一発逆転が成功したものの
「まったく、騎士にあるまじきことです。闇討ちなどとは!」
スネイルはニヤケながらまるで演説のように話し出した。
「我々は、おとなしく引き下がったのにこの仕打ち!町の皆さんも驚くのではないでしょうか?」
俺と途中から合流したロイ、アリカの意見を飄々とスネイルはかわし続けた。
「我々の仲間に襲われた?何を言っているのです?その時間、我々はおとなしく食事をしていました。最近物騒ですしね、どこぞのチンピラに恨みでも買ってでも襲われたのでしょう?今夜のことを見るに灰猫の騎士団が誇り高かったのは昔のことのようですしね!」
次第に、俺の声には熱が入る。スネイルの態度からこのまま押し切られてはまずいと全身で感じていた。
「顔を間違いなく確認した?おやおや、この夜の闇夜で簡単に顔が分かるとは思えませんね。開き直りも甚だしい。大体証拠があるのですか?言っておきますが、お連れの団長も娘さんも、あなたの仲間です。証人にはなりませんよ」
気が付けばアリカもスネイルに詰め寄っていた。しかし、スネイルは勝ち誇って叫ぶ。
「我々ですか?居ますとも!我が団の潔白は、先ほど食事をとった酒場の人々が証言してくれるでしょう!」
おそらく、ほとんどがスネイルの計画だったと思われた。俺たちを襲い、後をつけさせる。時間を稼いで、わざとやられる。最後にそれを正当防衛ではなく、ただの卑怯で乱暴な暴力行為にすげ替える。計算してやったのなら、この男ずるがしこさは一級品である。
スネイルに先導され酒場に入っていく。「犬の牙」と看板のかかった酒場はどことなく暗い雰囲気だった。中にいる客も、どことなく陰気だ。「豚のしっぽ」に比べると正反対の雰囲気だった。
スネイルの言う通り、酒場の客全員がスネイルたちは全員さっきまで飲んでいたと説明した。それは置いておいて、こいつら全員ニヤニヤと笑いながら話すので、気持ちが悪い。
一通り話を聞くとほとんど沈黙していた。ロイが口を開いた。しゃべらなかったのは酔っていたからではない、怒っていたからだった。
「ずいぶん、知った顔が多い酒場だな。少し前に、灸をすえたチンピラが多い」
アリカも怒っていた。
「そうね、うちの店を出禁になった奴ばかりじゃない」
俺は考えていた。なんとか逆転の方法を、おそらくスネイルは酒場の客を全員買収している。このままでは、俺はただの卑怯者だ。それも困ったことに、こういった問題は俺一人の問題ではない。
「しかし、困ったものですね。闇討ちとは、言っておきますが間違ったなんて言い訳は通じませんよ。わかったらお帰り下さい。我々はこれから、傷ついた仲間の治療をしなければいけませんので」
まてよ……。必死にスネイルたちとの会話を思い出す。そして自分のやった行動。俺が追った背中。しょうもない演技で痛そうにたんこぶをさすっている男。証拠。自白。思考を中断するようにロイの声が聞こえた。
「いい加減にしろ。私も襲われたときに相手の顔は確認した。緑蛇の騎士で間違いはない!」
「だったら証拠は?この場で証拠を見せてくださいよ」
「くっ!貴様らこのような行動をして、よくも騎士が名乗れるな。騎士というものはその立場を与えられた時から人々のため、町のために―――」
スネイルがロイの話をさえぎって嘲笑する。
「はっ。いつの時代のお話で?騎士というのは、力、知識、人材、そして情報を活用して君臨する集団を指すのですよ。そして、弱きものは排他されます。たとえ個の力が強くても、隙があれば丸呑みです」
「それが、貴様の騎士道か!」
「いいえ、これは現在の摂理。さぁ、話が終わりです!お帰りいただきましょう!こちらも、忙しいのですよ!明け方には町の皆さんに教えてあげなければ。堕ちた誇りある騎士団の物語をね」
時間がなかった。今行動しなければ、状態は転ばない。成功の確率は低い。失敗すれば恥の上塗り。状況は悪化するかもしれない。ロイにも迷惑がかかる。
しかし―――。この世界に来てから後悔だけはしないと決めている。
「ま、待ってくれ!そ、そうだ!お、思い出したんだ!」
全員の視線が俺に集中する。俺はつばを飲み込む。できる限り、自然に演じる。状況が悪くなって、焦って、苦しくなって、冷静さを失った馬鹿を演じる。
「た、確かだ!確かに俺は、さ、最初襲われたときに敵に一撃を食らわせてやったんだ!間違いないぞ!きっと!きっと!き、傷が残っているはずだ!」
一同はポカンとしている。一人の男がまともに回らない舌で噛みながらいきなり大声でしゃべりだしたのだ。滑稽で、狂っているように見えたかもしれない。それは、少し間違えれば俺を笑い出す空気になりかねなかった。
しかし、笑い出す隙など与えるものか。
「お前だ!おい!お前!」
俺が指さしたのは最初に俺を襲った男だ。
「ヒルサキ落ちつ――――」「大丈夫―――。」
ロイとアリカが口を出そうとする。俺は視線を鋭くロイとアリカの目を見る。黙っていてくれ!
