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If I were a bird─前編

 題名とあらすじでわかるかとは思いますが、ニワトリが出てきます。ニワトリや鳥という文字を見るだけでアレルギー反応が出る方はお戻りください。後、一応イヌ科の動物と流血表現が出てきます。ご注意ください。


「もしも私が鳥ならば、あなたの元へと飛んでいけるのに」

 そう思っていた私は、ある日本当に鳥になった。


 それも、空を飛べないニワトリに。


 ……なにゆえ。



  ***



「……?」

 清々しい朝の陽が差し込む部屋の中、寝台の上。私はステキに混乱中だ。

 それはそうだ、気づけば部屋の様子が様変わりしていたのだから。家具や配置などには変化はない。泥棒が入ったかのように荒らされているわけでもない。見える限りは。


 おかしいのは、その大きさだった。何故か部屋や家具が何倍にも大きくなっている。なんだこれ。

 まだまだ暑い季節、薄手の寝具をかけて眠っていたはずなのに、それが妙に重い。なんなんだこれ。

 どうにかこうにかもがいて布団から抜け出す。気のせいだろうか、もがいた際に見えた推定自分の腕であるべき位置に、褐色の羽が見えたのは。

 うん、たぶん気のせいだよね。


 昨日(たぶん昨日。夜寝て朝起きれば、普通は翌日になっているものだ)布団に入ったときは、確かに私は人間だった。

 鏡もないし、もちろんガラス窓だなんて贅沢品が家の窓にはまっているわけでもないから自分の姿をマジマジと眺めたりはしていないけれど、それはもう立派に人間だった。

 少なくとも、いつも通りにあの人の無事と再会を、いつも首にかけているお守り石を握りしめて空へと祈ったときには最低でも手は人間だった。ついでに、脚だって布団に入る時は人間だった……気がする。


 ということは、眠っている間に何らかの変化があったのだろう。私の身体、もしくは私の精神、そうでなければこの世界自体、いっそのことその全てにおいて。


 諦めて現状を認識しようとする。私の腕はいつの間にか鳥の羽になっている。見下ろせばふくふくとした胸元(本来の私の胸より大きい)が見える。ただし、ふかふかとした羽毛に覆われている。

 足だってうまく見えないが、長くてすらっとした足の指(鳥仕様)だ。


 うん、見える範囲は立派に鳥だ。


 頭を抱えたいが、そうすると持ち上げた腕と言うか翼というかがっつりと羽が見えてますます落ち込む。


 どうしてこうなったんだろうなぁ……。


 確かに私は鳥になったらあの人の元へ飛んでいけると思った。思ったよ?

 でもさ、まさかさ、本当に鳥になるなんて思わないじゃない。


 思わずため息が出る。


 ん? でも、これはチャンスじゃないか!?

 願った通りに鳥になったんだ。せっかくだからあの人に会いに行こう!


 思い立ったら居ても立ってもいられず、あの人に会いに行こうとそればかりが頭を占める。

 その為には、まず、この部屋からでなければ。


 いつも空をながめる窓の近くに飛び上がる。ここ、少し開けておいたんだよね。

 そして、その隙間から何とか自分が通れそうなくらいを体でこじ開けた。


 では、いざいかん!


 両腕(といっても翼)を広げて構える。えいっと勢いよく窓枠を蹴り、私はバサバサと腕(鳥だから翼)を振る。

 そうして私は大空へと飛び立った……と、思った。あぁ、思ったさ。

 実際には、滑空して地面に突っ込んだだけだった。


 あれ? 私、鳥になったんだよね?

 鳥って、空を飛べるものだよね?

 翼バッサバッサすれば、空飛べるんじゃないの?


 そんなふうに甘い事考えつつも、そのまま地面にのめり込んでいても仕方ないのでとりあえず立ち上がる(鳥だけに……とは、言わない。言わないったら)

 その時、すぐ側に寝ていた間に降ったのであろう雨でできた水たまりが目に入った。


 あそこに落っこちなくてよかったなぁと思いながら、何気なくその水たまりをのぞき込む。

 水たまりには憎々しいほどの青空と、首を傾げた鳥頭が映っていた。

 そう、鶏冠(とさか)付きの。


 あら、我ながら何だか可愛い鶏冠ね……ん? とさか?

