3:夢のようなうつし世のような
「ーーーーーーーっーーーここは………??」
視界に映る乳白色の光は人工の光。きっと蛍光灯かなんかだろう。
できれば目覚めは人工の光でなくて自然の光、太陽光なんかが良かった。
なんて贅沢を言う前にまずやるべき事は、手足が動くかどうか。
つまりあれだ、生存確認というやつだ。しかも自分でやるタイプの。
まずは利き手である右手を動かし、次いで左手、を動かそうとしたが痛いのは嫌なので後回し。
左右の足首をぐるりと回し、両脚に力が入るかも確認。
そして、諸々の体の部位が動くことをきつめに巻かれた包帯に苦労しながらも確認した後、大きく息を吸い覚悟を決める。
最後に怪我をした左肩と左手を動かそうとするが、やはり激痛が走り途中で諦める。
しかし、その激痛が今自分が生きている証明となり、同時に安心感をもたらす。
すると次に確認すべきなのは自分の置かれている状況と、自分が今どこにいるか。とりあえず重力の働く方向から自分はベッドの上にいるということが分かる。
頭の下にあるのは自分の家のものと似ている至って普通の枕の感触。
半開きの目で周りをぐるりと見回すと、目に映るのは白い壁、白いタイル張りの床、白い天井に、目覚めと同時に視界に映った乳白色の蛍光灯。
白一色で構成され清潔感の溢れるこの部屋はもしや病室の類だろうか。
それとも斬新な拷問室。
できれば前者の方が望みだが理外者の疑いをかけられている以上後者である可能性も否めない。
もしここが後者だった場合、俺は無意味な拷問にかけられ、自分の言う真実を嘘だと言われ続け、信じてもらえないまま死ぬ。
これが最悪のケースだ。
しかも、最悪のケースでありながら最も可能性の高いケースであるというとんでもない鬼畜仕様。
一体こんな鬼畜ゲー誰が好き好んでやるんだよ、まったく。
と、叫びたい気持ちを抑えつつも、それを胸のうちに秘めたまま状況を整理する。
今自分が最悪の状況に置かれているのがなんとなく分かってきた。
ならば、なんとしてでもこの状況を打破しなければならない。打破できなければ死ぬ。
打破する方法、状況を覆す奇策。
それを見つけるために思考を駆け巡らせ、頭をフル回転させる。
しかしどうにもそのような奇策は浮かんでこないし、アイデアも降ってこない。
自身の、ある種無力さのようなものに苛つきながらも懲りずに考え抜いているところに、
「ここがその部屋です」
という男の声が聞こえた。
そして次に聞こえてきたのはドアの開く音。それと、かつん、という足音がいくつか。
俺のみが横たわっている部屋に幾つかの靴音が死刑宣告をするかのように冷たく無機質に響き渡る。
その響きは俺の緊張状態を極限まで上昇させる。
叫びたい気持ちは最高潮に達し、今すぐにでも発狂しそうなのを抑止するのは手足にきつめに巻かれた包帯のみ。
段々と近づく足音に自分の余生が縮まる感覚を覚えながら、必死の抵抗をすべく体をベッドから起こそうとする。
しかしそんな抵抗も虚しく、四人組の男が現れる。
どの男も黒い軍服のような服に身を包んでいて、それぞれから発せられる威圧感は一般人が発するものでは無かったし、一般人が受けて良いものでもなかった。
改めて自分の置かれている状況の悪さを痛感する。
見下すような侮蔑の視線は何か言いたげに、それでも何も一言も言葉を発しないまま暫く、一分ほど時間が過ぎ去った。
その一分間の濃厚さは自分の人生の中で一番濃厚だっただろう。
一瞬が引き伸ばされ一分に。一分が引き伸ばされ一時間に。
そんな連鎖反応とも言えるものを繰り返した一分間の濃厚さは語彙に自信の無い自分には何とも言い表せないほど奇妙だった。
「入ります」
しかし、その奇妙な時間の終わりを唐突に告げたのは何処かで聞いた覚えのある声だった。
鈴のような声はずっと聞いていたくなるほど魅力的で、同時に"死"を想起させるほどおぞましいものだった。勿論、俺にとってはの話だが。
「容態の方どうで………あら、意外と元気そうね」
部屋に入ってくるなり人を見下したような声で言葉を投げかける美しい少女。
俺はその少女を知っている。知っている、というかもう知り合いなどでは済まされない関係にいる。
なにせ一度無関係の罪、いわゆる冤罪と言うやつで殺されかけてるんだから。そんな少女と知り合い程度の関係などと言えるほどのタフさをまだ持ち合わせていない。
「まぁ、それだけ元気そうなら心配しなくて良さそうね」
ーーーどこが元気そうだ!俺の左手と左肩!!どう見ても重症だろ!
