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第3話「愛わかつもの」 1

 家に帰ると、あたしは居間のソファーに深く身を埋めて、大きく息を吐いた。とても人には見せられない姿で、である。


「美弥ったら――」


 お母さんは、ルーティンでお店の携帯を確認しながら言った。が、次の小言はあたし向けでは無かった。


「あら!? また着信だわ。例の記者さん。しつこいわね――」


 お母さんはあたしに、「任せといて」という風な顔をしてから、電話に出た。


「もしもし? 鷲尾です。はい……。はい? もうお話しする事はありませんが――」


 まだ二言三言だけど、すでに押し問答しているような気配がある。

 あたしは心配になって、ソファーを立とうとしたけど、目でお母さんが制止する。


「あなた、失礼じゃありませんか? とにかくあなたの質問も、お話も、聞くつもりはありませんから――」


 そこまで言うお母さんが電話を切らないからには、相手も相当に押しているのだろう。

 あの記者――上岡文也――。お葬式でも見たけど、さすがにその時は近づいてこなかった。最低限のマナーは、持っているのだろう。(当然だけど)

 そのうち、お母さんの応対が、ほんの少しだけど軟化を見せ始める。


「はい――。ええ。それじゃあ、一つだけですよ? これっきりに、お願いします――」


 どうやらお母さんは折れた。あたしはお母さんが教えてくれた、男性への心構え――ひとつ許すと、全部許したも同じ――を思い出して、少し複雑な気分。ともあれ、お母さんは質問を受けたようだ。


「ねえ? 美弥、大下って女の人、知ってる? 大下りかさん――」


 ――知っているどころではない。


 あたしは咄嗟に、心の中の鈴木田さんに助けを求めた。


「ど、どういう事かな? なんであの記者、大下さんを知ってるの? なんて言えば!?」


 お母さんが、あたしの返事を待っている。あたしは、鈴木田さんの助言を待つしかない。


「うーん。要らん事は言わないで、毎日同じバス停だった、で良くないか?」


(なーる程。さすが鈴木田さんはおっさん。冷静だ――)


 あたしが鈴木田さんの言う通りに伝えると、お母さんはそれを電話口で話した。

 ――すると。


「えっ!? そんな……。一応、聞いてみますけど――」


 これっきりのはずだったのに、お母さんは二つ目の質問を受けたらしい。それはすぐ、あたしへと伝えられた。


「その大下さん。今、横北山総合病院に居るそうよ。重傷で、かなり危険な状態ですって。なぜかあなたの名前を呼んでるって。どうする……?」


「えっ!? なんでっ――!?」


 あたしはその後、言葉どころか息も辛い。


(鈴木田さんっ!? あたしどうしたら――。大下さん……聞こえてますか?)


 もうあたしは必死で、二人に呼びかけ続けた。お母さんは、記者に電話をかけなおす旨を伝えているが、それは拒否――というか、病院という場所柄、電話に出ることができないといった風な返事を受けたようだった。


(ああ、ほんと、あたしどうしたら……。鈴木田さんに続いて大下さんまで……)


 体が生きてさえいれば、あたしの中にある大下さんの心は、戻れるかもしれないという希望に賭けていたあたしは、絶望寸前。

 大下さんが久しぶりに声を出したのは、その時である。



「行こうかしらね。その、横北山総合病院。で、あたしは生きてる内に、なんとか体に帰るわ。あんたにこれ以上迷惑かけるのもなんだしね。その男とやってくんでしょ? どのみちあたしはお邪魔。それにあんたたちのラブラブを見せられんのも、むかつくし――」


「――そんな」


 知ってはいたが、大下さんの言葉はキツい。そのおかげで、あたしは負い目を感じないでいいからトントンだけど。

 ともかく、あたしはお母さんにその気持ちを伝えた。


「そう。じゃ、送るわ。でも一つ約束して。これが済んだら、美弥。全部教えなさい! いいわね?」


(――約束できない!!)


 だけど、今は嘘をつこうと思う。話したって、信じてもらえるはずもない。

 それに、大下さんが体に戻れるかも知れないチャンスは、これが最後かもしれないのだ。


「じゃあ、大下さん。今から支度します。あの……戻れるといいですね」


「大きなお世話よ――」


 いつもバス停で一緒だった、大下梨夏さん。無口で、尖ってて、やる気無さそうで、タバコをくわえていた大下さん。

 そういえば、タバコはあの後、あたしの中で一本も吸っていない。


(それなりに、気を遣ってくれてたのかな……?)


 あたしはセーラーを私服に着替えながら、お母さんを急かした。


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