第一話 瞳子ビギニング
島人との出会い編。
『天才』
この言葉を私はよく耳にする。ただし本当にそういえる者はこの世界に一握りしかいないだろう。軽々しく他人に言える言葉ではない。
しかし、あの島にいた滞在者達は確かに『天才』と呼ばれるべき存在なのだろう。
あの魔法少女も、エンジニアも、料理人も、探偵も、家政夫も、音楽家も、文学者も、人形作家も、占術師も、トラスーズも、スナイパーも、競泳選手も、ハッカーも、医者も、そして正体の分からない彼だって。
きっと本物と呼ばれるのに相応しい。
ならば、私は何なのだろうか。
夏の強い日差しに当てられた私はいつの間にやら幻覚が見えるようになってしまった様だ。
見慣れた木造の六畳一間。ひっくり返せそうなちゃぶ台の前に座る私。そして手元にある一通の封筒。そのなかの手紙にはこう記されていた。
『緋瞳子様
前略
この度、貴女は《ゲーマー》としての才能が認められました。つきましては《喜彩島》へのご案内をお送りいたします。一月程の滞在とはなりますが、他の才能ある滞在者との交流をお楽しみ頂けたら幸いです。謝礼として金一封をお渡しします。どうぞお越し下さい。 草々』
封筒の中には待ち合わせ場所や滞在時期などの書かれた紙がもう一つ入っていた。
ぐるりと部屋を見渡す。古びた畳の上にはところ狭しとゲームが散乱していた。ソフトのケースも無秩序に積まれている。
「……私は只のゲーム廃人だぞ?」
案内状を見つめ私は呟く。
事実、私の生活というのは朝から晩まで、寝る時間をも削ってゲームをしているというものだ。この前は学校の授業中に爆睡していたことで先生に呼び出され説教された。鏡を見たところ、ボサボサな髪で酷いくまの目付きの悪い女がこちらを睨んでいて正直驚いた。
確かに、その界隈では私は有名な方なのかもしれない。だが、これが才能かと問われれば違うと思う。己の快楽のために時間を食い潰しているやつが天才と呼ばれるはずがない。
「……何かの間違いか」
私は封筒ごと丸めて投げ捨てようかと思った。が、もしもこれが本物なら、いい小遣い稼ぎになる。他人との共同生活は嫌だが、たった一月、ゲームがあれば耐えられる。
そうと決まれば、準備が必要だ。私はいつも使う黒く大きめのリュックサックに例のものどもを詰め始めた。
どのくらい寝ていたのだろうか。行きの船に乗り込んだ数分後、私はぐっすりと眠っていた。
何やら私は固い所へ寝かされているようで体の所々が痛む。柔らかい所へ寝かせるという心遣いはないのであろうか。
目を開けるのも億劫なので固いのを我慢してもう少し寝ようかと思った、その時。
「ねぇキミ、起きてる?」
高い女の声が私のすぐそばで聞こえた。化粧品の匂いが微かにした。
面倒ではあるがゆっくりと目を開ける。どんなけばけばしい女が目の前にいるのか見てやろうと。
「あ、おはよう」
にへらと彼女は笑った。私の想像よりもずっと若く、中学生くらいに思えた。
「モモセは百瀬桃って言うんだよ。ここには《魔法少女》ってことで呼ばれたんだ!」
桃は私に顔を近づける。鼻が触れ合いそうになった。
桃、と名乗る少女を改めて見てみる。金色の髪を高い位置でツインテールにしている。前髪もぱっつんに切り揃えられ、全体的に幼い印象がある。大きい瞳を長い睫毛が縁取り、瞬く度に風が来そうだった。紅潮した頬に桃色の薄い唇、傷一つない肌。どこか作り物のような少女だった。
「キミは何て言う名前?」
壊れた人形のように桃が首を傾げた。
「……緋瞳子。聞かれる前に言うが、一応ここには《ゲーマー》ということで呼ばれた」
私の頭上の桃がようやく私から離れる。私も起き上がり、肩を回す。そばに黒い大きなリュックサックが置いてあった。肌寒かったのでリュックサックの中からカーディガンを取り出して羽織る。
「ゲーマーかー。すごいねー! モモセはゲーム下手くそだからねー」
腕を組んで桃は頷く。私の本性を知らない奴ならなんとでも言える。
「……というか、《魔法少女》ってなんだ? お前、魔法でも使えるのか?」
「んー、モモセはね魔法少女が出てくるマンガを描いているの」
桃は人差し指をピンと立てる。
「それなら、漫画家じゃないのか?」
「モモセよりすごい漫画家はいっぱいいるんだよ。瞳子ちゃんは『ラビットピーチ』って知ってる……?」
桃はいきなり立ち上がった。フリルのたっぷり付いた派手なセーラー服を着ている。
「ああ、ゲームやったことあるからな。バクがやや多かったが良作だった」
「うんうん」
「ちょうど今のお前見たいな格好をした奴が主人公の話だったな」
「モモセのこと、知ってるんだね! 嬉しいな!」
桃が満面の笑顔になる。
「いや、詳しいことは知らないが、たしかアニメとかになってるやつだよな」
「ふふふ、瞳子ちゃん。何を隠そう、モモセが『ラビットピーチ』の原作者であり、『ラビットピーチ』のモデルなのさ!」
「へぇ」
腰に手を当て、ない胸を桃は張る。
「ところで瞳子ちゃん。あれを見て?」
桃の指す先を見ると、体育館のステージらしいところのスクリーンに『午後一時から交流会開会式』と書かれていた。そして私は現在体育館にいることを知った。私の学校の体育館と似たようなよくある風景だ。バスケットコートが三面入りそうな程の広い体育館の真ん中に、私と桃はいるようだった。
「もう少し時間がありそうだから、みんなに挨拶に行きたいなー」
桃がチラチラと私の方を見る。
「一人でいけ。私はもう少し寝る」
リュックサックを引き寄せて枕にする。そんな私を桃は揺する。
「一人じゃ心細いんだよ……。ね、お願い!」
私が無視していてもしつこく揺すってくる。私も我慢の限度がある。
「行けばいいんだろ、行けば。ほら、行くぞ」
枕にしていたリュックサックを背負い直す。ひょこひょこと桃が私の後を着いてきた。
やっぱり、他人といるのは面倒くさい。
体育館の重たく赤い扉を開ける。私の後を桃が続く。
私がいたところは一階のようで、これまた豪勢な扉が見え、それはこの建物の玄関のようであった。玄関に向かって進むと、赤いカーペットの敷かれた幅の広い階段があった。何やらスターでも降りてきそうだ。
「……これって踏んでいいのかな?」
桃が恐る恐るカーペットを横切る。
天井を見上げると吹き抜けになっている二階部分から吊るされるシャンデリアがあった。落ちてきたら、確実に死にそうだ。
その階段の近くに部屋があり、ドアの前に少しスペースがあった。その一角に紫色の布がかけられた小さな机があり、「十分千円」の札が立てられていた。
「ねぇ、瞳子ちゃん。何か聞こえない?」
ドアの前で桃が立ち止まり、私の方を見た。確かに、耳を澄ませれば何かの音色が聞こえる。
「ああ、そうだな、聞こえるな」
私がそういうと、桃は満足げに笑い、ドアを引いた。
