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アルーシュの歌姫 ~洞窟世界の住人たち~  作者: ゴリエ
第一章 常闇に生きるもの
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男だけの集落

 足元の暗い穴底を松明たいまつで照らすと、見上げる二つの瞳と目が合った。

 深いところまで光が届かず、穴の中にいる人物がはっきり見えないことが恐ろしくて、ラズリィは背筋をぞくりとさせた。

 すると、ふいに天井から冷たいものが後頭部に落ちてきて、彼は驚いて悲鳴をあげた。


「どうかしたのか? ラズリィ」

「いや……」


 ハービーが心配してこちらを見たので、慌てて取り繕った。

 後頭部を触ると、髪が少し濡れている。松明を天井に掲げてみたところ、あちこちに鍾乳石や鍾乳管がぶら下がっていた。


(ただの水滴か……)


 ラズリィは、臆病な自分が恥ずかしくなった。

 もう一度天井から水滴が落ちてきて、今度は足元の小さな石筍せきじゅんにぶつかって弾けた。

 周囲の地面には、他にも大小様々な大きさの石筍や石柱も多くそびえていた。この辺りが、まだ人の手の入っていない土地だという証だ。そして、この大空洞ではごく当たり前に見かける景観でもあった。


 手つかずのまま残された天然地形の中に、たった一つ、ぽっかり開いた不自然な縦穴。この穴だけが、人工的に作られたものだった。

 ラズリィは、集落のはずれにあるこの縦穴のことは知っていたが、何に使われるためのものかまでは知らなかった。まさか、囚人を閉じ込めておくための洞穴牢だったなんて、想像もしていなかった。


 深さはおよそ大人の背丈の四から五倍ほどで、穴底は人ひとりが悠然と寝転がることができるほどには広く、しかし、何日もずっとそこで過ごすには、恐ろしいほど狭い。

 縦穴の側面壁は、凹凸の少ない滑らかな石灰岩だ。慣れない者がこの高さを丸腰で登りきるのは、ほとんど不可能に近い。だからこそ、洞穴牢として機能しているのだ。


 ここまでラズリィと、それからハービーを連れてきたマハンは、二人に先立ち、わずかな岩壁のくぼみを足場にしながら、素手で穴底に向かってすいすいと降りていった。

 マハンは集落の中でも特に岩登りの上手い男だ。集落の首長でもあるマハンは、温厚かつ聡明、そして壮健な人物だ。若いラズリィやハービーに体力面でもまだまだ引けを取らず、どんな場面でも何かと頼りになる。


 ラズリィとハービーも、わずかな足場を探しながら、慎重に縦穴を降りていった。

 さすがに松明を片手で持ちながら降りることは難しかったので、燃えている先端を避けた二箇所をザイルで固定し、横に吊るしながらゆっくりと降ろして、先に穴底に降りていたマハンに受け取ってもらうことにした。


 穴底に着くと、そこには両手首を縛られ自由を奪われた子供がいた。その瞳に刻まれていたのは、たしかな恐怖の色だった。

 穴の上から初めて子供を見下ろしたときは、暗闇の中から見上げてくるその目が恐ろしいと思ったが、それはきっと相手も同じだったかもしれない。それどころか、こんな狭い穴に閉じ込められて、突然知らない人間三人に上から無遠慮に覗き込まれたのだから、恐怖を感じないほうがおかしい。


 子供は怯えるあまり、ラズリィたちからできるだけ遠ざかろうと、その薄い背中をぴったりと岩壁にくっつけていた。今まで見たこともない、印象的な長い黒髪の持ち主だった。年はラズリィと同じくらいだろうとマハンに聞かされていた。


 年齢の割にやや小柄な少年のラズリィだが、この薄暗い洞穴牢に幽閉されていた子供は、さらに輪をかけて華奢な身体つきをしていた。その頼りなく痩せた身体にはぼろ布をまとっており、布の上からわずかに胸のふくらみが見て取れた。この人物が女性である証だ。


 マザーエレナを除けば、ラズリィが初めて目にした女性――それも少女だった。


「――、――?」


 怯えながら、少女がこちらに何かを問いかけてきた。今まで聞いたこともないような、耳に心地の良い声が、この縦穴の中に響いた。これが女性の発する声なのかと、ラズリィは聞き惚れたくらいだ。しかし残念なことに、何を言っているのかまではわからなかった。


「ねえ、何て言ったの?」


 ラズリィが少女に聞き返す。それに応えるように、少女は再びラズリィたちに話しかけてきた。が、やはり何を言っているのか理解できない。互いに言語が通じないのだ。

 それでも、声音や表情から、彼女の気持ちは読み取ることができた。おそらく怒っている。それから、この上ない不安、恐怖、悲しみ……。


 少女は言葉が通じないことを知ると、悲嘆に暮れて泣きだした。

 この暗く陰鬱でカビくさい場所に閉じ込められているのが、こんなにも似つかわしくない者はいない。震える細い肩が、よりいっそう痛々しい。

 本当は、この集落に住む誰よりも、大切に守られなければならない存在のはずだろう。


 ラズリィは、隣にいる背の高い兄――ハービーを見上げた。ハービーは、心優しく人一倍正義感の強い真面目な男だ。彼もまたラズリィと同じ気持ちであったらしく、うろたえるラズリィを一瞥したあとに、自身も戸惑いながらマハンに視線を投げかけた。


「首長、これはいったい……」

「見ての通りだ。この方こそが、我々の新しいマザーとなられる。まだここに来たばかりで少し混乱されている。ご本人の安全確保のためにも、今はやむを得ずこのような措置を取っている」


 すると、マハンの話を遮るようにして、少女が縛られた両手を突き出した。彼女は何かをしきりに訴えている。おそらくは、手の縄を解き、ここから解放しろと要求しているのだろう。

 マハンもそれは察したようだった。


「今はまだ、あなたをここからお出しすることはできません。申し訳ございません」


 首を横に振ったマハンを見て、少女はとうとうその場で泣き崩れてしまった。

 見るに耐えかねてハービーが尋ねる。


「首長、なぜこんなひどい仕打ちを……」

「私とて、好きでこんなことをしているわけではない。しかし、長年待ってやっと現れた貴重な女性だ。この集落にはこの方が必要なのだ。でなければ、男だけの我々一族は、子孫を残せず静かに滅びていくしかない」


 マハンは、ラズリィとハービーの二人に命じた。


「お前たちには、彼女の身の回りの世話をしてもらいたい。その役目を担う間は、コウモリ狩りの仕事も外の見張りもしなくていい。お前たちはこの集落の中で一番若い。年が近い者のほうが、互いに気を楽にできるだろう」


 ラズリィとハービーは驚いたが、それでも、きつい狩りや寝ずの見張りと引きかえとくれば、断る理由はなかった。

 それに、彼ら二人もこの少女に興味がないと言えば嘘になる。

 兄弟たちは、その日からこの少女の世話役兼監視役として、交代でそばにつくことになった。

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