と、叫ぼうとするが周りにいる男達が怖くてそんな気持ちも何処かへ飛んで消えていった。
しかし、怒りの方はまだ消えていない。
この怒りをどうぶつけてやろうか、様々な方法が頭の中をよぎる。
そして脳内投票によって決定した作戦、と言うほどでもない作戦、は一人になった時を狙う。と言うものだった。
響きだけ聞けばかなり危うい感じだが、決してそういうことではない。
というのも、俺の知っている感じだと、こういう尋問系はその中で一番偉いやつが一人で聞くと相場が決まっているのだ。
俺の中だけでなのかもしれないが。
そして、黒服四人と、白服一人。
どう見たってあの少女のほうが位が高いに決まっている。もし仮に黒服の方が位が高かったとして、四人も来るだろうか。普通は逆だ。
よって導き出される答えは一つ。
俺の読みが正しければ、少女が一人残って俺に尋問を始める。
その時を狙えばーーーーーーー。
と、そこまで考えが纏まった時、あることに気づいた。
よくよく考えれば俺は今、被疑者という立場の人間の筈だ。
つまりはまぁ、きっつい尋問、場合によっては拷問、的なものが俺を待っている訳なんだが、つまりその少女が一人になった瞬間、俺の死が確定するんではないだろうか。
それってつまり文句を言う言わないとか、そういう次元の話は軽く超越しているって事でーーー。
段々と血の気が引いていくのを感じた。と言うかなぜ今までこの恐怖を忘れていたのだろうか。
忘れることができたのだろうか。
死というこの世界で最も確定的な事を。
今まであった怒りも、多少の緊張感も、その全てが恐怖へと上書きされていく。
そんな刹那、少女は涼しい顔で
「それじゃ、あなた達は外へ」
と、きっぱりと言う。それは俺への死刑宣告以外のなにものでもなく、恐怖に上書きされた諸々の感情はさらに恐怖の色を濃厚にしていく。
視界の端には部屋を出て行く、黒服の男たち。
かつん、という靴音が消え、
「それでは」
という野太い男の声、きっとこの声は最初に聞いた男の声だろう、が短く別れを告げると、スライド式のドアが閉まる音が聞こえる。
無慈悲なまでに機械的なその音は俺が最後に聞く音になるかもしれない。
今まで短い人生だったな、と自分の人生に別れを告げそっと目を閉じる。
長い長い沈黙。
なかなか死が訪れない。もしくは既に死んでいてそれを肉体と魂が認めようとしていないだけか。
どちらにせよ絶望的な状況だな、なんて考えながらひたすらまぶたの裏側を凝視する。
「ねぇ。君、何してるの?」
「はぇ?」
まぶたの裏側を凝視することに全身全霊をかけていた俺は、唐突に耳に飛び込んできたその質問の意味がわからず、人生史上最高にわけわからん返答をしてしまう。
「いや、だからその……。ずっと黙ってるけど、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「はぁ…………、言いたい事……………」
やはり、まだ展開が呑み込めず生返事をすることしかできない。
「まぁ、無いなら私から言うけど、それでいい?」
「えっ??あ、あぁ、はい。どうぞ………お先に」
「そう、じゃあ言わせてもらうわ」
こほん、と軽く咳をする。
なんだろう、今からスピーチでもするんだろうか。
あまり長いと、俺眠くなっちゃうから短めのやつがいいな。
と、いつの間にか死の恐怖から開放されていた俺は、いつもの調子に戻りつつあり、胸中で軽口を叩けるまでには戻っていた。
「ーーーーーーーーー」
暫くの間、少女と俺の間には重くのしかかる様な沈黙が横たわっていた。
あまりにその沈黙がいたたまれないため、俺の方から話そうかと思い始めた頃、
「ご……………」
小さく、沈黙の中に居なければ聴き逃してしまうほど小さく、少女はそう言った。
「ご………………、ご…………、」
何を言いたいんだろう、流石にゴリラ、とかそういう悪口じゃないよな。
と言うか急にそれ言われたら俺のメンタルが木っ端微塵間違い無しなんだけども。
でも、きっとそういった類の事では無いのは、少女の表情からわかる。
少女の頬は入室時よりも紅潮していて、ほんの少し艷っぽかった。
そんな表情で悪口言われたら俺はどんな反応を示せば良いのだろうか、喜んどけばいいのかな。
少女はなかなか覚悟が決められないのか、ずっと"ご"で詰まっている。
しかし決意を固めたのか、大きく息を吸った。
一体、何を言うつもりなんだろう。
「ーーーーーーごめんなさいっ!!」
少女の言いたい事は俺の予想の斜め上。
それこそ、次元が違うレベルで予想外だった。
謎の2日連続投稿です!!
基本的には週二、三話を目安に投稿したいですね。
最低でも一話は投稿するので!!
よろしくお願いしまーすm(__)m