第1話「こんなの奇跡じゃない!」 5
緊張のCT検査が終わり、お医者様から結果を聞くために入った診察室にて。
「うーん。異常はないなあ……。うーん。健康そのものだなあ……」
お医者はおじいちゃんと言ってもいいくらいで、あたしの頑健さが納得いかないような言い方をする。
「うーん。やっぱり、異状はないなあ。きみねえ、なにか気になる事はない?」
「あ、はい……」
どこか痛いと言った方がいいのかなあ、とか思ったけど、残念ながらどこも痛くはない。
でも、気になる事はあった。それは多分、顔に出ていたから、お医者様はもう一度言った。
「なにか、あるよねえ? ない方が、変だわいなあ?」
あたしの顔を覗き込む目は、やっぱりそこら辺のおじいちゃん。だからあたしは、遠慮もなく訴える。今、一番気になっている事を。
「あの事故であたしの他の人たちは、どうなったんですかっ――!?」
その質問が診察室の空気を凍り付かせたことを、あたしは二人立っている看護師の様子で気づかされた。
(まさか……やっぱり……。鈴木田さんが言った通り……)
でもすぐに、氷を溶かす穏やかな声が聞こえた。
「この病院には、きみだけだなあ……。重傷者は、もっと大きな病院に行ったなあ……。きみ、知り合いなんだね?」
「――――っ!?」
どうして解ったんだろう。おじいちゃんは名医だと、あたしは勝手に決めつけた。
そしておじいちゃんがヒョイと手を挙げると、看護師の一人が答える。
「横北山総合病院に二名です。あとは……」
(亡くなった……? でも、二人……生きてる……?)
他の人たちにはとても申し訳ないけれど、あたしはその生存者二名が、鈴木田さんと大下さんである事を願った。
「あのっ!! 男の人か女の人か、分かりますかっ!?」
あたしの勢いは看護師を驚かせたようだったけれど、帰ってきた答えは冷静そのもの。
「さあ、そこまでは分からないけれど。ごめんね……。お知り合いなの? 良かったら名前を教えてくれないかしら。ちょっと調べてみるから――」
とても親切な看護師さんで、あたしはすがるように鈴木田さんたちの名を出そうとした。
――その時。
鈴木田さんと、大下さんの声が、あたしの中に響いた。
「待ってくれ――?」
「待ちなさい――!」
二人の声は今までと違って、厳しさと、焦りのような感覚が伝わってくる。
そしてあたしの体は、小刻みに揺れ始めた。それが二人の心の『震え』なのだと分かるのに、そう時間は要らなかった。
「美弥ちゃん? すまんが待ってくれ。俺、こころの準備が、実はまだ――。その病院に居る男が俺じゃなかったら……それは俺が死んでるって証明になるわけで――。もちろん覚悟はできてたけど、やっぱり目の前にすると、怖いよ――。ハハっ、情けねえなあ俺」
――あたしは、絶句する。
あたしは生きてるから、なんにもわかっちゃいなかった。鈴木田さんの心を。不安を。
それは大下梨夏さんも同じ――。
「――それに、さ。私たちは今、まるで現実と夢の間のような曖昧さの中に居る。もし、この男の言う通り、生き死にが証明されたらどうなるかしらね? 死んでいれば、私たちは消えるかも知れない。生きていたら、戻るかも知れない。なにがどうなるか分からない。まるで予測のつかない。ありがた迷惑な奇跡よ――」
(――ありがた迷惑な、奇跡)
本当に、そうかもしれない。
あたしはようやくにして、今自分の身に何が起きているのか。そして、自分以外の心を抱えていくことが何を意味するのかを、理解した。
不便とか、迷惑とか、そういう事ではない。あたしは今、鈴木田さんであり、大下さんなのだ。二人の人生を、背負ってしまったのだ。
随分長いこと沈黙していたかも知れない。看護師さんが、心配してあたしの肩をさすってくれた。ぼんやり前を見ると、おじいちゃんが優しい目で見ている。
「とにかく……奇跡やったなあ……。きみ、頑張って生きていかないかんで……」
おじいちゃんの言葉に、あたしは頷く。
でも、心の中で正直に、一つだけ反逆をさせてもらったのは――。
(「こんなの奇跡じゃないっ――!?」)
鷲尾美弥子、十八才。
あたしの青春は、どこに行くのかなあ――。