ロイと話し合ったものの
少しだけ、昔の話。英雄が死んだ。その英雄はある騎士団の団長をしていて、町の人だけでなく商売敵の他の騎士たちや、中央に住む貴族からも慕われる男だったそうだ。
だから、彼の死は周囲にショックを与えた。特に彼の率いていた騎士団はほぼ解体状態になった。彼のそばにいたくて騎士になった者が多く、まずそういった者たちが退団してしまった。次に、リーダーを失ったことで、仕事の量が減ってしまい、もっと金払いの良い騎士団に移籍したものがいた。最後に、彼の後継がまだ騎士になりたての彼の息子だということに納得できない者たちが去っていった。
こうして、灰猫騎士団は小規模な騎士団になった。しかし、団の雰囲気は良かったという。若いが真面目なロイと、彼を支えようとする団員達。町の人々も、彼らを受け入れた。
しかし、仕事が軌道に乗り始め、団員を増やすために募集でもしようと思っていた矢先のことだった。ロイが自分たちより大人数の騎士団に決闘を申し込んだのだ。
きっかけは些細なことだった。その騎士団の団長がロイの父親のことを悪く言っただけ、一言か二言の侮辱を聞いて頭に血の上ったロイは相手に向かって、自分の手袋投げつけた。
この世界では、騎士団の団長と団長が決闘をすること、それは個人の問題ではなくなる。言い換えてしまえば団と団の戦争になる。自分たちより、団員の経験も、団員の人数も、すべてが上の騎士団に灰猫騎士団は惨敗した。
そして、敗北によって不名誉と謝罪のための賠償金を支払うことになった。数日後、ロイは再びある騎士団に決闘を申し込んだ。その騎士団はロイの母親を侮辱した。ある時は、ロイの祖父を、ある時はロイの仲間を……。
どんな理由があっても、勝手に勝ち目のない決闘に巻き込む団長についてくる団員はいなかった。
そうして、ロイ=シュナイドは一人になった。
「……最近は、落ち着いて来たんだけどね」
ロイが決闘を申し込んだ翌日。俺は、豚のしっぽに来て食事をしていた。目の前には頬杖をついたアリカがいる。
ロイは家に帰ってから部屋に閉じこもっている。予定していた仕事もまともにできそうになかったので俺一人でできる範囲の仕事をした後、豚のしっぽのオヤジさんに誘われて食事をおごってもらっているのだ。
「大体、灰猫の悪口言うのは流れ者でね、町に昔からいるほかの騎士団や町の人はそういうのを許さなかったから、悪く言うような奴は自分から出て行ったの。ロイさんも少しは自分を抑えられていて、酔っぱらいとかの話は聞き流せていたし」
「でも、スネイルの話は聞き流せなかった。ってことだろ」
「だって、あんただって見たでしょ。あの男の話し方……、人の神経を逆なでするために生まれてきたんじゃないの?あれ」
「そうだな……。自分で聞いてみろよ。ご来店だぞ」
「えっ!?」
入り口には、スネイル率いる緑蛇騎士団の面々がそろっていた。スネイルの両横にはグログとワイドの顔も見える。
真っ先に、飛び出したのはアリカだ。スネイルの前に仁王立ちする。
「どういうつもりで、ここに来たのよ。あんたたち。出入りは禁止になったでしょう?」
ギロリと睨み付けるアリカの形相。しかし、スネイルは笑顔で対応する。
「いえいえ、お嬢さん。勘違いをしてしまっては困る。ほら、まだ入ってはいませんよ」
確かに、まだ店の敷地内には入ってはいない。後、半歩程度だが。汚い一休さんか、こいつは。
「……どっちにしろ、営業妨害よ。早くどいてよ」
スネイルは笑顔を崩さない。
「えぇ、約束は守りますよ。私たちはこのお店には入れません。……今はね」
「……どういうこと?」
「おや?聞いていないのですか?酒場というのは人が集まり情報が交換される場所です。てっきり私は―――」
「要件を!どうぞ!」
唸るような、声でスネイルの声をかき消すアリカ。
「我々の契約は、あくまで灰猫の騎士団と緑蛇騎士団の間で交わされた契約です」
「それが、何よ」
スネイルは頬を上げて答える。楽しくて仕方ないって表情だった。
「契約を交わした灰猫の騎士団は、近く解散となるでしょう。ですから契約自体が無効です。もちろん、この町を退去する必要もなくなる」
今度は俺が、スネイルの前に立つ。
「おい、冗談はそれくらいにしておけよ!蛇野郎!」
「おや、あなたは。ここにいたのですか。いやはや、昨日はお疲れ様でした。手打ちが、うまくいって良かったですね。もっとも、手打ちがどうとかの話では無くなってしまいましたが」
「てめぇ」
「いや、でも危ないところでしたよ。彼の情報は十分集めたので。おそらく数分で終わると思ったのですが、ギリギリになってしまいましたね。大変でしたよ、彼のおじいさまの話もしたし、彼のお父様の話もしました。もちろん、お母様の話もね」
「……ゲスが」
「いやいや、褒めているのですよ。徐々に顔が赤くなって、彼の整った顔が歪むのはちょっとした興奮を覚えました。もう少しだと自分に言い聞かせていたのでしょうね。でもね、最後に、最近灰猫に入った頭のちょっと足りない新人の話をしたらもう―――」
「黙れ!!」
俺は自然にスネイルのにやけ面に向かって拳を放っていた。
パンッ!