二人は驚いたように、口をつぐんだ。
「お前!傷が残っているだろう!見せろよ!間違いねぇんだよ!」
気圧されつつ男は口を開いた。
「あんた、何言って―――」
「いいから、早くしろよ!このままじゃ!俺たちが悪者になっちまうだろうが!!それともあれか!あまりに傷が大きくて見せられないのか!お前は弱すぎて!綺麗に一撃が決まったもんな!」
徐々に、男の表情が変わっていった。俺にあきれてはいるが、自分のことを馬鹿にされるのが気に障ったのだろう。
「ちっ。ごちゃごちゃ、五月蠅い奴。わかったよ、じゃあ今から―――」
「黙れよ!認めたんなら!とっととしろ!」
俺の発言に、膨れつつ男は黙って服を脱ぎだした。マントを外し、胴当てを外す。その下の服を脱ぎ、俺に横腹を見せた。そこには、傷など一切ないきれいな肌があった。
「どうだ?傷はあったか?ある訳ないよなぁ?俺はそんなところ行ってないんだから。分かったらさっさとここから―――」
「おい!ロイ!今の見たか?」
俺は、ロイに話しかけた。
「……あぁ、見たが」
俺は、続いてアリカに話しかける。
「おい!聞いたな!ひん……アリカ!」
「ちょっと!今なんて言いそうになった?……聞いたけど」
急に、元気になった俺を酒場の全員が怪訝な顔で見る。
「スネイル!あんたも見て聞いたよな?」
「あなたはいったい何を……」
俺は、急いで酒場にいる人間一人一人に確認を取る。
「おい!お前ら!確認するぞ!俺はあいつに傷を見せろと言った!そして見せた!そうだな!?」
「あ、あぁ……」「確かに……」「でも、なんであんたが勝ち誇っているんだ?」
俺が喜んでいると、背後に気配。そちらを振り向くといきなりパンチが飛んできた。俺はそれを紙一重でかわす。
「ふん、剣だけじゃなくてパンチも遅いのな?ちゃんと毎日素振りしてるか?ちなみにうちの団は千回やんないと団長が寝かせてくれないんだぜ」
その拳は、上半身裸になった俺を最初に襲った男のものだった。
「ちっ!ちょこまかと!でも俺はお前を襲っていない!傷がないのが何よりの証拠だろうが!」
俺は、男の勝ち誇った顔を見ながら笑う。
「ははっ!そうだな。傷は無いな確かに」
「そうだろ!つまりお前の主張は間違っているってことだろうが!」
俺は相手を馬鹿にしたように言い放つ。
「傷がないのは当たり前だろ?攻撃は防具上からやったんだ。傷は残んねぇよ」
「だったら。どうし……。はっ!?」
気が付いたらしい。俺は大きな声で質問した。
「お前、なんで俺の一撃が横腹って知っていたんだ?受けたのは頭や肩、足だったかもしれないじゃないか」
ロイと、アリカの息をのむのが聞こえた。スネイルをみると悔しそうに馬鹿をやった団員を睨み付けていた。
「そ、それはお前が……。腹の傷って……」
「言ってねぇよ!胴、ボディ、体とも言ってない!ただ一撃を加えたから傷を見せろって言っただけだ!わざわざ、酒場の奴らにも確認した!なんで横腹を勝手に見せた?お前が実際に攻撃を受けたからだろうが!」
「い、いや…でも……だって……」
「ふん!傷は無いが、間抜けは見つかったようだな!」
勝ち誇った俺に、スネイルが近づき話しかけてきた。表情は少々強張っている。
「い、いえいえ。確かにそのように言っていたように記憶していますよ……。確かに、腹と……」
「はぁ?」
ふざけている。こいつ、ここを押し切るつもりだ。スネイルは自分の後ろにいた酒場の客にも同意を求める。
「確かに言っていましたよね?腹とか、胴とか……」
「そ、そういえば……」「言ってたような…」「言ってなかったような……」「ちょっと聞こえたような……」「聞こえなかったような……」
ざわざわと、声が上がってきた。馬鹿な。こんなのダメだろ!なんとかしないと――――。
シュッ!!