「こんにちは。居酒屋はやっていませんわ」
彼女は私の視界に入ってすぐ、そう言った。彼女が先ほどまでの音の源であるようだ。
彼女は私に声をかけながらも、その手を止めなかった。真横に座った彼女よりも大きなハープがあり、彼女はそれを演奏していた。音の一つ一つが私の胸の奥に染みていくようだった。
「わたくし、照柿二三と申しますの。二三は漢数字の二と三ですわ。《音楽家》をやっておりますわ。こちらは食堂のようですわね」
そう名乗る彼女、照柿二三。前髪で片目を隠し、もう片方の目も開いているかどうか分からない。口元に薄く笑みを浮かべ、細く長い指が弦の上を踊る。森にいてもおかしくない雰囲気だ。
演奏する二三の側には円形のテーブルがあり、ぐるりと椅子が並べられていた。数える気はないが、きっと島の滞在者と同じ数が並べられているのだろう。食堂にはハープの他にもピアノが置いてあった。奥にはのれんのかかった入口があり、多分厨房といったところだろう。
「照柿二三さんって、聞いたことあるよ。色んな楽器が演奏できて、世界中でコンサートをしているんだって。最近、CDアルバムが発売されて、結構売れてるって」
桃が私の服の端をつまみながら、こっそりと言った。前半は私も聞いたことがあったが、後半は初めて知った。
「先程奏さまや聖司さまを見かけたのですが……、どちらへ行ったのかしら」
二三は私に興味がないのか、せわしなく辺りを見ていた。
「二三さん、僕のこと呼びました?」
のれんをくぐってメイド服の少女が現れた。頭にフリルのカチューシャをつけ、髪を緩く緑色の大きなリボンで止めている。くりくりした目が可愛らしい少女だった。才能はさしずめ《メイド》といったところだろうか。
「新しい人を発見しましたので呼んでみましたの。聖司さまは?」
二三にとって私は珍生物と同じ扱いのようである。
「まだ船酔いが治っていないので、厨房で休んでいますよ」
メイドの少女が答えた。厨房で休むとはどのような人物なのだろう。
「あ、申し遅れました。僕は山吹奏と言います。《家政夫》をしています」
深々と奏は頭を下げた。そして頭を上げ、私に微笑みを向けた。私の斜め後ろにいる桃に向けてかもしれないが。
「緋瞳子だ」
「百瀬桃、魔法少女だよー」
「瞳子さんに桃さんですね。よろしくお願いします」
にっこりと奏は笑う。二三は演奏しながら「よろしくですわー」と言った。
「ところで、奏ちゃんって、家政婦というよりはメイドさんだよね?」
桃が話を切り出した。どうやら、私と似たようなことを考えていたようだ。奏は首を傾げ、考える。
「メイドと家政婦はほぼ同じ意味ですが……。でも、メイドさんは女の人のお仕事ですよ?」
「奏ちゃん、女の子だよね?」
奏はきょとんと桃を見つめる。そして柔らかく微笑んだ。
「僕、男の子ですよ?」
桃の回りだけ時間が止まったようであった。二三は知っていたのか、気にせずハープを弾いている。
「奏さまは男の娘メイドということで有名ですわ。その姿からは想像できない早業で完璧に家事をこなすそうですわ」
解説キャラよろしくの説明を二三がいれた。
「僕、そんなすごくないですよ。あと、メイドじゃなくて、家政夫です。僕、男の子なので」
頬を膨らませ、奏は抗議する。桃は現世に戻って来たのか、私の後ろに移動した。
「本当に男の子……?」
「はい。疑うなら、脱ぎましょうか?」
スカートに手をかける奏の手首を掴み、止める。
「やめなさい」
「はい、わかりました! 他にも僕にできることがあれば、何でも言ってください」
奏は笑顔を崩さず一礼し、厨房へ向かう。桃はまだ私の後ろにいた。
奏の後を追うわけではないが、私と桃は厨房を覗きに行った。
銀色に輝くシンクに木目調の壁。巨大な冷蔵庫。壁に植物が飾ってある。そして、厨房の中央でぐったりしているコックコート姿の少年がいた。奏はそっと少年に水を差し出す。
「大丈夫ですか? 聖司さん」
「…………うん。ありがとう」
少年が蚊の鳴くような声でお礼を言う。水を飲み干した少年は私に気づいたのか、こちらを見る。私と目があったと思えば、すぐに目を逸らした。
少年は前髪が長く、目がよく見えない。俗に言うギャルゲーの主人公のようであった。体は細く、猫背で私よりも小さく見える。両手で前掛けをつまみ、もぞもぞとしていた。
桃は私の後ろに隠れ、黙っている。奏は少年からコップを受け取り、シンクに洗いに行った。厨房に沈黙が流れる。
「……あー、私は緋瞳子だ。で、後ろの奴が百瀬桃。お前は?」
私はつい空気に耐えられず、声を出した。変な調子になってしまう。こういうことなら、そっと部屋を出れば良かった。
「…………」
まだ少年は黙ったままだ。桃が厨房を出ようとするので、私もついていこうとした時。
「……常盤聖司……」
かすれるような小さな声がした。少年、聖司の声だった。
「……それだけ?」
私が聞き返しても聖司は黙っていた。だいぶ体調が回復したのか、厨房の棚を開け始める。
「あっ、聖司さんは《料理人》なんです。どんな料理でも作れて、一度聖司さんの料理を食べた人はしばらく他のものが食べられなくなるくらいと言われています」
奏が早口でそういった。要するに、すごい料理人だそうだが、私は料理界には疎いのでどのくらいすごいのか分からない。
「……僕はそこまで言われる程じゃない。ただ料理を作ることしか出来ないだけ」
包丁を片手に聖司が呟く。髪の奥の虚ろな目で刃を見つめていた。
「瞳子ちゃん、他のところ行こ?」
私の服を引っ張りながら桃が言う。
「……じゃ、また後で」
聖司の背中に向けて、私は手を振った。
食堂を後にし、例の豪勢な階段を上り、二階へ向かう。
雰囲気は一階とさほど変わらない。透明で大きなエレベーターが目の前にある。階段を探して見渡せば、右手に真鍮の手すりのついた、人が二人なら並んで通れそうな階段があった。
「色んなお部屋があるねー」
私の隣の桃がキョロキョロと周囲を見渡し、何かに気づいたのか、駆け出した。
「瞳子ちゃん、実験室とかあるよ! 実験したいなー」
『実験室』と書かれた札の下がったドアを指差し、桃が目を輝かせる。さまざまな施設があるようで、隣は医務室だった。
医務室の扉の下に『在室中』とちょっとした眼鏡のイラストの書かれたホワイトボードがドアノブにかけられている。
「誰かいるんだね! 誰だろう?」
桃は扉を三度ノックし、ドアノブを回して扉を押す。
医務室に入ると薬品の匂いがツンとした。部屋の中央にはローテーブルと大きめのソファーと昼寝に最適なクッション。病院にあるようなベッドが三台。カーテンもつけられていて、保健室のようだった。壁一面に棚が置かれていて、よく分からない薬品がところ狭しと入れられていた。窓際には背の高い観葉植物が置かれていた。
