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第4話「野島依子」 1

 事故にあったのは月曜日だった。鈴木田さんのお葬式が水曜日。大下さんが体に戻れたのが昨日で木曜。今日まで休んで土日を挟み、あたしは来週から学校に復帰しようと思っている。


「まるまる一週間か……。休んだ気がしないけど――。ねえ?」


 あたしは独りぼっちの部屋だから、安心して問いかける。


「おれはこの先、すっと休みみたいなもんだけどな……」


 自嘲とも思える答えに「あっ!!」と思ったけど、ここで話をやめると沈黙になりそうで、あたしはすぐに反問した。


「退屈……?」


「いや、退屈じゃあないさ。ちょっと、外でも歩かないか? いい天気だ」


「そ、だね」


 あたしたちは、何も持たずに家を出た。お母さんは特に咎めるでもなく、見送ってくれた。今夜からスナックを開けるから、もうすぐ準備で家を空けるらしい。お昼までに帰れば、一緒に昼ご飯が食べれそうだから、遠くには行かない事にした。そもそも、その辺りを散歩する程度のつもりでもあったのだけど。


 ところで、目的地のない散歩は、何も考えないでいると、つい慣れた道を辿る。

 あたしは例のバス停へと足が向いていることに気づいて、立ち止まった。


「気付いたか?」と、鈴木田さん。


「さすがにね」と、あたし。


 あたしは来た道を戻った途中にある公園に行こうかと思い、回れ右しようとした。


 ――その時。


「待て、美弥ちゃん。違う。けられてる。振り返らずに先の路地に入ってくれ」


(えっ……!?)


 尾けられてるって、何だろう。ストーカーとかされる覚えはない。じゃあ記者かとも思ったけど、大概の記者はお母さんが黙らせているし、上岡さんはあたしを記事にはしないと約束した。


「鈴木田さん、怖いよ。強盗? それとも痴漢とか? まだ午前中だよ? あたしお金なんか持ってないし……」


 足は動かず、胴震いがした。あたしは一人に見えて一人じゃないけど、もし襲われたって鈴木田さんは助けにはならない。


「美弥ちゃん、どうやら気配がなくなった。立ち止まったのが良かったみたいだ。とにかく帰ろう」


「――は、はいっ!」


 来た道を戻るのは怖かったから、あたしは小走りに別の道を行き、途中で息が切れた頃ちょうどいい公園に行き当たった。そこはあたしが運び込まれた病院に面した公園で、芝生には小さな赤ちゃんを連れたママたちが数組いるし、なにより明るい。


「ここなら人目もあるし、安心だよね? 鈴木田さん、休もうよ?」


「そうだな。おれの気のせいだったかも知れないし。そうだったら、ごめんな?」


「いいって。そんなの」


 それより、あたしはさっき感じたこと――二人だと倍便利だけど、不便も倍に感じる――が、どうしても頭から離れなかった。

 だからあたしは、あの事を鈴木田さんに聞いてみたくなった。こういう事は、早めにしておいた方がいいようにも思っている。


「ねえ、鈴木田さん? もしも、だよ?」


「あ、ああ。もしも……どうした?」


 鈴木田さんは案外勘がいいから、あたしがこれから言う事を、分かっているっぽい、こわばった声を出した。あたしはつとめて軽い感じに続けてみた。


「もしも……ずっとこのままだったら、さ、あたし結婚とかできないよ? どうする?」


「…………うむ」


「ちょ、『うむ』じゃないよね? もう少しあるでしょ? あたし、鈴木田さんと結婚するのがほぼ確定。それについて、どう?」


「…………むう」


「だからあ、『むう』とか! 鈴木田さん、もしこんな事にならなかったら、絶対にない展開だよ? おっさんがこんな女子高生と結婚とか。もう少し喜んでもらわなきゃ!」


「確かに……」


 あたしは随分と思い切ったことを、述べた。でも、はっきりしておかないと、誤魔化したままではこの先やっていけないような気がする。


「でね? 新婚旅行とか行っちゃったりして。ちょっと変わってるけど、助け合って。そりゃあ、ケンカとかもあるかもだけど、離れられないんだもん。あたしは鈴木田さんで、鈴木田さんはあたし。どう?」