 ねぇ、待って。この顔は。何だかいつも見かける、お隣さん家にもいっぱいいるこの顔は……。



 ……ニワトリ。



 私はどうやら、鳥は鳥でもニワトリになっていたらしい。なにゆえ。



 ***



 しばし私は茫然としていた。

 自分がどうやら鳥になったという事実を受け入れるより、その中でもニワトリとなったことが受け入れがたかったからだ。

 なんでよりによって、ニワトリなの。飛べない鳥代表格、みたいなニワトリ。

 これじゃ、あの人の元に飛んでいけないじゃない。


 私には大好きで大切な幼馴染みがいる。彼は十歳の時、魔術の力をかわれて王都へと行ってしまった。

 それ以来八年間、彼とは会っていない。人付き合いが苦手でどこか引っ込み思案だった彼が、人の多い王都で幸せに暮らしているか、私はいつも心配している。

 時折届く近況からは、特に病気も怪我もなく過ごしていることくらいしか伝わってこない。

 私も彼に心配をかけたくなくて、困ったことがあっても何も書かないようにしているからこそ、優しい彼のことがなおさら気にかかる。


 そう、そんな幼馴染みに会いに行けると思えばこそ、きっと元気にやっている姿をこの目で見られると思ったからこそ、私は無理やり自分の身に起こったことに納得した。納得したことにしていた。

 でも、なんとかひねり出したたぶん唯一の利点が存在していなかったとは。


 どれだけ落ち込んでいたかはよくわからない。気づけば、日はすっかり中天に差し掛かっている。


 ……お腹、空いた。


 人間(というかニワトリ)よくできたもので、こんなに落ち込んでいてもお腹は空くらしい。

 空腹に気づくと、もうどうしようもなかった。

 ご飯どうしようかときょろきょろとあたりを見渡すと(いつもより視野が広い気がするが、つい癖で顔ごときょろきょろとしてしまう)、裏庭の畑に作った葉物野菜が目にとまる。


 あれだ、あれ。あれ食べたい!


 チャッチャッチャと足音をたてながら駆け寄ると、パクっと口(嘴だ)で食いついた。

 噛み切るとジュワっと口の中に水分が広がる。なんか甘くておいしい!

 気をよくしてせっせと食べ進めて、程よくお腹いっぱいになった。


 人間の時より明らかに食べる量が減っている。節約にいいな、ニワトリも。もう一つ利点を見つけてしまったよ。

 人間(というかニワトリ)、お腹が空いているとろくなことを考えないみたいだ。お腹いっぱい食べて人心地ついたら(……ニワトリ心地?)、何となく気力が湧いてきた。


 うん、そうだよ。何も世の中のニワトリが飛べないからって、私も飛べないとは限んないじゃない!


 そう決意すると、私は飛ぶ練習をすることにした。

 人間(ニワトリだけど)諦めなければ何でもできる!

 初めから上手くいくと思っていたのが間違いなんだよ。

 自分を鼓舞して、とりあえずバサバサと腕(というか羽)を上下に羽ばたかせる。うん、全くもって飛べる気配はない。

 諦めてなるものかと、今度は全力で走りながらバサバサと腕(というか羽)を羽ばたかせてみる。ふわり、と身体が浮いた。

 おおっ?! と思う間もなく、すぐに重力に引き戻される。勢いのつきすぎた身体に脚がついてこられず、そのまま脚をもつれさせて地面に突っ込んだ。それも、頭から。

 

 んー、一番前に出っ張っているのが嘴だから、嘴からかな。


 どうでもいいことをもそもそと考えつつ、自分の身体に意識を戻す。

 かなりの勢いで突っ込んだような気がしたが、身体を覆う羽根のおかげか、頭の位置自体が人間よりも遥かに低いおかげか、それともこの軽い頭のおかげか、どれかはわからないけれど、全く痛みもない。身体には傷一つついていないだろう。

 全体的に異常がないことを確かめると、私は立ち上がって今度はさっきと反対側に向かって走り出す。後はひたすら走って羽根をバタバタさせて、フワッと浮いてずざざざざっと地面に落ちての繰り返しだった。


 そんな努力を昼過ぎに始めて、今は夕方。私は疲れきっていた。


 ダメだこりゃ。

 着地に失敗して激突した地面に伏せながらため息をつく。

 ため息をついたと思ったのに、口(というか嘴)から出たのは「ククッ」という間抜けな鳴き声だった。泣きたい。


 どうやら私は飛ぶことができないようだ。これだけ練習しても、着地すら上手になる気配がない。ニワトリだって努力いかんによっては飛べるんじゃないかとちょっと期待したいが、過度な期待は叶わなかった時重石になる。