「こんにちは。才能溢れる若者達よ」
ソファーに座り、何かを飲んでいる女性が不敵に笑う。髪の色が奇抜で、お下げに結んでいる部分の色が違った。銀縁眼鏡の奥の瞳は鋭く、全て見透かされそうだった。白いコートを羽織り、それはどこか白衣のようにも見えた。
私と桃が名乗ると、彼女は「ああ」と相槌をうち、ティーカップをテーブルに置いた。
「君たちがかの有名な《ゲーマー》緋瞳子君と《魔法少女》百瀬桃君か。ところで桃君。魔法少女とはどんなことをするのだい?」
彼女はどうやら桃に興味をもったようだった。
「私もサブカルチャーについては少しならば学があるが、実際に魔法少女と会うとどのような者か気になってな。無論、瞳子君についても大変興味があるため、後日ゆっくりと話をしようではないか」
彼女は私の方を向き、ニヤリと笑った。私の内心を見透かされたようでやや不快であった。
「え、うんとね……。モモセは魔法少女のマンガ描いてるの。あとはアニメの声優とかしてるの」
たどたどしく桃が答える。彼女は「ほうほう」と相槌をうった。
「うむ、おおよそわかったぞ。ありがとう、二人とも」
「……私は何もしてないぞ? そもそも、お前は何者だ?」
私が尋ねると、彼女は顎に手を当て考えこむ。私は難しいことは聞いていないのだが。
「ふむ……。大変申し上げにくいのだが、私はある時期から記憶喪失であってな。自分の名前がどうしても思い出せないのだ」
「ふうん」
大して興味はなかったが、彼女の呼び方がなければ困る。
「君たちも私の呼び名がなければ困るだろう。私も考えてみたのだが、古い記憶に『コバト』というのがあるのだ。そういうことで、私のことはコバトと呼びたまえ」
彼女、コバトは再びティーカップの飲み物を口にした。
「あの、コバトさんはどうしてこの島に?」
おどおどと桃がコバトに尋ねた。
「そうだな。私はここに《外科医》ということで呼ばれたのだ。バカンスに丁度いいと思ってな」
コバトは桃に優しく微笑む。桃は小さく「ありがとうございます」と言った。
しかし、未成年であろうのに、医師というのはおかしなものだ。彼女に何があったのだろうか。
「瞳子君、私の身の上話は後日話そう。瞳子君の話と一緒にな」
またもや私の心を読んだように、コバトはニヤリと笑った。
実験室の向こうにえんじ色の扉がある。映画館の扉のようだった。
「映画館でもあるのかなあ?」
実験室から出てきた桃が言う。
「……実験室に誰かいたか?」
桃は首を横に振った。私は少しほっとする。
「あそこは誰かいるかな?」
桃が映画館らしい場所へ向かって歩き出す。私もその後へ続く。
「お邪魔しまーす……」
重い扉を開けながら、桃が囁く。
中はシアタールームのようだった。薄暗い部屋の中、アクション映画を写すスクリーンだけが明るかった。扉と同じ色のソファーがいくつかスクリーンが見やすいように並んでいる。後ろに天井まで届く棚が置かれ、フィルムが入っている。そのフィルムも子ども向けの物から、スプラッター映画まで幅広い。
「……誰もいないのかな?」
小声で桃が私に言う。
「……誰もいないところで映画だけついていたら怖いだろ……」
桃が恐る恐る部屋に入り、スクリーンに近づく。私もその三歩後ろを歩く。
突然、桃が何かに驚き、私の後ろに隠れる。その先には。
「初めまして、かな? 緋瞳子ちゃんに百瀬桃ちゃん」
影のように黒い男がワイングラスを片手に私と桃に微笑みかける。不覚にも、猫耳ニット帽が可愛いと思ってしまったが、男の方は可愛くない。不気味だ。漆黒の瞳には光が無く、右頬の刺青も相まって、端整な顔立ちであるはずの男を気味悪くさせている。痩せがちな体をソファーに預け、ゆっくりとワイングラスの中身を口に運ぶ。彼が動く度に甘くいい香りがした。指にも、耳にも、シルバーのアクセをしている。
「名乗ってもないのに、なぜ私のことを知っている?」
男は確かに私を『緋瞳子』と呼んだ。ふふっと男は笑い、口を開く。
「そりゃ、ここに来る前に予習のひとつはするよ、瞳子ちゃん。どんなゲームでも難なくこなす、ゲームの天才。大会に出れば優勝。今では君に挑もうとするものはほとんどいない……なんてね? ちなみに、身長一六八センチの体重五四キロ、六月十日生まれのB型。スリーサイズは……」
「……何で知ってるんだよ」
初対面の男にプロフィールを言い当てられるとは。彼はどこか得意気な顔をしているように思えた。
「ああ、瞳子ちゃんに百瀬ちゃん、俺が誰かって?」
「聞いてねえよ」
彼はきっと私の話を聞いていないのだろう。気にせず話を続けた。
「俺は烏羽柳哉。業界では漆黒の魔術師と呼ばれているよ」
そういうと烏羽は思いきりワイングラスを床に叩きつけた。もちろん、粉々に砕け散る。桃がビクリと体を震わせた。
「……何してんの」
私が冷めた目で烏羽を見つめても、やはり気にしていないようだった。むしろ、楽しそうに笑う。
「いや、その顔だよ、瞳子ちゃん。騙しがいがあるよね。さあて、瞳子ちゃん」
さっきから、私の名前を連呼しすぎだ。烏羽は割れたグラスを拾い集める。
「烏羽さんの魔法、見せてあげるよ」
烏羽が持っていたのはグラスの欠片だったはずだ。しかし、烏羽の手には割れる前のワイングラスがあった。桃の私の服を握る手が強くなった。
「……手品だろ?」
「魔法だけど? ほら、『マジシャンは魔法使いを演じる役者だ』って言うでしょ?」
「今、手品って認めたぞ」
烏羽はしまったと言いたげな表情をした。それからグラスを脇に置き、ニッと笑う。並みの女子ならばときめいてしまいそうだった。
「という事で、俺は烏羽柳哉、《奇術師》だよ。よろしくね」
胡散臭い笑顔を浮かべる烏羽。その目は笑っていないようにも見えた。
映画館のようなシアタールームを出る。二階は他にアトリエがあるようだった。『アトリエ』とクレヨンで書かれた木札がかけられていた。桃がそちらに駈けてゆき、引き戸を開けて中を確認したあと、こちらに帰って来た。
「誰もいないよー。学校の図工室みたいだった。石膏像が並んでいて、イーゼル? それがいっぱいあったの。壁によくわかんない絵がかかってた」
桃が早口でまくし立てる。私は桃が絵描きであることを思い出した。
「あと、行っていないお部屋ないし、三階行こ?」
桃はそういって階段の方へ向かった。
そして三階。内装は二階とあまり変わりはない。ただ、二階よりも部屋数は少なく、みたところ二部屋しかない。
「まず、あっちからいってみよ?」
桃がアンティークの両開き扉を指差す。このフロアで一番大きな部屋のようだった。
わざとかどうかは分からないが、階段の手すりよりも古びた取っ手をひき、中に入る。扉の音がギィと鳴った。インクの匂いがする。壁に沿って大きな本棚が置かれ、天井までところ狭しと本が詰められていた。目につきやすいところに『第二十七回目滞在者様の著書』と書かれたコーナーが出来ていて、マンガと小説が入っていた。もちろん、マンガは桃の描いたものだ。
