突然の悲劇
少女との一件をラズリィが誇らしげに話すと、ハービーはとても喜んだ。
「ラズリィは昔から人一倍歌が上手かったものな。それにマザー譲りの綺麗な声をしているし、マザーもラズリィのことは特に可愛がっていた。私はそんなお前がいつも羨ましかったよ」
どこか寂しげな眼差しで、ハービーは唐突にそんなことを口にした。
「私もラズリィを見習って、あの子と仲良くなれるように頑張ってみるよ。ラズリィが作ってくれたきっかけを、無駄にしないためにも」
ハービーの口調は穏やかだったが、語気の端々から小さな焦りが見て取れた。
(相変わらず堅いなぁ、ハービーは。いつも必要以上に力むんだから)
ハービーは誰に対しても思いやりがあり、また争い事を好まない穏やかな性格の持ち主だ。そして、それと同等なほど生真面目な男でもある。
いつもきっちりと正確な仕事をこなすハービーのことを、ラズリィは兄として昔からずっと尊敬していたし、そんな兄が誰よりも好きだった。――が、しかし、高い能力を持っているのに、その性格のせいで、ハービーが何かと損をしやすいということもまた、ラズリィはよく知っていた。
ハービーは駆け引きをしたり、上手く立ち回ったりすることが何より苦手なのだ。そこが彼の良いところであり、同時に欠点でもあった。
優秀なのに不器用な兄を時折心配しながら、ラズリィは内心では、そんな兄こそが誰よりも幸せになるべきだといつも願っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
歌を通して、ラズリィは少女と距離を縮めていった。言葉は通じなくても、なんとなく互いの言いたいことが少しずつ理解できるようになっていた。
それは、双方が能動的に相手に興味を抱き、相手のことを知りたいと常に努めていたからこその結果でもあった。
ハービーはというと、ラズリィほど少女と打ち解けることはまだなかったが、それでも彼の熱意が伝わったのか、頷いたり目を見てくれたりするようにはなったという。
物事は良い方向に向かっていると思った。
それから数日が経過した。
見張りの交代の時間になったので、ラズリィは洞穴牢へと向かっていた。
するとその方角から、かすかに歌が聴こえてきた。聴いたことのない歌だ。きっと、少女が歌っているのだろう。とても美しい歌声だった。
(今日はやけに機嫌が良いんだな)
少女は今ハービーと一緒にいるはずだ。ハービーの前で、少女はこんな伸びやかに歌っているのだろうか。だとしたら、急にずいぶんと親しくなったのだなと、意外にも思えた。
嫉妬心がないといえば嘘になる。今まで少女の笑顔と歌声を独占していたのは、ラズリィ一人だけだったのだから。
しかし、妬む気持ちより、今は驚きと喜びが勝っていた。いつも少女の前では、緊張気味にぎくしゃくしていたハービーのことを思い出して、ラズリィはくすりと笑みを漏らした。
ハービーは今、きっと心から喜んでいるに違いない。
「ハービー、交代の時間だよ」
歌の途中で二人の間に入るのは野暮だと思い、歌が終わるのを待ってから、縦穴の中を覗き込んだ。
すると、穴の中は真っ暗だった。
(妙だな……)
穴の中では、かがり火と松明がいつも決して絶えることのないように、十分に気をつけて交代で管理していた。それがどういうわけか、穴の中の灯りはすべて消えている。上から松明をかざして覗き込んでも、底の方まではよく見えなかった。
「ハービー? いないの?」
いくら呼んでも返事はない。それどころか、穴の中からは人の気配すらも感じられないことを不審に思い、ラズリィは穴底へと降りることにした。
周囲にはラズリィの持つ松明以外に灯りはなかったので、片手に松明を持って穴を降りなければならなかった。そこで、携帯していたザイルを縦穴付近にある立派な石筍にくくりつけて命綱とし、ゆっくりと慎重に降りていった。
なんとか穴底にたどり着くと、すぐに手持ちの松明からかがり火の燭台へと灯りをともす。
いつもの定位置の端で、少女が横たわり静かに寝息を立てていた。
ラズリィはひとまずほっと胸を撫で下ろした。それから、ハービーがどこにもいないことに戸惑った。こんなことは初めてだった。
真面目なハービーが仕事をさぼるなんて、珍しいこともあるものだとため息を吐きつつ、ラズリィは静かにその場で腰を下ろした。
気がつくと、ラズリィは横になっていた。
驚いて飛び起きる。ついうっかり眠ってしまったようだ。よくわからないが、突然急激な眠気に襲われた気がする。
かがり火も岩壁に立て掛けていた松明も、無事消えずに燃え続けていたことに、心底安堵した。
どれくらい眠っていたのか。松明の木の減り具合から見て、少なくとも一時間近くは寝入っていたのかもしれない。猛省した。
少女はまだ横たわっている。ハービーも戻ってこないままだ。ひどく胸騒ぎがした。
急に不安になって少女に声をかけたが、彼女は起きなかった。
何度も何度も、そのうち大きな声で呼びかけにかかった――が、少女はぴくりとも動かない。
そこでようやく、ラズリィは少女の寝息が聞こえてこないことに気がついたのだ。
彼女の肩を掴んでこちらに向かせた。すると、力が完全に抜けているかのように、頭部も肩も腕もだらんと地面に放り出された。そのあまりの異様さに、背筋が凍りついた。
恐る恐る、少女の顔を松明で照らす。
少女特有の、愛らしかった頬からは嘘のように血の気が失せて、視点の定まらない瞳孔は無機質に散大していた。ぽかんと開いた口からは、だらしなく涎が垂れている。
一目見てわかった。少女はすでにこと切れていた。