第2話「葬式と失恋のタンゴ」 6
いよいよ鈴木田さんのお葬式の為に、陽が昇った。
意外なほど落ち着いているあたしと、あたしの中の鈴木田さん。
お葬式にはセーラー服で行くことにした。あたしはいつも、鈴木田さんと会うときはセーラー服だったのだから、今日もそうしたいと思っての事。
お母さんはしっとりした喪服で、こう言うとなんだけど、とても綺麗だった。
「鈴木田さん? お母さんに惚れちゃったりしないでよ?」
「馬鹿言え――」
何だろう。あたしは妙に浮ついている。これから、これ以上ない悲痛な場に赴くのに、不謹慎だとは思うけど、鈴木田さんの本体(は変か?)に会える事がやけに嬉しい。
「ごめんね。鈴木田さん。だけど……あたし、鈴木田さんは消えないと思う。体に帰ったりしないと思う。帰るならとっくに帰ってるよ。だいいち、勝手に入って勝手に出るなんて許せない。ずっと居ていいから、さ――」
「馬鹿言え――」
このやり取りの後、あたしたちは、なぜか一言も喋らなかった。
「いよいよだね。なんか変な感じ……。あたしの中で生きてる鈴木田さんのお葬式」
「そりゃあ、な――」
式場の玄関を前に、あたしは気を引き締める。そしてお母さんの後ろをちょこちょこついて行った。玄関を入ると、受付がある。若い男女が、とても丁寧に受付をしている。
「あっ、あいつら……」
鈴木田さんが反射的に声を出したのは、多分受付が弟さんと妹さんだからだろう。二人とも、あまり鈴木田さんには似ていなかった。
「ま、色々あるんだよ。うちも――」
(そっか。色々あるんだ……)
あたしは別に、掘り下げて聞くつもりもない。
でも、記帳の列に並び、あたしの番が来た時、逆にこっちが掘り下げられた。遠慮がちに聞いて来たのは女性の方。(多分、妹の絵里さん)
「あの、失礼ですが、兄とはどのようなご関係で?」
一通りの決まった挨拶を受け取ったすぐのあたしは、まるで心の準備が無いままこの問いを受けたものだから、しどろもどろに答えてしまった。
「あ、あの恩人です。その、あたしじゃなくて、鈴木田さんが、です!」
その言葉に呆然とした絵里さんに、お母さんがそつなく補足説明した。
「一昨日お電話差し上げました鷲尾と申します。この度はお兄様に、この子を救って頂き、なんと申し上げればよいのか……」
すると不意に弟さんが駆け出した。大声で家族を呼んでいる。次々に現れる鈴木田さんのご家族に囲まれ、あたしは言葉もない。
「うん、うん。賢二も最後に良いことをしたよ……。お嬢さん、こう言っちゃなんだけど、賢二の分も長生きしておくれ……。今日は来てくれて本当にありがとう……。賢二の最後の声を、聞いたような気分だ――」
鈴木田さんのお父様だろう。あたしは正直、泣けてきた。
(鈴木田さん。鈴木田さん? 聞いてるの? 家族みんな、ここに居るよ……)
返事は無かったけれど、あたしの体は次第に暖かくなっている。
「俺、親父に褒められたの、久しぶりだよ――」
鈴木田さんのやっとの声は震えていて、あたしは自分を両腕で抱きしめた。あたしは本気で、鈴木田さんとずっと歩いて行こうと――思い始めている。
だけど、列がつかえている事に気づき、身をかわそうとした一瞬、あたしは自分の心臓が止まったのではないかと思うほどの衝撃に打ちのめされた。
原因はあたしの後ろに居た女性。その記帳した名前がチラと目に入った時、あたしは本当にめまいがして、お母さんに支えられてしまう。
(この人が由奈さん!? 鈴木田さんの好きな女!?)
名前はきれいな字で、竹下由奈、と書いてある。
すらりとした美人で、言っちゃ悪いけど鈴木田さんには荷が重そうだ。その由奈さんも、あたしの方をじっと見ている。睨んでいると言ってもいい。あたしは助けを求めるように、鈴木田さんに問う。
「ねえ、ほんとにどんな関係!? なんか怖いよ!? なんであたしを睨んでるのよー!?」
鈴木田さんは、困ったように答える。
「実は……好きだった。言えなかったけど。せめて、ちゃんとふられたかった。俺の情けない心残り――」
(やっぱり、そうか。)
そう納得したときには、もう由奈さんは式場の方に歩いていた。
ほっとしたのも束の間、今度は別の視線を感じる。
(もう、何っ!? 次から次――)
でも視線の先を見たあたしは、またもや、めまい――。
(記者だ! 上岡……文也。やっぱり、来た!?)
あたしはふらつきながらも、お母さんを急かして式場の方に急いだ。席は、その二人の近くにならないように慎重に選んで座った。
「ね、美弥? どうしたの? あなた何か変よ? 具合、悪いの?」
お母さんの言葉に、あたしは「大丈夫」と答えながら祭壇の方をぼんやりと見た。
(あそこに鈴木田さんが眠っている――。今は、その事だけ)
それからお葬式は淡々と進み、いよいよあたしのお焼香の番になった。もしも鈴木田さんが自分の体に帰るとしたら、ここが一つのヤマだろう。あの祭壇の棺の小窓をのぞけば、鈴木田さんは安らかに眠っているはずだ。
「鈴木田さん――。どうする? 見る、よね?」
「ああ。自分を見るのは変な感じだけど、頼むよ……」
あたしはお線香をあげると、しずしずと棺に進んでいった。