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第三話 聖司ティータイム

常盤聖司、料理人。


「……ねぇ、緋さん。あなたは生きるために食べている? それとも食べるために生きている?」


どこかの自己啓発のように聖司は言う(あまり聖司の声を聞くことはないが、声量は小さいものの案外澄んだ綺麗な声である)。聖司は私に面と向かい合って言う訳ではなく、厨房の銀のシンクを見ながら言っている。聖司の目には、シンクが私に見えているのかもしれないし、単純に私と目を合わせるのが怖いだけかもしれないが、真相は不明である。他人だもの。

「それはどういう意味だ?」

問い返すと、聖司は黙ってしまう。会話のテンポが悪い。

「本で見ただけだから……」

ボソボソと聖司が答えた。お前自身が考えろということか、自分もわからないということかはわからない。わからないことだらけだ。

「まあ、生きるために食べているが、お前の料理を食べるために生きるのもいいかもな」

いつものように聖司は前掛けをもぞもぞし始めた。もしかすると照れているのかもしれない。一応誉めているつもりだし。

「……あなたのためならば、喜んでくれるなら、僕は……」

続きは聞き取れない。

「…………僕はみんなが生きるための僅かな手伝いができれば、それでいい……」

やっぱり、聖司は壁に向かっていた。


快適な環境に、私に害を加える人(烏羽は気持ち悪いが、無視しておけば一応無害)もいない。なんといい場所なのだろう。だがなんといっても私が島から帰りたくなくなる要因は、食事である。流石《料理人》の才能で呼ばれた常盤聖司。一日三回、決まった時間に料理を用意してくれる。その料理の旨いこと。みんなからリクエストを受けて作っているそうだが、今までリクエストに答えられなかったことはないし、想像以上のものが出てくる。私も好物のオムレツナポリタンでも頼んでみようか。


今日の昼食は四川料理だった。どうやら二三が頼んだらしい。香辛料の香りが漂い、食欲をそそられる。

「聖司さま、わたくしの分はきちんと『激辛』にしておいてくださいましたか?」

いとおしそうに食器を見つめる二三。両手を組み、うっとりとしている。

「……とりあえず普通くらいにしたから、好きに調味料足したりして……」

「了解しましたわ」

二三は懐から何かを取り出した。隣に座っていたコバトがぎょっとしたように二三を見た。

「……二三君? まさかそれを使うのかい?」

「キャロライナ・リーパー、辛くて美味しいですわよ」

真っ赤な粉末の入った小瓶を二三はテーブルに置いた。

「……最早そういう次元ではないと思うのだが」

「わたくし、ペッパー・Xが食べられるようになりたいですわ」

「……まあ、頑張りたまえ」

コバトは畏怖と好奇心のこもった視線を二三に向けた。とはいえ、二三は他人の視線など気にしたことなどなさそうだが。

料理が運ばれてくる。奏が皆の目の前に皿を並べていく。

「麻婆豆腐、棒棒鶏に回鍋肉です。白いご飯もありますので、いる方は声をかけてくださいね。デザートにごま団子がありますよ」

私の知っている中華料理ばかりである。自然の色合いでここまで色とりどりになるとは、新たな発見だ。すぐにでも箸を付けたくなる。

全員に配膳が終わり、いただきますと手を合わせて言う奏に続き、食事を始める。

麻婆豆腐にレンゲを入れる。はふはふと熱々の豆腐を口にする。丁度よい辛味が私を刺激する。うん、旨い。筆舌に尽くしがたいくらいに。ほどよくご飯が進む。白い米がほのかな甘味を発する。箸を進める手が止まらない。

