第六話 代筑アプローバル
墨雪代筑、ハッカー。
「瞳子。貴様は負けられない相手、承認されたい相手はいるか?」
キーボードを打ちながら代筑が語りかける。カタカタという音が心地よい。代筑が動かしているのはパソコンかワークステーションかは私には分からなかった。変に言って馬鹿にされるのもアレなので、そこは黙っておいた。
「ちょっと前までは友人とかどこぞの姉弟とかだったが……今はどうだろう」
昨年の夏はその友人と一緒にどこぞの姉弟を倒すための算段を宿題そっちのけでやっていた。もちろん、倒すといってもゲームである。去年はアーケードの格闘ゲームにハマっていたのだ。
「……その物言いだと、友人とかどこぞの姉弟には勝てたのか? 多分、瞳子が言ってるのはゲームのライバルだよな。ゲーム以外瞳子がやってるの想像できない」
代筑は二藍紫苑に次ぐイラッとくるやつになる才能がありそうだ。まだ中学生だからな、人との付き合いはよく分かっていないのかもしれない。
「ああ、友人にもどこぞの姉弟にも勝ったよ。姉の方はまだ私にちょっかいかけてくるけどな」
「ふうん、そうなんだ、ふうん」
私の話には心底興味無さそうに代筑はパソコンかワークステーションかを見ている。
「いいよな、瞳子は自分で自分を認めている気がする」
「いや、そんなことは……」
「僕には、そういうこと出来ないから」
きっぱり代筑は言い切った。モニターの向こうで誰かが私たちを笑った気がした。
「雑魚が。みじん切りになって失せろ」
「瞳子ちゃん、ゲームしながら暴言を吐くのはダメ……あっ!」
「はっ、油断しやがって。あとお前みたいなクソには暴言吐いてもお天道様が許してくれる」
「差別だよ! 流石にそれは差別だ! ハラスメント!」
「粗大ゴミが何か喚いてるー、聞こえないー」
烏羽が悔しそうに大きめのモニターを見ている。いい気味だ。私にゲームで勝負を挑むクソが悪い。
現在五階のゲームルームにて私と烏羽は対戦アクションゲームをしていた。中世をモチーフにしたゲームで、元々はアーケードだったのだが、今年の四月頃にコンシューマー版が出たのだ。発売された時、友人の家に入り浸って対戦したものだ。もちろん、私の方が勝率が高い。
「よし、瞳子ちゃん、もう一回だ。俺は諦める訳にはいかない」
至極真面目な顔で烏羽はアケコンを構えた。烏羽の横にはオシャレな紙袋が置いてある。
「何度やっても同じだ。私は猫耳メイド服なんぞ着るわけにはいかない」
遡ること数時間前。
「へーい瞳子ちゃんへーい」
「氏ね」
うるさい羽虫が私の周りを飛び回っている……と思ったら『気持ち悪い』の擬人化こと烏羽だった。見てくれはいいのにウザキモイ所為で全てを台無しにする今世紀最大の不快生物だ。
「いや、俺は生きるからね! でさ、瞳子ちゃん、一緒にゲームしない? 瞳子ちゃんが好きだって言ってたあの中世風格ゲー」
烏羽が紙袋を抱えて寄ってくる。私は少し距離を置いた。
「近寄んなクソが伝染るだろ。私にボコボコにされたいなら付き合ってやってもいいが」
「ふっ、この俺が密かに練習をしていたのを瞳子ちゃんは知らないんだね? 奏君に殴られまくった俺に死角はないよ?」
「弱っ。絶対負けんじゃんお前」
そう言えば奏とゲームの約束をした割には機会が見つからずやっていない。奏はこの島でも人気があるからなかなか捕まらないのだ。
「まあ、最後の方は少し勝てるようになったし? 年下の男子にゲームでフルボッコにされて悔しいとかないし?」
「負け惜しみか……悲しいな……」
烏羽は悲しい生き物だったのだ。もう少し優しくしてやろうかと思った。具体的には資源ごみにクラスアップしてやろうかと思う。
「……それで、瞳子ちゃんが絶対に俺に負けないって自信があるならさ、もし万が一負けることがあったら、これを着て『柳哉様ー』って言ってくれる?」
烏羽はクイと紙袋を私に差し出した。