空気を切り裂く音。その音は、酒場の空気も、俺の思考も切り裂いて。自身に注目を集めた。
「子供の時、嘘をついて畑の肥料にされた男の童話を、聞かせてもらったことはあるか?」
木剣を片手に構えたロイは穏やかな表情で続けた。
「その童話では嘘吐き男はハンマーで粉々になってしまうんだがな」
小さな声ながらも酒場中にその声は広まっていく。
「父はよくその場面でこう言っていたよ」
その声は酒場の全員の背筋を凍らせる。
「ハンマーより、騎士の剣技でみじん切りにした方が早いのに。とな」
最後のロイは笑顔だった。
「なぁ、君たちはどう思う?」
この笑顔の前で、嘘をつける勇気のあるものはここにはいなかった。
「うん、言ってないな」「そうそう、腹のㇵの字も言ってねぇ」「てか、金貰ったしな」「お高くとまった騎士団を馬鹿にできるって聞いてな」「うん、だから許して?」
なぜか、聞いていないことまでベラベラしゃべりだした。こいつら、なんでもない証拠で勝手に自白を始める探偵小説の犯人みたいだ。
ロイは、ゆっくりとスネイルの前まで歩いていく。しかし、スネイルも逃げるような真似はしなかった。ある意味団長としての肝は据わっているのかもしれない。
「この落とし前はどのようにつけてくれる?緑蛇騎士団長殿?」
「部下が勝手にやったことです。私も騙されていた。しかし、あなた方が背後から攻撃したのは事実です。どっちにせよ問題はあるでしょう?灰猫の騎士団長様?」
「知らなかっただと?一団員がここまでの手回しをできるものか」
「知りませんよ。できたのだから、できたのでしょう?」
「ちっ。口だけは回る」
「生まれつき、先っぽが2本に分かれていまして。2枚舌、とよく言われたものです」
スネイルの口調にロイは徐々にイライラしていく。なんとかしないと、余計に話がこんがらがりそうだった。
「おいおい。待てよ。そろそろ、お互いそんなに見つめあってる場合じゃねぇぞ。ははっ」
「……」
「……」
さっきの賭けには勝ったものの、今回は大敗だった。一呼吸おいてロイが話し出す。
「手打ちをしよう」
「手打ち?また、古い解決方法だ」
この世界の騎士の手打ちというのは、対立した時にお互いに条件を飲みあって和解することだ。この場合だと仲裁には町長が参加して、和解するとのことだった。
「二日後、こちらは、正当防衛とはいえ背後からの攻撃を謝罪する。そちらは闇討ちを謝罪する。そして、この件に関してはお互いに口を閉じ他言しない」
「ふん、お行儀が良いのですね?」
「これ以上の厄介ごとは、嫌なだけだ。しかし、知っているか?」
「何をです?」
「先ほど話した童話の嘘吐き男はな、二度までは許された。三度目で自分の嘘を後悔するが遅かった」
「ふぅ、わかりました。手打ちを受け入れましょう。ただ……」
「なんだ?」
「二日後は早すぎる。こちらの準備もあります。せめて、一週間後でお願いしたい」
「準備など必要ないだろう」
「いいえ。何よりここはあなたの町ですからね。何かこちらに不利な町特有の決まりがあるのかもしれません。それらの情報を調べるためにも時間はいただきたいのです。もちろん、逃げも隠れも致しません」
「分かった……。その約束、忘れるな」
「えぇ、もちろん」
最後は反省したように見えた、スネイルの目がわずかに光ったように俺には感じられた。