「うわぁ! 図書室だ!」
桃がきらきらと目を輝かせながら辺りを見渡す。
「桃、読書好きなのか?」
私が聞くと、桃はぶんぶん首を縦に振った。
「モモセは結構図書館には行っていたの。よく神話の本とか読んだなぁ」
ぼんやりと桃は宙を見つめた。図書室というだけあって、椅子と長机も完備されていた。机の一部に堆く本が積まれている場所がある。
「……誰かいるのか?」
積まれた本の後ろに回り込む。するとそこには。
「……! うわっ!」
その少女が小さく叫ぶ。私はそんなに恐ろしい顔をしていたのだろうか。桃もこちらに寄ってくる。
「誰かいたの?」
桃が少女の顔を覗き込む。「可愛い!」と桃が言うと、少女は顔を赤くして、読んでいた本で顔を隠した。
「ひ、人がいっぱい……。くるみ、そこまで可愛くない……」
小さな声で少女は呟く。私と桃に言っているのか、独り言なのかは分からない。少女の切り揃えられた前髪は長く、ふわふわの髪をお下げにしている。大きなたれ目は潤み、頬は真っ赤になっていた。セーラー服の上にだぼだぼとしたカーディガンを着込み、長めの袖の先から指が見える。
「モモセはね、百瀬桃って言うの! こっちが瞳子ちゃんだよ! キミは?」
桃は可愛い女の子の前だとテンションが上がるようだ。私の前ではローテンションなのは言うまでもない。
「は、榛くるみ……」
くるみは少し本から顔を上げたと思えば、また赤くなって本に顔を埋めた。
「榛くるみ。あ、あの小説家の」
榛くるみといえば、いくら世間に疎い私でも知っているほどの有名な小説家だ。デビュー当時の彼女は小学生で、小説の賞をもらってはにかむところが印象にある。その時から今まで、名作を多く生み出しているらしい。らしい、というのは、私は普段ゲームしかしないため、小説をあまり読まないからだ。ただ、榛くるみ作品はメディアミックスはほとんどされていないらしい。私の知らないところでしているのかもしれないが。
「くるみはね、《文学者》ってことで呼ばれたらしいの」
私と桃の方を見て、くるみは言った。暫しの沈黙のあと、くるみは目を逸らした。
「…くるみ、お話しするの苦手だから……。つまらない子でごめんなさい」
「いや、そんなに気にしていないぞ」
くるみはまた赤くなり、本を読む。
「……今度時間があったら、くるみとお話ししてね? 面白いお話し、考えておくね」
私はああと返事をし、名残惜しそうな桃を連れ、図書室を出た。
三階には図書室の他に音楽室があった。中にはもちろん楽器があった。木琴やバスマスター、壁にはギターやベース、名前の分からない楽器も置いてあった。前に出会った照柿二三が喜びそうな部屋であった。まあ、もう既に訪れているのかもしれないが。ここには誰も居なかった。
私は桃に促されるがままに、上に登る。四階もやはり今までの階と変わりなかった。やや入り込んだ造りになっているようではあった。
「コンピューター室とかあるよー。あとこっちは、技術室……? その向かいにもう一個アトリエがあるね」
桃の大きな独り言だ。あっちにこっちにうろうろしている。
「まずはこのコンピューター室に行こうかな?」
チラチラ私の方を見ながら、桃は扉に手をかける。何だか私は嫌な予感がした。部屋から話し声が聞こえる上に、その声は何だか言い争っているように聞こえるのだ。
「お邪魔しまーす……」
「貴様、この僕に歯向かったことを後悔させてやるぞ……?」
「へぇ、パソコンしかいじれないのにどうやって? キーボードで人を殴ったり?」
「キーボードのありがたみが分からないとは、貴様はマウスしか使えない阿呆なんだな? あと、そっちはワークステーションだ」
桃はそっと扉を閉じた。私も正しい判断だと思う。何やら小さな子ども二人が喧嘩していた。
「桃、違うところ行くか」
桃は首を横に振り、もう一度扉を開けた。
「ねぇ、キミ達。どうしたの?」
きっと精一杯のお姉さんスマイルを浮かべて桃が言った。いつもの表情で私は続く。
「何、オマエ。ボクに何の用?」
「また愚民が増えたか」
少年たちがこちらを向く。彼らは同じくらいの背丈で同じくらいの歳に見えた。
「ねぇ、オマエら、聞いてよ。このクソガキがボクに歯向かうの。パソコンしかいじれないのに」
少年の片割れ、うさぎの帽子をかぶった方が言った。くりくりとした瞳にもっちりした肌。可愛い少年であるはずなのに、仏頂面のせいで台無しだった。真っ白い制服の袖を手が見えないほど余らせていた。うさぎが好きなのか、うさぎのアップリケのついたポシェットを肩に下げていた。少年は片手にタブレット端末のようなものを持っている。
「貴様よりは年上だ。貴様の方こそ、ロボットしか作れない無能だろう?」
愛らしい声で棘のあることを言う少年だった。私にはどちらも同じ年に見えるのだが。その少年は特徴的な髪型をしていて、右半分が黒髪、左半分が白髪だった。ミミズクのようにぴょこんと髪がはねている。右目に眼帯をし、白衣を着こんでいる。ネクタイもネイルも白黒で、何だかデスゲームに出てきそうだった。
「まぁまぁ、二人とも……」
「というかさあ、オマエら誰?」
うさぎ帽子の少年が私と桃を睨み付ける。桃は怯んだようだ。
「ハッ、貴様は無知だな。派手な金髪のことは知らないが、そっちのボサボサで目付きの悪い奴は緋瞳子だろ? ゲーマーの」
白黒の少年が鼻で笑う。私のことを知っていたのはいいが、なんかムカつく。
「モモセは百瀬桃だよ……」
桃はすっかり小さくなって、私の後ろに隠れた。
「ふーん、聞いたことナイ」
「ラビットピーチだろ、よく知らないけど」
「オマエも知らないんジャン」
うさぎ帽子の少年がニヤッとした。白黒の少年はむうと頬を膨らました。
「……お前達こそ何者だ」
意気消沈した桃に代わって尋ねてみた。決して、こいつらに興味があるというわけではない、多分。
「このボクを知らないとは。ボクは月白唯兎。どうやらここには《ロボットエンジニア》で呼ばれたらしいね。とにかく、ロボット作りが特技。よろしく」
うさぎ帽子の少年が言った。ポシェットをあさって何やら紙を取り出した。それは私も持っている招待状で、私のものと違うのは、名前と《ロボットエンジニア》と書かれているところだった。
「ロボット限定のエンジニアとは、無能もいいところだな。愚民どもにわざわざ教えてやるが、僕は墨雪代筑。《ハッカー》をしている」
いちいち一言余計なガキだった。唯兎もイラッと来たのか、「全国のロボットエンジニアに謝れ」と、代筑をすごい形相で睨んでいた。
「ハッカー……、他人のパソコン乗っ取ったりするの?」