「なんじゃこりゃあ」
「猫耳メイドだよ」
「見てわかるわ」
紙袋の中にはミニスカのメイド服と猫耳の付いたカチューシャが入っていた。
「ねー、瞳子ちゃん。負けたらこれ着てねー?」
「……私はお前如きクソ野郎には負けないからな……お前のその期待をへし折ってやろう」
私は大股でゲームルームへ向かう。烏羽は嬉しそうにその後をついてきた。
「私は絶対負けはしない。これがゲームである限りな」
というわけで、烏羽の夢をぶち壊すべく、久々に本気でゲームをしていた。烏羽は私のゲージを少しも減らせずに散っていくので、多分ゲームは得意ではないのだろう。
「瞳子ちゃんに猫耳メイドを着せるのは無謀だったのか……」
「そうだ。分かったか?」
烏羽の操作キャラクターを私の操作する猫耳の騎士が斬り捨てる。私の勝ちだ。
「ちょっとくらい手加減してくれてもいいじゃん……」
何度目か数え忘れたが、また対戦を開始する。
「お前は手加減されて勝って、それで嬉しいのか?」
「そう言われるとなー」
烏羽の攻撃をカウンター。今までにないほど綺麗に決まった。
「これでまた猫耳メイドを着なくて済むな」
「瞳子ちゃんが着ないんだったら俺が着る」
「気色悪い、やめろ」
「そんなっ、つむちゃんの努力を無駄にするのっ!?」
「作らされた紬が可哀想だな……」
紙袋を抱えながら楽しそうに烏羽は笑う。烏羽が紙袋の中のミニスカメイド服猫耳付きを着ているところを想像したら吐き気がした。
「メイド服……着て欲しかった……」
再び負けた烏羽がガックリ項垂れる。真っ白になってそのまま崩れそうだ。
「着ないからな……」
「いけずぅ……」
しばらくコントローラーを人差し指でつついていたが、不意に烏羽は顔を上げ、キョロキョロとしていた。
「どうした、変な電波でも受信したか」
「違うよ……瞳子ちゃんは俺を何だと思ってるの」
「ゴミ」
「答えなくていいよ……」
「何だ、資源ごみ君は矛盾だらけだな」
「だって人間だし。ゴミじゃないし」
チラリとこちらを見てこれまたウザいドヤ顔を見せつけてくる。やはり不燃ごみの方が良かったかもしれない。
「次こそは瞳子ちゃんに勝って猫耳メイドを着てもらうからね!」
「雑魚が。何時でも相手をしてやる。お前の心が折れるまでな」
捨て台詞を吐きながら紙袋を持って烏羽は部屋を出ていった。アイツはどこまでも楽しそうで、少し羨ましかった。
烏羽のいなくなったゲームルーム。いつもよりも広く感じた。
「……別のゲームをしよう」
私の声が虚しく部屋に響く。ゆっくりと、ソファから立ち上がろうとした時。
ザザッとモニターからノイズ音が聞こえた。私はゆっくり振り向く。モニターはしばらく砂嵐を映したあと、ゲームのスタート画面を表示した。私の全く知らないゲームだった。
「え……?」
私が訝しげに画面を見ていると、中央にメッセージが表示された。
『ゲームをクリアするまで部屋をロックする』
扉まで近寄りドアノブを回してみる――が、うんともすんともいわない。
『ほら、出られないだろ? 分かったか?』
何だかイラッとくるメッセージだ。私は舌打ちしながら乱暴にコントローラーを手に取った。
『あ、何かごめん……クリアしたらすぐ開けるから……』
メッセージがどこかしおらしくなった。別にゲームルームから出る気はなかったので私の気にすることではないが。私は『はじめから』を選択し、ゲームを始める。
探索型のホラーゲームのようで、時々現れる化物から逃げ惑いながらも脱出を目指した。
マップがこの喜彩島の建物を象っており、親近感が湧いた。難易度はそこそこ高いが、逃げ惑うパートでは今のところミスはない。ただ、シナリオは素人で、もう少し改良の余地があるかと感じた。
『どう? 面白い?』
チラチラメッセージが画面の端っこにゲームを邪魔しない程度に表示される。
「普通」
聞こえているかは分からないがボソリと答える。メッセージからの反応はなかった。
