襲われて守ったものの
さて、宴である。オヤジさんの「てめぇら!財布なんて捨てちまえ!今日は全部俺のおごりだー!」という頼もしい号令を皮切りにその時に店の中にいた客はもちろん、何事かと店に様子を見に来たご近所さんも強引に誘い、我ら灰猫騎士団の勝利を祝う飲み会が始まった。
では、その宴の主役である。団長のロイと俺はというと……。
「なぁ、ロイ。なんかさ、ダンスが始まったからさ。俺、混ざってきていい?」
「うぅぅ。やめろ。話しかけるな。頭が……」
隅っこで苦しむロイといっしょに、寂しく座っていた。
「分かったよ。じゃあ水でも貰ってくるから」
そう言って、席を立とうとするが―――。
「捨てるのか?」
「はい?」
「お前も……。他の奴らみたいに……」
「いや、だから水を―――」
「う…うぅ。う」
「う?」
「ウウワーーン!!」
「!?おい、落ち着けって」
「誰がデー!誰ガ団長にナッテ!同ジじゃナイって!ンアッハッㇵッーー!ゴノ町をンフンフンッハァァァ!コノ町を!コノ国を!世の中を…ウッ…ガエダイ!」
とにかく、勝手に泣き出したロイを落ち着かせようとするが、どうしようもない状況だった。ロイはもともと酒には弱いので一緒に食事をするときも酒は一杯だけしか飲まないと決めているのだ。しかし、今回は店にいる人全員が何かあるたびに注ぎに来るので断れずにこうなった、というわけだ。NOと言える勇気って大事だ。
「やっぱりまだ弱いんだ」
声のする方を見るとアリカが水をピッチャーのようなものに入れて持ってきてくれていた。
「はい、水に酔いに効くハーブ入れたから少し飲めば楽になるよ」
正直、近くに来られるとドキドキしてしまう。ちなみに好意ではなく、恐怖で。
「あ、ありがとう」
アリカに渡された水を飲ませると、確かにロイの顔色は良くなった。
「うぅ……。気持ち悪い」
「とりあえず、意味の分かることをしゃべってくれて助かるよ。さっきのは、泣いた幼児みたいだったからな」
「すまない……。おぇ」
ロイは本調子じゃないようだが、時間も時間だし、帰ることにした。どうせ明日も、いつも通りに仕事が待ってるだろうしな。
酒でグロッキーになった団長の肩を抱えての退店はなんか情けないので、バレない様にそっと出ようとしたがそう簡単にはいかなかった。
「なんだよ!もう帰るのかよ!」
オヤジさんが気づいたようで全員の視線が出口にいる俺とロイに集中する。
「え、えぇ。もう遅いし……。団長もこんなだし……」
店にいた何人かから笑いがこぼれた。
「なんだ、まだ早ぇのにつぶれちまったのかよ」
「しゃーねーべ。シュナイドの男はこいつも、こいつの親父も、爺さんも剣術は強くても酒にはめっぽう弱かったからな。ガハハハ」
「いやー。でも、今夜はいいもんが見れたわいな。今日来なかった奴に自慢できるよ」
がやがやと再び盛り上がる店内。
「じゃ、じゃあ…これで……」
このままでは、いつまでたっても帰れないので再び、そそくさと帰ろうとする。そんな俺の後ろ姿に何人かが余計なことを言った。
「でも、二人で大丈夫かー!?」
「そうさな、ロイの奴は酔っちまってるし」
「もう一人の兄ちゃんは弱そうだし」
意義あり。言っておくが俺の剣術もロイには素質があると褒められているのだ。稽古も欠かさずしている。
「たしかにな、大体遠いだろ。なんで馬でこなかったんだ?」
意義あり。馬で来なかったのではない。馬がないので来れなかったのだ。借りようといったのに、節約と言って徒歩を選んだロイが悪い。
「そうだな。それにこの兄ちゃん、この前はアリカちゃんの一撃でノされちまったし」
……それに関しては、異議は無しである。
と、言うわけで帰り道。我が灰猫の騎士団に、屈強な戦士が護衛として同行することになった。
「誰が屈強よ!誰が戦士よ!」
看板娘のアリカである。酒場でのやり取りの後、付き添えるのはアリカだけということになった。しょうがないので人気のない裏通りを俺たちは歩いていく。
「いや、だから断ったじゃん。心配は無用ですよ。ってそれなのに付いて来たじゃん。俺は知らねぇよ」
ロイに肩を貸しながら、ノロノロと歩く。アリカも帰り途中なのでちょうどいいようだが、先ほどから小言ばっかり言っている。
「なんで私が、ロイさんはともかくこんな男と一緒に帰るのよ。得体が知れないし、身の危険を感じるわ」
「いや、俺も正直不安だよ。貞操の危機を感じるからさ。襲うならロイの方にしてくれや」
「冗談言わないでよ。私、私より弱い男は嫌いなのよ。ロイさんは酒に弱いし、残念ながらどっちも問題外よ」
「言っておくがな、最初会ったときの一撃はかなり酒飲んでたし、不意打ちだからな。あんなので、勝った気になるなよ」
「ふーん、でも店で飛んできたコップを避けることもできなかったでしょ」