私の後ろから桃が顔を出す。代筑は呆れたように鼻を鳴らす。
「貴様、頭の悪そうな見た目だと思っていたが、本当に悪いのだな。貴様が言っているのはクラッカーだろう? ハッカーは簡単にいえば、コンピューターに詳しい人。僕は普段主に依頼を受けてプログラミングをしている。他人のパソコンを乗っとることは仕事じゃない」
蔑む冷たい目をしながら代筑は淡々と言う。桃はさらに怯えて、私の後ろに隠れた。
「なら、プログラマーと名乗れば?」
私が言うと、代筑は私の方を向き、「ハッカーの方がなんかカッコいいだろこのボサボサ」と言った。どうやら私のげんこつが欲しいようだ。
「瞳子ちゃん、他行こ……」
二人を置いて、私はそっと外に出る。しばらくしたら、また言い争いの声が聞こえた。
代筑にボロクソ言われ、落ち込んだのか、桃はすっかり大人しくなってしまった。
「桃、体育館戻るか?」
私は桃に聞きながら、リュックサックから携帯電話を取り出す。時刻を見ると、まだ午後一時には遠かった。
「ううん、いい」
桃はそういうと、隣の技術室を開けていた。さまざまな工具や金属の塊が置かれていた。これでロボットを作るのだろう。ここには誰もいない。桃がほっとしているように見えた。
「もう一つのアトリエはどうなっているのかな?」
「……二階と一緒じゃね?」
私の言うことは聞いていないのか、桃はアトリエのドアを開ける。
部屋の広さは二階と変わらないが、置いてあるものが違う。等間隔に違う種類のミシン三台が並び、部屋の角にトルソーが寄せてある。中央には大きな作業台があり、色とりどりの布が広げてあった。硝子の戸の棚にはビーズや毛糸が入っているように見えた。この部屋はどうやら手芸のための部屋である。
そして部屋の中央、作業台の前で、一人の少年が私と桃を見て目と口を丸くしていた。
「誰だてめえら! 入る時はノックの一つでもしろ!」
少年がこちらを指差し、顔を真っ赤にして叫ぶ。私と同じくらいの年の少年で、前髪をヘアピンであげている。眉毛は太く、まろまゆで、黒目が細く猫のようだった。猫の方が可愛いが。少年は学ランの上着を肩にかけるという独特の着方をしていた。耳や腰に動物ストラップのようなものがついている。手首には趣味の悪い大きな青い石のブレスレットをしている。やけに色の白い少年だった。
「他人に名前を聞くときはまず自分からだろ」
私がそういうと、少年は小さな声で何やら言った。
「浅縹だ」
聞き取れたらしい私の後ろの桃が反応した。
「浅縹……。もしかして、《人形作家》の浅縹紬さん……? ……男の人なんだ」
正解のようで、紬の白い肌がみるみる赤くなった。
「そういうこと言われるから本名名乗りたくないんだよ! オレは立派な男だ! 紬なんていう名前だろうが、人形を作っていようが、男だからな!」
桃は縮こまって、私の服をぎゅっと掴む。紬はげほげほと咳き込んだ。興奮しすぎのようだ。
「モモセ、浅縹紬さんのお人形が可愛くて好きでね。でも、女の人だと思ってた……」
紬は頬を赤くしたまま「ありがとよ」と呟いた。後半はどうやら聞こえなかったようでよかった。
「というか、オレは名乗ったんだ。てめえらも名乗れや」
紬がこちらを睨んでくるので、私が睨み返すと、紬は怯んだのか、目を逸らした。
「私は緋瞳子だ」
「百瀬桃、《魔法少女》だよ」
ふうん、と紬は相槌をうつ。それで、腕を組んだまま言った。
「オレは男の中の男を目指している。てめえらと馴れ合うつもりはないからな」
私もそうだといいかけて、やめた。
四階の他の部屋は二つは鍵がかかっていて入れず、ひとつは何もない部屋だった。
「なんなんだろうねー、この部屋」
機嫌を治したのか、桃が私の回りをうろうろしながら言った。
「多分、アイテムとか取ると入れるんだろ」
私が適当に答えると、桃はおお、と感心する。
他に四階に見るところは無さそうなので、五階に向かうこととする。
「ここは他の階と少し違うね」
桃のつぶやき通りに、五階は温泉旅館のようであり、少し硫黄の香りがした。
「あ、温泉があるよ」
桃の人指し指の先、温泉マークのついた暖簾があった。赤と青があり、男女別になっている。
「……開かないね」
引き戸に桃が手をかけたが、びくともしない。よく見ると、横にパネルのようなものがある。
「風呂入るのに、鍵とかがいるんじゃないのか?」
私が言うと、桃はなるほどと手を叩く。
「じゃあ、もう一つの部屋に行こ?」
桃の言うあともう一つの部屋。そこは……。
「天国だな……」
「瞳子ちゃんの本領発揮だよね」
新旧さまざまなアーケードゲームの並んだ少し暗い近未来的空間、言うなればゲームセンターがそこにあった。奥にも扉があり、部屋があるようだった。
「桃、私一時までここにいるから」
「瞳子ちゃん、目の輝きが違うよ」
早速私はリュックサックから手袋を取り出そうとした時。
「奥の部屋、見てからにしない?」
桃が私の服をぐいぐいとひいて奥の扉まで連れていく。しょうがないので、黙ってついていく。
奥は白を基調とした部屋で、硝子のケースに据え置き型ゲームが並んでいた。中央に大きなモニターがあり、向かい合うように白いソファーと低い机が置かれていた。私の肩の高さくらいの棚が数多くあり、ゲームのソフトウェアが整然と並んでいた。私の部屋とはえらい違いだ。
「よし、こっちの部屋に一時までいる」
「瞳子ちゃん、他のところも行こうよ」
呆れたように桃は笑う。私は軽く舌打ちをした。
「ククク……、新たな者が現れたようだな……」
突然に、意味ありげな含み笑いが聞こえた。私のエデンにも誰かいるのか。
「初めましてだな、緋瞳子に百瀬桃……。我が地上に降り立ちし折の名はラズベリィ・メラムプース……。《占術師》だ」
彼女は大げさな抑揚をつけ、そう言った。しかし、両手いっぱいに持っている乙女ゲームのせいで、台無しであった。
真っ白いとんがり帽子に同じ色のマント。マントの裏地は星空のように見える。アシンメトリーな墨で塗り潰したほど黒い髪。目は空を思わせる色のオッドアイ。背が低めで、桃と同じ年に見える。いわゆる、中二病というやつなのだろう。
「メラムプースってギリシャ神話の占い師だよね?」
桃が嬉しそうに聞いている。
「左様。我も占術師と呼ばれる故、良いと思ってな。畏れ多くも名乗らせていただいておる」
彼女の表情が緩んでいるように見えた。
「じゃあ、お前の本名って何だ?」
私が聞くと、彼女は驚いたようにこちらを見る。
「我が真名を聞きたいと? ……よかろう。我とお主らがこの島に呼ばれたのも運命。ならばその環に沿うべきであろうな」
彼女は持っていた大量の乙女ゲームを綺麗にまとめて脇に置き、一つ咳払いをしてから、両手を広げる。
「我が真名は舛花市子だ。いちごではないぞ?」