最後に船着場で船に乗り込み、島から脱出した。エンディングが流れるが、これがトゥルーかどうかはよく分からない。何かモヤッとしたものが残る。
『クリアおめでとう。エンドは五種類用意してあるから、暇な時に探してくれると嬉しい』
タイトル画面に戻るとメッセージがデカデカと表示される。そして私の背後からカチャリという音が聞こえた。
「また暇になったら遊んでみるよ」
私は画面に向かって呟いて、そっと電源を落とした。
鍵の開いたゲームルームを後にし、私はある場所へ向かう。こういったことをする奴はこの島には一人しかいない。
「いるんだろ?」
コンピュータ室の扉を開くと、案の定そこには墨雪代筑がいた。薄暗い部屋で青く光る画面を見ているとは、ハッカーのテンプレートではないか。
「ああ、瞳子。ゲーム遊んだか?」
「遊んだが……普通に渡せないのか、お前」
「普通に渡したら面白くないだろ」
代筑はモニターを睨みながら、ふんと鼻を鳴らした。画面にはアルファベットや数字が流れている。もちろん、どういう意味かは私には分からない。
「で、瞳子。面白かった?」
くるくる回る椅子を足で回し、ようやく代筑はこちらを向いた。
「え、普通」
「ちっ」
こちらにも聞こえるくらいの舌打ちをした。心の中に留めておけよ、と思った。
「いや、ああいうの、最近多いだろ、脱出系のやつ」
「むー」
頬を膨らませながらこちらの脛をげしげし蹴ってくる。痛くはない。代筑は見た目に伴い非力なのだ。
「やっぱプログラミング出来るだけではゲームにはならないな……」
「そうだぞ」
「何瞳子上から目線で偉そうに」
「代筑だってそうだろ」
納得しないからなと言いたげな顔で、代筑は再びパソコンへ向かった。
「瞳子、またゲーム作ったら遊んでくれ」
代筑がキーボードを打つと、また私にはよく分からない文字列が流れ始めた。
「いいけど、なんで私なんだ?」
モニターの文字が止まった。真っ暗な画面のはずなのに、誰かに見られているようで不気味だ。これは無機物であるのに。
「瞳子はアイツに似ている。そんな気がする」
まだ画面は動かない。代筑の顔を暗いモニターが反射する。しかし表情を読み取ることは出来なかった。
「そうか。じゃあまた、今度は普通に渡せよ。あと暗いところでパソコンいじると目悪くなるぞ」
「貴様はオカンか」
「歳的にはお姉ちゃんだな」
「貴様が姉になった覚えはない」
可愛くないやつだ。頭をもしゃもしゃと撫で回してやった。髪がぐちゃぐちゃになっても代筑は気にせずパソコンを弄っていた。チラリと、不満げにこちらを睨みつけてはいた。
「じゃ、夕飯の時にまた会おうな」
「ん」
乱れた髪を気にすることなく、キーボードを叩く。私が部屋を出る時に少し笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
『よーちゃーん、進捗どう? ダメ?』
「うるさい」
『もー、よーちゃんったら酷いなー。いけずいけず!』
「デリートするぞ」
『あははは、よーちゃんの技術でこの私が越えられるわけないじゃん。ここに呼ばれたのだって――』
「黙れ」
『おお、怖い怖い。お口チャックしないと。ところで、さっきのボサボサ頭のお姉ちゃんがよーちゃんの次の依存相手なのかな?』
「違う。アイツはただの知り合いだ」
『ほんとかなー? やけに執着している気がするけどー?』
「するわけないだろ。ここから帰ったら関わることのない相手だ」
『うふふふ、そうかそうかー。せいぜい頑張れよ、よーちゃん。といっても他人に認めてもらいたいと思うような奴が天才になんてなれないと思うけどねー』
「……やかましいやつだ」
言いたいことだけ言って■■■は消えていく。僕は再び画面を見つめてキーボードを打ち始めた。次こそは、誰かに認められるようなものを作ってみせると思いながら。