4:神の告知は悲痛に響く
「ごめんなさい……?」
予想外の返答に呆気にとられ、ただ少女の言葉を一、二度反芻する事くらいしか俺にはできなかった。
しかし、目の前の美少女はそんな唖然としている俺の事などお構い無しで謝罪を続ける。
「実は君は全然、理外者とは関係なくて、容疑も全くかかってないし、全然疑われてもないんだけど、えっと……その……私の早とちりというかなんというか、いつも私すぐ横着しちゃって、それで、その、今回もいつものが出ちゃったというか、そんな感じで、ええっと……その……」
話の内容の半分以上は頭に留まることなく空気中に放出されていたが、その中でもたった一言だけは明確に聞き取れた。
「……理外者じゃない……」
「そう、君は理外者とは全くの無関係だってことが分かって……それで……」
ああ、なるほどな。それでこの謝りようか。
と一人胸中で勝手に納得した。
つまりはこうだ。
「俺は無意味に殺されかけたと。そういうことか……」
「うっ………」
その言葉を聞いた瞬間、目の前の少女は軽くうめき声を上げ、申し訳無さそうにこちらを見てくる。それも上目遣いで。
「あぁいや、別に責める気は無い。ただ昔からたまにこういう事があってさ。殺されかけたのは初めてだけど」
と、冗談混じりのつもりで話したのだが。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱり怒ってるよね、今更どうこう言うつもりはないけど、その……私にできる事だったら何でもするから……その……許して……ほしい……な」
少女は殆ど泣きながら、それこそ目にいっぱいの涙を浮かべながらという形容がぴったり、許しを乞うものだからまるで俺が悪い事したみたいな雰囲気になっている。
周りの目が無いだけまだマシだが。
「何でもって……、そんな事……」
と言いかけるも、少女の涙ながらの謝罪にかき消される。
これじゃ、いつまで経っても埒が明かない。このまま泣かれ続けるよりはマシだろう。
と、当初の作戦も忘れ少女を泣き止ませる事に尽力している自分に、とことんお人好しだなと戒めのようなものを呟きつつ、
「それじゃあ、一つ」
と、人に喋りかけるよりも大きな声で、少女の耳にきちんと届くように、はっきりと、噛み締めながら話す。
「無闇矢鱈に人前で何でもするとか言わないこと。ええっと……その……なんつーか…、可愛い、んだから!もし、相手が俺みたいにお人好しスキルをカンストしているような、聖人じみてる人じゃなかったら、絶対、なんだ……その……まぁ、色々!色々されてるから!きっと。
だから、なんでもするなんて言っちゃ駄目だ。
あと、泣くのも禁止。笑顔のほうが可愛いよ……うん。きっと……」
可愛い、という単語の部分だけ茶を濁すようにごにょごにょと呟いたが、それ以外はきちんとはっきりと少女に伝わっているはずだ。
正直ここまでするのもどうかと思うが、自分の知っている人間が不幸になるのよりはずっとマシだ。
そうだ、これは俺のための事だ。誰の為でもなく俺のための事。
一人で勝手に頷きながら納得していると、少女は俺の言葉を聞いて安心したのかホッと胸をなでおろしたような表情、笑顔を見せた。
やっぱり泣き顔よりもそっちのほうが可愛い。
「あ、そうそう。それとね、あなたの執行機関所属が決まったわよ」
「ん、あぁそう。おっけー、了解了解。ーーーーーーーん?」
「ーーー??どうしたの?」
不安げな感情ををその黒い瞳に浮かべながらこちらをじっと凝視する。
そんなに見つめられるとなんかめちゃくちゃ恥ずかしい。
いや、そんな事よりも今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが。
「い、今………なんて……?」
「いや、だから。君は一般人以上の魔力を有するから監視及び訓練を兼ねて連邦特務執行機関に所属することが決まったの」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」
突然の大声も大目に見てほしい。何せそれだけのことなのだから。
見ると、少女は耳を塞ぎ、涙目になりながらこちらを睨んでいる。
「ごめん急に大声出して、あまりに俺の耳が悪すぎたみたいでさ、執行機関に所属なんて、そんなねぇ、物騒な、ねぇ」
「全く間違ってないけど……?」
一体彼は何を言っているのだろう?と言うようなポカンとした表情で首を傾げているが、こっちからすればそれこそアナタハナニヲイッテルノ?状態だ。
「いや、だって、難しい試験を受けて、それに受かった人を更に篩にかけるっていうあの執行機関だろ?合格率が一割切る超エリート機関だろ??」
そんなところに俺がなぜ入れる。という気持ちを少女にぶつけるべく、自分の知っている情報のありったけを吐き出した。
しかし、それでも少女は不思議そうに、
「それなら尚更いいでしょ?だって超エリート機関なんだよ??」
と、首を傾げたまま言うもんだからこりゃもう抗えないな。
なんてがっくりと肩を落とす。
しかし、まだ決して諦めた訳ではない。こちらにも最後の切り札が………
「あぁそれと、高校の方にも連絡はいったと思うから」
最後の切り札は呆気なく消滅した。
これはいよいよ諦め時だろう。まぁ、明確に進路が決まってたわけではないし、なんちゃって入社できるならいいかな。
と、プラスの方に思考をまわす。
それによく考えたら目の前のこの子と同じ職場なんだぜ?最高だろ?そう考えればそこはもはや楽園ではないか?最高の職場なのではないだろうか?
そう考えればその選択も悪くはない。
と、無理矢理にでも自分を納得させる。
「はぁ……わかったよ。よぉくわかった。つまりはアレだろ、そのぉ……うまい例えが思いつかねぇな」
と、一人ぼやきながら外の景色を眺める。
まぁ、少なくとも一、二週間はこのままベッドの上でおねんね生活が続くだろうからその間に覚悟を決めておこう。
いくら優柔不断でも二週間位考えに考え抜いたら一つの事くらい決められるだろう。
頭の中で現状を整理しながらこれからの予定をたてていた時、僅かにサイレンのようなものの音が耳に届いた。
そのサイレンの発生源は外から、きっと先程の黒服強面四人衆だろう。
そのサイレンは少女の耳についている小型端末にも届いているらしく、今までの涙目とはうって変わり、出逢った時のあの射殺すような目つきに変わっていた。
「あ、あのっ……もしかして……」
「ん?あ、あぁそう、そのもしかして」
緊張感の張り付いた顔のままぎこちない笑顔をこちらに向け、席を立つ。
「また、お見舞いに来るから。後でね」
そう言いながら足早に部屋を出ようとする。しかし扉の前で急に立ち止まりくるりと振り返る。
そして、今度はぎこちなさの欠片もない笑顔で。
「それと、ありがとねっ」
そう謎の感謝を残して部屋を出ていってしまった。
一体何の感謝だろうか。
まぁその真意もいつか確かめるとして、今はとりあえず養生養生。
少女が出ていくのを見送ると、また外の景色を眺める。
と言うか今日は何日だろう。何日間寝ていたのだろうか。
肩の痛みから二、三日といったところだろうか。まだ、動かすには早いようだ。
「少し探検するか………」
受け入れられそうもない運命を紛らわす為に今は少し体を動かしたい。
そう言ってまた災厄へと足を踏み入れていることに気付かないまま、呑気に病室の外に出た。