ニヤッと市子は笑った。ここは笑うところなのか、どうか。
「そう言えば、市子。お前はどうして私の名を知っていたんだ?」
再び乙女ゲームを抱えだした市子を止めてから聞く。市子はクククと含み笑いをしてから答えた。
「我の『占術』でそうでたのだ。この部屋に緋と百瀬が来るとな……」
「市子ちゃんは何占いをしてるの?」
桃がぐいぐいと聞く。市子も「うむ」といい、また口角を上げる。
「東洋占星術に西洋占星術、人相占い……割と何でも可能だ。但し、一番得意なのは予言だな」
「予言?」
桃が首を傾げる。さきほど私と桃が来ると言ったのもそれだろう。
「我が授かりし力を使い、未来や過去を見透すのだ。信じられぬようであれば、特別に対価を免除し披露しよう」
市子はそう言うと、乙女ゲームの束の隣の青い石が綺麗な天球儀を手に取った。
「ただの好奇心で聞くが、普段は一回いくら何だ?」
「十分千円、学割ありだ」
市子の瞳に私が映る。吸い込まれそうだった。
「まずは緋。お主は自身の意思とは関わらず、この島の者と関わりを持つだろう。そして、近日中にお主の人気は高まる」
静かに市子は告げた。思ったよりも分かりやすい表現をしてくれた。――外れて欲しいと願う。
「そして、百瀬よ――」
市子はそういったきり、黙った。眉をひそめる。桃はガラス玉のような目で市子を見つめ返した。
「――お主の心的外傷の一つが解消される」
沈黙が流れる。桃の目に生気が戻り、うんと頷いた。
「まあ、我の言うことは未来の一種だ。お主らの行動一つで簡単に変わる」
一番確率が高いのを言ったがな、と市子はつけたし、今度はハードウェアの方を物色し始めた。
「当たるかなぁ?」
桃は一言、呟いた。
市子の予言は早速当たりそうだ。ここに居たいと思う私を桃はぐいぐい引っ張って、ガラス張りのエレベーターに乗せた。反発しようともしたが、年下相手にムキになるのもダサいので、私は大人だという雰囲気を出しながら大人しく従う。
「嗚呼、ラズベリィ様。一瞬でも疑いの心を持った私をお許しください……」
「……瞳子ちゃん、どうしたの?」
今まで訪れたフロアの様子を見ながら、ゲームの部屋に思いを馳せる。そんな私を怪訝そうに桃が見ていた。
「桃、次はどこに行きたいんだ?」
このエレベーターは下っているので、下の階ではあろうが。
「あとはねー、地下一階と中庭と外」
「そんなに行くのかよ……」
指折り桃が数える。なおさらゲームセンターに戻りたくなった。
チーンとベルの音がして、エレベーターは止まった。ランプがB1に灯っている。扉が開くと、塩素の臭いがする。地下であるからか薄暗く、壁紙は深海のような青だった。
「プールがあるんだね。モモセ、泳げないからなぁ」
肩を落とし、ため息をつく桃。
「泳ぐにしても、水着がないだろ」
「そうだったね」
桃はどこか安心しているように見えた。
「じゃあ、プールは見なくていいな。早く中庭と外に行くぞ」
私が言い終わる前に、桃はプールへ向かって行った。私も大人しく後に続く。
プールはプールであり、特に変わった所はない。五十メートルもある広いプールだ。敷いてあるマットは柔らかく、裸足の足の裏に優しい。プールサイドにはパラソルと寝転がれる椅子が置いてある。水の音が涼しく、心地よかった。
「あー、誰? お姉ちゃん達も泳ぐ?」
声変わりを迎えていない少年の声がプールの中からした。飛び込み台の近く、一人の少年がこちらに近づいていた。健康的な褐色の肌。アホ毛がひょこひょこはね、八重歯が覗く。程よい筋肉のつき具合に、濡れた肌。あどけない笑顔と反して、色っぽく見えた。
「泳ぎたくても水着無いぞ」
「向こうの物置にいっぱいあった!」
少年は遠くを指差しながら、足をバタバタとさせた。水の飛沫が飛ぶ。
「でも、モモセ泳げないし……」
「じゃあ、俺が教えてあげる!」
食い気味に少年は身を乗り出しながら言う。真夏の太陽みたく笑った。
「あ、俺、檳榔子汐太! 《競泳選手》らしいよ! よろしく!」
片手にブイサインを作る汐太。その姿に見覚えがあった。
「そう言えば汐太君、新聞に出てたよね?」
桃が語りかけるので思い出した。テレビのニュースでも話題になっていた少年だということに。島育ちの名も知らぬ少年が、大会で世界記録を叩きだしたということで大々的に報じられていた。コンビニで見かけた全国紙で、笑顔でブイサインを決めているのが印象深い。
「うん! 優勝だもんねー」
あの記事と同じ屈託のないまっすぐな笑みを私に向ける。まぶしい。
「お姉ちゃん達は何と言う名前で何やってる人達?」
汐太はプールから上がり、飛び込み台に腰かけた。競泳用のぴったりとした水着を着ていた。
「モモセは百瀬桃で魔法少女だよ」
「緋瞳子、ゲーマー」
腕を組み、うんうん頷く汐太。
「桃姉ちゃんに瞳子姉ちゃん。今度は一緒に泳ごうね!」
曖昧に、桃は頷いていた。
プールを出ると、謎のオブジェが目に入る他に、さきほどの階段も見えた。階段で上に登ろうと思うが、下へ続く階段があろう場所には鍵のかかった白い扉があった。
「ここも鍵がかかっているね……」
ガチャガチャとドアノブを回しながら、桃は呟く。何となく、重い空気をあの扉の向こうに感じた。
階段を使って一階に戻り、中庭の案内表示に添って歩く。玄関と正反対の位置にあるガラス戸を開けると、ふわりと花の香りがした。
薔薇のゲート、お洒落な石畳に、中央には洋風な花壇と畑があった。庭の奥にはビジネスホテルのような建物が二つあり、どちらにも『寄宿舎』という看板が立っていた。
そして花壇の前に、一人の少女がいる。彼女はぼんやりと花を見ているように見えた。
「桃、あいつの邪魔はよくないから、戻るか」
私が桃に声をかけた時。
「私は大丈夫。邪魔じゃないよ?」
こちらの会話が聞こえたのだろうか。少女はこちらに向けてにっこりと微笑む。優しく、しつこくない綺麗な声だった。
「どうせなら、少しお話しない? まだ少し時間もあるから」
彼女は花壇の縁に腰掛け、私と桃を手招きする。私は少女とほんの少し距離を空けて座る。私の横に桃は座った。
少女は私がわざと空けた距離を詰め、私に密着する。彼女からみずみずしい果実の香りがした。肩で切り揃えた黒髪、黒い濡れた瞳、長い睫毛、薄く柔らかそうな唇。頬はほんのり桃色に染まっている。平たく言えば、彼女は私の記憶にある限りでは一番の美少女であるように思えた。その美少女は慎ましやかな胸を私の二の腕に押し付けている。
「なんの嫌味だ。やめろ」
もう一度彼女と距離を取ろうにも、反対側には桃がいるため、動けない。私はここでじっとしているしかないのだ。桃は私の方をむすりとしながら見ている。
「……? 私、なんか君にしてる?」
彼女はキョトンと首を傾げただけだ。無意識でよくこのような事ができる。