「せーちゃんの作るご飯は美味しいねー。何かヤバい薬でも入れてるんじゃ……?」

「……それはない」

ニマニマしながら声をかけてくる烏羽を聖司は無視して、自分が作った物を無感動に淡々と口に運ぶ作業をしていた。

「ねー、せーちゃん。島から出たら俺の嫁になってくれるかな……?」

「……無理、ごめん」

えー、と烏羽は言って、鶏肉を箸でつまんで口に入れた。嬉しそうに頬を押さえる。

また、二三は食べているときは普段では想像出来ないほどに静かになる。ただ先ほど唐辛子の粉末を使ったときは、隣のコバトがむせかえっていた。怖いな、あの唐辛子。


デザートのごま団子も食べ、食器を厨房に運ぶと、各々食堂を後にした。私は食堂に残りながら皆が食堂から出ていく様子を見ていた。

「……桃はどこも行かないのか?」

横を見れば、桃がぼおっとテーブルを見ていた。

「今、何しようか考えていたの」

私を見て桃はにっこりした。私はポケットから携帯電話を取り出し、ゲームのログインをして回る。昼飯後の習慣だ。

「ねぇ瞳子ちゃん。それ、何のゲーム?」

桃が携帯電話の画面を覗きこんでくる。

「スマホのゲーム」

「……どんなジャンルなの?」

雑に返事を返したが、桃に変化はないようだ。

「これはリズムゲームだな」

「へー」

私はこのままゲームを終了しようと思ったが、せっかく桃が見ている。私の中の僅かなサービス精神が芽生えてきた。

「何か知っている曲はあるか?」

桃はしばらく画面をくるくる回していた。そして、一つの曲のところで指を止めた。

「これ知ってるよ」

桃が知っているという曲(アニソン)の最高難易度を選択し、ゲームを開始する。

滝のように降ってくるアイコンを両手の人差し指と中指、親指でさばいていく。シャンシャンとタップ音が耳に心地いい。音符を指で弾き、三つ同時に指で押さえる。

画面にパーフェクトと表示される。久しぶりにやったが、なかなかのスコアだ。

「瞳子ちゃんすごい!」

「いや、普通だろ」

「……僕は普通ではないと思いますよ」

いつの間にか奏と聖司が側にいた。メイド服の奏は私に微笑みかけ、黒いTシャツに黒いズボン姿の聖司は驚いたように目を開いていた。

「聖司さんがお饅頭を作ってくれたので、持ってきました」

奏の持つ皿には山盛りの饅頭が置かれている。いつの間に。

「今、緑茶をお持ちいたしますね」

饅頭の皿を私と桃の近くに置いてから、パタパタと厨房に小走りで向かう。しばらくすると、緑茶のいい香りがほのかにしてきた。奏が漆塗りのお盆に湯飲みを四つ並べてやってきたからだ。私と桃、私の隣の空いた席二つに湯飲みを置く。奏が私の隣に座ったのを見ると、聖司は奏の隣に静かに座った。

「ところで瞳子さん、噂には聞いていましたが、流石ですね。尊敬します」

キラキラと奏が目を輝かせる。こういう目には慣れていない。

「奏君はゲームするの?」

桃は早速饅頭を食べ、緑茶を一口、口にした。

「はい。嗜む程度ですが。僕、格闘ゲームが好きなんですよね」

「格闘ゲーム」

私が奏の言葉を反復すると、奏は嬉しそうに頷いた。

「瞳子さん、この島にいる間に僕と対戦してください! 僕なんかでは瞳子さんのお相手になんてならないかもしれませんが、夢だったんです、瞳子さんと対戦するのが」

意外だ。私の中の奏のイメージとは違った。ほのぼのとしたスロー系のゲームをしていそうな、そもそもゲームはあまりしなそうなイメージを勝手に抱いていたから。人は見かけでは判断できないことを痛感した。

「私は喜んで受けてたつが、あれだ。負けても泣くなよ?」

「やだなあ、瞳子さん。僕中三ですよ。そう簡単には泣きませんよ?」

私よりも一つ年下くらいなら、泣かないよな。失念していた。奏はやはり可愛らしく、ふふっと笑った。

スタミナがまだ残っているのを確認してから、二曲目を選んで開始する。今度はゲーム中でも三大難関曲といわれるものだ。

怒濤の勢いでアイコンが降ってきた。さっきと同じようにさばいていくものの、久々にやったからか、いくつか取り逃しが出た。

「……リズムゲームが出来る人って、ピアノ弾けそうだよね」

呆然と私の手元を見ていた桃が言った。私はスコアを確認(クリアしたが、三回ミスした)して、顔を上げる。

「私はピアノ弾けないが」

「そっかぁ」

「僕、紬さんとかピアノ似合いそうだなって思いますね」

奏が言うようにピアノの前に座る紬を想像してみた。――思いの外しっくりきた。

「そこは二三ではないのか」

「なぜか、紬さんのほうが先に思い浮かんだのですよ」

二三はあらゆる楽器が出来る(多分)。ピアノだけでは連想出来ないのだろう。どちらかというと、二三はこの目の前の饅頭を両手で食べるイメージが浮かぶ。この饅頭、やっぱり美味しい。いくらでも食べられそう。昼飯を食べたばかりなのに。

