PROLOGUE:優しい夢に包まれて
理とは抗う事のできない決まりだ。
それを忘れ、そこから外れた者はもう二度と元に戻ることはできない。
それが理なのだからーーーー。
忘れもしない記憶ーーーー。
あたり一体を覆う黒い死体の山。
一呼吸するだけで肺が焼けるような空気。
そこかしこから漂う死を誘う呻き声。
あの時の身を焼くような絶望感を、あの時の肌を切り裂くような孤独感を、俺は二度と忘れない。
「えぇ、このように今から十年程前突如として顕れたのがこいつら」
授業中のうたた寝から醒め、寝ぼけ眼を擦りながら教壇の上で大袈裟な身振り手振りを交えつつ電子黒板の液晶画面に表示された画像を指差す男性教師を見ながら思う。
どうせ次に言う事は決まっている。それは
「理外者だ」
と、いつもの通りお馴染みの言葉をいつもと同じ時間帯に言う。
聞き慣れた単語は脳裏に焼き付くことなく耳を通り抜ける。
授業を聞き流しながら出会いと別れの季節、春について考えを巡らす。
できれば可愛い女の子と出会いたいなぁ……なんて考えながら窓の外から差し込む柔らかな春の日差しに目を細める。
何歳になっても昼下がりというのは眠いもので、授業に集中する気というものが削がれる時間帯だろう。
「おしっ、それでは授業はこの辺で終わりだ。復習しとけよ〜」
と手を振りながら教室の扉の外に出ていく。
すると同時に教室のあちこちからざわざわと話し声が聞こえ始める。
高校二年生としての生活も始まってはや一週間。
一年生のときの友達と同じクラスになったやつも、違うクラスになったやつも新しい友達の二、三人はできるくらいの期間が経った。
勿論、俺にだって友達くらい居る。居るが基本的に休み時間はいつも自分の席でボーッとしているので誰かに話しかけられない限りは、こちらから話しかけに行くと言う事はない。
ふと、時計に目をやるとホームルームの開始時間が差し迫っていた。
そしてホームルームが終われば大好きなマイスイートホームに帰れる。
「ホームルーム始めるぞ。席つけぇ」
と、気の抜けた教師の声が聞こえる。
相変わらずやる気ねぇな、と心の中で呟き、また外の景色を見る事に耽る。
外の風景や、風に揺られる木々を見ているといつの間にかホームルームが終わる。
まぁ、しょっちゅうある事なんだが。
「んじゃ、ホームルームお終いっ。気をつけて帰れよ」
と、やはりまた気の抜けた声を出しながら教室から出て行く教師。
そんな教師の姿を見ながらある事にについて考えを巡らす。
さっさと帰ってさっさと一日を終わらせてしまおうという考えに。
机上の電子端末を肩掛け鞄の中に入れ、教室を後にする。
学校の廊下は下校や部活の生徒の発する声で充満している。
騒音問題に発展しないか。なんて馬鹿な事を考えつくもんだなぁと、自分の思考と会話しながら階段を降り、下駄箱代わりのロッカーがずらりと並んだ一階の大広間に向かう。
その間の階段にも沢山の生徒が居る。みんながみんな部活をしているという訳では無いが、下校する生徒はかなり少ない。
「そりゃぁそうだよな」
と、自分を戒めるが如く呟く。
未だ太陽は高い位置のまま、独り家路につく俺の事を嘲笑うかのように燦々と降り注いでいる。
一人でつく家路は時間のせいもあるのだろうが、やけに閑散としていて、降り注ぐ太陽光と吹き抜ける涼やかな風だけが家路に存在する音となっていた。
そんな寂しさを具現化している様な家路に異様な雰囲気を纏った違和感が澄ました顔で佇んでいた。
純白の軍服に似た服に身を包んだ美しい少女。
美しい体のラインは服の上からでもよく分かる程洗練されていた。
絹のように流れる長く黒い髪は見るものを魅了し、遠目からでもわかるほどきめ細かで新雪のように白い肌。
その少女の容姿を心中で愛でている時、ふとその完璧に近しい程美しい少女と目が合った。
黒い双眸は見つめていると吸い込まれてしまいそうな程純粋で、いつまでも見ていられそうだった。
