表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/21

第1話「こんなの奇跡じゃない!」 3

「うそっ……でしょ!? 鈴木田さん。あたしの中……他に誰かが居るとかって?」


 確信はしていたが、あたしはそれを認める訳にはいかない。おっさん一人だって手に余るのに、もう一人とか……気持ち悪すぎる。

 あたしは本当に気分が悪くなった。それに追い打ちをかけるように、あたしの中はタバコの煙で一杯になる。


「ケホッ、確かめてよ……鈴木田さんっ!? そこに居るのは誰なの!? あのアラサー?」


「確かめろって言われても――なあ?」


 おっさんの非協力的な返事で、あたしの怒りの導火線に火が付く。


「いいからっ!! 確かめなさいよっ!? 今すぐっ!! 鈴木田さんに断る権利なんて無いんだからっ――!?」


 叫んで(もちろん心の中でだが)、すぐに後悔できる嫌な言い方をしてしまった。

 けど、もう遅い。きっとおっさんは、深く傷付いただろう。


(――ああ、あたしって、なんてやなヤツ)


 この気持ち、おっさんに伝わっているだろうか。


(でも、でも、許してよ――あたし女子高生だよ? 子供だよ? それがおっさんとかに心の中に入りこまれて、普通でいられるわけない――)


 なんか、泣けてきた。つい一時間前までは、どこにもいる女子高生だったのに。週末はバイト代が入るから、洋服買って映画見て……楽しみにしてたのに。お母さんの誕生日も近いけど、おそろいのティーカップをプレゼントする気持ちには、もうなれない。

「ポトリ」と、涙の粒が落ちた。とても大きな粒で、泣くのはいつ以来だったかを思い出したりした。


「あのな、鷲尾、美弥子、さん……?」


 おっさんが申し訳なさそうに、あたしを呼んだ。


「……グズッ――ひゃい (はい)」


 そうとしか、答えようがない。


「あのな、辛い時にすまないんだけど、はっきりさせとこう。きみは、俺がきみの中にどんな風にして存在してると思ってる?」


「――ヒェ (え)?」


『どんな風に』とは――。言われてみれば、不思議だ。あたしは思いついたままを答えることにした。


「多分だけど。あたしの心の中に、四角い白い部屋があって、そこに居る……とか?」


 おっさんは少しも間を置かずに、質問を進める。


「じゃあ、俺じゃないもう一人は?」


 なるほど、そうきた。確かに、おっさんが部屋にいるなら、他に誰が居るかなんて、最初っから分かっただろう。


「じゃあ、いくつも部屋があるとか? 鈴木田さんの部屋。他の人の部屋。なんてね?」


「それじゃあアパートだろうに? 違うよ」


 おっさんは笑いながら答えた。あたしも少し笑った。


「良かった! 笑ったな! じゃあ答えだけど――ドロドロドロドロ……」


 おっさんは不意のドラムロール。どうでもいいけど、あたしの中で変な芸はやめて欲しかったりもする。


「ジャジャーン! 答えは、なんとっ! わかりませんっ!! 強いて言うなら俺は気体みたいだし、液体みたいでもある。個体ではないぞ! だから部屋は要りません。家賃も払いません!」


(――なに、それ? それにドヤ声?)


 でも、あたしはそれが無性に可笑しかった。溜めた涙を吹き飛ばすように、笑った。


(そーか、そーか! おっさんは気体? おならみたいなもんだ! だったら平気かも。なんだって恥ずかしくないかも? だっておならだもん!)


 笑いながらあたしは、おっさんがあたしを盛り立てる為にわざと、こんな事を言ってくれたのだと考えた。きっと、そうだ。だって、一番辛いのはおっさん……鈴木田さんなんだから。


「あのさー。イチャついてるとこ悪いんだけど、少し静かにしてくんない?」


「――え!?」


 いったい誰の声かなんてこと、分かりきっている。あのタバコの、バス停でいつも一緒の、女性アラサー。やっぱり、(私の中に)居たんだ。


「だいたいねえ――。あの大事故で生きてたと思ったら、あんたみたいなガキの中。しかも私が一番嫌いなタイプの男が一緒。どうなってんの?」


 どうもこうも無い。けれど、自分の中に居る人から怒られるなんて、わりに合わない。

 あたしはもちろん言い返す。


「こっちだって困ってんだからっ!? それに、いきなり出てきてそんな言い方、しないでください!! あなた、誰なんですか!?」


 おっさんとの時と違い、あたしはやたら消耗を感じる。なんでだろう。その答えらしきものを、女性アラサーは言った。


「あんた、ガキだけど女だねえ? その男の時と、私と、まるで心の色が違うじゃない。なんでそう警戒してるのさ? 私はそもそも、黙ってるつもりだった。あんたが死ぬまでか、私が死ぬまでね――。けど、さ。ムカムカするのよ。その男の、共存していこう?みたいな、おためごかしがね?」


 この女性アラサー。随分ひどい事を言う。鈴木田さんは体があんなになって、行くところが無いのに。それは、この女性だって同じなのに。

 あたしはまたまた怒ったけれど、鈴木田さんは少し違っていた。


「なあ、その、あんた。今、言ったよな? 私が死ぬまで、って。俺たちもう、死んでるんじゃないのか?」


 あたしはハッとした。


(確かにそうだ。心が残ってるなら体が生きてる可能性が、ある?)


 あたしはその辺の事をゆっくり話したくなって、冷静になる為にも、勇気を出して宣言した。


「あの、トイレ、行っていいですか?」


 二人はポカンとしながら、首を縦にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