隣人
『お隣の大嶺さんが殺されたのは、一か月前のことです。
この清閑な高級住宅地で起きた殺人事件ということで、私も含め、近隣の皆さんはそれはそれは大騒ぎしたことをよく覚えています。
事件後、すぐに警察の皆さんが大勢、事情聴取をしに近隣の家のインターフォンをひっきりなしに鳴らしていました。特に大嶺さんのお隣、鹿島さんのお宅では、奥さんが「大変参っている」と隈をつくった目をしばたかせながら、そうおっしゃっていたのを覚えています。
それというのも鹿島さんのお宅のご主人は、どうやら大嶺さんのご主人と上司・部下の関係にあったからだそうなのです。つまり警察は、「鹿島さんが会社の上司である大嶺さんのご主人を、何らかの怨恨で殺害した」と疑っていたのでしょう。
しかし私には、鹿島さんのご主人がそんなことをするような人とは、どうしても思えないのです。
道端で会えば気さくにあいさつをしてくださったり、趣味で釣ったお魚をおすそわけしてくださったり。
そんな方が人殺しであるはずがない、と私は思うのです。
もちろん「人には必ず、誰も知らない心の闇がある」ということも承知しています。ですから、鹿島さんのご主人が、ほがらかな笑顔の中に秘めた殺意を抱えていたことも、もしかしたらあるのかもしれません。
しかしそれはありえないのです。
私が、大嶺さんのご主人を殺したからです。
もうこれ以上、他の関係のない方々に辛い思いをさせるわけにはいきません。
どうかこの手紙をもって、罪を償わさせてください』
そして男は手紙を投函し、鹿島の表札の家へと帰った。