「そうそう、君達の名前は? 私、仙斎款那。よろしくね」
唐突に款那は私から離れた。今までは何だったのか、考えるだけ無駄かも知れない。
「緋瞳子、ゲーマー」
「……百瀬桃」
もう何度言ったか忘れたが、私の名前を言う。款那はうんうん楽しそうに頷いた。
「瞳子ちゃん、何か誇れるものがあるなんて、すごいよね」
「……いや、私はただのゲーム廃人だ。きっと、お前の方がマシだろ」
款那は悲しげに私から目を逸らした。そして立ち上がり、私に向かい合う。
「私、どうしてここにいるのか、分からないんだ」
「それは、お前に何らかの偉業があって、招待状を貰ったんだろ」
ゆるゆると款那は横に首を振った。
「その招待状がないんだよ、私には。気がついたらここにいて、回りの人に話を聞くうちにそういう場所だって気がついて」
私は何を返せばいいか、分からない。
「私はただの一般人。ここは私にとっては場違いなんだよ」
款那は一呼吸置き、続ける。
「でも、もしかしたら何かの拍子に思い出すかも知れないしね。ほら、花屋さんとか」
にへらと款那は笑い、再び花を眺めだす。カーディガンの端を誰かに引っ張られ、そこに桃がいたことを私は思い出した。
「じゃあ、款那。また後で」
私が腰をあげると、款那は少し切ない顔をしてから「またお話しようね、瞳子ちゃん」と言った。どこか不満げに桃は私を見ていた。
中庭を出ようとした時だ。入ろうとした人にぶつかりそうになった。
「あ、すいません」
「はぁ」
その人はどこか気の抜けたような声をだした。顔を見ようと私が頭を上げたら、目があった。急いで私は目を逸らす。
女物の制服を着ている上、あらゆるところにはねている長い髪。間違いなく女性である。――いや、山吹奏の例もあるから、油断は出来ないが。制服はマニアでない私でも知っているほどの有名エリート私立高校の物。気だるげにこちらを見ている。
「私は今までこの屋敷を回っていましたが、あなた方は初めて見ましたねぇ。どちら様?」
そう言うと、彼女は私をじろじろ舐め回すように見てから、ポンと手をうった。
「あぁ、解りました。ボサボサの目つきが悪いのがゲーム廃人の緋瞳子さんで、金髪セーラーがラビットピーチの百瀬桃さん。初めまして」
仰々しく彼女はお辞儀をした。他人にまで廃人と言われると、なんだか。桃は気まずそうに会釈した。
「私は《探偵》二藍紫苑です。これから暫くよろしくお願いします」
二藍紫苑という名は聞いたことがあった。二年前、温泉旅館で事件を解決し、話題になっていた。私の家から徒歩圏内の場所に『二藍探偵事務所』があるので、その事をときどき思い出すのだ。
「ところで瞳子さん。私、見てしまいました!」
紫苑はいきなり目を輝かせた。ダルそうな雰囲気は吹っ飛んだ。
「は? 何を」
「瞳子さんはそっち系なのですね?」
ニヤニヤしながら私に近づいてくる紫苑。嫌な予感しかしないのだ。
「どっち系だよ」
「だからー、瞳子さんは女性が好きなのですよね? 先程、絶世の美少女とイチャイチャしているのを見たのですよ?」
中庭で仙斎款那にすり寄られていたのを見ていたのか。どうやら、天才探偵の看板には偽りありで、こいつの目はとんでもない節穴のようだ。
「んな訳ないだろ。あいつが一方的にくっついてきただけだ」
「ご安心を、瞳子さん。私、全く偏見は無いので。むしろ、もっと世間で普通の事とされるべきと思っていますので」
本当に二藍紫苑は天才探偵ではないようだ。私が否定しようが、聞く耳を持たない。事件を解決したのもまぐれではないのだろうか。
「まだ時間もありますし、私はもう少し屋敷を回ります。瞳子さんに百瀬さん、なんか事件が起きたらすぐに教えてくださいね? 出来れば、殺人事件で。こういう場所では大体起きるので」
紫苑は笑顔で手を振って中庭へ向かう。天才とか、探偵以前に、人としてどうかと思う。確かに、孤島で若い男女がいるといえば、そういう展開になってもおかしくはない。しかし、私が今まで会ってきた中に、そういうことをしそうな人はいない。まあ、腹の奥底では何を考えているかは分からないが。
「……変わった人だね?」
桃の横顔はどこか安心しているようだった。
毛の長いカーペットの上を通り、あの豪奢な玄関扉を開けると、夏の暑い空気が――ということはなく、室内よりも少し暑いくらいで、過ごしやすそうな気温であった。なぜかヤシの木が並んでいる。島ではあるが、砂浜などはなく、人工の島だ。――案内書きに書いてあったが。レンガの道はまっすぐ伸び、船着き場が見えた。船は今はなく、見ようによっては、私は閉じ込められているようだ。
「うん、適温」
腕を組み、桃はうんうん頷く。私はカーディガンの袖を少し捲った。
「それにしても、大きい建物だねー」
「そうだな」
私と桃が今までうろついていた屋敷を見上げる。洋風で豪華なお屋敷だった。よく見ると、屋上がある。後で行こう。
「こっちがグラウンドで、この球体はプラネタリウムだね。後で観に行こう」
桃と私の目的地は違うようなので、開会式さえ終われば、彼女と別れる事になりそうだ。
「まずはグラウンドだね。誰かいるかな?」
ナビゲーションキャラクターのような桃。プラネタリウムの反対側にあるグラウンドへ向かう。やけに大きな倉庫が目につく。運動し放題という感じだ。私はダンスゲーム以外は運動をしないと決めているため、関係はない。
くっきりと石灰でラインの引かれた地面。奥にテレビの特番でありそうなアスレチックがある。そのアスレチックの上に一人と下に一人、男女がいる。アベックではなさそうだが。
アスレチックの下にいた青年の方がこちらに気づいた。と思えば、勢いよく走り寄ってきた。
「もしや、その麗しいお姿はラビットピーチこと百瀬殿では! 百瀬殿にお会いできて、小官は感激であります!」
桃が分かりやすく引いている。気の毒だ。青年はキラキラと無垢な瞳を輝かせ、祈るように手を組んで桃を見ていた。まさに崇拝。
青年は黙っていればきっといい男だ。太陽みたいな金色の髪に空色の瞳。浅縹紬ほどではないにしても、透明感のある白い肌。フランス人形の男版のようだ。外国人みたいだが、流暢に日本語を話すものだ。ただ、服装はおかしい。どこで買ったのか分からないどこかの王子のような服。ゴツいゴーグルに深緑の首巻き、ビタミンカラーのヘッドホン。軍人と貴族の中間に見える。
「いやはや、この小官、ラビットピーチ連載当時からのファンであります故、本人と会話の機会をいただき感動の限りでありまして、この喜彩島は素晴らしき楽園であり、否、百瀬殿のいる空間であればそれは例え灼熱地獄であれど極楽のように感じ、そう、小官はこの頃百瀬殿は小官の女神で天使で妖精であると――」
「……イリア君、さすがに“モモセちゃん”も嫌がるから、止めてあげな……?」
