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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【零章】前口上
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7:焦燥する街並み

賑やかな週末近くの街並み。

手を繋ぎ、愛を囁きあうカップル、楽しそうにはしゃぐ子供、その両手に繋がれているのは両親の手。 


そんな幸せな風景には目もくれず、ただ少女は街中を疾走していた。


時間が経過するごとに焦りはその大きさを大きくしていく。

少年と別れてから20分ほど経っただろうか。それはつまり理外者デリッターの反応を確認してから20分ということだ。

自分の無能さ、殊に目の前のことしか見えない自分に嫌気がさす。

理外者デリッターの二点同時発生に前例が無い訳ではない、稀なケースであるだけだ。

ちらりと時間を見て更に焦りは増す。

普通の人間は理外者デリッターを相手に20分も生き延びることはできない。

それは理外者デリッターと人間の力の差が関係している。

腕力だけで言えば五倍〜十数倍、場合によるとそれ以上。勝機は皆無だ。

そしてそれと同時に理外者デリッターの発する魔力。一般人が普段浴びることのない高濃度の魔力が関係している。

普段浴びることの無い高濃度の魔力は、浴びた者の精神に干渉、侵食をし、崩壊を引き起こす。

そして、そうなった人間はすぐに自ら命を絶つ。理由は知らないが。


路上から人の姿が消えていく。街並みも閑散としてくる。

繁華街から抜け出た印であり、それと同時に郊外の病院に近づいた印だ。

二つの魔力を感じる。

一つは理外者デリッターの魔力。かなり強い。

もう一つはあの少年、早乙女彗さおとめすいの魔力。ほんの僅かな、風が吹けば掻き消えてしまいそうなほど微量な存在感まりょく


遠目に見える郊外の丘にポツンとある病院は伏魔殿の様な雰囲気を纏いながら、それでいてひっそりと済まし顔だ。

いつもは清潔感を感じる白い外壁も今では悪魔の囁きのように。


依然収まらない焦燥をなんとか抑えようと試みつつ、ただひたすら丘の上へ疾走する。


病院の門の前、開きっぱなしの門は獲物を捕らえるために開いた口のようで、入るのを一瞬躊躇ったが少年のことが頭に浮かびそのしがらみを振り切り病院の敷地内に入る。

瞬間、小さな魔力の塊が地面に向かって落下する。

次いで大きな、強い方の魔力の塊も。


「待ってて、今行くからーーーーーー」


自身に言い聞かせるように呟き、駆け出す。

目の前の曲がり角を曲がる。

眼前に広がる一面の緑。

その只中に、ぽつんと佇む血まみれの少年と、赤黒い肉体を大きく露出した怪物。


その光景は何処か神秘的で、そして残酷だった。







感情の渦巻く視界に映る少女。

それは生きる目的であり、今一番会いたくない少女ヒトだった。


「なん………で………君が…」


咆哮を繰り返した喉はか掠れた声を出すくらいにしか機能していない。それでも少女は俺のか途切れ途切れの声を聞き逃さなかった。


「どうしてって、そんなの……」


やや戸惑ったように、それでも誠実に答えようとした時、俺の目の前の赤黒い物体が跳び上がる。

巨大な肉塊は少女に向かい跳んでゆく。初動こそ見えたがそれ以降は見えない。


「避けーーーーーー」


残った僅かな声を振り絞り、体の外へと吐き出す。

しかし、俺が言うまでもないほど機敏な動きで少女は男の突進を回避する。

回避と同時に何かを呟く。

少女の前に魔力の塊が形、大きな氷柱となって現れる。


「おとなしく死になさいーーーーー」


放たれた声はいつか俺が向けられた殺意と同じ物を着ていた。

冗談抜きの殺意。

