第2話「葬式と失恋のタンゴ」 3
言葉はなんだって、口にするのは容易い。
だから、いつだって言った後で後悔するのだ。
――あたしは鈴木田さんの、お葬式にゆく。
体は死んじゃったけれど、心はまだあたしの中に生きている、鈴木田さんのお葬式。
考えてみれば、鈴木田さんの事はたいして(というかほとんど)知らない。
まるでこれから、それを知るために行くようなものだ。
お母さんは、そんなあたしに何も聞かなかった。
――聞かれないから、語るしかない。
あたしは今まで嘘を吐いたりしたとき、決まってこのやり方に引っかかって嘘がばれた。
あまりに単純だが、あたしを産んだ人の眼差しから、逃げおおせる事は出来ない。
でも今度ばかりは、嘘をつき通したいと思う。何故だか分からないけれど、その思いはかなり強く湧き上がってくる。
「鈴木田さんって言うんだ。この携帯の人……」
『どうして知っているの?』とは、お母さんは言わない。あたしの口は、止まらなかった。
「携帯の、オーナー情報を見たの。それに、多分この人、あたしの命の恩人かも……」
『命の恩人』のフレーズにお母さんは、少し不思議な顔をした。少し超展開過ぎたか……。その分、あたしの口は滑らかになる。
「男の人で、おじさんで、いつも朝のバス停で一緒だったから。顔はよく知ってて。でも名前は知らなくて。そう、作業服なの、いつも。結構真面目な人で、あたし態度が悪いとかって、たまに怒られたり……。挨拶はいつもおじさんからだった。でかい声で、うざかったけど、もう慣れてて。もう直ぐ卒業だから、最後は名前くらい聞いとこうかなあなんて思ったり。それが事故で、あんなになって、あたし気を失ってて、おじさんが叫んでくれなかったら、死んでたと思う――」
「そうだったの……」
お母さんの声が、まるで久しぶりに聞くように、あたしの頭の上から聞こえる。
あたしは泣いていて、お母さんに抱かれていた。
「おじさんの、おかげ……で、あたし生きてる。携帯、返して、家族の人たちに、お礼を言わなきゃ……」
「そうね。きっとご家族も、聞きたがっていると思うわ。お葬式の事はお母さんが準備するから、美弥は少し休みなさい。大丈夫よ。相手の方には、お母さんが連絡しておくから」
話の流れで、あたしは鈴木田さんの携帯をお母さんに預けた。それから自分の部屋に入り、ベッドに倒れこんでぼんやりと窓を眺めてみる。今の心にまったく似合わない青空が見えたから、あたしは起き上がってカーテンを閉めた。
薄暗くなった部屋でぼんやり立っていると、自分の中に別の人が二人も居るなんてことが、信じられなくなる。鈴木田さんも大下さんも、そんなあたしの心を知ってか、気配を薄くしてくれている。
(ちょっと、眠ろう――)
そう思った時、お母さんのノックの音――。
「美弥? 今、担任の先生から電話があってね、今度の事はクラスの皆さんにも説明してあるから、心配しないで落ち着くまで休みなさいって……。いい?」
「うん、わかった――」
話を聞いて、あたしは自分のスマホが何かのはずみで、電源が切れていることに気づいた。ボタンを押せば、スマホは何もなかったように目覚めるだろうか。それとも故障でもしたのだろうか。それを、今確かめる気にはなれなかった。
(あたしは鈴木田さんみたいに、たくさん安否確認されるほど好かれていないし。)
そんな、ひがみのような事を考えながら、だけど、徐々に気になる。
ベッドに横になって、手探りでスマホをとり電源ボタンを押すと、よく知ったバイブが手の平を揺らした。
――偶然の着信?
鳴るに任せても置けずディスプレイを見ると、同じクラスの野島依子である。
そう親しくはないけれど、クラスのみんなとなんとなく距離を置いているあたしと、仲間外れの依子は、他人から見れば同じ括りと思う。
電話はなかなか切れず、あたしはつい出てしまったが、ちょうど同じに電話が切れた。
依子には悪いけれど、あたしは少しほっとしながら、あらためて目を閉じる。
(友達かあ……。あたし、そういえばこういう事何でも話せる友達、いないなあ……)
鈴木田さんや大下さんには、そういう友達がいただろうか。
そんな事を考えながら、眠りについた。