「浅縹紬さん……ピアノ……」

宙を見ながら桃が呟く。脳内でピアノの音が流れていることだろう。

「このお話、紬さん本人には聞かせられませんね」

イタズラっぽく奏は笑い、人差し指を口に当てた。

「確かにそうだな」

口外しないことを誓い、携帯の画面を消した。


奏は饅頭をいくつか容器に詰めてから花壇の様子を見にいくといい食堂を後にし、桃はなぜかゲームセンターに向かい、私と聖司だけが食堂に残された。聖司は私がスマホのゲームをしているのを見ている時からずっと一言も話さず、目をぱちぱちしているだけだった。

「…………」

ログインも終わったので、携帯をポケットにしまう。

流れる沈黙。聖司はじっとテーブルを見ている。

「……饅頭旨いな」

「……ありがとう」

やはり聖司は黙ってしまう。私と一席離れたところに座っている。まるで心の距離のようであった。

「……食べすぎて太らないか心配だな」

「…………大丈夫、多分。夕飯で調節する」

そういって聖司は目の前のお茶をちまちま舐めた。私もお茶を一口。結構なお点前で。

ふと私が聖司の方を見ると、目があった。が、すぐに聖司は目を反らしてしまう。じっとお茶の表面を見るだけだ。

「…………さん」

蚊が鳴いているのかと思ったら、聖司だった。なんと言っているのか聞き取れないけど。

「……緋さん」

どうやら、私のことを呼んでいたみたいだ。

「なんだ?」

聖司は私の顔を見てはいるものの、その目はゆらゆら視点が定まらない。というか、前髪に隠れて視線がわからない。

「…………えっと、あ、その…………」

口をモゴモゴ動かす聖司。

「……緋さんはどうして、《ゲーマー》になったの……?」

「……は?」

やや大きめの声量で聖司が告げた。

理由なんて、考えたことはなく、ただ気がついたら私の側にはゲームがあったというだけだ。なぜかなぜなのか、私には思い出せない。あの人ならば、知っていそうだが。

「……そうだな。私はゲームしか出来ないからだな。ゲーム以外にやりたいことがない」

思ったことを素直に言った。間違いではない。しかし、聖司は口をぽかんと丸くした。

「……そうなんだ。意外……」

今度はもそもそと小声で答えた。お茶は半分に減っており、また黒いTシャツを摘まんでいた。

「逆に聞くが、お前はどうして、《料理人》になったんだ?」

一呼吸おいて、聖司は目を開いた。曇りのない瞳が私を捉えた。

聖司は口をしばらくハムハムしていたが、手をきちんと膝に置き、私の方を見た。

「緋さんと大体一緒……。僕、料理を作ることしか出来ないから……」

掠れそうな声でうつむきながら聖司は言う。

「……そのお前にしか出来ないことのレベルが違うよな」

「……何か言った?」

私はできる限り聖司の目を見ようとした。聖司は少し前髪をあげてくれた。

「正直言うと、私はお前を尊敬する。ゲームは私が楽しむためのことだが、上手い食事を作れるということは、まあ、あれだ。生きる力に繋がることだ。少なくともお前は今、お前自身のためであると共にこの島の奴らのためにもなっているということだな。それってよ、なんかさ、凄いなって」

聖司はへぇと私の顔を見た。目に輝きが戻って来ていた。私としたことが、長々と話してしまった。

「……緋さんも一緒。緋さんのゲーム見てるのは楽しい。緋さんとゲームしたらみんなが楽しくなれるから、緋さんもみんなのためになっている」

はっきりと、聞き取りやすい声で聖司は言う。聖司は一つ隣の席に移った。私のすぐ隣に聖司がいる。

「……僕、この島に無駄な人はいないと思う。……だから、僕は僕を無駄な人とは思いたくない」

「私はそれでいいと思うぞ」

聖司は力強く私を見返した。

「……緋さんがそう言ってくれるなら、もう少しだけ自信持つ。…………あと、緋さん、もう一つだけいいかな……?」

「なんだ?」

頬を染め、上目遣いで聖司は私を見た。

「………………『瞳子さん』って呼んでいいですか……?」

「……別にいいが。じゃあ、私からも一つ」

「?」

私はしっかり聖司の方を向いてから。

「今度オムレツナポリタンを作ってくれ。私の好物なんだ」

聖司は大きく一つ頷いた。口をはっきり動かし、口角を引き上げた。

「分かった、瞳子さん」

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