「どう……って……。ありがとな……」


「えっ!? もしかして泣いてる!? なんか色々と逆な気がする。ぬふふ?」


「馬鹿言え――」


 ここで、やっとあたしたちは笑えた。

 多分鈴木田さんは、言いたいことが山ほどあるだろう。でも、立場的に遠慮しているのが、痛いほどわかる。


「なあ、美弥ちゃん。一つ、いいか?」


「――はい」


 あたしは期待した。多分、鈴木田さんは甘い言葉をあたしにくれる。あたしはそれで十分だし、もうお返しの言葉だって考えてあった。


(激甘のすんごーいのを、ね! 鈴木田さん、どうなっちゃうだろ……なんてね?)


 そして言葉が来た。


「おれが消えるかも知れないってことは、考えに入ってないのかい?」


「――――――え」


 ……風は吹いていない。陽射しもまろやかで、幸せとはこんな日だろう。

 芝生では赤ちゃんがよちよち歩き、小さな手の伸びた方には優しそうなお母さん――。


「そんなはず……あるわけないじゃん。……怒る……よ?」


 ぽたぽた、ぽたぽた、落ちるはずの涙を、あたしは必死でこらえている。


「すまん……。でもな、おれはそれが自然と思ってるんだ。美弥ちゃんには未来がある。夢があって、そのために時間を使って欲しい。おれの(時間)はおまけだ――」


「……出て行きたいってこと?」


「違う――」


「違わないよっ!? きゃっ――!?」


 こんな時だというのに、あたしの肩を、誰かが叩いた。


「鷲尾さん。ごめん、あとをつけて――」


 後ろに立っていたのは、クラスメイトの野島依子。事故の後、意味不明な電話をくれたり、その後も数回着信があってたけど、こっちからは掛けていない。


「ど、どしたの? 野島さん、学校は? ってか、なんで……?」


(あたし、つけられる覚えないんですけど!?)


 野島さんは黙ったまま――。


「い、いつから居た? なんか聞こえちゃったりしてないよね? あはは、あたし独り言言ってたかもだから?」


 あたしはつい、口が滑った。こんなこと、問いたださなくてもいいのに――。

 でも野島さんは答えず、逆に質問してきた。


「いつから学校……?」


 失礼な質問だと思った。こっちの質問を飛ばしたのにも、腹が立つ。あたしは答えたら去ろうと、立ちながら言った。


「多分来週。月曜からかな? じゃ、ごめん、急いでるから」


 野島さんは、背を向けたあたしに、今度は素早く返した。


「急ぐって……どこに?」


(――はあ? なに、この子? ねえ、鈴木田さん! なんて言う?)


 すると鈴木田さんは、あたしの中で病院をイメージした。


(ああ、病院か! それがいい!)


 あたしはその事を野島さんに伝えると、自信を持って病院へと足を向ける。でも四、五歩目には、その調子をくじくように野島さんの声が届いた。


「さっき聞いてた……」


「…………!は……あ……!?」


 あたしは立ち止まり、野島さんはすぐ背中まで歩み寄る。


「誰かと話してた。でも鷲尾さんはずっと一人でいた。ハンズフリーでもなかった。……鈴木田さんって、だれ?」


 今は、あたしが沈黙する番になっている。野島さんは、暗く、そのくせ楽しそうに言葉を上乗せする。


「いいなあ――鷲尾さん。中に誰か、居るんだ。男の人だね。結婚とか、聞こえたから」


 野島さんは、いやに解りがいい。


「じゃあ、鷲尾さん。月曜だね、学校。まってるから――」


 野島さんが去り、あたしは混乱し、鈴木田さんは気配がない。


(えっ!? 鈴木田さんっ!? 鈴木田さんってばっ!? 返事してっ!?)


 何か大変なことが起きたように思う。あたしの体は、異変が起きている。


 ――だって、鈴木田さんが……消えた!?


(うそ、うそ、嘘だよっ!? 鈴木田さんっ!?)


 あたしは無我夢中で、病院へと駆けだした。


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