 私は自分の身体能力について早めに諦めることにした。そもそも私は、昔っから兄やあの人からにぶいやらどんくさいやら散々言われていたんだ。

そんな私が、みんなにできないことが出来ると考えること自体、無謀なことだったよ。 


 あぁ、あなたに会いたいなぁ。

 もう一度、ククゥとため息らしきものをつく。なんだか疲れてしまった。


 こんな時はあなたに会いたい。あなたの名を呼んで、振り返ったあなたに頭をなでてもらいたい。

 そうして、手を繋いで家まで帰るんだ。

 まだ小さな、それでも私よりは大きかったあの手を思い出す。なんだかますます寂しくなった。


 それから、夕飯がわりに裏庭の畑の青菜をつついて、薄く開いたままの窓から自室へ戻り眠ることにした。

 そう言えば、お守り石はどこへ行ったのだろう。あの人から貰った、大切なお守り石は。

 あれは、あの人がわざわざ私に作ってくれたものだったのに。あの人が王都に行ってしまう前日に、私を守るように、私の願いが叶うようにと贈ってくれたものだったのに。

 祈りの(よすが)の石もなく、私はそのまま空を見上げて祈った。


 あの人が、健康でいられますように。

 あの人が、幸せでありますように。

 そして、あの人にまた会えますように。


 いつものように祈りを済ませると、少し薄くなった月を見た。

 いつものように、どこか冷えた明かりを貸してくれるだけだった。

 淡い銀の色の光を見つめながら、私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 君の髪の色みたいだと、月の光を見ながらあの人が言ったやわらかな声を思い出しながら。



  ***



 私がニワトリになっていた翌日も、夜中のうちに雨が降ったらしく、外からはどこかスッキリとした空気が流れていた。

 窓を見上げてみると、綺麗な青空が雲の隙間からのぞいている。この分だと、すぐにスッキリと晴れるだろう。

 そう思って、私は散歩に出かけることにした。

 だって、こんな格好ニワトリじゃ、家事なんてできやしないもの。

 三年前に両親を事故でなくした私はのんきな一人暮らしだ。兄もいるにはいるが、別の街で暮らしている。

 だから、私がニワトリになって家事もせずフラフラしていたところで、迷惑をかけるような人はいない。優雅に散歩と洒落こもう。

 ただのニワトリが歩いていても優雅とは言えないけど。元の姿だって決して優雅とは言えないけど!


 チャッチャッチャッと足音(というか爪音?)をさせながらご機嫌で歩く。

「コッコッコッ」

 ついでに鼻歌(うん、鼻歌)ももれる。


 空を見ながら歩いていると、こんな空みたいなあなたの澄んだ青い目を思い出す。さらさらしたきれいな黒い髪を思い出す。

 こんな日はあなたに会いたい。

 ううん、違う、いつだってあなたに会いたい。

 晴れの日も、雨の日も、風の強い日も雪の降る日だって。いつでも。


 そうだ、あなたに会いに行こう!

 私の可愛い幼馴染み。八年前に別れたっきりだけど、今でも大好きな幼馴染みに。たまぁに見せてくれるはにかんだみたいな笑顔の可愛いあの子に。

 うん、そうだ。会いに行ってしまおう。


 ニワトリになってからちょっとだけ考えなしになって、ちょっとだけ本能に忠実になって、そしてかなり忘れっぽくなった私は、そんな夢みたいな思いつきに浮かれた。

 あなたに会いに行く、そんなことを考えただけで頭の中がふわふわと綿雲みたいに幸せになる。


 だって、鳥になったらあなたに会いに行ける。鳥になったから、あなたに会いに行ける!

 心が浮き立って、はやる気持ちが抑えきれずに私は走り出した。

 どうして「鳥なら」あなたに会いに行けるのか、そんな大事なことを忘れてしまっている。


 その日一大決心をした私の大冒険は、結局村外れにたどり着く前に終わった。


 この国の住人は多かれ少なかれ、魔力を持って生まれる人が殆どだ。この国自体に魔力が行き渡っているからだと、あの人は言っていた。

 他の国には、魔力がないところもあって、そんな場所では魔力を持っている存在自体が珍しいらしい。

 でもまぁ、他の国のことはおいておいて、そんな魔力を持って生まれるこの国の住民の例に漏れず、私も魔力を扱うことが出来る。


 私の特性(なんだか詳しい区分があるようだが、そんな詳しいこと私は知らない)は偏っているらしく、どうやら雷の力が扱えるらしい。らしい、ばかり言っているけど、生活に全くかかわらないから知らなくても問題ない。

