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第2話「葬式と失恋のタンゴ」 1

「まあ異常はないからなあ……。帰り道、気をつけてなあ……」


 やっと診察が終って病院を出るとき、おじいちゃん先生はわざわざエントランスまで見送りに来てくれた。付き従う看護師がまるで介護の人のように見えた。

 それにしても、先生は最後まで、あたしの体に異常が無い事を残念がっているようだ。その疑問に、看護師が答える。


「小根山先生は、気に入った患者さんが退院するとき、必ずこう言うんです。良かったら、遊びに来てね? 美弥子さん?」


 この看護師も、最初からあたしの世話をしてくれて、ちょっと怖い感じのおばさんだけど、今は少し好きになっている。


「美弥子さんは私の後輩なのよ。横北女子(高等学校)――、懐かしいわあ」


 ――そういう事だったんだ。


 あたしは、今回大変な目に遭っているが、色んな人とのつながりを持つ事が出来た。

 きっと今までだって、色んな人に支えられて、迷惑をかけてきたのだとも思った。


「また来ます! 必ず!」


 あたしがそう言うと、お母さんは目を丸くしたが、おじいちゃん先生は笑っていた。

 そして駐車場へと向かうために玄関を出るや、記者らしき数人が詰め寄ってくる。

 こんなつながりは正直迷惑。でも記者たちはお母さんと二、三、言葉を交わすと離れていった。


「お母さん? なんて言ったの……?」


「警察発表だけで十分でしょ?って。それに、マスコミ関係に顔の利く人を知ってるの。うちの常連さんでね。その方の名前を出したら一発よ」


 お母さんはいたずらっ子みたいな顔で笑った。


(うち(スナック)の常連さんか――。お母さんの彼氏とかかなあ……?)


 私は複雑な顔で笑ったと思う。けれど――。

 車に乗り込む直前に、たった一人、記者らしき男が現れた。

 その男は白いしわしわのワイシャツでノーネクタイ。髪は洗っていない系のつややかさで無精ひげ。絵にかいたような不良記者だと直感した。


(きっと不倫とか、そういうネタを漁るような記者だ!)


 お母さんの牽制を無視して、男は一言。


「おれは権威とか、そういうの関係ないんで。娘さんに、いっこ、聞いていいスか」


 男の口調は棒読みで、生気がないのに迫力がある。


「な、なんですか!? いきなり――」


 お母さんの声は男にとって許可のしるしと受け取られたのだろう。無遠慮な棒読みがあたしを襲う。


「鷲尾美弥子さん。どうやってバスから脱出できたの。横転したバスの、脱出できそうな窓は、きみの背じゃ足りない。教えてくれ――」


 男は質問をしっぱなしに、名刺を出し始めた。あたしが答えない事を分かっているようだった。


「ああ、おれは横北新報の事件記者――上岡文也かみおかぶんや。また、いずれ」


 そう名乗った男は、かっこよくもないくせに格好つけて去ろうとしたが、一旦足を止めると戻ってきた。身構えるあたしに、男は言う。


「そう、きみの他の生存者の一人。男の方が、さっき死んだよ――」


(う――)


(そ――)


『パーンッ!!』


 あたしのビンタが先だったか、涙が溢れたのが先だったか、分からない。

 けれど、これだけは言える。


 あたしはこいつを許さない――。


 呆然とするお母さん。無言で再び去る男。そして、あたしの中で微かに震える鈴木田さん。


「いいんだよ、美弥ちゃん。むしろ教えてもらって、ふっきれた。俺、多分、こういう運命だったんだよ。その代りって言っちゃなんだけど、美弥ちゃんが生きてる。俺の最後の願いは、きみが助かる事だったんだ。あの時、俺はもう自分を諦めてたし。遺体が残ってただけで幸せってもんだ――ハハ……」


 なんだろう。心の中が濡れる。

 今まで感じたことのない、不思議な感覚。これが、あたしの中の鈴木田さんの涙。自分以外の人のこころ。

 こんなに重くて、こんなにもろい。


「みや……? 美弥……? いったい、あなた――」


 お母さんはあたしを抱きしめなかった。

 あたしもそれを望んではいない。

 どこかから、暗さと情熱とをかきまぜたような音楽が聞こえてくる。それがなんという音楽なのか分からないけど、今のあたしにぴったりの曲だと思う。


「お母さん、帰ろう……」


 あたし達は車に乗り、バス事故の現場を避けた遠回りの道で帰った。


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