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第1話「こんなの奇跡じゃない!」 1

 今日もつまんない学校に行く為に、つまんない家を出て、つまんない道を歩き、つまんないバスを待つ。

 これで四回言った。あのおっさんが禁じた言葉を。ザマ見ろ。

 おまけに、出がけに一服嗜んでいる。もちろんタバコ。これまたザマ見ろ。

 もうすぐ七時二十分。バスが来るまで後五分。バス停に立つメンバーは毎日決まってる。

 まず、あたし鷲尾美弥子わしおみやこ。こう見えて時間にはきちんとしているのだ。エッヘン。

 そしておっさん。名前も何も知らないけど、一度あたしの独り言――ああ、つまんない――にツッコミを入れ、ついそれに答えてしまったのが運の尽き。それからやたらと絡んでくる。


(女子高生の友達でも作ったつもり――!? キモっ)


 近頃じゃタバコの残り香まで嗅ぎ分けて、生活指導に熱心。仕事間違えたんじゃないの!?

 おっさんはいつも作業服姿で、年齢は四十そこそこといったとこだろう。あたしは父が居ないから、おっさんの年がいまいちわからないのだ。ま、興味もないけど……。


 それから、バスぎりぎりに、タバコをふかしながら歩いてくる女性が一人。

 この女性のおかげで、あたしは自分のタバコの匂いを誤魔化してバスに乗れる。

 便利な人だ。ちなみに女性はアラサー独身、彼氏無しと見た。

 淡い色のサングラスと栗色のロングヘアはカッコいいけど(あたしはショートカット)、体中から冷たさというか、ヤナ奴感がハンパない。あたし以上につまんなそうな表情だから、きっとサングラスは腐った魚の目を隠すためのものだろう。


(――ああ、やだやだ。あんなにはなりたくね)


 あたしはこう見えて、看護師を夢見たこともある。わりと真面目なところもあったのだ。


(――昔はね。)


 今は、ただつまらない毎日をだらだらと過ごし、一日がまあ過ぎ去っている事を感じるのは、このバスを待つ間のおっさんとの会話くらいの事だ。

 つまり、あたしの一日の会話のほとんどをこの時間が占めている。


(だから少しは感謝しなきゃ?)


 そう思った今日にかぎって、おっさんは無言。空気読めない奴だ。たまには喜ばせてあげようと思ったのにさ、なんて思っているとバスが来た。


 あたしは卒業まであと半年の女子高生。あたしにとって卒業とは、あてのない旅の始まり。子供の頃作った紙芝居並みのお手軽さで実行できそうなのは、母の経営するスナックで働くくらいの事だろう。

 そんな事を考えながらバスに乗り、いつもの席に腰掛ける。

 真ん中から少し前の、運転席側。理由は無い。おっさんはあたしの斜め前に座り、女性アラサーは後ろの方に座る。降りるのはあたしが一番先だから、二人が何処まで行くのか知らない。

 考えてみれば不思議な縁だと思いながら、卒業までに名前くらい知る機会があるような気もしていた。


 そんな、らしくない事を考えたせいだろうか。それとも朝を抜いた(もちろんいつだって抜いているが)からだろうか。あたしは変な目まいを覚え、それから座席を転げ落ち、上も下も分からぬままに叩きつけられた。直後にバラバラとガラス片が降ってくる。

 痛いより驚き、絶叫より息を呑む。

 やっと息を吐いたら、油のにおいと血の匂いで、また息が止まった。

 そのすぐ後、黒煙がうずを巻き、視界がぼやけて、意識がうすれていく。


(事故……バスが? あたし……どうなるの?)


 ふと薄眼で最後に目にしたのは、おっさんの可哀想な姿だった。

 ひしゃげた座席やらに挟まれて、もう駄目だろうとしか思えない。


 ――もちろんあたしも。


 あきらめるのは悔しいけれど、もうどう考えても終わりそうだ。


(つまんない、なんて言わなきゃよかった……)


 足が熱い。火がもうそこまで迫っていた。この恐怖から逃れるには、このまま気を失うのが一番、っていうかそれしかないと思った。


(でも、助けて下さいっ!! 誰でもいいからっ!? いい子になるからっ!!)


 パニックの中、その願いに答えてくれる人がいるはずない。

 でも、あたしは薄れていく意識の中、確かに聞いた。


「おいっ!! 起きろっ立てっ!! まだ間に合う、窓から逃げろっ!! 急げっ!!」


 あたしは必死で煙に突っ込み、割れた窓を抜け車外に飛び出した。

 バスが爆発したのは、直後だった。


(あれ……おっさんの声だった……。なんで!?)


 あたしはまた、気を失っていた。


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