第1話「こんなの奇跡じゃない!」 3
「うそっ……でしょ!? 鈴木田さん。あたしの中……他に誰かが居るとかって?」
確信はしていたが、あたしはそれを認める訳にはいかない。おっさん一人だって手に余るのに、もう一人とか……気持ち悪すぎる。
あたしは本当に気分が悪くなった。それに追い打ちをかけるように、あたしの中はタバコの煙で一杯になる。
「ケホッ、確かめてよ……鈴木田さんっ!? そこに居るのは誰なの!? あのアラサー?」
「確かめろって言われても――なあ?」
おっさんの非協力的な返事で、あたしの怒りの導火線に火が付く。
「いいからっ!! 確かめなさいよっ!? 今すぐっ!! 鈴木田さんに断る権利なんて無いんだからっ――!?」
叫んで(もちろん心の中でだが)、すぐに後悔できる嫌な言い方をしてしまった。
けど、もう遅い。きっとおっさんは、深く傷付いただろう。
(――ああ、あたしって、なんてやなヤツ)
この気持ち、おっさんに伝わっているだろうか。
(でも、でも、許してよ――あたし女子高生だよ? 子供だよ? それがおっさんとかに心の中に入りこまれて、普通でいられるわけない――)
なんか、泣けてきた。つい一時間前までは、どこにもいる女子高生だったのに。週末はバイト代が入るから、洋服買って映画見て……楽しみにしてたのに。お母さんの誕生日も近いけど、おそろいのティーカップをプレゼントする気持ちには、もうなれない。
「ポトリ」と、涙の粒が落ちた。とても大きな粒で、泣くのはいつ以来だったかを思い出したりした。
「あのな、鷲尾、美弥子、さん……?」
おっさんが申し訳なさそうに、あたしを呼んだ。
「……グズッ――ひゃい (はい)」
そうとしか、答えようがない。
「あのな、辛い時にすまないんだけど、はっきりさせとこう。きみは、俺がきみの中にどんな風にして存在してると思ってる?」
「――ヒェ (え)?」
『どんな風に』とは――。言われてみれば、不思議だ。あたしは思いついたままを答えることにした。
「多分だけど。あたしの心の中に、四角い白い部屋があって、そこに居る……とか?」
おっさんは少しも間を置かずに、質問を進める。
「じゃあ、俺じゃないもう一人は?」
なるほど、そうきた。確かに、おっさんが部屋にいるなら、他に誰が居るかなんて、最初っから分かっただろう。
「じゃあ、いくつも部屋があるとか? 鈴木田さんの部屋。他の人の部屋。なんてね?」
「それじゃあアパートだろうに? 違うよ」
おっさんは笑いながら答えた。あたしも少し笑った。
「良かった! 笑ったな! じゃあ答えだけど――ドロドロドロドロ……」
おっさんは不意のドラムロール。どうでもいいけど、あたしの中で変な芸はやめて欲しかったりもする。
「ジャジャーン! 答えは、なんとっ! わかりませんっ!! 強いて言うなら俺は気体みたいだし、液体みたいでもある。個体ではないぞ! だから部屋は要りません。家賃も払いません!」
(――なに、それ? それにドヤ声?)
でも、あたしはそれが無性に可笑しかった。溜めた涙を吹き飛ばすように、笑った。
(そーか、そーか! おっさんは気体? おならみたいなもんだ! だったら平気かも。なんだって恥ずかしくないかも? だっておならだもん!)
笑いながらあたしは、おっさんがあたしを盛り立てる為にわざと、こんな事を言ってくれたのだと考えた。きっと、そうだ。だって、一番辛いのはおっさん……鈴木田さんなんだから。
「あのさー。イチャついてるとこ悪いんだけど、少し静かにしてくんない?」
「――え!?」
いったい誰の声かなんてこと、分かりきっている。あのタバコの、バス停でいつも一緒の、女性。やっぱり、(私の中に)居たんだ。
「だいたいねえ――。あの大事故で生きてたと思ったら、あんたみたいなガキの中。しかも私が一番嫌いなタイプの男が一緒。どうなってんの?」
どうもこうも無い。けれど、自分の中に居る人から怒られるなんて、わりに合わない。
あたしはもちろん言い返す。
「こっちだって困ってんだからっ!? それに、いきなり出てきてそんな言い方、しないでください!! あなた、誰なんですか!?」
おっさんとの時と違い、あたしはやたら消耗を感じる。なんでだろう。その答えらしきものを、女性は言った。
「あんた、ガキだけど女だねえ? その男の時と、私と、まるで心の色が違うじゃない。なんでそう警戒してるのさ? 私はそもそも、黙ってるつもりだった。あんたが死ぬまでか、私が死ぬまでね――。けど、さ。ムカムカするのよ。その男の、共存していこう?みたいな、おためごかしがね?」
この女性。随分ひどい事を言う。鈴木田さんは体があんなになって、行くところが無いのに。それは、この女性だって同じなのに。
あたしはまたまた怒ったけれど、鈴木田さんは少し違っていた。
「なあ、その、あんた。今、言ったよな? 私が死ぬまで、って。俺たちもう、死んでるんじゃないのか?」
あたしはハッとした。
(確かにそうだ。心が残ってるなら体が生きてる可能性が、ある?)
あたしはその辺の事をゆっくり話したくなって、冷静になる為にも、勇気を出して宣言した。
「あの、トイレ、行っていいですか?」
二人はポカンとしながら、首を縦にした。