決して広いとは言えない幅の道路の隅に佇む美少女。
徐々に少女との距離が縮まっていく。
別に少女と話すわけでもないのに心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。
「さっきからジロジロと。何か用でも?」
耳の奥に浸透していく凛とした鈴のような声。
どこか冷ややかで全てから自分を隔絶するよう、全てと一線を置く様な声。
どう見ても自分と同い年くらいの少女の声にしてはあまりに大人びている声はまるで俺を責めるかのように刺々しく発せられる。
「い、いや……そういう訳じゃ」
突然の事に驚きつつも少女の問いに身振り手振りを付け加えながら誤解だということを伝える。
しかし未だ疑いが晴れないのか、少女はその吸い込まれるような黒瞳で睨み続けてくる。
しかし、喜ばしい時間というのは往々にしてすぐに過ぎ去ってゆくものだ。
そんな少女との時間も瞬く間に過ぎ去っていった。
ーーーー本当ならそこで俺とその少女の邂逅は終わりを迎える筈だった。
それが、ほんの少しの間の邂逅で収まる運命だったのならば。
少女から目を離し、そのまま家の方向にまっすぐと向かおうとしていた時、それは俺の左頬を掠めた。
蒼白く光る氷柱状のそれは俺の左頬を掠めた後、緩やかに放物線を描きながら高度と速度を落としていき、俺から十メートル程の距離の地面に到達すると同時に光の粒子となって空中に霧散した。
まぁ、なんともファンタジー。
とそこでボケれれば俺もかなりの大物になる見込があったんだろうが、常日頃心に余裕が無い方の人間である俺はそんな高等テクニックは持ち合わせていない。
今はただ、左頬を掠めた氷塊状の物と、先程の少女の事で頭の容量はパンパン、いやむしろキャパオーバーだ。
言葉も出せない程、焦燥が募り、それと同時に死の迫る恐怖が全身を突き抜ける。
なんとか後ろを振り向き、先程の少女と目を合わせる。
「今……のは??もしかして最近の流行りとかじゃないよね……ハハハ」
と乾いた笑いとともに今の自分にできる限り最大の軽口を叩く。
自分の性格上こんな事を言う様な事はないのだが、まぁ今ならしょうがないだろう。
というかできれば冗談で済んで欲しいという願望のほうが強かった。
しかしそんな願望も、僅かに抱いた希望も少女の黒い瞳に宿る刺々しい殺意によって掻き消された。
「成程……、冗談じゃ……無いみたいだ。ハ………ハハ……ハ」
未だに一言も話す事の無いまま漏れ出る殺意だけが彼女を表しているものだった。
暫くの沈黙。
僅か数秒の事だったんだろうけど、今の自分には数分にも及ぶ程長く感じれた。
その重くのしかかるような沈黙を破ったのは他でも無く少女本人だった。
「………理外者対策法第三条………知ってる?」
その冷たい声は先程聞いたそれよりももっと冷たく刺々しいものだった。
「い、いやぁ……し、知らないなぁ………」
これが他愛の無い冗談でこの後何も起こらないという希望は捨て、それでもできる事なら穏便に済ませたいという事を念頭に置きながら返答を続ける。
「それじゃあ教えあげる」
より一層冷たくなった声。それに比例してまるでまわりの温度も下がっているような錯覚に陥る。
「っーーーーーー!!!」
いや、これは錯覚ではない本当に俺と少女の周囲の温度は下がっている。
それに気付いたときにはもう遅かった。
「理外者と思わしき者は即拘束、又は抹殺ーーー」
そうキッパリと言い放つ少女の手にはいつの間にか刃渡り1メートル程の刀が握られていた。
「ハ、ハハハ。終わった」
乾いた笑い声が漏れると同時に体はその場から逃げ出そうとしていた。
出会いの季節、春。
俺は最悪の出逢いを果たしたのであった。
向かい風で誰かと別れ、追い風で誰かと出会う。
そのどちらの風も爽やかで心地よいから春は憎めない。
春ですね、皆さん。ニン(*´▽`*)マリ
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