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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【零章】前口上
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6:その生物、危険につき

曲がった鉄パイプを見るのは初めてじゃなかった。

でも、曲がる瞬間を目撃するのは初めてだった。


「んなっーーーー!!」


何かを叫ぼうとした気がするがそれをする前に後方に10メートルほど吹き飛ぶ。それは勿論、自分からでは無くあのバケモノによってだ。

吹き飛ばされている間、世界が回転し、視界に様々な物が映っては消える。

花壇に植えられた観賞用の植物、誰も座っていないベンチ。

それらが吹き飛ぶ俺を見送るように視界から消えていく。


「ーーーーー!?」


吹き飛ばされた事を明確に把握するのにただでさえ時間が要るのに、その把握が終わる前に背中に激痛が走る。

見ると、そこには腰ほどの高さの飛び降り防止用のフェンスがある。

普段から背もたれ代わりに使うことがあるがまさかこんな形で再開するとは、一体誰が予期しただろうかーーーーー。


と、飛びそうな意識を固定するため、目まぐるしく頭を回す。そこに、


「どぉした、もう終わりか??」


聞き覚えのある、というもはや恐怖の対象でしかない声が耳に飛び込む。

あぁ、そういえばコイツいたんだな。

と、できる事なら忘れておきたかった事を思い出す。


「何……言ってやがる………。まだ終わらねぇよ……」

「強がりか?止せ止せ、そんなんただの命取りだぜ。おとなしく俺に殺されろよ」


まるで虫を見るかのような目で、嘲りながら男はそう俺に言い放つ。

少々癇に障るのは、男の言ってる事が完全に図星だからだろう。

しかしそれを表に出さないように、乾いた笑みを浮かべながら曲がった鉄パイプを杖代わりにして立ち上がる。


「てめぇ、言ってる事矛盾してんだろ……」


相手に弱みを見せないように強がるのにこの言葉を履くので精一杯。

なんと不甲斐ないんだろう。親父おやじが見たら泣き出すだろうな。

と、今はいない父親に思いを馳せながら目の前の敵に焦点を合わせる。


「やれる事は……そんなねぇな。多分選択肢は一つだ」

「それは、死ぬってことで間違いないか?」


一人で静かに呟いたはずがどうやら聞こえていたらしく、目の前のバケモノは俺を茶化すように遠くから言葉を投げかける。


「いいや、ちょっと違う」


何をするかは明確に見えている。

それが正しいか、間違っているか。俺にはわからない。

ただただ最善を尽くすだけ。全身全霊を持って今の状況とぶつかり合う。

ただそれだけ。


「それじゃあ、どうする。俺に立ち向かってみるか?」 

「そうだな………」


そこで、一呼吸おく。

ある意味の時間稼ぎだ。死ぬリスクのある作戦をするのに恐怖を感じない訳にはいかない。


「俺はーーーーー」


数瞬の間、世界の時間が止まる。この世界の全てが俺の次の言葉に注目しているように。



「ーーーーーー逃げる」


そう言って背後のフェンスの手すりに上り、勢い良く踏み込む。

ほんの僅かな間、それこそ一秒ほどの間は体が宙に浮こうとする。

しかし結局は重力に抗えずに地面に向かって落ちる。

人は頭が重いから頭から落ちると言うのは本当なんだな、なんてくだらないことを考えるが、恐怖を紛らわせるわけもなく、ただ地面に向かうに連れて自分の死が近づいていく感覚に襲われる。


目を閉じる。

大きく息を吸い込み、同じように吐く。


足を踏み出した瞬間から、どれだけ経っただろうか。

地面まであと、なんメート…………


全身に走るのは激痛以外に何も無い。

しかし、どうやら作戦は上手くいったようだ。

なにせ、八階から飛び降りて死んでいないのだから。


「あぁ、くそっ。いってぇっ……」


そう呟きながら閉じていた目を開ける。

上に広がるのは黒い空。下にあるのは観賞用の植物。


「かなり、危ない橋渡った気がするぜ。にしても、上手くいくもんだな。こんな漫画みたいな事」


クッション代わりの植物たちを触りながら呟く。


「ーーっと、こんな呑気なこと言ってる場合じゃ無かったな」


と、自分を戒めるように吐き出す言葉は少し震えていた。

怖がりな俺からすればかなり頑張った方だ。正直もう諦めても誰も咎めないとは思う。

しかし、もう一踏ん張りだ。

また、あの少女に見舞いに来てもらわなくては死ねない。

不純な動機だが、それでも生きる目的だ。生きる目的を失えば人は死ぬ。

だから、いかに不純でもいい。希望を持ち続ける。


「さてと、もう一踏ん張りいきますか………」


そう決意を決める俺の目の前に血まみれの物体が落ちてくる。

さっきまでとは形態が違うが、さっきのバケモノだ。


「なんか、モデルチェンジしてねぇか?何、そういう時期なの?」


どこからか湧き上がる謎の自信。心が少し落ち着く。

何故だろう。理由は知らないが取りあえずは今までの自分とは違う。

モデルチェンジしたのはこっちだったか。


「なぁに、意表を突いたてめぇに敬意を表してだよ」


丸くした体をゆっくりと起こしながら言う。

右腕以外は人間としての原型をとどめていない。まさしく、バケモノになった感じだ。


「もう油断はしねぇ」


ボソリと呟くのが聞こえる。

どこまでも俺を下に見て、俺を侮っていたあの男の姿はどこかへ行ってしまい、逆に油断の気配は完全に消える。

どうやらスイッチを入れてしまったらしい。


「死にさらせぇぇぇぇぇぇえええ!!」


叫ぶ男。

大きな剣の形をしていた右腕は、その本数を何倍にも増やす。


ーーーーーー体がバラバラに切り刻まれる映像。

切り刻まれているのは俺の筈なのに、それを見ているのも俺だ。

幾筋もの斬撃に斬られる俺は呻き声すらあげない。

現実から逃れようと目を閉じる。

瞬間的に視界が白い光に呑まれる。


体はまだ斬られていない。

心臓は動いている。目もまだまともに使える。体に斬られた痛みはない。

現実とあまりに乖離している現象に頭が混乱する。

が、状況を整理する前に男が右腕の剣を振り下ろす。

それもさっき見た幻影ものと同じ太刀筋で。 


「ーーーーーーー!!!」


敵の攻撃に合わせて前に飛び込む。

もはや左肩の痛みなど気にしていられない。

ただ生き残る為に踏み込む足は、ひたすら力強い。


負傷した左肩で受け身を取りながら、さっきまで自分が居た場所をちら、と見てみる。

目に飛び込んでくるのは無数の傷がついた白い壁。

無残に切り刻まれた植物。

判断が遅ければあそこに俺が追加されていただろう。


自分の目の前の危険に改めて痛感する。同時に自分の無力さにも。

色々な感情が渦巻く視界の中に美しい少女の横顔が見えた気がした。

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