しかし、その拳はスネイルに当たる前にグログによって止められていた。そして―――。
「グフッ!」
俺の腹に木剣が入っているのが見えた。顔を上げるとワイドの顔。
「今回は防具は無いみたいだな。えへへ、ずっとこうしてやりたかったぜ」
たまらず、俺は床にしゃがみ込む。俺はの耳元にスネイルが頭を下げると囁いた。
「まぁ、安心すると良い。あなたの団長はあなたほど短絡的な馬鹿ではありませんから」
どういうことだ。と、声を出そうとするが出るのは嗚咽だけで声にはならなかった。
スネイルは顔を上げると緊張が走る店内に向かって声をかけた。
「ご心配はなく、対したトラブルではありません。それに今のは正当防衛、どうかご容赦を」
そして、慇懃無礼に頭を下げると、笑顔で去っていった。
俺は、起き上がると座り込んでわずかに呼吸を整える。日々の鍛錬のためか深呼吸を重ねると自然に呼吸は落ち着いてくる。もう少し休んでいけというオヤジさんとアリカの申し出を断って、俺は家に戻ることにした。もともと、そのつもりだったし、何よりスネイルの言葉が気になった。
歩いていた足は自然に早くなり、気が付けば俺は走っていた。
「ドン」
扉を強く開ける。目の前には驚いた顔のロイがいた。その姿は、この前の手打ちで着たものと同じ正装だった。
「はぁ…はぁ……。よぉ、団長。どうしたんだよ、おしゃれして」
ロイは俺から目をそらして答えた。
「緑蛇騎士団と話をしてくる。決闘自体は町長の前で申し込んだことだ、無かったことにはできない。しかし、決闘を回避することはできる」
「へぇ、そんなうまい話があるんだったら、朝一にでも行けばよかったじゃねぇの。随分、のんびりしてたんだな。ははっ」
ロイは俺から目をそらして黙っている。黙っているなら、こちらがしゃべるだけだ。
「……おい、どんな条件で回避すんだよ。頭を下げれば済むわけじゃないだろ」
ロイは苦しそうに答えた。
「緑蛇の騎士団との契約はすべて、無かったことになる。彼らの滞在に関して、町長には延期を進言する。そして、しばらくは彼らの仕事を手伝うことになる」
―――ダッ!
俺はロイの首襟をつかむと壁に押し付けた。
「おい!冗談だろ!酒場のオヤジさんたちを裏切った挙句!あいつらの仕事手伝う?あいつらの町での噂は聞いてるよな!」
緑蛇の騎士団は、この国の法律の隙間をついて恐喝や詐欺まがいの仕事をしていた。
「ロイ!お前がウザいぐらいに語った騎士道はどこ行った!?お前の親父さんやお爺さんだって―――」
「お前に何が分かる!!それに父も祖父ももういない!だからこそ俺が守るんだ!騎士団だけは守るんだよ!!」
ロイは今までないような強い口調で俺の首襟をつかみながら、逆に俺を壁に打ち付けた。
「何も知らない癖に調子に乗るなよ!何があっても騎士団は守ってきたんだ!皆が去っても!一人になっても!それに、あいつらが何かしたときにそばにいた方が動きやすくなる!」
「一人になっても!?じゃあ、あれか!俺が出てってやるよ!原因の一つが俺なんだろ!だったら、喜んで消えてやるよ!別の国でも別の世界にでもなぁ!」
「悪いのは俺だ!自分の馬鹿さは誰よりもよくわかっている!!だから責任を取りに行く!思い通りいかなくても、大切な何かのために何かを捨てなきゃいけないこともある!……お前には悪いことをしたと思う、出ていきたいなら止めない。しかし、これでもよく考えた。ただガムシャラに動くわけには行かないんだ……」
ロイはそう言うと、腕の力を緩めた。話はこれで終わりというつもりらしい。しかし、俺は終わらせるつもりは無かった。緩んだロイの手をはじいて再び俺が先ほどより強く壁に叩きつけた。
「おい!急に冷静になったつもりか!これが大人の対応ってか!思い通りにいかない?思い通りに動こうともしてねぇだろ!何かを捨てる?捨てない方法本気で探したか!?」
俺の目を見たロイが言葉を詰まらせる。
状況は違う、特に共通点がある訳では無いのに、ロイの姿が俺に。この世界に来る前の俺に重なったのだった。