 なぜなら、雷の力しか扱えないからだ。しかも、その力が大半の国民と同じく弱いため、えいっと力を放出してもちょっとパチッと言ってピリッとするぐらいだ。

 うっかりすると自分にもパチッとピリッが返って来てなんとも言えない気分になれるので、普段は存在すら忘れて生活している。


 そんな頼りなく、全く使い道のない技に助けられるような状況に陥るとは。数刻前の私に教えてあげたい。


 大冒険、ダメ、絶対。


 かなりどうでもいいことをつらつらと考えてしまうほど私は今、圧倒的な絶望感に苛まれている。

 何せ、目の前に涎をダラダラと垂らした大きな犬(もしかして、狼)がいるからだ。


 いい獲物を見つけたぞと言わんばかりに、大きな犬(もしかしなくても狼)はグルルルルルルと喉の奥で唸りながらにやりと笑った。

 犬の(狼だって認めたくない)表情なんて読めないし、人間と共通かどうかも知らないけれど、とにかくヤツは笑った。


 だ、旦那? あっしはしがないニワトリでして、そんな旨いもんでもねぇでやんすよ?


 思わず妙な言葉遣いになってしまったが、そんな感じのことを伝えようと口(嘴)を開く。


「コッコッコッ、コケケーッ」

 イマイチ締まらないが、伝わったと信じよう。


「ぐるるるるるる、グるるるるるるるるっ」

 あ、ダメだ、これ。無理無理。


 説得も意思疎通も諦める。言って聞いてくれるような相手ではない。

 コイツとの会話はたぶん、肉体言語じゃなきゃ無理だ。


 サクッと考えることを放棄する。

 こんな時、考えるのに向かないニワトリの頭は便利だ。一つの物事を考えていられないから、頭の切り替えが早い。

 それに、呑気に考えている猶予もない、説得対象だった狼(あ、違う違う、犬!)は逃げようとしないニワトリを警戒していたようだが、本格的に飛びかかろうと姿勢を低くしている。


 それに思わず身構えて、犬(そうに決まってる)が踊りかかって大きく口を開いた瞬間これ以上見るのが怖くて目をつぶり、渾身の力で魔力を放出した。

 放出した魔力は、いつも通りパチッと言ってピリッとなるはずだった。威嚇になればいいかなぁ、ちょびっとひるんでくれないかなぁくらいの、かるーい気持ちに切実な想いを込めたものだった。


 でも、魔力を放出した瞬間、体の中から一気に力が抜ける感覚があった。背筋あたりがゾワッとする。

 バリリリリッ! っといやに大きな音がして、ギャワワン! と犬の悲鳴ともつかない鳴き声が聞こえる。

 驚いて目を開けると、少し焦げた地面と、その向こうに鼻を押さえて転げ回る犬がいた。

 推定犬は暫くゴロゴロやって少し落ち着いたのか、尻尾を巻いてどこかへ逃げていった。


 驚きすぎたのか何なのか、足から力が抜け、私はしばらく地面にへたり込んで茫然としていた。

 そんな風に茫然としつつも、こんな道の真ん中にいては邪魔になると考えの足らない頭でも思いついて、道のわきにある草むらにのそのそとはうように移動することだけはした。

 日が落ちるころ、やっと動けるようになった私は、力なく家に帰ったのだった。


 あ、後から聞いた話だと、アイツは狼ではなく犬だったらしい。


 ほら! 私は正しかった!

 あれは、犬! 可愛くないけどワンちゃんだ。


 普段からちょっとやんちゃ坊主なあの犬は、行商人に飼われていてたまに隊列から脱走しているとどこか自由なヤツだと隣の隣の家の奥さんから聞いた。

 はた迷惑な。ちゃんとしつけてくれよ。

 でも何故か、この村に来て短時間の脱走以来ニワトリを見るととても怯えるようになったと聞いたが、その理由はわからない。


 うん、犬のことなんてわからないし、私は何も知らない。




 

 お読みいただき、ありがとうございます。もしよろしければ、後編もおつきあいください。

 ちなみに、ニワトリだろうと人間だろうと、主人公は猪突猛進系の残念な性格です。ニワトリになったから鳥頭になったとか、そんなこと関係ない。

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