それを証明するように次々と放たれる氷柱。

矢継ぎ早に撃ち込まれる氷柱を片っ端から砕いていく男。

相手が俺だったら一瞬で体がか粉々であろう攻撃をいとも簡単にくぐり抜け、少女との距離を詰めていく。

焦りに焦る俺とは違い、少女の顔にそういった感情は見られない。


「おとなしく死ぬのはてめぇだったなぁぁぁあ!!」


撃ち込まれる氷柱を全て砕き間合いを詰め、自身の右腕つるぎを振り下ろす。


ずどん、という破裂音と共に紅い花が咲く。

血飛沫はいつの間にか差し込んだ日に照らされ、美しい鮮血の色が脳裏に焼き付く。


空中に舞う右腕つるぎ

吹き出すとめどない鮮血。

男の右腕があった場所には地面から生えるように出現した氷の刃。


「なっーーーー」


男の言葉が放たれるより早く、次の刃が襲う。

一本、二本、三本。

矢継ぎ早に地面から生える氷の刃は、男の腹や腕、胴体や首を掻っ切ってゆく。

ドロッとした赤黒い血が観賞用の花々を染めていく。

殆どの花が紅い花へと変わった頃、男の体は文字通り切り刻まれていた。


男の肉片がそこら中に散らばっている。

帰らぬ人をひっそりと待つ、彼岸花のように。




ーーー?

なんだろう、このいい匂いは。

食べ物の匂いとかではなくて、もっとこう……女子力。みたいな匂い。

香水とかとは違う、その人の持っている匂い。

とにかく落ち着くいい匂いだ。



目を開ける。今回は半開きでも何でもなく、ばっちりと。

本来俺は寝起きがいいほうだから、いつも通り。

またベッドの上にいる。病室だろうか、いやそんなことはない。

こんなにもいい匂いなど病室などあってたまるか。


「っーーーーーーふぅ」


ベッドから起き上がり軽く伸びをしてあたりを見回す。

うん、これは病室じゃない。こんなに何も無いのは病室じゃない。

部屋に場自分の寝ているベッド以外何も無い。引っ越しの直後か、ひたすら質素なのが好きなのか。どちらかだろう。

と、現状を把握しつつ、暇を潰すために考えを巡らす。


意識を失ったのはこれで何度目だろう。 

最近は特によく失っている気がする。これだけ失っても一切の喪失感が無いものは珍しいだろう。


「まっ、生きてるからいいか」


と、そう上手く気持ちを切り替えられるほどまだ整理はできていない。

ここ数日、命の脆さを改めて痛感させられた。

他愛なく死んでゆく人々の顔がまだ脳裏に焼き付いて離れない。

目を瞑れば、尚更それは明確に、克明に現れる。


そこで耳に飛び込んできたのは扉の開く音。次いで、天使の囁きのような美しい声。


「あ、起きたんだ」


素っ気なく放たれる言葉には敵意や殺意、害意などは全く含まれてなく、それとは逆に心配や不安が含まれていた。


「ええっと……君は……」

「私の事……覚えてない?」


覚えている。忘れられるはずがない。


「いや、覚えて入るんだけどさ…」


必死になってその事を伝えようと身を乗り出すと、


「あぁ、名前……。まだ教えてなかったね」


答えを先に言われて口ごもる俺に向かって、いつか見せたあの笑顔で


「私の名前は茉李まり凰咲茉李こうさきまりって言うのあなたは……」

「あ、えっと俺は……早乙女さおとめ……」


そこまで言いかけて、少女は笑顔のまま


すい君、だよね」


自分の名前を少女に呼ばれた嬉しさと、何故知っているのかという疑問が渦巻いてよくわからない表情をしてしまう。


「ええっと、なんで俺の名前を……?」

「普通調べるでしょ、普通」

「そ……そう?」

「うん、そう」


現状はまだ把握しきれてないが、とりあえず一つだけ分かったことがある。

凰咲茉李びしょうじょと仲良しになれた。

と、その事実だけが延々頭の中で渦巻いていた。

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