2:目覚めてからも夢の中
ここはどこだ。
今俺はどこにいる。
確か、俺はーーーーーー。
死んだ。
思考の終着は案外早く、自身の死をすんなりと受け入れる。
ならばここは天上の楽園である天国か悪魔たちの巣窟である地獄か。
悪い事をした覚えはないが、特段いい事をしたような覚えもない。
こういう場合、地獄と天国のどちらに振り分けられるのだろうか。
できれば地獄は嫌なんだが、かと言って天国もいいイメージしかないという訳ではない。
できる事なら普通に暮らせるようなところが良いなぁ………。
ーーーーーーいやいやいやいや、俺は何を呑気なこと言ってる??
馬鹿なのか?脳が足りてないのか?味噌を買ってくるべきか?買うならすぐそこにある業務用スーパーがいいと思うよ!なにせ普通の所よりいっぱい売ってるんだからね!!って本当に脳が足りてねぇんじゃねぇのか?俺は今死んでっからそういうの関係ねぇんだよ!!
と、ここであえて自身の思考ぐちゃぐちゃとこんがらがるような事をする。
勿論、意味なんてない。意味なんて無いし後付する気もない。
ただ、無理やり意味づけをするとすれば紛らわしたい。
自分が直面した死の恐怖、自身の魂がもう先程までの世界には無いという事への恐怖。
その他諸々の恐怖をひっくるめて、何かで覆い被せておかないと恐怖でどうにかなってしまいそうだったから。
ーーーちくしょう、あの美少女め!ぜってぇに許さねぇ。
今更恨んだってどうにもならないのは俺が一番知ってるんだけどよ、それでも何らかの方法で制裁を加えてやりてぇ。
あぁぁぁぁぁ、くそっっ!可愛いから余計にムカつくな!
死という一番関わり合いたくない、というか関わりを持ったら即死亡☆という事象に出会った事と、その原因であるあの美少女。
その二つにどこからともなく湧いてくる怒りと回想。
どこまでも冷酷で、どこまでも残忍で、髪の毛がきれいで、瞳が美しくて、顔が整っていて…………。
いつの間にか、論点がずれている気がする。と言うか今ここにいるのは俺一人なんだから論点も何もあったもんじゃ無いのだが。
それでも未だに、殺されてるというのに、あの少女の事を考えると胸が苦しくなる。顔が熱くなる。
これがもし恋ならば、俺きっと相当な変態なんだろう。
なにせ殺された相手に恋をしてしまったのだから。かなり酷い性癖とでも言うべきなのだろうか。いや、そんな事はない筈だ。多分、きっと、うん。
とりとめもなくそんな下らない事で頭の中を埋め尽くしていた時。
そんな、何に対しても全くの無防備だった瞬間。
目の前に、ある風景が映し出される。それは見覚えのある風景。
忘れもしない風景。忘れてはならない風景。
ーーーーー目の前に広がるのは焼け焦げた大地。
崩れ去った人々の文明。とめどなく溢れる死の気配。
そこにたった一本、死んでいった人々を嘲るかのように地面に突き刺さる黒い剣。
ーーーーー俺はこの風景を知っている。いや、忘れるはずもない。
十数年前に突如として起こった大天災。人類史の中で最も大きな被害をもたらした災害。
正確な呼称は決まっていないが、ある人は地獄と言い、ある人は理想郷と言い、またある人は裁きの体現だと言った。
しかし周りの人々がどんなに騒々しく騒ぎ立てようが、その頃まだ10歳にも満たない少年だった俺には、その災害をどうこう言えるはずもなく、ただ、自身の全てを、家族も、友達も、好きだったあの子も、近所のおじさんやおばさん、そして出会ったことのない数千万の人々。
その命を全て、一瞬のうちに奪い去った。
そういう感想しか持てなかった。
というより、そんなことはもうどうでもよかった。
誰一人として自分を知る人がいない世界。孤独な世界。
悲しくなんてない。悔しくなんてない。怖いなんて思わない。
微塵も思わない。
そう決めたんだ。災害が終わってから数日程経った日。
あの瞬間、誰も知らない、ベッドの上で目覚めたあの瞬間に。
過去の事は忘れようと。
失ったあまりにも多くのモノの事を忘れようと。
ふと、周りを見回してみると火は殆ど消えかけていて、焼け死んでいった人達の残骸がそこら中に転がっている。
普通なら吐き気を催すような光景でも、もう随分と前に慣れてしまった。
人間の"死"という、ありふれていない光景に。
ありふれてはいけない光景に。
一体どれだけの人間が生き残ったのだろう。
あの災害を、天から降り注いだ厄災を払い除け、強く生き残った人間というのは一体何人居ただろう。
そして、その数少ない一握りの人間の中で、どれだけの人が家族を、友達を、自身と関係のある人間を失わずに済んだのだろうか。
きっとそれはゼロに限りなく近い。そしてそれが意味するのは間違いなく、絶望という二文字だろう。
それから暫くして鎮火の次に起きた現象は、世界の消失だった。
そこら中に転がる焼死体を、ずっと昔に原型を忘れてしまった建造物を、ひび割れところどころ大きな穴が死へと誘おうとする大地を、その全て、何もかもを飲み込もうとする影。
それを無表情に傍観している俺。
ほんの一瞬、影に呑み込まれていく地平線の彼方に父親の背中が見えた気がしたが、きっと自分を失う直前に見た蜃気楼か走馬燈の類だろう。
そんな、夢幻の父親に別れを告げるように、そっと自分の目を閉じた。
それからはずっと無だけが広がっていた。無意識の中をただ歩み続ける。
意味も無く、自我も、自分すらも無く。
迷子の子供のように、親を無くしたあの日の自分のように、ただあてもなく歩き続けた。
歩いて歩いて歩き続けて、歩き疲れたらその場にへたり込んで泣き喚いて、助けを呼ぶ。
あの日の自分のように。