言葉を浴びせかけた。
「ラズリィ、お前は素直で本当に良い子であったが……。ハーベルトが失踪した今、お前の疑いもまた晴れようがないのだ。我々は、マザーを殺した疑いのある者と、この狭い集落で共に暮らしていけるほど、心も暮らしも豊かではないのだ。恨むなら失踪したハーベルトを恨め。マザー殺しはどんな罪よりも重い。我らの集落が現在直面している問題を考えれば、わかるな?」
ラズリィはマハンの言葉を聞いて、背筋が凍りついた。
男たちが一斉に、本来狩りに使うはずの石槍を手にし始めた。生まれて初めて、心の底から命の危険を感じた。狩りの対象が自分になったのだと、ラズリィははっきり自覚した。
(こんなことがあって良いはずがない。こんな理不尽なことが……)
「その反抗的な目は何だ!」
大人たちの一人が、ラズリィを掴みにかかろうとする。
ラズリィは咄嗟にかわし、そのままひしめき合う男たちの合間を縫うようにして逃れ、この縦穴にぶら下げられたザイルの梯子を登った。
「待て!」
梯子を取り外される前に、無我夢中で一気に登りきった。振り返る余裕もなかった。
すぐに男たちがあとを迫ってきて、今まで走ったこともないくらいの速さで走り続けた。ただ助かりたい一心だった。
集落を出ると灯りはなくなり、松明を持っていないラズリィは、幸か不幸か、すぐに暗闇に紛れてしまった。自身も暗闇で足元がおぼつかない中、感覚を研ぎ澄ませてとにかく逃げ続けた。
大方は撒くことができたようで、追ってきている人数は、声や足音で、もうほんの数人だけになっていることが伺い知れた。
ラズリィは岩場の陰に息をひそめて隠れ続け、ついに男たちが根負けして集落に引き返すまで、なんとかやり過ごしていた。
ラズリィは、今まで大人たちから禁止されていた道に足を踏み入れていた。脆弱な地盤で、崩落の可能性があるとずっと聞かされていた横穴だ。そこはツチボタルもほとんど生息していないような、完全に灯りの途絶えた不気味な穴場だった。
しばらく何も考えることができなかった。
疲労がとれて冷静さを取り戻すと、途端に心の中は不安でいっぱいになった。
あの集落で生まれ育ち、あそこしか知らないラズリィには、これからどうやって生きていけば良いのかまるでわからない。
見渡す限りの暗闇で、ややもすれば、自分がどちらの方角から来たかもわからなくなるようだ。岩壁をつたい、たった一人手探りで進むしかないこの状況で、目に見えるものはもはや絶望だけだ。
集落に戻って許しを乞うことも考えたが、男たちのあの怒りに満ちた目を思い出すと、恐怖で震え上がった。あんな怖い思いはもう二度としたくなかった。本当に、なぶり殺しにされるところだったのだ。
進みたくもないのに、この先に何があるとも知れないのに、ただ前に進むしかないというのは、精神的にも肉体的にもきつかった。
足元が崖になっていないかを探りながら歩かなければならず、神経をいたずらにすり減らした。距離としてはあまり進んでいないのに、疲労感だけが急速に蓄積されていく。今日はまだ何も口にしていないまま、もうすでに半日以上が経過していた。
空腹と疲労に耐えかねて、冷たい岩壁に寄り掛かろうとした、そのとき。
ドーンッと、地面が突然下から突き上げるように跳ねた。
(な、何っ……?)
慌てふためく暇もなく、それからすぐに、地面も壁も大きく横に揺れ始める。もはや暗闇の中では立っていられなくなり、ラズリィはその場にしゃがみこんだ。何が起きたのかわからず、恐怖で頭がパニックになっていた。
地震だ。
こんなときに。それもこんなところで。
昔は頻発していたそうだが、最近では、地震など久しく起こってはいなかった。
ラズリィは、自身に降りかかる度重なる不幸を呪った。
揺れはすぐには収まらなかった。そのせいで、もともと脆弱だった地盤に大きなずれが生じ、ラズリィが踏みしめていた足場の岩が一瞬沈む。
そこからみるみる足場は崩れていき、崩落した岩の中に、ラズリィは吸い込まれていった。