呼吸をするように桃を称賛していた青年の肩を、先程はアスレチックの上にいた少女が軽く叩いて止めた。彼女は優しく青年に微笑みかける。
「む、小官としたことが、百瀬殿に恐怖を与えてしまうとは。失敬」
青年はしおらしくなり、四十五度に頭を下げた。桃は黙って青年を見つめた。
「迷惑のかかることはやっちゃダメだよ。せっかくここで皆と会えたから、仲良くしたいからね」
少女はにっこり笑い、胸に手を当てる。
「アタシは真朱莉々音。えっと、パスポート……じゃなくて、デスゲーム……でもなくて……」
「《トラスーズ》でありますな」
ぼそりと青年は莉々音に耳打ちする。莉々音という人物は頭が弱いようだった。
「そうそう、《トラスーズ》ってことで呼ばれたんだ。よろしくね!」
安心感と包容力を感じさせる莉々音の笑顔。莉々音は仙斎款那とはまた違うタイプの美人であった。背丈は私(中学の時、背の順は大概後ろの方)よりも高い。黒い髪を真っ赤なシュシュでポニーテールにしている。整った顔立ちに程好く焼けた肌。そして何よりスタイルがいい。制服から覗く長い手足には均等に筋肉がつき、まるで彫刻のようだ。あとは、巨乳だ。
「そして、小官はイリア・エール。《スナイパー》であります故に宜しくお願いいたします」
青年、イリアは再び深々と頭を下げた。
「私は緋瞳子だ」
「百瀬桃、魔法少女だよ」
私と桃も名前を言う。この行動は何回めだろうか。
「緋瞳子……。おお、あの瞳子殿でありますな! 瞳子殿のゲーム技術はまさに神の領域。日本には八百万の神がいるとは聞いていたのでありますが、このような事であるのですなあ」
「違うだろ」
「瞳子殿はクールでありますな」
桃ほどではないが、イリアは私にキラキラと目を輝かせる。悪い気分はしない。
「ところで、トラスーズ……って何する人?」
桃が首を傾げている。実は私も初めて聞く単語だったりする。
「えっとね、パルクールっていうスポーツ? をする人のことだよ」
莉々音は極めて簡潔にそう言った。
「莉々音殿も素晴らしいでありますよ。アスレチックを攻略するテレビ番組に出演し、完全制覇して賞金を手にしたそうであります。男性でも突破するのが難しいと言われているのに、であります。小官も莉々音殿の動画を一度拝見させていただいたのでありますが、あれはすごいですな!」
聞いてもいないことをペラペラとイリアが話す。こいつの呼吸に感心する。
「買いかぶりすぎだよ、イリア君。アタシ、ただの体力バカだし」
はにかみながら莉々音は言う。容姿と動きが合っていない。
「ご謙遜とは、その心意気に小官感服であります」
「ねぇねぇ、今ここで何か出来たりする?」
桃が興味津々に莉々音に寄る。イリアにそっくりな目をしていた。
「えっと、じゃあ、瞳子ちゃんに百瀬ちゃん。あの辺に移動してくれるかな?」
莉々音は長い指で少し離れた場所を指した。私も桃も黙って移動する。桃の足取りがいささか軽い。
「イリア君、身長どのくらい?」
「およそ一九〇ほどでありますな」
「じゃあ、大丈夫。イリア君、絶対にそこから動かないでね。頭もげちゃうと悪いし」
イリアが若干青ざめた。莉々音はニッと冗談半分にイリアに笑いかけたあと、大きく後ろに下がった。十分な距離をとり、その場で軽く跳ねる。そして一息つき、勢いよく走りだす。イリアの表情が硬くなる。思いきり踏みきって、イリアの遥か頭上を――飛んだ。
そこにいた皆が息を飲む。くるりと空中で一回転してから、イリアの立ち位置からそこそこ離れたところに着地した。砂ぼこりが立つ。莉々音が私と桃の方を見た。長いポニーテールが揺れる。
「――今はこのくらいかな? ごめんね、大したものじゃなくて」
切なく莉々音は笑う。たいしたものである。一つも無駄のない、華麗な動きであった。桃は私の横で嬉しそうに拍手をしている。
「……小官は土しか見えなかったでありますが、百瀬殿のその反応、相当なのでありますな、莉々音殿は」
なんか残念そうにイリアは言った。事実、イリアはずっと目線をグラウンドの土に向けていた。
「今度はもっと面白いもの見せるね! あとイリア君、頭の上飛んでごめん!」
ぽんぽんとイリアの頭の埃を払う莉々音。
「いえ、小官は莉々音殿の引き立て役、嫌ではないですよ。それよりも莉々音殿の『面白いこと』楽しみでありますな!」
莉々音の笑顔は無邪気なものであった。
集合時間になった。五分前にはピンポンパンとアナウンスがなり、体育館へ戻ることを促された。人間兵器のような速さで走り出した莉々音の後をイリアが続き、その後を私と桃が歩いて向かう。
私の目覚めた体育館へ舞い戻ってきた。そこにはもう既に十五人の少年少女が揃っていた。
「百瀬ちゃんと瞳子ちゃんが最後だね」
不快感を感じさせる笑顔を烏羽が向ける。いつもの調子で睨み付けると、烏羽は肩をすくめて目を逸らした。
「……やはり、瞳子さんは女性が好きなのでは」
紫苑のことはもう気にしない事にした。
『ようこそ、第二十七回目喜彩島滞在者の皆様』
スピーカーから渋いおじさんボイスが鳴り響く。皆の目線が体育館ステージに集まった。
そこにはおじさんではなく、白いうさぎのぬいぐるみが立っていた。目がキラキラとしている、メルヘンな感じのうさぎだ。“ゆめかわいい”の具現化のようだった。
『私はこの喜彩島の所有者で、交流会の企画者兼監督であるうさぎです』
うさぎは見た目に似つかわない声でそう告げる。というか、こいつの名前、うさぎなのか。もっと気の効いた名前にすればいいのに。
『つきましては、この開会式では島の簡単な規則の説明と個室・大浴場の鍵を配布させていただきたいと思います。その後は閉会式まで各自自由に過ごしていただいて構いません』
この喜彩島と言うのはかなり自由度が高いようだ。私のように部屋に引きこもるか、ゲームセンターに入り浸るということも可能らしい。
うさぎは簡潔に規則の説明をした。午後十時から午前六時まで一部の場所に入れないとか、他人を傷つける行為の禁止などをいい、最後に困ったことがあったらすぐにうさぎに言うように説明された。
『最後に、自分の名前の書いてある端末を持っていった人から、解散です』
うさぎはそう言うと、私の持っているような携帯端末にそっくりな機械をステージに並べた。
「おお、スマートだね」
桃は端末を手に取り、くるくる見回す。私も試しに電源をいれてみる。シンボルマークらしきうさぎマークが出たあと、メニューが表示される。個室鍵、大浴場鍵の他に、滞在者名簿なるものや喜彩島マップ、カメラに着せ替えモードがついている。明らかに鍵に必要のない機能がある。
うさぎは皆が端末を手にしたのを確認すると、舞台裏に引っ込んだ。各々、様々な反応をしていた。
こうして、私と奇才な滞在者達との数週間が始まったのであった。
次回は遊びます。