「しょうがないだろ……。急にコップが来たんだから」
あの時のことを言われるのは少々分が悪い。不意を突かれたのだ、万全だったら叩き落すことができたと思うのだが……。
「大体さ、逆よね。レディを守るのがナイトの務めでしょ。恥ずかしくないの?」
「えっ!?レディがいるのか?どこだ?すぐにお助けせねば」
「あんた…いい加減に―――」
「!?」
アリカと、俺の歩みが同時に止まる。俺とアリカの視線の先には三人の男がいた。三人とも道をふさぐような形で立っている。服装は夜だというにフードを深くかぶり、顔をみえないようにしている。
「あの、何かご用ですか?」
アリカが、三人組に声をかける。その返答は言葉ではなく、態度で示された。
「!?」
三人はそれぞれ木剣を腰から引き抜き構えた。肩当ては見えないが、想像するのは簡単だった。緑蛇騎士団のお礼参りという奴か、まったく本物の蛇もこいつらほど執念深くはないだろう。
ふと、アリカの顔を見る。なるほど、拳を握って相手をにらんでいる。さすがだ、でもその手は震えている。普段の店とこの路地とでは全く空気が違うのだろう。俺は、そんなアリカにどことなく可愛げを感じつつ話しかけた。
「こいつ、頼む」
「えっ!?ちょっと!?」
まだ、フラフラしているロイをアリカに任せる。月で多少は明るい夜の路地。酒はもう抜けている。幸いに道幅は狭い、一度にかかってくることは無いだろう。相手は三人。呼吸を整えて、木剣を引き抜いた。
引き抜いた瞬間、一人が襲い掛かってきた。剣を上段から振り下ろす。俺は横に跳びその一閃を避ける。そして―――。
「うりゃぁ!」
相手の腹に横薙ぎの一閃。しかし、聞こえたのはやけに乾いた音。相手は、腹に防具を付けていたようだった。
「ちっ!」
反撃の攻撃を避けて、俺は再び、距離を取った。俺の反撃に驚いたのか三人は互いに顔を見合わせている。俺は、静かに深呼吸。そして、確信する。俺が強いかどうかは置いといて、この三人は弱い。そう、俺が毎日稽古をしているロイより明らかに弱いのだ。
だったら、相手が体制を整える前に攻めるのが吉。俺は右手に剣を持つと三人組に向かって走り出した。
まずは、一人目。最初の時と同じように上段からの一閃。一閃と言ってもロイのものに比べるとまるでスローモーションのようだ。今度は避けず、右手の剣で捌く、そして木剣で相手の手を強く打ち付ける。手甲をはめていたようだったが、男はうなって木剣を落としてしまった。
しかし、その様子を観察する余裕もなく、二人目、三人目が同時に攻撃を加えてくる。ふと思い出す。こういう時は―――。
「ほいっ!と」
「ぐわぁ」
俺は、全身で二人の攻撃を避けると、がら空きになった三人目の背中を目一杯足蹴りした。重なり合って二人は倒れこむ。半分自滅に様なものだ。ロイが言うには二人がかりなど騎士の恥、それに加えてお互いの攻撃が邪魔になって攻撃が避けられると隙が大きいとのことだった。俺は倒れた三人を見る。確かに緑蛇騎士団の連中だった。そして、言い放った。
「ゴホン。ふっ。ケンカを売るのなら、相手を見ることだな。我が名は灰猫の騎士団、騎士。ヒルサキ=ハ」
「ば、馬鹿ーーー!」
「そう、ヒルサキ=馬鹿…。邪魔するなよ!いいとこなんだから!」
俺は、空気を読まずに口を出してきたアリカを睨み付ける。しかし、アリカはお構いなしに叫ぶ。
「後ろ!後ろー!」
「後ろ?」
俺が後ろ、つまり道の方を見ると、フード姿の三人組の姿、俺の足元にはすでに姿は無かった。
「……幻術か」
「違うわよ!あんたが、自分に酔ってる間に逃げられてんのよ!」
「ちいっ!」
俺は、急いで三人組を追った。後ろからロイの俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、気にせず突っ走る。
三人組は、狭い道を何回も曲がりながら逃げて行った。その際に、何回か背中が見えなくなるが徐々に俺とあいつらの距離は短くなっていく。
そして、狭い路地を抜けて大通りに出ると右にフードの三人組。今度は逃げられないように俺は一気に攻撃に移る。
「おりゃー」
今度は相手の脳天に俺の一撃が決まった。息が上がってしまっているが、それはこいつらも一緒だ。一気に勝負をつけようする。と、背後に人の気配を感じた。てっきり、ロイとアリカが追い付いて来たのかと思って振り向く。
そこにいたのは、スネイルの勝ち誇った笑顔。ねっとりした声でスネイルは続けた。
「いやはや、とんでもないことをしてくれましたねぇ」
次の日、町はある話題で持ち切りになった。それは、灰猫の騎士団団長、ロイの活躍ではなく。灰猫の騎士がいきなり緑蛇の騎士を背後から襲った。というものだった。